日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2022.03.14

大量のインプットがアウトプットを支える 〜横浜国立大学 尾島教授インタビュー 「おうち英語」シリーズ第1回〜

大量のインプットがアウトプットを支える 〜横浜国立大学 尾島教授インタビュー 「おうち英語」シリーズ第1回〜

第二言語習得を脳科学的に研究する尾島 司郎教授(横浜国立大学)は、「おうち英語」(※1)に取り組む親御さんや学校の英語教員向けにSNSを通じた情報発信をしています。そこで、英語習得やおうち英語に関するさまざまなテーマについて尾島教授にお話を伺い、複数回に分けて内容を紹介します。

第1回目は、なぜインプットが必要なのか、そして、乳幼児期からインプットを始めることのメリットは何か、という疑問について考えます。

 

まとめ

・大量のインプットがあって、かつ、そのインプットが頭の中に定着してくると、自然とアウトプットにつながる。

・文をつくるためには、大量のインプットによって、文法知識だけではなく、完成された文が記憶されていることも重要。

・小さいころから英語に触れる主なメリットは、インプット量を確保しやすい時期であること。

 

【目次】

 

ことばを習得するメカニズムについて研究

―先生は、どのようなきっかけや理由で言語学や脳科学的研究の道に進まれたのでしょうか?

高校生くらいのときから、英語が身につくメカニズムについて漠然とした関心がありましたね。英語教育学の先生が書いた本をたまたま高校の図書館で見つけたのですが、その本に書いてある通りに勉強してみたら、もともと得意だった英語がもっと得意になったんです。そのときに、やっぱりメカニズムに沿った学習方法って必要なんだなと気づきました。

そして、大学で言語学に出会い、「人間は生まれながらに(生得的に)ことばを学ぶ能力を持っている」という斬新な仮説に興味を持ちました。

当時の自分にはそういう発想がなかったのですが、よく考えてみると、私たちはみんなことばを話せるようになるわけなので、そのメカニズムに関心を持ったんです。それを応用すれば、もっと効率的に英語を身につけられるのではないかと思うようになりましたね。

ことばを学習しているのは、口や耳ではなく、脳です。つまり、言語学は脳について研究しているのと同じことなんですね。ですから、せっかくことばの習得のメカニズムを研究するのであれば、言語学や第二言語習得理論の研究を進めながら脳計測の技術も身につけて、脳についてもっと知りたいと考えました。

 

―先生は、主にTwitterを通じて「おうち英語」についての情報発信もされています。どのような経緯で、家庭での英語環境づくりについて興味をもたれたのでしょうか?

英語学習に成功している日本人の大人を対象に脳の計測をしていた時期があるのですが、そのデータからいろいろなことがわかってくるなかで、子どもの中にも英語の達人はいるのではないかと思っていました。

その後、たまたま見学した小学校の授業で、英語をものすごく上手に話す6年生の子がいたのですが、帰国子女ではなく、おうち英語をされていることがわかりました。

言語学の教科書的には、テレビなどを通じてことばを身につけることはできないと言われていますが、現実にはDVDなどで外国語を身につけている子どもが一定数いるのではないかと思い、常識を覆されたような気持ちでしたね。そこで、おうち英語についてもう少し調べる価値があると考え、いまに至ります。

30代のころから、自分の研究がどのように世の中の役に立つのかということを意識してきたので、若い世代の方との交流方法として親和性の高いTwitterを使って、親御さんや学校の先生向けの情報発信やサポートをしたいと思っています。

 

インプットがアウトプットを支える仕組み

―では、英語習得の仕組みについて詳しく伺っていきたいと思います。「まずインプットから始めてその後にアウトプット」ということは多くの人が認識していると思いますが、その理由は十分に理解されていないかもしれません。なぜインプットがはじめに必要なのでしょうか?

インプットは、第二言語に限らず、どのような種類の言語を習得するうえでも重要です。

人間に備わっているのは、ことばを学ぶ能力であって、その言語に触れてみないことにはその能力を発揮して身につけることができません。インプットがなければ何も始まらないということです。

インプットにどれくらい重きを置くかという点は言語理論によって異なりますが、インプットがなくてもことばを習得できる、というようなことを言っている理論はないですね。

日本の英語教育では、インプットがかなり乏しい状態で単語や文法を明示的に教えようとしていますが、いろいろな中学校の授業を見学したり、自分の子どもが宿題をしている様子を見たりしていても、そのやり方では中学生がかなり苦労しているのが現実だと思います。

 

―インプットがアウトプットにつながるまでは、どのような仕組みになっているのでしょうか?

基本的には、大量のインプットがあって、かつ、そのインプットが頭の中に定着してこないとアウトプットにつながりません。

実際にインプットが定着してくると、人間は結局喋りたい生きものなので、自然と自分の中からことばが溢れ出すような感じで喋るようになります。

質の良いインプットは、インプットされたときの状況とセットになって覚えられているものなのですが、その状況が生じたときに今度は「この状況のときにはこういうふうに言っていたな」と自分の中のことばが思い出されてきます。これが、インプットがアウトプットを支える仕組みです。

インプットが少ない学習者がアウトプットしようとしても、何も出てきません。頭の良い人は、知識を絞り出すように、なんとか文法を適用して文をつくったりできると思いますが、みんなができるわけではないですし、一つの文をつくるのに数分かかる人もけっこういます。

先生から教えられた文法知識だけでアウトプットをすることは、できなくはないけれど、難しいということですね。また、母語が先に出てきて、どうしても不自然なアウトプットになります。

でも、たくさん英語を聞いていて、こういう場合はこういうふうに言うんだということが頭の中に定着している状態であれば、それを言えばいいだけです。ですから、文法学習ももちろん大事ですが、自分の中にどれだけ多くの表現がストックされているかということも大事です。

 

ー大量のインプットによって頭の中に英語表現のストックがたくさんある状態がアウトプットするために大事なのですね。文法のルールについてはどのように学習されるのでしょうか?

学術的には、文法学習について二つの考え方があります。一つは、人類共通の文法ルールが生まれながらに脳に備わっているという考え方です。この考えに従えば、すべての文法規則が後天的に学ばれているわけではないことになりますが、議論の対象になっている規則はとても抽象的で、英語教師でも理解していない人が多いです。

一方で、文法のルールはもともと頭の中にあるのではなく、パターン認識から抽出していく、と考える人たちもいます。人間には、言語以外のものに関しても、パターンを認識してそこから規則を抽出する力があります。この能力を利用して、文法のルールが身についていくという考え方です。この能力が発揮されるには、まずは大量の英文に触れる必要があります。

私は研究者としてどちらの立場にも一理あると思っていますが、英語学習者や保護者のみなさんにとって役に立つのは後者の考えだと個人的に感じています。

実際に、たくさんの英語に触れて、たくさんのパターンを知っておくこと、つまり、完成された文を知っておくことは、アウトプットの大きな手助けになります。文法を知っていれば、どんな文も生み出せますが、ネイティブ・スピーカーはこの方法だけで文をつくっているわけではありません。一つひとつの単語を素早く組み合わせて文をつくり出すこともできますし、たくさんの「こういうときにはこう言う」というパターンの記憶をもとにアウトプットすることもできます。

 

―文をつくるためには文法を知っていることが大事、と考えてしまいますが、実際は、文のパターンをたくさん知っていることも大事なのですね。

ネイティブ・スピーカーも、文法に基づいて単語を組み合わせて長い文をつくることもありますが、そもそも完成された文を何度も聞いたことがあるので、その完成形に向かって文をつくっていくということができるわけです。

日本人は、あまりにもインプットが少ないので、完成形がわかりません。正解がわからないまま、文法知識だけを使って文をつくるのはなかなか難しいと思います。

また、長い文をたくさん聞いておかないと、正しいイントネーションがわかりません。文には区切りがあるので、どこをまとめて言って、どこで止めて、どこのイントネーションを上げて、というような一つひとつの音のパッケージのようなものに単語を組み合わせて含めていかないといけないわけですが、文の全体を聞いたことがなければ、イントネーションをつくり出せません。

たくさんのインプットに触れて「自然な文はこういうものなんだ」ということを先に知っておく。そして、その完成形に向かって文をつくっていく。文法学習と同時に、このような学習方法をすることもアウトプットのために大事だということは、日本人のみなさんにお伝えしたいですね。

 

子どものころから英語に触れるメリットは、インプット量を確保できること

―インプットを乳幼児期など早い段階から始めることには、どのようなメリットや効果があるでしょうか?

日本人にとっては、インプットのための時間を確保できるというメリットはあると思いますね。これは、子どもの生物学的な優位性とはまったく関係がない話です。

中学生や高校生になると、ことばの学習に大量の時間を割くことは難しいですよね。小学生でも習いごとをたくさんしていれば、時間はあまりありません。

日本の小学生は日本語がもうできていて当たり前ですし、できなければ中学校や高校で勉強することも難しいです。大人も日本社会で生きていくためには日本語ができないとかなり困りますよね。

ですから、人間は、小さければ小さいほど、ことばができていない状態にあり、それゆえに、ことばの習得に時間をかけることが社会的に許されます。

人生のどのタイミングでことばの習得に時間をかけていいのか、となると、社会的な責任ややらなければならないことが少ない時期が一番良くて、それが幼少期になるわけです。

これまで研究してきた結果、子どもであっても、大人であっても、日本人にとってまず大事なことは、英語の接触量を確保することだと考えています。

大人でも、接触量を多くすれば英語は身につきますが、その接触量を確保することが大人になると難しくなります。

 

ー社会的に、幼少期のほうが英語のインプット量を確保しやすい、ということですね。では、幼少期のインプットがのちの英語力に影響すると考えてよいでしょうか?

子どもに言語習得における生物学的な優位性があるかどうかを調べた研究はいろいろありまして、まだ明らかになっていない面もあるのですが、子どもの優位性があるとすれば、それはかなりの年数が経ったあとに発揮されるということがわかっています(※2)

異なる年齢の人が同時に英語学習に取り組み始めたとき、最初の1年くらいは、自国で学習している人も外国に移り住んだ人も、年齢が高い人のほうが学習スピードは速かったんです。

でも、5年、10年、20年経ったら、学習し始めた年齢が低い人のほうが高い習熟度を身につけることができました。ですから、最終的な到達度は、小さいころにスタートしていたほうが高くなるけれど、それが発揮されるのは何年も経ってから、ということですね。

そして、そういうデータは、基本的には、その国に移住した人の場合に得られています。日本国内でずっと英語を外国語として学んだ人の場合にもそういう子どもの優位性があった、ということを示した研究は、実のところあまりないんですね。

ですから、子どもの優位性があるとして、それを発揮させたいのであれば、海外に移り住んだ人が数年の間に得られるのと同じくらいの大量のインプットを子どものころに確保できるかどうか、ということが一つの鍵になってきます。

これを日本の環境で実現しようとするとかなりがんばらないといけませんが、もしできれば、理論的には、子どもの優位性が出てくるということになると思います。

 

―では、日本の環境では、いくら早くから英語に触れ始めたとしても、例えば、週に1回、幼稚園で触れるという程度では、あまり効果がないでしょうか?

そういうことになりますね。週1回であっても何年も続けていれば数百時間のインプット量を確保できるので、プラスの効果があると思いますが、中学生や高校生になって勉強時間を増やして確保できるくらいの量でもあります。

ただ、幼少期の場合は、親ががんばればインプット量を確保できますが、中高生になると本人のがんばり次第になってしまうので、幼少期のほうがコントロールしやすいとは思います。

また、言語習得の優位性というわけではありませんが、幼少期のほうが積極性や気持ちの柔軟性が高いというメリットはあります。恥ずかしさなど、英語に対する情緒的なバリアが少ないんです。

やはり中高生になると、英語が上手でなければ英語で会話したり発表したりすることは恥ずかしいと感じてしまいますが、小さい子どもはそういうことをあまり気にせずに、習ったらすぐに使いたくなります。

そういう意味では、子どものほうが学習者としての適性が高いということは言えると思いますね。

 

―もし大量のインプット量を確保できなかったとしても、中高生や大人の状況と比較すると、小さいころから英語に触れることのメリットはありそうですね。音の聞き取りや発音に関してはいかがでしょうか?

子どものほうが聞き取り能力は高いということがよく言われますが、実験的に確かめるとなるとちょっと難しい面はあります。ただ、聞いた音声をそのまま素直に受け止めて真似して再生する能力は、子どものほうがかなり高いです。これは、私も研究の中で感じていますね。

大人は、音声に限らず、どんな情報に関しても、自分にとって価値や意味があるかで情報の取捨選択をしています。そうしないと、あまりにも大量に入ってくる情報を脳が処理しきれなくなるからですね。

一方、子どもは、情報を全部取り込みます。ですから、子どもに英単語を聞かせてリピートさせると、聞こえた音をすべて真似しようとします。声の大きさやイントネーションも子どものほうが素直に捉えますね。

ですから、子どものほうが音声面に関する感受性が高いと言えると思います。

 

―子どもが言っていることをお母さんは聞き取れないけれど、実は英語だったということはあるようですね。子どものほうが音声を素直に捉えることができるということは、脳の発達からしても理にかなっているのでしょうか?

そうですね。基本的には、音声の聞き取り能力に関しては、どんな音も聞こえる状態から自分の母語しか聞こえない状態になっていきます。これを「刈り込み」と言います。

そのお母さんは、日本語だけをうまく聞き取れるように脳が最適化されているわけです。一方、お子さんは日本語に特化した脳になる前の段階なので、ほかの言語もある程度聞き取れる状態ということですね。

日本語にない音を聞き分けられる能力は、1歳くらいまでに落ちてしまうのですが、言語に限らず、音の高低や強弱の違いを感じる力など、音に対する感受性は年齢が高くなるにつれて徐々に低くなっていきます。

 

おわりに:まずは「こういう状況ではこう言う」というストックを増やすことが重要

「英語を聞いて理解はできるけれど話せない」という日本人はたくさんいます。文部科学省による中学3年生・高校3年生を対象とした英語力調査(文部科学省, 2018)でも、「話す」・「書く」といった発信技能の弱さが浮き彫りになりました。

すると、アウトプットの機会をいかに増やすかということに重点を置きたくなるかもしれません。しかし、英語を話す必然性のある場面を用意しても、「英語で何て言うかわからない」と黙ってしまったり、黒板に書かれた英文を見ながら言うだけになってしまったりする子どもは一定数いるのではないでしょうか。

ここで一度立ち止まって見直さなければならないことは、そもそもアウトプットできるようになるためにはどのようなプロセスが必要なのか、ということです。

尾島教授によると、大量のインプットがあり、かつ、そのインプットが頭の中に定着してくることで、自然とアウトプットにつながります。

さまざまな場面で英語に何度も繰り返し触れた結果、「こういう状況ではこういうふうに言っていたな」と思い出して口に出すことができ、文法知識だけではなくその記憶も頼りにして文をつくることができるようになるのです。

このプロセスは、誰もが母語の習得で経験していることでもあります。それゆえ、インプットを重視することは、単語や文法の暗記が苦手な子どもたちもアウトプットできるようになるための鍵となります。

大量のインプットをいかに確保するか、という点は、日常生活や学校で英語に触れる機会が限られている日本の環境では大きな課題となりますが、乳幼児期からの「おうち英語」は、その解決策の一つになり得ます。

人生において最も時間を確保しやすい時期であり、親の努力によって環境づくりができるからです。

「おうち英語」の最も重要な価値は、より多くのインプットを子どもに与え、アウトプットを支える土台をつくることだと考えられます。

 

〜次回は、「効果的なインプットにするために重要なポイントは?」をテーマに紹介します〜

 

(※1)家庭で子どもが英語に触れる環境をつくること

(※2)Oyama (1976)、Johnson & Newport (1989)、DeKeyser (2003)、Weber-Fox & Neville (1996)、なHartshorne et al. (2018)など

 

【取材協力】

尾島 司郎教授(横浜国立大学 教育学部 学校教員養成課程 英語教育)

横浜国立大学尾島教授のお写真

 

<プロフィール>

専門は、第二言語習得。事象関連脳電位(ERP)などの脳機能計測方法を用いて、英語習得の脳内メカニズムを解明し、その研究成果を教育に役立てることを目指す。エセックス大学大学院(イギリス)の言語学研究科博士課程を修了。科学技術振興機構 社会技術研究開発センター 研究員、慶應義塾大学 社会学研究科 特任准教授、東京大学 総合文化研究科 特任研究員、滋賀大学 大学院教育学研究科 准教授、横浜国立大学 教育学部 学校教育課程 英語教育 准教授などを経て、2021年度より現職。一般社会向けの情報発信や学校のサポートなどにも力を入れている。

https://twitter.com/Shiro_OJIMA

 

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参考文献

DeKeyser, R. M. (2003). The robustness of critical period effects in second language acquisition. Studies in Second Language Acquisition, 22(4), 499-533.

https://doi.org/10.1017/S0272263100004022

 

Hartshorne, J. K., Tenenbaum, J. B., & Pinker, S. (2018). A critical period for second language acquisition: Evidence from 2/3 million English speakers. Cognition, 177, 263-277.

https://doi.org/10.1016/j.cognition.2018.04.007

 

Johnson, J. S. & Newport, E. L. (1989). Critical period effects in second language learning: the influence of maturational state on the acquisition of English as a second language. Cognitive Psychology, 21, 60-99.

https://doi.org/10.1016/0010-0285(89)90003-0

 

Oyama, S. (1976). A sensitive period for the acquisition of a nonnative phonological system. Journal of psycholinguistic Research, 5, 261-283.

https://doi.org/10.1007/BF01067377

 

Weber-Fox, C. M. & Neville, H. J. (1996). Maturational constraints on functional specializations for language processing: ERP and behavioral evidence in bilingual speakers. Journal of Cognitive Neuroscience, 8(3), 231-256.

https://doi.org/10.1162/jocn.1996.8.3.231

 

文部科学省.(2018)「平成29年度英語力調査結果(中学3年生・高校3年生)の概要」https://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/__icsFiles/afieldfile/2018/04/06/1403470_01_1.pdf

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