日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2022.06.27
第二言語習得を脳科学的に研究する尾島 司郎教授(横浜国立大学)は、「おうち英語」(※1)に取り組む親御さんや学校の英語教員向けにSNSを通じた情報発信をしています。そこで、英語習得やおうち英語に関するさまざまなテーマについて尾島教授にお話を伺い、複数回に分けて内容を紹介します。
第4回目となる今回は、子どもの英語アウトプットに対する親のサポートについて考えます。
著者:佐藤有里
第3回目の記事「『思考』から出発するアウトプットの経験が必要」はこちら
まとめ
・子どもが「交流したい」と思える誰かと英語で話す機会をつくれるとよいが、できなくても悲観する必要はない。
・子どもが英語を口に出したときは、無理をして英語で返答したり英語で話しかけたりしなくてもよい。英語を使おうとしている子どもの姿勢を温かく見守る。
・子どもの英語が間違っているときは、長期的な視点で考えると、その場で直そうとするのではなく、質の良いインプットを大量に与えて正しい文で言えるようになるのを待つほうがよい。間違いばかりを気にしないようにすることも大切。
【目次】
―前回のお話では、子どものころからアウトプットの機会があれば、より無意識に、スムーズに話せるようになる可能性が高まることがわかりました。ただ、日本では、子どもに英語でのやり取りを頻繁に経験させることは難しい家庭が多いと思います。親はどのように考えればよいでしょうか?
日本の英語学習では、自然なコミュニケーションの機会がないことが普通です。
ですから、そのような機会がなくても悲観する必要はありませんし、親として責任を感じる必要もありません。
もし無理のない範囲で可能なら、子どもが「話したい」、「交流したい」と思える誰か(ネイティブ・スピーカーの先生やお友だち、ネイティブ・スピーカーではないけど英語が話せるお友だちなど)と会える機会や、オンラインで話せる機会があるといいですね。同じようなニーズを持つ子どもたちが集まる会などでもいいかもしれません。
―例えば、子どもは、聞こえた英語をリピートする、何度も聞いている英語の文を覚えて暗唱する、知っている英語を使っておままごとをする(独り言)、といった方法で英語を口に出すことがあります。他者とのやり取りではありませんが、アウトプット力を身につけるにあたってプラスの効果はありますか?
リピートする、暗唱する、独り言を言うなどの行為は、ほかの人とのやり取りではないので、アウトプットの効果としては限界もありますが、英語を使うトレーニングにはなるので、英語表現の習得を促進する効果があると思います。
また、歌をうたって楽しいのと同じで、ことばは使って楽しいものです。ことばを自分の一部として楽しみながら長く使っていくことが大事ですね。
そもそも、第二言語習得は家庭で完結させる必要はないので、家庭でできる範囲で、その一部の習得を促進させるサポートができれば十分です。
―もし子どもが英語で誰かと会話する機会をつくれなくても、自然と英語を口に出すことを楽しめるようなサポートができればOK、と考えるとよさそうですね。
英語習得は、幼少期に家庭で何もやらなければ、本人が学校で勉強するのがメインになりますから、家庭で英語に触れている分、先に進んでいると言えますよね。
家庭でしていたことが土台となって、もしかしたら小学校でALTの先生と話すときに役立つかもしれませんし、自分よりも英語が話せる同年代の子たちと集まったときに「がんばろう」と思ってもっと上のレベルを目指すようになるかもしれません。
誰かと比べて「うちはこれができていない」とマイナスに感じるのではなく、何もやっていない状態と比べてプラスになっている、というふうにポジティブに捉えるといいのではないでしょうか。
―家庭で英語環境をつくっている場合、子どもが英語を口に出したときに親はどのような反応や返答をすると英語習得にとって効果的でしょうか?
もちろん、親が何かポジティブな反応を見せたほうがいいですが、母語の習得は、親のポジティブな反応がなくても起こります。ですから、子どもの第二言語習得に親のポジティブな反応が必須かはわかりません。
子どもが何か言ったときに親が反応してあげることは、子どものことばや情緒の発達を促進させるという面があると思いますが、世界中のいろいろな部族を見てみると、子どもがペラペラと話し出すまで親はまったく話しかけないという部族もいます。
また、親が子どもに話しかけるときには、子どもがわかりやすいように抑揚を豊かにする、ゆっくり話す、などの特徴があり、「マザリーズ」と呼ばれていますが、親がこのような話し方をしない部族もいます。
ですから、親の反応や語りかけは、あったほうが言語習得は促進されるけれど、なくても習得できる、つまり必須の条件ではないと思っています。
おうち英語においては、英語が話せる親御さんは英語で返答したらいいと思いますが、英語を話せない親御さんが無理して英語で返答したほうがいいとは思いません。負担になりすぎない程度に、ポジティブな反応をすればいいのではないでしょうか。
―ポジティブな反応とは、具体的にどのようなことでしょうか?
親が英語で何か返すというわけではなく、英語を使おうとしている子どもの姿勢を温かく見守るということです。
これは、英語に限らず、ほかの習いごとでの上達や、ほかの種類の成長を温かく見守ることとそれほど変わりません。体操を習っているお子さんが逆立ちを2秒だけできるようになって、おうちで見せてくれたら、もちろん親は温かく見守ったりほめたりしますよね。それと同じことだと思います。
四六時中、子どもが英語の歌をうたったり英語で独り言を言ったりするたびに「すごいね」と反応するのも大変ですから、否定せずに見守る、子どもが「見てほしい」、「ほめてほしい」と思っているときにちゃんと反応してあげる、ということで十分です。
子育て全般について言えることですが、子どもが欲しているものを与える、ということですね。
―子どもの英語に間違いがあったときには、どのように反応したらいいでしょうか?特に英語が得意な親御さんは、このような悩みを抱える方が多いようです。
これは、長期的な視点で考えたほうがいいですね。
子どもの英語に間違いがあった場合、英語の先生であればリキャスト(メッセージの内容は同じだが正しく表現されている文で返す)をするかもしれませんが、親は、先生である必要はありません。
自分の語学力に自信があればやってもいいですが、小さい子どもは、リキャストされても、間違いを直されたことに気づきません。
かといって、子どもがポロッと言った英語の間違いを親がはっきりと訂正してしまったら、子どもはいやになりますし、親もそんな役割を担うのはいやになると思います。
明らかに勉強として英語を使っている場であれば、はっきりと訂正してあげてもいいですが、小さい子どもは明示的に訂正されてもなかなか直せない、ということが言語学の研究で言われています。
大人は、ことばを自分から切り離して、それについて考えたりすることができますが、小さい子どもは、ことばを客観視することができないからですね。
―親が英語の間違いを直そうとしても、子どもにとっては、あまり効果的ではないのですね。
子どもにとって、ことばというものは、自分の気持ちを表現するツール、親の意図を理解するツールであり、それが体に染みついています。
体で覚えている、体得している、自分とことばが一体化している、というイメージですね。ですから、「〜と言いなさい」と言われたとしても、それを真似して言うかもしれませんが、理解はできないので、次の瞬間からもう忘れてしまうと思います。
明示的な指導が効果的になってくるのは小学校高学年以降ですが、そのような指導で知識を得たとしても、それを自動的に使えるようにならないことは多いです。明示的に教えることができればすべてが解決するかいうと、そうではなく、むしろ、そこから先に長い時間がかかります。
ですから、親は、アウトプットの間違いを訂正するよりも、良質なインプットを大量に与えて、それが定着した先に自分で正しい文で言えるようになるのを辛抱強く待つほうがいいですね。
―質の良いインプットが大量にあれば、いずれは自分で間違いを直せるようになるということですね。
そうですね。たくさんのインプットが定着してくると、英語の正しいイメージが自分の中で生まれてきて、そのイメージから外れることを言ったときに自分で直そうとします。
これは、心理言語学の用語で「self-repair(自己修復)」と呼ばれています。
私たちは、言い間違えたときには、自分で言い直したりしますよね。脳は、自分が言ったことを聞いて、頭の中にあるイメージと照らし合わせて自動的にチェックして、間違っているときには反応する、というふうにできています。
このループが正常に働いている限りは、英語の内的なイメージ(頭の中のイメージ)が正しければ、自分で間違いを直すようになります。
―間違ったまま使い続けていると、その間違いが定着してしまうのではないか、と心配される親御さんもいるようですが、どのように考えたらよいですか?
大学生になってもずっと間違った英語を使い続ける人はいますが、それは、インプットが少ないことにより、正しい英語がどういうものなのかというイメージがないからです。
頭の中にある英語の総量がとても少ないために、自分が言ったことをそこと照らし合わせても、間違いに反応できない、ということです。
方言についても、同じことが言えます。ある地域に引っ越すと、その地域で話されている方言をたくさん聞いているうちに、そのインプットが頭の中に定着していきます。すると、自分が言ったことがそことマッチしなければ、変な感じがして、自分でイントネーションなどを変えたりするようになります。
このように、インプットがアウトプットを修正していきます。
ですから、まずは長期的にたくさんのインプットを入れて、その結果として、間違った英語を言わなくなる、というのが一番理想ですね。
―すると、親ができるサポートとしては、大量のインプットを与え続ける、ということでしょうか?
そうですね。ただし、英語習得を親のサポートだけで完結させる必要はありません。
母語の習得であっても、一人の人間が全部に責任をもっていることはありえません。
はじめは、お父さんやお母さんが関わるかもしれませんが、その先は、保育園や幼稚園、小学校で先生やお友だちと触れ合ったり、勉強として母語について学んだり、母語を使って学習したりすることで、母語の能力が伸びていきます。
また、子どもは、自分が言っていることを文字で確認できるようになると、間違いに気づく可能性もあります。例えば、私の子どもは、保育園に通っていたときにテレビのことを「テベリ」と一時期は言っていましたが、字が読めるようになって間違いに気づいたのか、いまは「テレビ」と言っています。これは極端な例ですが、読み書きを学び始めると、正確にことばを使えるようになるきっかけになると思います。
英語の習得についても、親がおうち英語で完結させる必要はなく、リーディングの際に目で文字を確認したり、中高生になってから文法を学んだり、留学先でネイティブ・スピーカーの英語を聞いたりして、自分が使っていた英語が間違っていることに気づくかもしれません。
親は、長期的に見て、さまざまな人との関わりや社会の仕組みをすべて利用して、最終的に正しく使えるようになればいい、という発想でいいと思います。
―間違いを直す、ということに親が責任を感じすぎないことが大切ですね。
はい。そもそも、誰もがなかなか直せない間違いもあります。
日本人にとって、三人称単数現在(三単現)の-sや複数形の-s、冠詞は、正しく使えるようになることがかなり難しいです。三単現の-sなどは、母語がほかの言語でも難しいです。
幼児期に海外に移り住んで現地で英語を習得しても、何年経っても正確に言えるようにならないこともあります。
このように、正しい英語を話せるようになることは簡単ではありませんから、中学や高校、大学に任せる部分もあっていいですし、親が義務を感じて幼少期から過剰にサポートする必要はありません。年齢が上がったときに子どもが親に尋ねてきたら、自分でわかる範囲で明示的に説明してもいいですが、英文法を正確に説明することは英語教員でも難しいです。
多くの人にとって完璧に見えるようなバイリンガルでさえ、専門知識のある人が見れば、間違いが見つかることもあります。ですから、間違いばかりを気にしても仕方ありません。
最終的には、英語をツールとして使えるかどうかが大切です。
おうち英語に取り組んでいる親御さんは、子どもが英語を口に出し始めると、うれしい反面、新たな疑問や悩みが出てくるのではないでしょうか。
「もっとアウトプットの機会をつくってあげたいけれど、なかなか難しい」、「英語が苦手だから、子どもの会話の相手をできない」、「英語の間違いが気になってしまう」など、家庭環境や親の英語力によって、さまざまかもしれません。
しかし、すべての疑問・悩みに共通して、親が責任を感じすぎないことが大切、ということが尾島教授のお話からわかりました。
前回の記事でご紹介した通り、英語で誰かと交流する機会が子どものころからあることは、アウトプット力を高めるうえで効果的です。しかし、そのような機会をつくれないからといって、おうち英語の取り組みが無駄になるわけではありません。
また、親が無理に英語を話したり、子どもの間違いを直したりする必要もありません。
ことばは、母語であっても、外国語であっても、生涯にわたって、さまざまな場面で学び続けるものです。幼少期の取り組みだけで将来の言語能力が決まるわけではないため、子どもが興味をもって長く学び続けたいと思えることが大切です。
できる範囲でアウトプットの機会をつくりながら、子どもの成長を温かく見守る。親がそのようなリラックスした姿勢でいることが、子どもが本来持っている「アウトプットは楽しい」という気持ちを育て、将来の英語を話す力につながるのではないでしょうか。
(※1)家庭で子どもが英語に触れる環境をつくること
【取材協力】
尾島 司郎教授(横浜国立大学 教育学部 学校教員養成課程 英語教育)
<プロフィール>
専門は、第二言語習得。事象関連脳電位(ERP)などの脳機能計測方法を用いて、英語習得の脳内メカニズムを解明し、その研究成果を教育に役立てることを目指す。エセックス大学大学院(イギリス)の言語学研究科博士課程を修了。科学技術振興機構 社会技術研究開発センター 研究員、慶應義塾大学 社会学研究科 特任准教授、東京大学 総合文化研究科 特任研究員、滋賀大学 大学院教育学研究科 准教授、横浜国立大学 教育学部 学校教育課程 英語教育 准教授などを経て、2021年度より現職。一般社会向けの情報発信や学校のサポートなどにも力を入れている。
https://twitter.com/Shiro_OJIMA
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