日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2023.10.03

AI時代、大学英語教育や教師に求められる「変革」とは 〜立命館大学 山中教授インタビュー(後編)〜

AI時代、大学英語教育や教師に求められる「変革」とは 〜立命館大学 山中教授インタビュー(後編)〜

立命館大学 山中 司 教授 インタビュー記事の後編です。本記事では、AI時代に求められる教師の役割や姿勢について紹介します。

【目次】

 

教室は「英語を教える場」ではなく「自分らしさを高め合う場」へ

―これまで、AI時代の英語教育のあり方についてお話ししてきました。ただ、多くの人が英文校正ツールや機械翻訳、Chat GPTなどを当たり前のように使っているいま、「もう学校で英語を教えなくてもいい」という見解もありますよね。

これは極論ですが、「コミュニケーションを達成できればいい」という観点からすると、4技能のうち少なくとも「読む」・「書く」はいらなくなるかもしれませんよね。自分のペースで機械翻訳などを使いながら準備できるからです。

さらに日本では、仕事で使ったり意識的に学んだりしていなければ、ほとんどの人が英語を使っていません。

なぜかと言うと、英語には敵いませんが、意外と日本語もパワフルだからです。

例えば、人口が少なくてマーケットも小さい韓国では、国内だけで成功しても限りがあるので、海外進出のために、語学はもちろん、さまざまな努力をしなければいけません。一見レベルが高くなるので良いことのように思えますが、やはり大変です。

でも、日本のアーティストであれば、K-POPアイドルのようにほかの言語を話せなくても、日本語だけで歌っていても、十分にたくさんのファンが聞いてくれるマーケットがあります。

 

―ほかの国の人たちの英語力を見て「英語を話せたほうがいい」と思っても、国内では良くも悪くも切羽詰まっていないので、必要性を感じられないのが現実ですよね。

結局、日本語だけでもやっていけるんです。英語ができないからといって、給料が半分になるわけではない。よく言えば、余裕がある。それは必ずしも悪いことではありません。

でも、悪く言えば、ガツガツする必要がないから本気で勉強しない。

そうなると、本当に全員にとって「生身の英語力」(AIに頼らない知識やスキル)が必要か、本当に英語を必修科目にしなければいけないのか、機械翻訳はさまざまな言語に対応できるのに人間は英語だけ学べばいいのか、機械翻訳を使えば解決することを学ぶよう強制することは子どもたちにとってハッピーなのか、という点も含めて議論しなければいけません。

だからこそ、「もう英語教育はいらない」という話が出てくるのだと思います。

 

―このAI時代では、日本人全員が高いレベルの「生身の英語力」を身につける必要性はないかもしれませんね。そういう時代でも、子どもたちが学校で学ぶべきことはあるでしょうか?

誰でもテクノロジーを使えば英語でコミュニケーションがとれるようになった時代でも、人々のコミュニケーション・パターンがひと通りになるとは思いません。自分にしかできない表現やコミュニケーションをする力はこれからも必要ですし、むしろ、その必要性は高まると思います。

英語に限らず、何が得意で何が不得意かは人によって千差万別で、答えも正解もありません。でも、自分らしさや自分にしかできないことを表現しなければならないのが社会であり、人生ですよね。

子どもたちは、「自分らしい表現」や「自分にしかできない表現」に気づいたり、それを磨いたりすることによって、大人になるまでに自分らしさを手に入れなければなりません。それが「自分もやればできる」という自己肯定感や自尊心の獲得につながります。

そのためには、子どもたちが自分の持っている能力に早く気づいて、それを伸ばしていける教育がとても大事だと思っています。

そういう教育をしなければ、自分に自信を持てないまま、人と同じようなことしかできなくなりますし、これからの時代ではあまり役に立たない人材になってしまいます。

 

―子どもたちが「自分らしい表現」や「自分にしかできない表現」を手に入れるうえで、学校はどのような役割を果たすでしょうか?

自分が得意なことや自分らしさは、自分で気づくこともあれば、人に教えてもらうこともあると思います。どちらにしても、経験しないことにはわかりません。

ですから、自分が持っている知識を表現したり、自分の表現が客観的にどう思われるのかを知ったり考えたりする練習の場が必要です。

知識を学ぶことは教室の外でもできるようなったわけですから、「教室」がもっといろいろな創造性を許容しながら自分らしさを高め合っていける場になれば、もっと一人ひとりの子どもたちが社会にうまく適用したり、うまく戦えたりするようになる教育に変わるのではないかと思います。

 

「教師が英語を教える」はもういらなくなる

―そのような「教室」という場では、英語教師はどのような役割を果たせるでしょうか?

少なくとも、「英語の教員が英語を教える」ということはもういらなくなると思います。

いまは、学習の個別最適化やアダプティブ・ラーニングが重要だとされていますが、学習者一人ひとりの興味・関心、得意・不得意、学習進度などに合わせて問題を出したり、その理解度に合わせて次の問題を考えたりすることは、AIが一番得意とすることです。

どんなにカリスマの先生だとしても、何十人もの生徒に対して、一人ひとりにあった教材をその場でパッとつくることはできません。

生徒がそれぞれChatGPTを使って学習して、そのログを提出する。そのログを見てどれくらい理解できているかをAIが判断する。そういう時代になるかもしれません。

ですから、教師はそろそろ「教える」という役割から卒業したほうがいいですし、教える能力だけが高い先生はいらなくなると思っています。

 

―英語を教えるのは教師でなくてもいいとなると、英語教師にはどのような存在意義や役割があると思いますか?

生徒たちが集まる「教室」という空間の環境設計ですね。

テクノロジーがいくら発展しても、「教えの場」、「学びの場」、「練習の場」としての教室の魅力はなくならないと思います。

そして、その教室を機能的・有機的で意味のある場にする教員はこれからも絶対に必要です。

つまり、生徒たちがお互いの表現力やコミュニケーション力を切磋琢磨しながら高め合えるような場を設計する、先導役やガイド役となってテクノロジー活用や学習を手助けする、何のために英語を学ぶのかを考えさせる、という「場の番人」のような役割です。

より人間的な力が問われますが、英語教師が生き残るためには、自分たちの価値についてもっと現実的に考えないといけません。

こういう新しい役割にシフトして特化していく必要がありますし、自分自身で変わっていける先生方は将来も安泰だと思います。

 

―「英語教師がいらなくなる」というよりも、「英語教師に求められることが変わってくる」ということですね。

そうですね。時代そのものが動いているのに、「これまでこうだったから、これからもそうしなさい」、「自分はこうやって苦労して勉強したのだから、あなたたちもそうしなさい」と生徒たちに言う教師は、いずれ必要なくなると思います。

世界中でみんなが当たり前のように使っているものを「使ってはいけない」と言うことは、現実問題として無理ですよね。

使うことを前提にして、新しい時代の英語教育がどうあるべきか、ということも含めてゼロベースで考えながら新しいことをやってみるしかありません。

そういう意味では、「英語はもういらない」という見解はその通りだと思う一方で、英語教育そのものがもう必要なくなるのか、英語教師は全員クビになるのかというと、必ずしもそうではないと思っています。

むしろ、英語教育や英語教員が変わっていくかどうかの岐路に立つ、非常に夢のある、おもしろい時代だと思います。

 

―先生のお話を伺って、英語教育を「英語」ではなく「表現・コミュニケーション」というもっと大きなくくりで考える必要があると思いました。テクノロジー活用や他教科連携などを進めれば、英語の知識やパフォーマンスを教えるだけで精一杯だった先生たちも、子どもたちに自分にしかできない表現やコミュニケーションを経験させる、という授業ができるようになりますよね。

そうですね。言語コミュニケーションのプロとしてそういう授業ができる先生は、必要とされる場が今後増えていくと思います。

もしかしたら、「英語」の先生である必要はないかもしれないですし、さまざまな他教科の先生と一緒に取り組むことなのかもしれません。それから、英語とそのほかの言語を分けて教えなくてもいいのかもしれません。

そういう科目再編も含めて、教育そのものが変わっていっていいと思います。

そうなってくると、本当の意味で子どもたちのためになる教育が実現する可能性がありますよね。

 

教師も一緒に学ぼうとする姿勢を見せることが大切

―テクノロジーを活用した授業は、興味を持っても、なかなか実践には至らない先生方も多いと思います。テクノロジーの分野に苦手意識のある先生もいるかもしれません。先生は、どのような意識で取り組んでこられましたか?

私も、ChatGPTなどの新しいテクノロジーを授業で活用していますが、その分野の専門家ではありません。でも、一生懸命考えてやってみると、意外と学生が食いついてくれておもしろい反応をしてくれるから続けています。

こういう学びも、やってみなければ得られませんでした。

私は言語哲学にも興味があって研究してきたのですが、世の中は、答えがあることは少なくて、わからないこと、わかっていないことがたくさんあります。「これまでこうだったから、これからもそうだ」というわけでもありません。

特に、これからのAI時代ではそうだと思います。

例えばChat GPTの使い方は、教師よりも生徒のほうがよく知っています。そのときに教師が「わからない」、「教えて」と言うことができれば、一皮向けて新しい世界が広がります。

 

―先生の取り組みの背景に哲学の考え方があることはとても興味深いです。教師が生徒に教える授業ではなく、教師と生徒が一緒に考える授業になりそうですね。

大学は、ただ知識を教えるだけの場所ではなく、ときには、これまでのことをご破算にして新しいことを考えたりする場所でなければいけません。

私もいまだにわからないことがたくさんありますが、それは重要なことだと思っています。

教師は「そんなことも知らないの?」と言われることに対する恐れがありますが、生徒のほうがよほど詳しかったりすることはありますよね。少なくともChatGPTなどのテクノロジーについては、そういうことは避けて通れません。

ですから、生徒と一緒に学ぼうとする姿勢、とにかくやってみる姿勢を見せて、「先生もがんばっているのだから協力しよう」と生徒に思わせることが大事です。

ただし、二律背反的なことで難しいのですが、「先生もわからない」、「先生に教えて」と言いながらも、「やっぱり先生は良いことを言うな」と生徒たちに思わせる人間力、学びに対する器の広さや懐の深さが試されると思います。

 

―わからないことを学ぼうとする教師の姿勢が生徒の学習にも良い影響を与えそうですね。

そうですね。新しいテクノロジーを活用した授業の取り組みは、本当に日進月歩だと思います。子どもたちも、そういう教師の姿勢から影響されて変わっていきます。

ですから、教師自身が挑戦者であることが必要だと思うんです。

いまは、「リスキリング」や「学び直し」など、とにかく自分もやってみる、自分も常に成長する、ということが大切な時代です。

先生自身も学ぼうとしている姿、お父さん・お母さんも学ぼうとしている姿を見せてあげることが子どもたちにとって一番良い教育だと思っています。

 

―最後に、先生がいま特に関心を持っていらっしゃる研究テーマや、今後取り組まれる予定の研究活動について教えてください。

言語教育を専門とする私たちは、AIを専門とする学内の先生たちと一緒に、AIと共存する社会について研究しています。

その中で、授業でAIをどんどん使ってみたときにどのような影響があるのかを調べるために、ChatGPTを取り入れた授業の研究を始めました。

ですから、ChatGPTを使いながら学んだほうが英語力が伸びる、という結果を示すことが期待されていますし、私たちの使命だと思っています。今後もしっかり研究して論証しながら、新しい英語教育のあり方について考えていきたいですね。

 

おわりに:AI使用を「前提」にすることで英語教育が変わる

AIは人間の能力を高めるamplifierである、という山本教授の考え方は、ニューヨーク市の公立学校がChatGPT使用禁止の方針を撤廃したことも考えると、今後の教育現場でますます重要になっていくと思われます。

生徒がAIを使うことを前提にして教育のあり方や教師の役割を考え直すことは、AI使用を禁止するよりも大変かもしれません。

しかし、AIをうまく活用すれば、知識や能力、時間などの制約によって諦めていたことに挑戦できるようになる、将来本当に必要となることを学んだり教えたりできるようになる、まさに夢のある時代です。

教育現場がAI活用を躊躇している間にも、テクノロジーは急速に発展して普及していきます。それならば、自分の能力を高めるための使い方を教師と生徒が一緒に考えたほうがAI時代を生き抜く人材を育てることにつながるのではないでしょうか。

 

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【取材協力】

立命館大学 生命科学部 生物工学科 山中 司 教授

山中 司 教授のお写真

専門は、言語コミュニケーション論、英語教育政策・ 教授法、言語哲学(プラグマティズム)。主に、プロジェクトの手法を用いた大学英語教育の有効性とその評価、機械翻訳や生成AIなどのテクノロジーを活用した授業について研究し、大学英語教育の改革に取り組む。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士課程・博士課程修了。博士(政策・メディア)。立命館大学 生命科学部 生物工学科 准教授などを経て、2019年より現職。そのほか、立命館大学OIC総合研究機構 稲盛経営哲学研究センター研究員、「プロジェクト発信型英語プログラム(PEP)」Research Group研究主幹なども務める。

 

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参考文献

Banks, D. (2023, May 18). ChatGPT caught NYC schools off guard. Now, we’re determined to embrace its potential. Retrieved September 2023, from Chalkbeat:

https://ny.chalkbeat.org/2023/5/18/23727942/chatgpt-nyc-schools-david-banks

 

PEP Research Group. (n.d.). PEPの概要 <Overview of PEP>. Retrieved September 2023, from プロジェクト発信型英語プログラム(Project-based English Program):

http://pep-rg.jp/

 

Toyoshima, C., Yamanaka, T., & Odagi, K. (2023). Exploring the Effectiveness of Machine Translation for Improving English Proficiency: A Case Study of A Japanese University’s Large-scale Implementation. English Language Teaching, 16(5), 1-10.

https://ideas.repec.org/a/ibn/eltjnl/v16y2023i5p10.html

 

山中, 司. (2023). プラグマティックな英語教育論へ:もう「文法」はいらない. KELESジャーナル, 8, 27-32,

https://doi.org/10.18989/keles.8.0_27

 

山中司. (2015). 大学英語教育における評価の「無力化」と「実用化」に関する一考察 : 論文”A Nice Derangement of Epitaphs” を問題提起として. 立命館言語文化研究, 26(4), 331-344.

http://hdl.handle.net/10367/6855

 

立命館大学. (2023, April 27). 生命科学部の英語授業に「ChatGPT」と機械翻訳を組み合わせた学習ツールを試験導入. Retrieved September 2023, from

https://www.ritsumei.ac.jp/news/detail/?id=3156

 

 

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