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2022.07.04

VRを活用した英語教育に期待される効果や未来〜中央大学 斎藤准教授インタビュー(前編)〜

VRを活用した英語教育に期待される効果や未来〜中央大学 斎藤准教授インタビュー(前編)〜

最新のテクノロジーによって教育にイノベーションを起こそうとする「EdTech(エドテック)」は、世界中で注目が高まっています。近年、日本の英語教育を対象としたEdTechも多数ありますが、VR技術を活用したものはまだ少なく、その効果も十分に知られていません。そこで今回は、VRを活用した英語教育の効果について研究している斎藤准教授(中央大学)にお話を伺い、VR空間での英語授業の実践例や期待される効果などについて紹介します。

著者:佐藤有里

 

まとめ

・アバターを使ってコミュニケーションを図るVR空間では、英語を話すことに対する不安が減る可能性がある。

・その場にいる感覚を味わえるVR空間では、学習者の興味を引きつけながら、実体験を通じた英語学習を実現できる可能性がある。

・VRを活用して海外の人々と同じ空間で協働する体験を提供できれば、異文化理解教育にもつながる可能性がある。

 

【目次】

 

近年、VRを活用した外国語教育の研究は急増している

―EdTechとは、どのような研究分野でしょうか?

EdTechは、「Education & Technology(教育とテクノロジー)」のことで、テクノロジーを使って教育を変えていこう、という分野です。

コロナ禍では、対面での授業ができなかったと思いますが、Zoomなどのオンライン・ミーティング・ツールが授業を継続するために活用されていました。このオンライン・ミーティング・ツールの活用もEdTech活用の一例です。

このように、EdTechによって、これまでできなかったことが可能になったり、教育の新しい形ができたりします。

 

―斎藤先生はどのような研究をされていますか?

例えば、AIを使ったスピーキングテストや発音矯正のアプリケーションを英語教育に活用しようとする研究をしています。

このようなEdTechを使えば、個別にレベルがわかって、学習者は自分のレベルに合った自己学習ができますから、「自己調整学習者」を育てることができるのではないかと思っています。それぞれの学生たちが自分で学習管理をして、自分の目標に向かって苦手なところを改善できる、ということですね。

また、VRやARも最近使われるようになってきました。VRは、Virtual Reality(バーチャル・リアリティ)の略で、仮想空間。ARはAugmented Reality(オーグメンテッド・リアリティ)の略で、現実世界にほかの情報を加えた拡張現実です。

私は、この中でも特にVRの活用についての研究に取り組んでいます。

3年前くらいに、TOEICを実施しているIIBC(国際ビジネスコミュニケーション協会)さんが主催する講演会で、EdTechとしてimmerse(VRプラットフォーム)が紹介されていて、これからの英語教育に取り入れられるのではないかと思ったことがきっかけです。

 

―VRには、どのような特徴がありますか?

VRを使うと、現実世界に近い環境に入ることができて、仮想空間に完全に浸っているような感覚を得ることができます(※1)。没入感のある体験を提供できるので、旅行やショッピング、エンターテイメント、トレーニング、教育など、さまざまな分野での応用が期待されています(※2)

私はimmerseを使って研究しているのですが、VRゴーグルをつけると、周りを360度見渡すことができて、そこにいるような感覚で、写真を撮ったり、目の前にある飲みものや食べものを手に取ったり、リモートコントロールを使っていろいろなことができます。

デジタル・ネイティブの学生たちは、抵抗感なくどんどん自分で楽しみますし、VRを授業に取り入れたほうがワクワクしながら学習できるのではないかと思っています。

 

―VRを活用した外国語教育についての研究は、最近増えてきているのでしょうか?

去年(2021年)にKorea TESOL(韓国の英語教師で組織されている団体)の国際会議で私の研究結果を発表(※3)したのですが、当時はまだそのような研究が少なかったので注目していただき、その後、Facebook(現Meta)社から研究助成をいただけることにもなりました。

ただ、最近では、VRを使った言語教育の研究はものすごく増えています。

Immerse社(※4)も、私が取り組み始めた3年前くらいは、immerseを使った研究として外部に発表されているものは私の研究とあともう一つくらいでしたが、いまは研究者のグループをつくっていろいろな研究プロジェクトを立ち上げています。

私はVRに関する研究をまとめた論文も書いているのですが、近年は多くの研究が出てきているので、まとめるのが大変なくらいです。それだけ、VRの活用には可能性があるということだと思います。

 

アバターを使うことで英語を積極的に話せるようになる可能性

ーVRを活用した外国語教育の効果については、これまで、どのような研究結果が報告されているのでしょうか?

例えば、アバターの使用による外国語不安の低減(※5)があります。この効果については、先ほどお話ししたKorea TESOLの国際会議で発表しました。

ゼミの学生に対してネイティブ・スピーカーの教員がVR空間で英語の授業を行うプロジェクト(2020年度後期)です。

学生たちは、駅や空港、レストランなどの仮想空間で英会話の練習をしたり、聴衆がいる仮想空間でプレゼンテーションの練習をしたりする授業を1カ月半ほどかけて何回か受けました。

VR授業の前後に外国語不安に関するアンケートを実施したのですが、レッスン後の学生たちは英語を話すことへの不安が軽減されて、英語を話すことに自信をもてるようになったことがわかりました(※6)

 

―英語を使うことへの不安が減る理由については、先生はどのように考えていらっしゃいますか?

一因としては、学生のアンケート回答を見ると、アバターを使っていて、相手に自分の顔が見えていないからではないかと思っています。

ただ、もしかしたら、アバターが現実の自分に近いものになると、外国語不安は減らないのかもしれません。例えば、自分にまったく似ていないアバターを使ったときと、自分に似ているアバターを使ったときを比較すれば、外国語不安の低減がアバターの影響かどうかを調べることができると思いますし、研究としていろいろな可能性があります。

 

―実際に、スピーキング力にも変化は見られたのでしょうか?

学生たちは、ほかにも通常の英語の授業を受けたりしているので、VRの効果だと言うことはできませんが、VR授業の前後でTOEICのスピーキングテストを受けてもらったのですが、平均点が10点上がりました。

今後は、conversation analysis(会話分析)もしたいと思っています。VR空間でのやりとりは録画することができるので、先生と生徒がどのようなやりとりをしているかを分析できます。

実際にゼミ生の一人は、同じVR授業をPC画面で体験した学生グループとヘッドマウントディスプレイ(頭部に装着することでVRコンテンツを体験できる機器)で体験した学生グループを比較して、1回目と6回目の授業で、文の長さや複雑さ、正確さ、ポーズ(間)など、同じ質問に対する答え方が変わるかどうかを調べる予定です。

 

―斎藤先生は、国際ICTインターンシップの事前授業(2021年度後期)として、VR空間での英語ディスカッションなども行っていらっしゃるとのことです。これは、どのような授業でしょうか?

中央大学の国際情報学部は、ITの有効活用や課題、IT関連の法律を学ぶ学部です。

今回、国際ICTインターンシップはコロナ禍の影響のため、オンラインで行いました。GAFA(※7)やZoom、Netflixなど、シリコンバレーにあるIT企業11社による講演、アメリカの大学で提供される英語やビジネス・コミュニケーションの授業を含む、大変充実したプログラムとなりました。

この事前研修の一環として、VRを使った英語の授業を3回行いました。その前にIT企業の方々がAIの有効活用や倫理的課題などについてオンライン講演をしてくださったので、その日本語で学んだ内容について英語でディスカッションやディベート、プレゼンテーションの練習を行いました。

学生たちは、VR空間の中に用意されたミーティング・ルームやディベート・ルームなどに入り、同じ場所にいる感覚を味わうことができたのではと思います。

 

―学生の反応はいかがでしたか?

約9割の学生たちがスキルの向上に役立ったと感じていました。

学生たちはそれぞれ自宅で授業に参加しましたが、「シチュエーションに入り込みやすい」、「離れているのに同じ教室にいるような感覚で授業を受けることができた」、「VRの英語の授業は、積極的に英語を話す、英語でディスカッションをすることの抵抗を減らす」、「アバターを使うため実際に教室で会話している気持ちになり、発言・会話するハードルが低かった」、「英語での発言に自信がなくても、積極的に話してみよう、という気になりました」といった感想がありました。

自分たちの顔がアバターになっているので、緊張しないで話すことができたり、ほかの人の表情から様子を伺うことができないために「自分が話さなければ」という気持ちになったりするようで、これは新しい発見でしたね。

日本の英語学習者は、どうしても横の人の様子を見ながら話すのをためらったり、ほかの人に発言を譲ったりすることがありますが、その点から、もしかしたらVR活用は日本の英語学習者に向いているのかもしれません。

VRの効果は国によって違う可能性があるので、国際比較してみたらおもしろい研究になるだろうなと思います。

VR空間でネイティブ・スピーカーの講師による英語授業を行う様子

VR空間でネイティブ・スピーカーの講師による英語授業を行うプロジェクト
画像提供:斎藤 裕紀恵 准教授(中央大学 国際情報学部)

 

その場にいる感覚を味わえるVRには、さまざまな効果や活用法が期待できる

―外国語不安の低減のほかにも、VRを活用した外国語授業に期待されている効果はありますか?

私の研究に参加した学生のジャーナル(感想)を見ると、その単語が実際に使われる場面が鮮明に記憶されるので、VR空間のほうが単語を覚えやすいようです。

このようなVRコンテキスト上での効果的な語彙習得(※8)のほか、長期記憶の保持(※1)、モチベーションの向上(※5)、学習者のエンゲージメントを高める(※2)など、いろいろな効果が期待されています。

それから、私自身は、没入型空間がもたらすラポール形成に注目しています。VRの英語授業では、リモートコントロールをうまく使える学生がそうではない学生に使い方を一生懸命教えたりするなかで、学生たちの間で仲間意識が生まれていました。VR空間の中で学生同士がどのようにやりとりをするか、ということも研究テーマの一つになると思います。

 

―VRを使うことによって、英語の授業はどのように変わると思われますか?

なかなか行けないような場所に行けることは、VRのメリットだと思います。

例えば、英語の教科書にニューヨークの話が出てきたらVR空間でニューヨークに行くことができます。エベレスト山を登る、海の中に潜る、コンサートで音楽を聞く、といったこともできるので、教科書の内容と結びつけたVR体験があれば、ただ文字や写真で見て学ぶよりも絶対におもしろい学習になりますし、深く考えるきっかけになりますよね。

VR空間にいる学生が目の前にあるものを英語で説明して、ほかの学生がその説明を聞きながら絵を描くということもできます。

このように、既存の授業にVR体験を組み入れる、ということもできたらいいなと考えています。

学生が楽しんでいるのを見るとVRの可能性を感じますし、私自身もワクワクして新しいことをしてみたいという気持ちになりますね。

 

ーVRであれば、さまざまな場所に行って教科書の内容を体験することができますね。

そうですね。将来的には、さまざまなプラットフォームを組み合わせて、VRで海外留学もできるといいなと思っています。

Zoomでのオンライン授業だと、どうしてもその場にいる感覚を味わえないのですが、VRであれば、アメリカの大学でクラスメートと一緒に座っている感覚で授業を受けたり、ほかの学生と協働作業をしたりすることができます。

通常の留学の代替としてではなく、新しい形の留学としてできるようになるといいですね。

図|VRを活用した英語授業の課題と未来

 

(※1)Scrivner, O., Madewell, J., Buckley, C., & Perez, N. (2019). Best practices in the use of augmented and virtual reality technologies for SLA: Design, implementation, and feedback. in M.L. Carrió-Pastor (Ed.), Teaching Language and Teaching Literature in Virtual Environments(pp.55-72). Springer.

 

(※2)Hu-Au, E., & Lee, J. (2017). Virtual reality in education: a tool for learning in the experience age. International Journal of Innovation in Education, 4(4). 215 -226.

https://dx.doi.org/10.1504/IJIIE.2017.091481

 

(※3)Saito, Y. (2021). Potential and Challenges of the Use of VR in English Education. KOTESOL Proceedings 2021.

 

(※4)英語教育・学習のためのVRプラットフォーム「immerse」を開発・提供している企業。アメリカ・カリフォルニア州に本社を置く。

 

(※5)Schwienhorst, K.(2002). The state of VR: A meta-analysis of virtual reality tools in second language acquisition. Computer Assisted Language Learning, 15(3), 221-239.

https://doi.org/10.1076/call.15.3.221.8186

https://koreatesol.org/sites/default/files/pdf_publications/KOTESOL.Proceedings.2021.pdf

 

(※6)特に、「I don’t understand why some people get so upset over foreign language class.(なぜ外国語の授業で不安になるのかわからない)」、「I would not be nervous speaking the foreign language with native speakers.(ネイティブ・スピーカーと外国語で話すときに緊張しない)」、「I feel confident when I speak in a foreign language class.(外国語の授業で自信をもって発言できる)」、「I don’t feel pressure to prepare very well for a language class.(外国語の授業のためにしっかり準備しなければならないというプレッシャーは感じない)」という気持ちが強くなっていた(Saito, 2021)。 ※アンケートは英語で実施。和訳はIBS作成。

 

(※7)アメリカの主要なIT企業であるGoogle、Amazon、Facebook、Appleの4社の総称。

 

(※8)Gupta, S.(2015). Ogma-Language acquisition system using immersive virtual reality. [Master’s thesis, The University of Texas at Arlington, Master of Science in Computer Science].

 

(後編へ続きます)

 

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【取材協力】

斎藤 裕紀恵 准教授(中央大学 国際情報学部)

中央大学 国際情報学部 斎藤 裕紀恵 准教授のお写真

<プロフィール>

専門は、言語学、英語学、外国語教育。言語教育政策や第二言語習得理論、語用論、EdTech(Education & Technology)を研究テーマとしている。中央大学の斎藤裕紀恵ゼミの学生を対象に、VR英語教育・学習プラットフォーム「immerse」を使って、CEFR(外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠)に沿ったVR英語授業の効果を検証中。Immerse社のStrategic Advisor(戦略アドバイザー)を務め、Facebook(現Meta)社の「XRプログラム・研究基金」からも研究支援を受けている。コロンビア大学ティーチャーズカレッジで修士号(英語教授法)、テンプル大学で博士号(応用言語学)を取得。早稲田大学や明治大学、獨協大学での講師などを経て現職。

 

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参考文献

Council of Europe (2001). Common European Framework of Reference for Languages: Learning, teaching, assessment. Cambridge University Press.

https://rm.coe.int/1680459f97

 

Saito, Y. (2021). Potential and Challenges of the Use of VR in English Education. KOTESOL Proceedings 2021. https://koreatesol.org/sites/default/files/pdf_publications/KOTESOL.Proceedings.2021.pdf

 

斎藤 裕紀恵(2021).「EdTechの現状と展望:VR, AR, AI技術の英語教育への応用」.『国際情報学研究』, 1, 63-78.

http://id.nii.ac.jp/1648/00012924/

 

文部科学省(2018).「各資格・検定試験とCEFRとの対照表」.

https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11293659/www.mext.go.jp/b_menu/houdou/30/03/__icsFiles/afieldfile/2019/01/15/1402610_1.pdf

 

文部科学省(2020).「大学教育のデジタライゼーション・イニシアティブ(Scheem-D)〜Withコロナ/Afterコロナ時代の大学教育の創造〜」.

https://www.mext.go.jp/content/20200622-mxt_senmon01-000008059_4.pdf

 

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