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2023.04.21

VRを使って子どもに第二言語を教える 〜Randall Sadler氏 & Tricia Thrasher氏インタビュー(前編)〜

VRを使って子どもに第二言語を教える 〜Randall Sadler氏 & Tricia Thrasher氏インタビュー(前編)〜

当研究所の主任研究員Paul Jacobsがイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のRandall Sadler(ランドール・サドラー)氏とImmerse社の Tricia Thrasher(トリシア・スラッシャー)氏にインタビューを行いました。前編と後編の2回に分けて内容をご紹介します。

著者: Paul Jacobs

翻訳:Yuri Sato

 

まとめ

・海外では、VRをどのように言語教育に活用するかを検討する研究や教育現場での導入が進んでいる。

・スペインの小学6年生を対象にVRを使って英語を教える研究プロジェクトの結果、子どもたちはVRのほうが通常の授業よりも自発的に英語を話していた。

・アメリカの高校を対象に、外国語教育の既存カリキュラムでVRを活用する研究プロジェクトを進めている。

【目次】

 

 

バーチャルリアリティ(VR)を使って子どもに第二言語を教える

自宅の仕事部屋でゆったりとデスクに座ってパソコンの画面に向かう。Zoom(オンラインビデオ通話アプリ)にログインすると、そこに現れたのは地球の裏側に住むRandallとTricia 。私と同じように自宅にいるお二人と、バーチャルリアリティ(VR)を使って子どもに第二外国語を教える、というテーマについてお話しすることができました。

Zoomのような技術によって、コンピュータの画面越しにリアルタイムにコミュニケーションができるようになったことは、本当に素晴らしいことです。でも、頭にヘッドセットをつけて、まったく新しい場所に移動できるとしたらどうでしょうか。いま自宅で座っているにもかかわらず、です。そこでは、同じ空間にいる人と、まるで本当にその場で一緒にいるかのように交流できるのです。

今回は、外国語としての英語(EFL)学習に素晴らしい可能性を数多くもたらす高没入型VR(目の前に360度映し出された世界にすっかり入り込み、まるで現実世界かのように感じるVR)の世界について、Randall 氏とTricia氏 が解説してくれます。

では、インタビューの様子をご紹介します!

 

Paul: お二人がVRと言語学習の研究を始めたきっかけは何ですか?

Randall:

私は、アメリカのワシントン州で、中学校の教師としてスペイン語と歴史を教えることから始めました。ある夏、第二言語として英語を教える経験をしたのですが、そこから夢中になりましたね。それで結局、アリゾナ大学の学校に戻り、SLAT(Second Language Acquisition and Teaching / 第二言語習得と第二言語教授法)というプログラムに入りました。卒業後、イリノイ大学でテクノロジーと言語学習を組み合わせたコースを担当にすることになり、それ以来ずっと教えています。

ですから、私は20年ほど前から、テクノロジーと言語学習の研究に力を入れてきました。当初は、「Second Life(セカンドライフ)」や「Club Penguin(クラブペンギン)」(子供向け)のような、いわゆる「低没入型」VR(没入感が低いVR)を使うことからスタートしました。これらのプログラムは、コンピュータで使うことができます。でも、現在はヘッドセットを使用する「高没入型」VRで研究を行っています。

 

Tricia:

私が初めてVRを体験したのは、2019年の秋でした。私がRandallの授業を履修していて、テクノロジーと言語学習について学んでいた時期です。授業はVRに特化して学ぶものではありませんでしたが、1日だけ、VRラボを訪れ、アプリをいくつか試用する日がありました。その瞬間から、これを研究したいと思ったんです。それがきっかけで、ほかの学習環境と比較した場合、VR環境での学習が外国語に対する不安を軽減し、パフォーマンスを向上させることができるのか、というテーマで論文を書くことになりました。

 

プロジェクト① スペインの小学6年生

Paul:お二人は、もともと生徒と教師という関係性でした。いまでは研究パートナーとして、VRと言語学習に関連するプロジェクトにいくつか取り組んでいます。一つ目は、スペインに住む小学6年生に、VRヘッドセットを使って英語の授業を行うプロジェクトです。プロジェクトで経験したことについて教えてください。

Randall:

スペインの小学6年生のクラスで、10週間にわたってVRを使った英語のレッスンを行いました。私とTriciaはアメリカにいるので、スペインにいる子どもたちとはVRヘッドセットでつながっています。『Immerse(イマース)』というアプリを使って、VR空間に学習環境をつくったのですが、アートギャラリー、家、ガレージ、魔法の世界のような大広間など、さまざまな環境を用意しましたね。そして、VR環境での学習と教室環境での学習を比較しました。

VR空間の学習環境のスクリーンショット

英語レッスンの内容

Randall:

私には、Melinda Dooly(メリンダ・ドゥーリー)博士という、長期的な研究パートナーがいます。バルセロナ自治大学で教鞭をとっていらっしゃる方です。そこで、Tricia、Melinda 、そして、バルセロナ郊外に住む6年生担当のMónica(モニカ)先生と一緒に取り組みました。Mónica先生は非常に寛大で、私たち研究者を彼女の授業の一員として受け入れてくれたんです。

すでに確立されたクラスに参加するため、Mónica先生と話し合いながら、私たちの活動が彼女のクラスの言語目標に沿いながら、その達成をサポートできるようにしました。

 

Tricia:

そうですね。彼女は「もっとこうしたい」というニーズがあることを教えてくれたので、研究の途中でVRレッスンに追加事項を取り入れたこともあります。

VRレッスンに一度に参加するのは6名だけで、ほかの生徒は通常通り教室でレッスンに参加します。『Immerse』を使ったVRレッスンに2人の先生を用意したことで、子どもたちを3人ずつのグループに分け、学習のためのタスクにうまく取り組めるようサポートすることができました。

 

研究からわかったこと

Paul:この研究では、英語学習のためのVR体験について生徒たちがどのように感じたかを把握するため、アンケート調査が実施されました。さらに、すべての授業(VRレッスンと教室レッスン)の録画により、レッスン中に使用された言語が分析されました。この分析結果は、生徒のパフォーマンス向上について判断するために使われました。

Tricia:

アンケート調査によると、VRレッスンのほうがたくさんの単語を覚えたように感じている子どもが多くいました。学ぼうとしていることばが表すものに実際に触れたり、そのことばが自然に使われる状況で聞いたりできるから、ということです。例えば、みんなで「apple」について話しているときに、生徒たちはVR空間に置いてあるリンゴを手に取って食べることができるんです。

 

Randall:

CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)で生徒たちのパフォーマンスを評価すると、どの場合においても、教室レッスンよりもVRレッスンのほうがより高いレベルのパフォーマンスを発揮していました。Triciaがお話ししたように、VRレッスンの成功要因は、子どもたちがあらゆることばを文脈(ことばが実際に使われる目的・状況・場面など)の中で学べたことにあるのかもしれません。もう一つ興味深い発見があります。通常の授業では静かなのにVRレッスンでは活発になる、という子どもが何人かいたことです。

 

Tricia:

レッスンで使うVR環境は毎回変えたのですが、生徒たちはこれを楽しんでいましたね。この楽しさにより、生徒たちはVRの世界に居心地の良さを感じたり、不安が少なくなったりしやすく、もっと英語を話そうという気持ちになったのだと思います。

 

Paul:ことばを実際に使うリアルな状況・場面、インタラクティブ性、学習環境の変化による目新しさ、安心感(不安の少なさ)によって、生徒たちは英語を話しやすくなり、それがVRレッスンから良い学びを得ることにつながったということですね。

 

VRレッスンから良い学びを得るために大切なこと

Paul:先ほど、VRが英語を使うことに対する不安を軽減するのに役立った、というTriciaさんのお話がありましね。Triciaさんは、VR環境での言語学習が学習者の不安にどう影響するか、という研究テーマで博士号を取得されたそうですね。研究の内容や発見について、教えていただけますか?

Tricia:

そうですね。外国語としてのフランス語を学ぶことが学習者の不安にどう影響するか、VR環境での学習(VRグループ)と教室環境での学習(教室グループ)を比較して調べました。参加者は、私と同じ大学に通う学生たちです。学生たちがどれくらい強い不安を感じているかは、自己申告(質問紙)測定、心拍数のモニタリング、唾液中のコルチゾール(ストレスホルモン)の採取・測定によって、調べました。

自己申告によると、VRグループは不安のレベルが比較的低く、それは唾液中のコルチゾール測定でも確認されました。また、VRレッスンに参加している学生たちは心拍数が基準値よりも低く、教室でレッスンを受けている人は心拍数が比較的高いこともわかりました(心拍数の高さは、不安のレベルが高いことを示します)。

また、学生たちにインタビューを実施し、VRレッスンで不安が減った理由について尋ねたのですが、VRがゲームのように感じられた、という意見がいくつか出ました。他人から自分がどう見えるか、どのような姿勢で座るかを気にしなくて済むのが良い、という学生は多かったですね。ですから、自分の姿を多少隠しながらコミュニケーションをとることで、不安を軽減することができたのです。

 

Paul: ゲーム性が高いこと、そして、リラックスしながらほかの人と交流できることが不安の軽減につながるようです。初級レベルの学習者は、学んでいることばを使うことに不安を抱える人が多いですよね。VRが英語学習の手助けになるのはよくわかります。

 

アメリカの学校におけるVRの活用

Paul: VRの効果はとても期待できそうですね。アメリカでは、学校でVRを使った授業を行うことは一般的なのでしょうか?

Tricia:

大学とK-12(幼稚園~高校)とでは、その様相は大きく異なるでしょうね。アメリカのほとんどの大学では、学内にVRラボがあり、VR活用の普及が進んでいます。これらの技術を使いたいと考えている第二言語習得研究者や教師の間では、大きな関心が持たれています。K-12の学校では、一部が導入され始めたところだと思いますが、VR機器は高価なので、まだあまり一般的ではありませんね。

 

Randall:

K-12の授業におけるVRの活用については、Google Cardboardが最も一般的でしょうね。一方、ARは、生徒たちがすでにスマホを持っている傾向にあるため、最も活用されているのではないでしょうか。

 

Paul: なるほど、VRを活用した授業はまだそれほど一般的ではないのですね。お二人が次に取り組んでいらっしゃるプロジェクトは、外国語の授業でVRヘッドセットを使いたい学校の支援に関連するものだと伺っています。くわしくお聞かせください。

 

(後編へ続きます)

 

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【取材協力】

Randall Sadler(ランドール・サドラー)

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校 アソシエイト・プロフェッサー(助教)

ランドール・サドラー先生のお写真

言語学分野の助教として、コンピュータを介したコミュニケーションと言語学習(CMCLL)、仮想世界と言語学習(VWLL)についての講義を担当。現在、CALICO(IBS訳:コンピュータ支援言語教育コンソーシアム)の会長を務める。多くの査読付き論文を執筆しており、最近の2冊の本の共著者でもある。 「The Handbook of Informal Language Learning(IBS訳:インフォーマル言語学習ハンドブック)」(Dressman & Sadler, 2020 ) と 「New Ways in Teaching with Games(IBS訳:ゲームで教える新しい方法)」(Nurmukhamedov & Sadler, 2020)。

https://randallsadler.weebly.com/

 

Tricia Thrasher(トリシア・スラッシャー)

Immerse社のリサーチ・マネージャー&フランス語プログラム・マネージャー

 

トリシア・スラッシャーさんのお写真

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で博士号を取得。研究テーマは、仮想現実(VR)が第二言語学習の成果にどのような影響を与えるか。
現在、 インタラクティブな言語学習用VRアプリケーションを開発するImmerse社(https://www.immerse.online/)にて、リサーチ・マネージャー兼フランス語プログラム・マネージャーとして働いている。『Immerse』は、実生活を模した仮想環境を提供し、外国語でのコミュニケーションを学んだり実践したりすることができる。また、CALICO Immersive Realities Special Interest Group(IBS訳:イマ―シブ・リアリティズ分科会  https://calico.org/sigs/virtual-worlds/)の議長も務める。

https://thrashertricia.wixsite.com/website

 

■関連リンク

Meta Quest 2: https://www.meta.com/quest/products/quest-2/

 

Immerse: https://www.immerse.online/

 

ImmerseMe: https://immerseme.co/

 

Spatial: https://www.spatial.io/

 

Sketchfab: https://sketchfab.com/

 

Common European Framework of Reference for Languages (CEFR): https://rm.coe.int/common-european-framework-of-reference-for-languages-learning-teaching/16809ea0d4

 

University of Illinois at Urbana-Champaign: https://illinois.edu/

 

■関連記事

VRなどの仮想環境を用いた外国語学習

VRを活用した英語教育に期待される効果や未来〜中央大学 斎藤准教授インタビュー(前編)〜

 

参考文献

Dressman, M., & Sadler, R. (Eds.). (2020). The handbook of informal language learning. Wiley-Blackwell.

 

Nurmukhamedov, U., & Sadler, R. (Eds.) (2020). New ways in teaching with games. TESOL Press.

 

Sadler, R., & Thrasher, T. (2023). XR: Crossing reality to enhance language learning. CALICO Journal, 40(1), i-xi.

https://doi.org/10.1558/cj.25517

 

Sadler, R., & Thrasher, T. (2021). Teaching Languages with Virtual Reality: Things you may need to know. CALICO Infobytes.

http://calico.org/infobytes

 

 

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