日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2022.01.31
日本の英語教育は近年さまざまな改革が行われていますが、「話す」、「書く」といったパフォーマンスをより重視するようになったこと、英語の授業を英語で行うようになったことは大きな変化です。これらの変化はなぜ必要なのでしょうか。教員の指導方法や意識はどのように変化させる必要があるのでしょうか。今回は、中高生の英語力調査や英語教員の意識調査、効果的な英語指導方法などの研究に携わってこられた森博英教授(東京女子大学)にお話を伺い、日本の英語教育における今後の課題を教員のみなさんへのメッセージとともにご紹介します。
【目次】
―先生は、文部科学省による英語力などの調査(※1)の分析に携わっていらっしゃったご経験があると思いますが、どのような経緯で携わるようになったのでしょうか?
以前、文部科学省の「『英語が使える日本人』を育成するための戦略構想」という英語教育改革があり、その第一研究グループに所属していました。その時に中学校と高等学校の段階で求められる英語力の指標に関する研究(※2)を実施していました。また、文部科学省の英語教育改革に興味があり、一般公開されている会議をよく傍聴していたこともあって、お声をかけていただいたのかもしれません。文部科学省が実施する大規模な調査に参加できる機会をいただけるのはとても貴重な経験で、私がそのお役に立てるのであれば光栄なことだと思って引き受けました。
―そのご経験から、日本の英語教育で依然として解決されていないと思われる学習者の課題は何でしょうか?
どの年度の調査においても、「話す」、「書く」といった発信技能の弱さ(※3)が顕著であることがはっきりとわかりました。ここのところ年々徐々に改善しつつありますが、まだ改善の伸びしろはありますね。
―発信技能が伸びない理由は、どのようなものが考えられるでしょうか?
まずは、発信技能の指導があまりなされていないためだと思います。大人数のクラスでスピーキングやライティングの指導をするとなると、手間も時間もかかります。日本では、主に教員が黒板を使って日本語で説明する文法やリーディングの指導が中心の授業が展開されてきました。でも、発信技能を育てるためには、生徒が英語を使う機会を設ける必要があります。そのような指導方法の浸透がまだ十分でないのかもしれません。
また、大人数に対して発信技能のテストを行うことはなかなか難しく、受験が未だペーパーテスト中心であることも理由だと思います。
さらに、発信技能の評価は、「パフォーマンス評価」と呼ばれる、比較的新しいタイプの評価です。生徒が塗りつぶしたマークシートではなく、生徒が実際に書いたり話したりしたものを、ルーブリック(※4)などを使って評価します。そのような評価方法もまだ浸透していないのだと思います。パフォーマンステストを実施している割合は、中学校では8割以上ですが、高校では4割に満たないのが現状です(※5)。これには、いろいろな理由が考えられます。大人数にパフォーマンステストを実施するのは時間的に難しく、また、評価方法を身につけるのにはある程度訓練が必要で、大学の一般選抜入試でも導入している大学が極端に少ない、などといった理由でしょうか。ただ、十分に工夫すれば実施不可能というわけでもないように私は思います。
あとは、教員の英語力が追いついていないのではないか、ということもときどき言われますね。でも、教員の英語力は実はここ数年でかなり上がってきているんです(※5)。さらに、最新の研究結果(※6)を見ると、英語の教員は「英語力がない」という理由だけで発信技能の指導をしないわけではない、ということも言えそうです。ですから、英語力も指導力も、さらには、教育環境もすべて大切であり、教員としては、そのような重要な要素のどれかが欠けたり、弱かったりすると、なかなか発信技能の指導にトライできないのでしょう。
―先生は、教員による学習指導要領の理解に関するご研究もされていらっしゃいます。教員には、どのような課題があるでしょうか?
教員の多くが英語の新学習指導要領に明記されている英語教育の理念や目的、言語活動の実践に関して概ね賛成していることが研究結果からわかりました。例えば、英語の授業は英語で行うことの大切さは認めているわけです。でも、だからといって、必ずしも英語で授業を実施しているわけではありませんでした。少なくとも大切さを認めていただけていることは進展の兆しだと思います。また、理想像と現実のギャップがあり、現実化するための工夫が課題であることがわかったことは大きな意義があったのではないでしょうか。
―いかに理想を現実に落とし込むか、というところが課題なのですね。英語の授業を英語で行う、という指導方法への理解度は、教員の年齢層によって違いがありますか?
興味深いことに、年代別に見ると、英語の授業を英語で行うことに対する肯定的な意識は、20代の教員が最も低かったのです。若い教員ほど新しいことにチャレンジしたがるのではと思っていたので、意外な結果にとても驚きました。
ただ、自分の若かりし頃を振り返ってみると、若い先生方は教育現場に慣れることや日々の授業を行うことだけで一杯いっぱいで、新しいやり方に取り組む余裕がないのかもしれませんね。そのため、まずは自分が中高生のときに教わった方法で教えてみたり、周りの先生方の教え方を見習ったりしているということなのだと思います。あとは、自戒の念も含め、大学の英語の教職課程の授業で、新しい取り組みについての指導がどこまできちんとなされているのか、という点も重要だと思っています。このような理由については、今後くわしく調査していきたいと思っています。
―教員の意識は、だんだんと変わってきているのでしょうか?
かなり変わってきたのではないでしょうか。約10年前の調査と比較すると、実践的でコミュニカティブな英語力が重要だ、といった言語活動の実践に関する認識は高くなっています。実行するためには、まず認識が高まることが必要なので、とても良い傾向だと思います。
ただ、教育の改善においては、「まずは実際にやってみる」という、実行することによってさらに認識を高めていくというプロセスも大切だと考えています。現に、英語教育に限らず、どのようなことでも理想や理念は、実際にやってみないと本当に良いかどうかはわかりません。実際にやってみたうえでのご意見を現場の先生方からいただければ、文部科学省の英語教育関係者もよりよい指導法を模索して学習指導要領等に反映させて、学校における英語教育がより良い方向に進んでいくのではないでしょうか。
―先生は、学習者の「間違い」に対して教師がフィードバックをすることの効果に関する研究をされていらっしゃいます。どのようなきっかけ・理由で関心をもたれたのでしょうか?
修士論文では関係代名詞節の習得に興味があって、関係代名詞節がなぜ難しいか、ということをテーマに論文を書きました。なぜ難しいか、ということは、なぜ間違えるか、ということにつながりますので、昔から「間違い」に興味があったのだと思います。
また、間違いに対するフィードバックは「訂正フィードバック」と呼ばれているのですが、第二言語習得論では理論的に、また、英語教育学では実践的に、それぞれとても興味深いということで、とても盛んに研究が実施されてきた分野です。
大学院生のころから子どもへの外国語教育の実践やその効果に興味があったので、実験室での実験というよりは、実際の教室での先生と学習者のやりとりのデータを集めて分析をしたいと思いながら博士論文のトピックを探していました。そのような日々を過ごす中、ある日、図書館で、フランス語イマージョン教育を実践する小学校の教室内での先生と児童の会話データを基にした訂正フィードバック研究を目にしたときに、直感的にビビッと「博士論文のトピックはこれだ!」と思いました。それから訂正フィードバックに関する研究をするようになりました。
―先生が研究を始められた当時は、訂正フィードバックの効果についてはどのようなことが言われていたのでしょうか?
当時は、訂正フィードバックはリキャスト(=誤りの言い直し)が効果的と言われていました(※7)。例えば、生徒が “I goed shopping yesterday”(動詞goの過去形の誤り)と言ったら、教師が “Oh, you went shopping yesterday“というふうに言い直す、ということですね。
ただ、教室内でのやりとりを見ていると、必ずしもそうではなく、特にコミュニカティブな活動の中では、リキャストは訂正フィードバックだとは気づかれにくい(※8)ということもわかってきました。これが先ほどお話しした、図書館で出会った論文です。
つまり、教室内でのやりとりを分析した結果は、いろいろな条件をコントロールして行う実験の結果とは違っていた、ということですね。そこで、第二言語習得研究の結果を教育現場で生かしてもらうためには、実験という研究手法だけでは限界があり、実際の教育現場でデータを集める教室第二言語習得(ISLA)研究が大切であることを実感しました。
もともと中学校か高校の英語の教員になることを夢見ていて、英語教育実践をより良くするために第二言語習得研究の道に進んだので、このような研究に出会えたのは、何よりもうれしかったです。
―先生の訂正フィードバックに関するご研究では、どのようなことがわかったのでしょうか?
博士論文を基にした共同研究(※9)では、教室の学習環境によって効果的な訂正フィードバックの方法は異なる、という結論に至りました。
意味中心の言語活動(例:意見交換)が多い教室で誤りを直す際には、形式(例:文法)に注目がいくように、「正しい形を学習者から引き出す方法」(プロンプト)が効果的です。例えば、生徒が “I goed shopping yesterday.”と言ったときに、教師が ”Oh, you ~?”とか“What did you say?” などと質問を投げかけて、正しい形を学習者に言わせる、という方法ですね。
一方、日本の授業のように、形式中心の言語活動(例:文型練習)が多い教室では、意味に注目がいくように、“Oh, you went shopping yesterday.“ というふうに「正しい形を言ってあげる方法」(リキャスト)が効果的です。
このように、意味と形式への注意のバランスをとることが重要だと考えています(カウンターバランス仮説)。バランスの取れた食生活と似ていますかね。
―教室でどのような活動を行っているかによって、効果的な誤りの直し方は違うのですね。具体的には、どのような英語の指導方法が良いと思われますか?
訂正フィードバックの分野のさまざまな論文を集めて分析して、一般的な傾向をまとめた研究の結果を見ると、訂正フィードバックは概して効果的であるということもわかり、著書(※10)で以下の提案をしています。
① 積極的に誤りを直す
② いろいろな方法で直す
③ 誤りを直していることが相手にわかるように直す
④ 気持ち(例:学習者の不安や自信など)に配慮しながら直す(もしくは直さない)
⑤ 継続的に、また、いろいろな場面で直す
そして、学習者の「間違い」は、言語を正しく使える能力を身につけるためのステップとして捉えるべきだとも考えています。
間違えることは、決して悪いことではなく、「間違い」という段階を経ないと、その先には進めません。赤ちゃんも、何度も転びながら立ち方や歩き方を身につけていきますよね。
これは、例えば「U字型発達曲線」(※11)でうまく説明できます。例えば、goの過去形であれば、学習者は、まず正しい形を模倣する(“went” と言う)。次に、いろいろな動詞の過去形を覚えるうちに、ルール(動詞の語尾にedをつける)を一般化する。もちろん、そのルールは不規則な過去形を持つ動詞には合わないので間違うようになる(“goed” と言う)。しかし、その後、goには一般的な過去形の規則は適用できないことがわかり、不規則形であることを習得する(“went” と言う)。第二言語を習得するためには、この中間の「一般化」という過程がとても大切なんです。
ですから、教師には、生徒の間違いに対しては、「引っ張って導く」というよりは「寄り添って支える」という姿勢でいてほしいですね。生徒が正しい言い方を身につけられるように、足場をかけてあげるようなイメージです。
―「間違い」を必要なステップだと考えることが重要ですね。教師は、その「間違い」を直すことに対して、どの程度強く意識する必要があるのでしょうか?
これまで、間違いをどのように直したら効果的なのか、ということを考えながら研究してきたのですが、最近は、正直なところ、教師は間違いを直すことをそれほど気にしないほうがいいのかもしれない、と考えています。
その理由としては、「理解可能なインプット仮説(※12)」や「教授可能性(※13)」といった考えが示すように、習得の順序(どの文法項目から身につけていくか)は変えられないと言われています。そして、学習者には、ある時点で直せる間違いと直せない間違いがあります。
基本的には、「直せる間違い」の場合でも、教師の役割は学習者が自らの誤りを直す「きっかけ」づくりにすぎません。直すのは教師ではなく学習者自身なのです。そのため、教師が学習者の誤りを直すことで習得を速くする、といった短期的な効果はあるかもしれませんが、これは学習者が自分で誤りを直すという根本的な問題解消にはすぐにはつながらないのではないかと思います。
英語教師が、不自然にならない程度に、正しくはっきりと英語を話してあげること(リキャスト)によって、間違いを直す「きっかけ」づくりをすることはとても大切です。しかし、学習者のモチベーションを高めながら、英語学習を楽しんで継続してもらうためにも、「間違いを減らす」のではなく「正しく言えることを増やす」というふうに、間違いに対する意識を変えることが最も大切なのではないでしょうか。
間違いを直さないと間違える習慣がついてしまう、という行動主義的な考え方もありますが、間違いは、学習者が「こういうときには、こう言うのだろう」という仮説を実際に試して検証した結果なんです。この仮説検証を繰り返しながらも、最終的に正しく言えるようになればいいのですから、ある特定の時点で間違いを完全に直す、ということをあまり気にしなくてもいいのではないでしょうか。
―「間違いを減らす」ではなく「できることを増やす」という意識が大切、とのことですが、具体的にはどのように指導方法に反映させることができるでしょうか?
どんどん発話や作文の機会を増やしてあげるべきだと思いますね。そうすると、学習者は、できないことに自分で気づきますので、それで十分だと思っています。
日本の生徒は、間違いを直してほしいと思う生徒がけっこう多いですから、間違いに気づいて教師に質問してきたり、気にし始めたりしたときには、簡潔に説明してあげるのもいいと思います。
「間違いを減らす」というのは、減点の割合を減らしていく、という減点法の考え方ですよね。でも、野球の大谷選手がホームラン数、イチロー選手がヒット数を増やしてアメリカの大リーグで注目を浴びたように、「できることを増やしていく」という加点法の考え方のほうが学習者にとっては良いのではないでしょうか。なぜなら加点法で後退することは決してありませんので。
※1:平成25年度「外部検定試験を活用した英語によるコミュニケーション能力・論理的思考力の検証に関する調査」、平成26〜29年度「英語教育改善のための英語力調査事業報告」
※2:該当文献:吉田研作・藤田保・渡部良典・森博英・鈴木栄・長田美佐.(2004). 『中学校・高等学校段階で求められる英語力の指標に関する研究報告書』 文部科学省.
http://pweb.cc.sophia.ac.jp/1974ky/final%20reportMEXT2004.pdf
※3:該当文献:文部科学省.(2018)「平成29年度英語力調査結果(中学3年生・高校3年生)の概要」
https://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/__icsFiles/afieldfile/2018/04/06/1403470_01_1.pdf
※4:評価水準とそれを満たした場合の特徴を記述したもの(文部科学省, 2012)
※5:該当文献:文部科学省.(2018)「令和元年度 英語教育実施状況調査 概要」.
https://www.mext.go.jp/content/20200715-mxt_kyoiku01-000008761_2.pdf
※6:該当文献:Faez, F., Karas, M., and Uchihara, T. (2021). Connecting language proficiency to teaching ability: A meta-analysis. Language Teaching Research, 25 (5), 754-777.
https://doi.org/10.1177/1362168819868667
※7:該当文献:Long, M. (1996). The role of linguistic environment in second language acquisition. In W. C. Ritchie & T.K. Bhatia (Eds.), Handbook of second language acquisition, (pp. 413-468). Academic Press.
※8:該当文献:Lyster, R. & Ranta, L. (1997). Corrective feedback and learner uptake: Negotiation of form in communicative classrooms. Studies in Second Language Acquisition, 19(19), 37-66.
https://doi.org/10.1017/S0272263197001034
※9:該当文献:Lyster, R. and Mori, H. (2006). Interactional feedback and instructional counterbalance. Studies in Second Language Acquisition, 28(2), 269-300.
https://doi.org/10.1017/S0272263106060128
※10:該当文献:森博英(2015).「口頭訂正フィードバックの効果」 大関浩美(編)『フィードバック研究への招待 – 第二言語習得とフィードバック』(pp. 71-105). くろしお出版.
※11:該当文献:Kellerman, E. (1985). If at first you do succeed. In S. M. Gass & V. Madden (Eds.), Input in second language acquisition (pp. 345-353). Newbury House.
※12:該当文献:Krashen, S. (1985). The input hypothesis: Issues and implications. Longman.
※13:該当文献:Pienemann, M. (1984). Psychological constraints on the teachability of languages. Studies in Second Language Acquisition, 6(2), 186-214.
https://doi.org/10.1017/S0272263100005015
(後編へ続きます)
【取材協力】
森 博英教授
(東京女子大学 現代教養学部 国際英語学科 国際英語専攻)
<プロフィール>
専門は、応用言語学、第二言語習得論、英語教育学。上智大学で修士課程(言語学)、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で博士課程(応用言語学)を修了。日本大学経済学部 教授を経て、2018年4月より現職。文部科学省による英語力等調査の分析・活用に関する検討委員会の委員を長年務める。外部検定試験を活用した英語によるコミュニケーション能力の検証、および、中学校・高等学校の英語教員の学習指導要領の理解の調査をテーマとして研究を行っている。
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文部科学省(2012).「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ〜(答申) 用語集」.
https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2012/10/04/1325048_3.pdf