日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2024.05.13
今回レビューした論文:
Printer著「ポジティブ感情と内発的動機づけ:外国語習得の授業における共同創作の物語の活用を自己決定理論の観点から見て(IBS訳)」(2023年発表)
Printer, L. (2023). Positive emotions and intrinsic motivation: A self-determination theory perspective on using co-created stories in the language acquisition classroom. Language Teaching Research, 13621688231204443.
https://doi.org/10.1177/13621688231204443
レビュー著者::Paul Jacobs
翻訳:Yuri Sato
まとめ
●ストーリーテリングの指導法は、自律性、有能性、関係性といった外国語学習者の核となるニーズを高める。
●ストーリーテリングが生徒の感情やモチベーションに顕著な変化をもたらし、ストーリー創作活動への積極的な参加で生徒のコントロール感が高まった。
●ストーリーテリングが生徒間の共同体感覚と帰属意識を育み、よりインクルーシブで協力的な教室環境になった。
外国語を学ぶときにモチベーションが高いと、不安が軽減し、楽しさが増します。そして、学びのプロセスを支えてくれます。モチベーションは、なぜその言語を学ぶのか、どれくらい長く学び続けたいと思うのか、そのためにどれくらい努力したいと思うのか、ということを左右します(Dörnyei & Ushioda, 2021)。
重要なモチベーションの種類として「内発的動機づけ」と呼ばれるものがあります。内発的動機づけは、学習活動に対する心からの興味とワクワク感を特徴とし、学習者を意欲的かつ精力的に参加させます。しかし、将来使うかどうかわからない外国語の学習に対して、生徒が高いモチベーションを維持することは難しい場合があります。
日本で行われた研究では、学年が上がるにつれて生徒の英語学習に対するモチベーションが低下することが報告されています(Carreira, 2006)が、必ずしもこの話の結末を意味するわけではありません。一方で、生徒の自律性を高めるような教師のサポートは、日本の小学生のモチベーションを高めることにつながっています(Oga-Baldwin et al., 2017)。
従来、外国語の授業では、不安や意欲減退といったネガティブな情動要因に焦点が当てられ、楽しさや満足感、学習意義といったポジティブな情動要因についてはあまり研究されてきませんでした(Al-Hoorie, 2017; Saito et al., 2018)。斉藤ら(2018)が示唆するように、楽しさは生徒の自律性やタスクのダイナミック性と関連しており、より注目に値する望ましい学習環境づくりにおいて重要であることを示しています。
したがって、英語の授業でこのようなポジティブな影響を与えること は、多くの生徒たちの人生の歩みを変化させ、年齢を重ねて成長しても英語学習に対して前向きな考え方を維持できるようにする可能性があります。
Printer(2023)は、これらのテーマについて探求するため、スイスの高校におけるフランス語(外国語)の授業にて、「TPRS(Teaching Proficiency through Reading and Storytelling)」の手法を用いたケーススタディを実施しました。TPRSは、生徒と教師が共同で創作した物語を中心に展開する外国語教授法です。物語の中で繰り返し触れさせることにより、高頻度で使われる言語構造の学習に重点を置きます。
この教授法は、Show(見せる)、Tell(語る)、Read(読む)という3ステップから成ります(図表1)。各段階は、学習目標となる言語構造を理解する、物語づくりに積極的に参加する、さまざまなバージョンの物語を読む、というふうに、生徒たちが外国語の学習プロセスに段階的に取り組むようデザインされています。物語や言語構造は目新しく興味を引く方法で何度も繰り返し触れさせ、学習効果を高めます。
このアプローチは、生徒が物語の創作に貢献するため、生徒の「自律性」 を高めて「有能性」と「関係性」の感覚を育み、学習をより意味のある、つながりのあるものにすると思われます(※1)。これら三つの性質は、自己決定理論(Ryan & Deci, 2000)によれば、内発的動機づけを育む基本的なものであり、積極的な学習行動につながると言われています (Cerasoli & Ford, 2014; Muñoz & Ramirez, 2015)。
図表1
この研究(Printer, 2023)は、縦断的調査を行ったケーススタディであり、16~18歳の生徒9人と教師1人を対象に、1学年度の初めから終わりまで実施されました。目的は、TPRSのストーリーテリング活動が生徒の内発的動機づけとポジティブ感情にどのような影響を与えるか、特に「自律性」、「有能性」、「関係性」に焦点を当てて検証することです。
このようなケーススタディでは参加者数が少ないものの、質的研究手法は、深く掘り下げて分析をする、そして、現実を厳密に反映する、という点で価値があり、教育のプロセスを細部まで理解することができます(Dörnyei & Ushioda, 2021)。そのため、質的な研究手法と量的な研究手法の両方を採用する混合研究法(mixed method)のアプローチが研究において一般的になってきています。
この研究では、生徒のモチベーションに関するアンケート調査、授業観察、生徒と教師へのインタビュー調査を組み合わせ、学年度の4段階にわたってデータが収集されました。最初のアンケートとインタビューは、TPRS授業を体験する前の第1段階で行われました。第2段階ではTPRS授業が実施され、第3段階では事後インタビュー、第4段階では遅延事後インタビューがありました。
TPRSストーリーテリング活動の導入は、生徒の感情とモチベーションに顕著な変化をもたらしました。第1段階では、後ろ向きな考え方がフランス語学習と結びついていました。つまり、研究に参加した生徒の多くは、目立った進歩もなく初級レベルの学習を繰り返し、それが無関心や意欲喪失の感情につながっていました。インタラクティブな要素や興味を引く要素に欠ける、伝統的な授業のやり方に慣れてしまっていたのです。
第2段階でTPRS教授法を実施したあとは、大きな変化が見られました。「自律性」の観点からは、自分の学習を自分でコントロールしているという感覚と自分の学習への当事者意識を持っていました。物語をつくり上げたり、登場人物の名前を決めたり、筋書きづくりに貢献したりする活動に積極的に参加していました。受け身で授業を聞く姿勢から主体的に授業へ参加する姿勢へと変化したことで、ただ外国語を学んでいるだけでなく、自分たちで何かをつくり上げているという実感を持っていました。その顕著な例の一つに、生徒二人の間に起こったおもしろい出来事についての物語があります。その物語は、身近に感じられ、その生徒たちの個人的な体験が盛り込まれているため、クラスメートたちの心に大きく響きました。
「有能性」の面では、教師も生徒たちも前向きな進歩を示しました。教師は、生徒たちのフランス語の理解度と定着度が上がったことからも明らかなように、自分の指導の効果が高まったと認識していました。生徒たちは、物語の反復性と主体的な参加によって、言語構造をより理解しやすく覚えやすくなったと述べました。このクラスの初級レベルの生徒たちでさえ、繰り返しとシンプルなストーリー構成の良さに言及しています。それらのおかげで、物語の展開についていけるようになり、自分が学んでいることを実感できるようになったのです。
TPRSはまた、生徒同士の「関係性」を著しく向上させました。物語づくりに主体的に参加することで、生徒たちは共同体感覚と帰属意識を持っていました。協働的な作業によって、自分の貢献が重要で物語の進行に欠かせないものとなり、他者とのつながりをより強く感じることができたのです。このようにみんなで力を合わせて努力するという意識によって、よりインクルーシブで協力的な教室環境がつくられ、何か間違ったときでも、もっとのびのびと安心して授業に参加できるようになりました。
全般的に、授業における感情の関わりもプラスの方向に変化しました。授業観察では、ストーリーテリングの時間に笑顔や笑い声が増えて全体的な興味・関心が強まる様子が見られました。生徒たちは、より深く積極的に参加しているように見受けられ、物語がどのように展開していくのかを知りたくてたまらない様子です。
スイスにおけるフランス語の授業でTPRSの方法論を活用したこの研究結果は、「自律性」、「有能性」、「関係性」を高めるストーリーテリングの手法に取り組むことがより前向きでやる気を引き出す学習環境を育むことを示しています。この結果は、教育者や政策立案者にとって極めて重要です。特に日本においては、英語学習に対するポジティブな感情や楽しいという気持ちを育むことが英語教育の目的の一つであり(文部科学省(MEXT), 2017b, 2017a, 2018)、そのような感情は将来の語学力の伸びにもつながるでしょう。物語の共同創作は、学びのプロセスにおいて自分で選択しているという感覚を与えることで、生徒たちの自主性を促しました。物語の構成における繰り返しとシンプルさの役割は、有能性を促しました。同時に生徒たちは、全員で一緒に物語を創作していることによって他者とのつながりを感じ、関係性への欲求が満たされました。このように、ポジティブな感情とモチベーションの向上が観察されました。
TPRSは、外国語学習者の前向きにがんばろうという気持ちを効果的に促すと思われますが、学習者に役立つ唯一のアプローチというわけではありません。こうした方略のいくつかには、共通する特徴があります。それは、構造化された授業になっていることです。構造化された指導は、適切なペースで行われる明瞭で系統立てられた指導を伴い、十分なフィードバックによって新たな知識を築き上げます(Jang et al., 2010)。これはTPRSを言い表すものですが、ほかの授業スタイルにも応用できます。例えば、Oga-Baldwinら(2017)は、日本の公立学校の小学生515人を1年間にわたって調査しました。この研究は、生徒たちの欲求(自律性、有能性、関係性)がどのようにサポートされるかということに基づき、外国語として英語を教える授業の指導環境がモチベーションにどのような影響を与えるかを明らかにすることが目的です。この研究でわかったことの一つとして、生徒の内発的動機づけは、教師がこれら三つの欲求を満たす環境をつくっている授業かどうかと関係していたことが示されました。高校生であろうと小学生であろうと、外国語学習のモチベーションには自律性、有能性、関係性が関わっていると考えられます。
Printer(2023)の研究はモチベーション面の成果に限定して調査していますが、ほかの研究ではモチベーションと学習成果の高さを関連づけています。そのうち一つは日本で行われた研究であり、ポジティブな感情と外国語学習の成果の関連性を調査したものです。Saitoら(2018)は、外国語として英語を学んでいる日本の高校生108人を対象に研究を行い、発話の理解しやすさ(生徒が話したことをネイティブ・スピーカーがどれだけスムーズに理解できるか)と英語学習に対するポジティブな感情との間に正の相関関係があることを明らかにしました。将来英語を使っている自分( Dörnyei & Ushioda, 2009)について明確なイメージを持っていた生徒たちは、英語をより多く使用する傾向があり、その結果、英語の課題の成績がより優れていました。特に言語発達に関して言えば、ポジティブな感情を育てることには学習者にとっての利点がいくつかあります。
日本の英語教室では、時間の経過とともに生徒のやる気が失われていくことが多いというのが一般的な認識だが、これらの研究は、そうである必要はないことを示唆している。教師がサポートをして、生徒がポジティブな自己イメージを持てるように後押しすることができれば、多くの生徒が前向きな態度で英語学習に取り組む機会を得られるでしょう。
学習者の興味を引きつけるストーリーテリングの性質は、高校の授業だけにとどまらず、あらゆる年齢層の学習者に影響を与えます。物語特有の感情移入と話の構成は、言語習得のための効果的なツールとなります。低年齢の学習者にとっては、ストーリーテリングの想像力豊かでインタラクティブな側面が大いに有効になり得ます(Albaladejo Albaladejo et al., 2018)。興味を引く物語や登場人物が登場する映像を見ることで、子どもたちの注意や好奇心を引きつけ、言語を学ぶプロセスを楽しく記憶に残るものにすることができます(Howard Gola et al., 2013)。同様に、親や保護者と一緒に本を読むことは、低年齢の学習者に心地よく協力的な環境で新しい語彙、文構造、文化的要素を教えることにもなります(Seetal & Quiroz, 2021)。
最後に、この研究は、モチベーションが言語学習において果たす強力な役割と、モチベーションを高めるための特定の教授法が持つ可能性に焦点を当てたものです。これらの知見を考慮することで、日本の教育関係者は、生徒たちにとってもっと魅力的で楽しく、そしてうまく学ぶことができるような外国語学習体験づくりに取り組むことができます。しかしながら、生徒たちのモチベーションに働きかけることはできても、すべての生徒が英語の授業における動機づけに反応するとは限らないということを述べておかなければなりません(Dörnyei & Ushioda, 2021, p. 113)。
生徒たちを丁寧にサポートしたり楽しませたりしている指導者は、すべての生徒が好意的な反応を示すわけではないという点を認識することが極めて重要です。教師は、こうした現実があることを認識し、期待通りの効果が出なかったとしても、決して「自分に能力がないからだ」と思う必要はありません。
(※1)自律性、有能性、関係性の定義:自律性は、自分の行動において自己の主体性や選択の感覚があること。有能性は 、自分が周囲の状況に有意義な影響を与えることができるという感覚を言う 。関係性は、他者とのつながりを感じたいという欲求。
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Albaladejo Albaladejo, S., Coyle, Y., & de Larios, J. R. (2018). Songs, stories, and vocabulary acquisition in preschool learners of English as a foreign language. System, 76, 116–128.
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