日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2019.04.25
2018年5月、ある中学校の生徒たちが英語教員不足のために1カ月も英語の授業を受けられなかった、という報道がありました。
日本の英語教育は、早期化や新しい指導方法・カリキュラムの導入など、大きな変化が起きつつありますが、その変化が本格化すればするほど、「誰が」実施するかが深刻な問題になっています。
【目次】
「学校で英語の授業が受けられない」。これは、学校における英語教育の質向上がますます期待されている日本では、多くの人にとって想像しがたいことではないでしょうか。
しかしながら、2018年5月、島根県松江市立中学校の3年生89名が同年4月から約1カ月間も英語の授業を受けられなかった、という記事が多くの新聞に掲載されました。
報道によると、同校の英語教員(非常勤講師)が人事異動になったため、後任候補者数人に声をかけたものの、断られる、教員免許未更新などで採用・赴任が間に合わなかったことが原因です(市野 et al, 2018;中筋, 2018)。
文部科学省は「全国的に珍しい」(産経新聞, 2018)という見解を示していますが、島根県の教育委員会は「授業に影響が出るのは異例」と述べながらも「他県と教員を取り合っているのが現状」、「今後も起こりうる問題」と認識し、同中学校では前年度に英語教員や養護教員の採用が間に合わないという事態がすでにあったことを明かしています(市野 et al, 2018; 中筋, 2018)。
文部科学省の調査によると、近年は、公立中学校(*1)・高等学校(*2)の英語担当教員数(*3)は減少傾向(4年間で3%減)にあります。
さらに、将来の英語担当教員の候補になり得る外国語科の教員免許を取得した人数は減少傾向がより強く(4年間で24%減)、今後、現役の英語担当教員はますます減っていくことが推測されます。
これらのデータからも、今回の島根県松江市の例は、単なる珍しい出来事として扱うべきではないことがわかります。
出典:文部科学省(2015)、文部科学省(2016b)、文部科学省(2017b)、文部科学省(2018c)
※上記出典のデータを基にIBSグラフ作成
出典:文部科学省(2015)、文部科学省(2016b)、文部科学省(2017b)、文部科学省(2018c)
※上記出典のデータを基にIBSグラフ作成
(*1)小中一貫校の後期課程と中高一貫校の前期課程を含む。
(*2)中高一貫校の後期課程を含む。
(*3)教員免許「外国語(英語)」を所有し、英語の授業を担当している教員。校長、副校長、教頭、主幹教諭、指導教諭、助教諭、講師(常勤に限る)を含む。非常勤講師と臨時的任用の者は除く。
教員不足が生じている学校や教科は、中学校・高等学校や外国語科に限りません。
以下の表は、一部ではありますが、2018年度に報道された学校教員不足に関するニュースを紹介したものです。小学校を含め、全国各地のさまざまな学校で学校教員そのものが不足しており、特に地方においては深刻であることがわかります。
出典:中村(2018)、共同通信(2018)、東京読売新聞(2018)、芳垣(2018a)、上田 et al(2018)、川村(2018)、東久保(2018)
※各報道記事を元にIBS表作成
例えば、文部科学省(2018)の調査によると、2017年度始業日時点で、過去に小・中学校で教員不足が発生したことのある都道府県・政令都市(北海道、茨城県、埼玉県、千葉県、愛知県、福岡県、大分県、鹿児島県、大阪市、北九州市、福岡市)のほぼ全自治体において、実際に配置されている教員数が配置されるべき人数に達しておらず(小学校は全11自治体で計316人不足、中学校は10自治体で計254人不足)、問題が解決していないことが明らかになりました。
人口が多い首都圏や政令都市も教員不足の地域に含まれていることから、地域の過疎化のみが原因だとは考えられません。
出典:文部科学省(2018a)、文部科学省(2018d)
※上記出典のデータを元にIBS表作成
上のグラフが示す通り、小学校教員は、10年近くも前から、採用者数よりも退職者数が上回っています。
中学校教員の場合は、採用者数が退職者数をずっと下回っていたものの、その人数差は年々縮まり、2016年度には小学校同様に退職者数のほうが上回りました。
文部科学省(2006)は、2006年に「教員をめぐる現状」として、教員のうち最も多い年齢層である40〜50歳代の一斉退職期への危機感を示し、教員の確保に関する審議や対応を重ねてきたものの、退職者数の増加に採用者数が追いつかないという現状に至っています。
学校教員になるには、教員免許状を取得し、さらに教員採用試験に合格して採用される必要がありますが、以下のグラフを見ると、教員免許状の授与件数、教員採用試験(公立学校)の受験者数がともに年々減少しています。
教員免許状には、普通免許状のほか、大学などの教職課程での単位・学位を得ていない社会人などが一定条件(教育職員検定への合格など)を満たせば取得できる「特別免許状」や、教員免許が失効した人(退職者や民間企業への就職者など)に期間限定で取得できる「臨時免許状」があります。
2017年度時点で教員免許の95%を普通免許状が占める(文部科学省, 2019)ことから、学校教員を将来の選択肢に入れる学生が減っていると推測できます。
さらに、教員採用試験の受験者数の減少幅はより大きく、2016年度からは教員免許授与件数を下回りました。
採用試験を受ければ、小学校であれば3〜4人に1人、中学校・高等学校であれば7〜8人に1人は採用されており、競争率は年々下がる一方です(文部科学省, 2018d)。
私立学校の採用試験受験者データがないため、正確には結論づけられませんが、大学などで必要な単位を修得して教員免許状を授与されていても、いざ就職活動の時期になると、教員採用試験を受けずに別の職業を選択する、という学生も増えている可能性が高いのではないでしょうか。
出典:文部科学省(2014)、文部科学省(2018d)、文部科学省(2019)
※ 上記出典のデータを元にIBS表作成
※ 教員免許状:普通免許状、特別免許状、臨時免許状を含む。
2013年にOECDが実施した国際調査によると、日本の教員は、1週間あたりの勤務時間が調査参加国(計34カ国・地域:平均38.3時間)のうち最長である53.9時間でした(国立教育政策研究所, 2014)。
小学校教員は週55〜60時間、中学校教員は週60〜65時間働く人が最も多く、勤務時間が長いほど強いストレスを抱えている、という調査結果もあります(リベルタス・コンサルティング, 2018)。
このような教員の労働時間は、日本の厚生労働省が過労働とみなすレベル(週60時間以上)に達しており、過労働状態で働く人の割合が高い業種は「運輸業、郵便業」に次いで「教育、学習支援業」です(厚生労働省, 2019)。
このような現状が「学校教員になりたい人」の減少に繋がっているのではないでしょうか。
学校教員の勤務実態や労働環境に関する問題は、教員の量のみでなく、教員の質にも影響し、ひいては子どもたちへ提供する教育の質低下にも繋がります。
このような認識に基づき、文部科学省は、2019年1月に「学校における働き方改革推進本部」を設置し、3月には改革の趣旨・目的をまとめた公式プロモーション動画をYouTubeで公開しており、早急な問題解決が求められていることがわかります。
小学校での英語教育は、このような状況の中で早期化や教科化、授業数の増加が行われようとしているのです。
教科ごとに担任がいる中学校や高校と異なり、小学校では、基本的には、学級担任が外国語活動または教科としての外国語授業を主に担当します。しかしながら、そのような小学校教員のうち、英語の教員免許状(中・高等学校)を所有している割合はわずか5.4%です(文部科学省, 2018c)。
国内のほぼすべての教育委員会が教員の英語力や英語指導力向上のための研修を行ってはいますが、英語教育に関する専門的な知識や経験がない現役教員にとっては研修参加や授業準備などの業務負担が増えることになります。
また、ALT(外国人講師や留学生、英語が堪能な地域人材などの外国語指導助手)の活用は増えていますが、小学校5・6年生の英語の授業の約6割でしかまだ活用されていません。
また、大学4年生のTOEIC平均スコアを見ると(以下グラフ参照)、英語力の高い学生が「英語教育」に興味をもつとは限りません。
さらに、職種別に見ると、海外(679点)、法務(628点)、財務(595点)、広報(593点)、マーケティング(582点)、経営(578点)、教育(578点)の順で平均スコアが高いことから、「英語力が高い人」=「英語を教える仕事に就く人」ではないこともわかります。
もし、「英語を教えたい」と考えたとしても、英語教育に関わる民間企業が数多くあり、前述のような教員の労働環境問題が解決されないままで保護者からの小学校英語教育への期待が高まる中、「小学校で英語を教えたい」と決意する学生が増えることは考えにくいのではないでしょうか。
出典:国際ビジネスコミュニケーション協会(2018)
※上記出典のデータを元にIBS表作成
京都教育大学教授の泉氏は、以下のように、小学校英語教育において学級担任が果たす役割の重要性を述べています。
「小学校英語では、多様な指導者、指導形態が考えられるが、児童をよく知った担任が関わる利点は大きい。担任教師が入る時と入らない時とで児童の反応に大きな差を感じると答える英語教員も多い。」
出典:泉(2007)
子どもたちの年齢が低いからこそ、子どもたちにとって学校で最も身近な存在である学級担任は、自ら英語を楽しむ様子を見せることで子どもたちをリラックスさせながら「英語を学ぶ側」の手本になることができ、一人ひとりの個性を把握しながら効果的に励ますことができると考えられているのです。
しかしながら、知識・経験、時間・精神的余裕など、あらゆる側面が要因となり、地域社会や保護者からの期待が高まるほど、それが重圧となり、期待される役割を十分に果たすことは難しいかもしれません。
小学校における英語教育は、学習指導要領やカリキュラム、指導方法などにばかり注目が集まりますが、それらをいくら改定・改善しても、肝心の「教える人」がいなければ、その効果に期待はできません。
今後、「小学校で英語を教えたい人」をいかに増やすかは、小学校英語教育にとって極めて重要な課題になるのではないでしょうか。
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泉恵美子(2007).「小学校英語教育における担任の役割と指導者研修」.『京都教育大学紀要』. 110, 131-147. http://hdl.handle.net/20.500.12176/4014
市野塊、長田豊(2018).「英語授業1カ月せず 松江の市立中、教員不足で/島根県」. 朝日新聞2018年5月11日朝刊. 日経テレコン
上田詔子、金来ひろみ、岡本裕輔(2018).「[教育ルネサンス] 副校長・教頭(5)自ら授業 教員不足補う(連載)」. 東京読売新聞2018年11月16日朝刊. 日経テレコン.
川村巴(2018).「県北で教員1人不足 県内小学校、初の定員割れ」. 秋田魁新報2018年11月4日朝刊. 日経テレコン.
共同通信(2018).「全国教員不足600人超—26都道府県と9市の公立校」. 共同通信ニュース2018年7月1日. 日経テレコン.
厚生労働省(2019).「平成30年版過労死等防止対策白書(本文)」. https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/karoushi/18/index.html
国際ビジネスコミュニケーション協会(2018).「TOEIC® Program DATA & ANALYSIS 2018:2017年度受験者数と平均スコア」. https://www.iibc-global.org/library/default/toeic/official_data/pdf/DAA.pdf
国立教育政策研究所(2014).「OECD国際教員指導環境調査(TAILS)2013年調査結果の要約」. http://www.nier.go.jp/kenkyukikaku/talis/imgs/talis2013_summary.pdf
産経新聞(2018).「松江の中学校、教員不足で英語授業1カ月間「空白」…文科省「全国的にも珍しい」」. 産経ニュース2018年5月10日.
https://www.sankei.com/west/news/180510/wst1805100066-n1.html
東京読売新聞(2018a).「教員不足 11道県市で500人 公立小中 授業行えぬ例も」. 東京読売新聞2018年8月3日朝刊. 日経テレコン.
中筋夏樹(2018).「[NEWS EYE] 講師採用 対応後手に 中学英語の授業 1か月なし 島根」. 大阪読売新聞2018年5月18日朝刊. 日経テレコン.
中村総一郎(2018).「公立19校 講師足りず 県教委 退職教員ら登録募る 鳥取」. 大阪読売新聞2018年5月16日朝刊. 日経テレコン.
隣の鳥取県でも、英語教師に限らず、学校教員が不足していることが報道された。(中村, 2018)
東久保逸夫(2018).「公立小中臨機教員:64人不足 採用上回る休業で 県調査/広島」. 毎日新聞2018年12月13日地方版. 日経テレコン.
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http://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/1369258.htm
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文部科学省(2018b).「平成28年度教員免許状授与件数等調査結果について」.
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoin/1353137.htm
文部科学省(2018c).「平成29年度「英語教育実施状況調査」の結果について」.
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文部科学省(2018d).「平成29年度公立学校教員採用選考試験の実施状況について」.
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/senkou/1401021.htm
文部科学省(2019).「平成29年度教員免許状授与件数等調査結果について」.
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芳垣文子(2018a).「教員受験者、最少4528人 小学校2倍切る 道内全体/北海道」. 朝日新聞2018年10月17日朝刊. 日経テレコン.
リベルタス・コンサルティング(2018).「「公立小学校・中学校等教員勤務実態調査研究」調査研究報告書」. http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/09/27/1409224_005_1.pdf