日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2023.02.20
第二言語習得を脳科学的に研究する尾島 司郎教授(横浜国立大学)は、「おうち英語」(※1)に取り組む親御さんや学校の英語教員向けにSNSを通じた情報発信をしています。そこで、英語習得やおうち英語に関するさまざまなテーマについて尾島教授にお話を伺い、計4回に分けて内容を紹介してきました。
最終回となる第5回目は、尾島教授の専門である、日本の子どもを対象とした脳科学的研究について、前編・後編の2回に渡って紹介します。この前編では、「脳を調べるって、どういうこと?」をテーマに紹介します。
著者:佐藤 有里
まとめ
●脳を調べることで、英語をどれくらい無意識に理解したり使ったりしているかがわかる。
●世界的にも珍しい方法で実現した大規模な実験では、日本の子どもたちも、英語の習熟度が高いほど脳活動がネイティブ・スピーカーに近いことが明らかになった。
●英語学習を始めた年齢よりも、英語学習経験の長さ(インプット量)のほうが脳活動に大きく影響していた。
【目次】
―尾島先生は、英語を学んでいる人たちの脳を調べる研究をされています。どのような方法で調べていますか?
私は、脳波を計測する研究を最も多く経験してきました。「事象関連脳電位(ERP)」という方法です。電極を頭につけて、脳から出てくる電気的な活動を測ります。
みなさんは、「脳」と「電気」がなぜ関係しているのか、疑問に思われるかもしれませんね。実は、脳の神経細胞は、お互いに電気的な信号を伝えることによってコミュニケーションや情報伝達のようなことをしているんです。
例えば、私たちがことばを見たり聞いたりしたときには、目からは文字情報(視覚的な刺激)、耳からは音声情報(聴覚的な刺激)が入ってきて、その刺激に伴う電気的な信号が脳内のいろいろなところにどんどん伝わっていきます。
その過程で生じる電気的な変化を、頭につけた電極で測ったものが脳波です。
―脳波は、ことばを見たり聞いたりしたときに生じる脳の変化なのですね。脳を調べる方法は、ほかにもあるのでしょうか?
以前は、光トポグラフィー(または近赤外分光法/NIRS)と呼ばれる方法も使っていました。
脳には、活動している場所にたくさんの血液が送り込まれる、という仕組みがあります。血液は酸素を運ぶので、酸素の変化量を見れば、脳のどこが使われているのかがわかります。
その酸素の変化量をざっくり見られる手法が「光トポグラフィー」、とても細かく見られる手法が「機能的MRI」(機能的核磁気共鳴画像法 /fMRI)です。
この二つで違う点は、空間をどれくらい細かく分けられるか、という空間分解能です。
脳の中で、近いところが2カ所活動しているとします。MRIは、空間分解能がとても高いので(数ミリメートル)、それぞれの活動のピークが1〜2cmでも離れていれば、別々の2カ所が活動している、と捉えられる精度があります。
一方、光トポグラフィーはMRIほど空間分解能が高くないので、同じ1カ所が活動しているように見えてしまいます。
例えば、とても精度が良い望遠鏡であれば遠くがクリアに見えるけれど、ほかの望遠鏡だとぼんやりとしか見えない、というイメージですね。
―脳を調べる方法として、脳波や光トポグラフィーを選ばれたのは、なぜでしょうか?
子どもを対象とした脳機能の計測をする場合には、安全性の高さ、そして負担の少なさが第一に重要だからです。
脳波もそうなのですが、光トポグラフィーは、基本的には安全で、身体をあまり拘束せずに脳を調べられる方法です。
MRIの場合は、強力な磁場の中に頭を入れるので、磁場酔いをして実験中に気分が悪くなる人もときどきいます。
また、直径60〜70cmくらいの穴の中に上半身を入れるので、狭い空間が苦手な人にとっては圧迫感があって怖いと思います。さらに、頭が固定されてまったく動けない状態になるので、子どもにそこまでがんばらせるのは難しいです。
―脳波や光トポグラフィーの実験は、子どもが比較的安心して参加できるのですね。研究者にとっても、良い点があるでしょうか?
脳波や光トポグラフィーの計測機器は、MRIよりも簡単に運ぶことができます。ですから、子どもたちに研究室に来てもらうのではなく、自分たちが小学校に出向いて実験をすることができました。
MRIの機械は、シールドルーム(外部から電磁的影響を受けたり、外部へ電磁的影響を及ぼしたりしないように設計された部屋) の中で使います。トラックの中にMRI専用のシールドルームをつくって運ぶことは可能ですが、あまり現実的ではありません。
実際にそのようなトラックはありますが、とても大きいですし、MRIの機械や維持費、MRI用のシールドルームはほかの計測機器よりも高額なので、かなり費用がかかるからです。
―先生は、脳波の計測を最も多く経験されてきたとのことです。光トポグラフィーよりも優れている点がありますか?
脳波(ERP)は、時間分解能がとても高いので、脳の時間的な変化を見るのに適しています。1秒に何百回も測れるため、1秒間の変化を見ることができるんです。
一方、MRIは1秒に1回くらい、光トポグラフィーは1秒に100回くらいしか測れないので、数秒単位の変化しか見ることができません。
そもそも、脳波は非常に速いスピードで生じている神経活動に伴う電気的な変化を、MRIと光トポグラフィーは神経活動のあとにゆっくり起こる血流の変化を見ている、という違いがあります。
―脳波(ERP)の変化を細かく見ることで、どのようなことがわかりますか?
脳波を画面で見ると、山(マイナス)と谷(プラス)があります(私の研究領域ではマイナスを上方向に表示します)。例えば、「英語を母語として話す大人に対して、頭のこの場所に電極をつけて、この英語を聞かせると、これくらいのタイミングで基準よりもプラスのほうに反応する、マイナスのほうに反応する」というように、同じ測り方をすればだいたい共通した脳活動の変化が見られます。
このようなデータは研究者によってたくさん蓄積されてきているので、大人のネイティブ・スピーカーを標準と考えて、子どもの場合はどうなるか、英語を第二言語や外国語として話す人、英語の熟達度が高い人と低い人の場合はどうなるか、ということを議論できます。
刺激に対する反応が早いか遅いか(タイミング)、反応が大きいか小さいか(振幅)、反応が出る脳の場所は異なるか、ということですね。
―ネイティブ・スピーカーとそうでない人では、例えば、どのような違いが出ますか?
これまでの実験を通じて、大人の母語話者は、ことばの刺激に対する反応のタイミングが早くて一貫性があるけれど、第二言語として学習している人は、遅いこともあって一定ではない、という印象があります。
例えば、一つの単語を聞いたときの反応が母語話者よりも0.05〜0.1秒もしくはそれ以上の遅れがあります。おそらく、その遅れはすべての単語に対してあるので、たくさんの単語を聞く状況では大きな遅れになります。
つまり、第二言語として学習している人は、聞いたり読んだりするときのスピードに関しては不利だろう、ということが脳活動のレベルにおいても確認されました。
英語の習得レベルによる大人の脳波の違い 〜意味を理解するとき〜
出典:Ojima et al.(2005)
※点線(ENG)は英語のネイティブ・スピーカー、細い実線(J-High)は英語力が上級レベルの日本人、太い実線(J-Low)は英語力が中級レベルの日本人。頭の場所(9カ所)ごとに、先行する文脈に意味的に合致しない英単語を見たときの反応の変化が1秒間の時間の経過(横軸)とともに示されている。
―脳を調べる研究では、何かのタスクをこなすスピードや正確さ(行動)を見るだけではわからないことが明らかになるのでしょうか?
私は、従来行われてきたような研究方法にはすべて意味があると思います。ですから、脳を調べる研究は、ほかの方法よりも優れているというわけではなく、別の側面を明らかにするときに役立つと考えています。
例えば、英語の文法知識を測るテストを受ける場合、手で何かを操作して答える(例えば鉛筆で書く、ボタンを押す)、口に出して答える、という行動は、意識のコントロール下にある運動です。「主語が三人称・単数だから動詞にsをつけよう」というふうに、授業で学んだり宿題で練習したりしてわかるようになった知識を意識的に使って正しく回答することができます。
でも、脳活動は、自分で意識して変化させることはとても難しいです。不可能ではありませんが、ERPであれば言語性刺激の呈示から1秒以内に起こるような反応を見るので、「こういうルールだったな」と知識を意識的に使う暇はありません。
ことばを聞いたり見たりした瞬間に脳波を意識的に変化させようとしてもできませんし、そんなことを考えて生きている人はほとんどいないと思います。
そういう意味では、脳波は無意識の反応を調べられるので、「これは意識すればできるけれど無意識にはできていない」ということがわかってきます。
―例えば、日本人の英語学習者が無意識に使えない知識は、どのようなものですか?
私の実験でも明らかになっている典型的な例は、三人称単数のsです。
英語の母語話者は、三人称単数のsが正しく使われていない文を見ると、脳が大きく反応します。でも、英語を学習している日本人は、英語力が高い人であっても、そのような反応が観察されませんでした。
この英語学習者たちは、文法テストをすれば正しく答えられるので、知識としては持っています。でも、その知識をリアルタイムに使いながら英語を聞いたり読んだりしていない可能性があります。学校で習った知識としては知っているが、瞬間的に無意識に使うことはできない、ということですね。
ですから、脳活動を調べると、その人が持っている知識の性質のようなものがもっと見えてくると考えています。
必ずしもそうとは限りませんが、英語の母語話者とそうでない人で同じレベルの知識や能力を持っていても、その性質が少し違う場合があるのではないかと思います。
英語の習得レベルによる大人の脳波の違い 〜文法知識を使うとき〜
出典:Ojima et al.(2005)
※左(ENG)は英語のネイティブ・スピーカー、中央(J-High)は英語力が上級レベルの日本人、右(J-Low)は英語力が中級レベルの日本人。英文の中で文法的に間違っている英単語を見たときの反応が頭の場所ごとに示されている。色が濃いところは、文法的に正しい英単語を見たときの反応と統計的により有意に異なっていることを示す。上段は英単語が表示されてから250〜550ミリ秒、下段は550〜850ミリ秒の反応。
(※1)家庭で子どもが英語に触れる環境をつくること。
(後編へ続きます)
<前回までの「おうち英語」シリーズ記事はこちら>
子どものアウトプットをサポートしたい親にとって大切な3つのポイント 〜横浜国立大学 尾島教授インタビュー 「おうち英語」シリーズ 第4回〜
「思考」から出発するアウトプットの練習がコミュニケーションで使える英語力につながる〜横浜国立大学 尾島教授インタビュー 「おうち英語」シリーズ 第3回〜
【取材協力】
尾島 司郎教授(横浜国立大学 教育学部 学校教員養成課程 英語教育)
<プロフィール>
専門は、第二言語習得。事象関連脳電位(ERP)などの脳機能計測方法を用いて、英語習得の脳内メカニズムを解明し、その研究成果を教育に役立てることを目指す。エセックス大学大学院(イギリス)の言語学研究科博士課程を修了。科学技術振興機構 社会技術研究開発センター 研究員、慶應義塾大学 社会学研究科 特任准教授、東京大学 総合文化研究科 特任研究員、滋賀大学 大学院教育学研究科 准教授、横浜国立大学 教育学部 学校教育課程 英語教育 准教授などを経て、2021年度より現職。一般社会向けの情報発信や学校のサポートなどにも力を入れている。
https://twitter.com/Shiro_OJIMA
Ojima, S., Nakata, H., & Kakigi, R. (2005). An ERP study of second language learning after childhood: Effects of proficiency. Journal of Cognitive Neuroscience, 17 (8), 1212–1228.
https://doi.org/10.1162/0898929055002436
Ojima, S., Matsuba-Kurita, H., Nakamura, N., Hoshino, T., & Hagiwara, H. (2011). Age and amount of exposure to a foreign language during childhood: Behavioral and ERP data on the semantic comprehension of spoken English by Japanese children. Neuroscience Research, 70(2), 197-205.
https://doi.org/10.1016/j.neures.2011.01.018
Ojima, S., Nakamura, N., Matsuba-Kurita, H., Hoshino, T., & Hagiwara, H. (2011). Neural correlates of foreign-language learning in childhood: A 3-year longitudinal ERP study. Journal of Cognitive Neuroscience, 23(1), 183-99.
https://doi.org/10.1162/jocn.2010.21425
Sugiura, L., Ojima, S., Matsuba-Kurita, H., Dan, I., Tsuzuki, D., Katura, T., & Hagiwara, H. (2011). Sound to language: Different cortical processing for first and second languages in elementary school children as revealed by a large-scale study using fNIRS. Cerebral Cortex, 21(10), 2374-2393.
https://doi.org/10.1093/cercor/bhr023