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2024.02.13

英語学習のモチベーションが下がってしまうのはなぜ?〜神奈川大学 菊地 恵太教授インタビュー(前編)〜

英語学習のモチベーションが下がってしまうのはなぜ?〜神奈川大学 菊地 恵太教授インタビュー(前編)〜

「英語学習をがんばりたい」、「英語を話せるようになりたい」と思っていたのに、いまは当時ほどやる気がない。そんなふうに英語学習のモチベーションが下がってしまった経験をしている人は多いのではないでしょうか。モチベーションに関する研究の中には、「demotivation(学習意欲の減退)」という分野があります。今回は、この分野で日本を代表する研究者、菊地恵太教授(神奈川大学)にお話を伺いました。前編では、英語学習のモチベーションが下がってしまう要因について紹介します。

著者:佐藤 有里

 

まとめ

●モチベーションが下がる外的要因は、教師に関する要因、授業の内容や特質、授業環境や教材など。内的要因は、学習者の失敗経験、学習者の英語に対する興味の欠如など。さまざまな要因が絡み合って学習意欲の減退につながる。

●それぞれのdemotivator(学習意欲を減退させる要因)にどれくらい敏感に反応するかは、学習者によって異なる。また、学習者は変化していく。一人の学習者や一時点の状態を見て決めつけないように注意しなければならない。

●生徒の「自律性・有能感・関係性」という三つの欲求をバランス良く満たすカリキュラム構築や授業実践は、生徒のモチベーション低下について教師ができることの一つ。また、ポジティブ感情を育てて幸福感を得られるものの幅を広げることは、英語学習のモチベーションにつながる可能性がある。

 

【目次】

 

日本の研究者が活躍している「学習意欲減退」の研究

―菊地先生は、もともと「学習者のニーズ」という視点からカリキュラム構築の研究をされていたとのことです。現在、研究されているdemotivation(学習意欲減退)の研究とどのように関連しているでしょうか?

1998年にハワイ大学の大学院に進学したときは、当時とても注目されていた「タスクに基づいた言語指導法(Task-Based Language Teaching)」に関する研究をしたいと考えていました。若かったので、「日本の英語教育を変えていく人材になりたいんだ」と意気込んでいましたね。

その後、自分なりに現実的な研究テーマに落とし込んでいき、学習者のニーズに基づいた大学英語カリキュラム構築について修士論文を書きました。

このテーマにしたきっかけは、カリキュラム構築についての授業で「まずは学習者のニーズ分析をしなければいけない」と学んだことです。カリキュラムありき、教科書ありきになってしまうと、学習者のニーズが無視されてしまいます。日本の英語教育にもそういうところがあるのではないかと、はっとさせられました。

大学が用意するカリキュラムには、「必修科目」という大きな枠組みからの縛りがあります。そのカリキュラムと、履修する学習者側のニーズが乖離していて、学習者のやる気の低下につながることがあり得ると思ったんです。

 

―その後、学習意欲減退をテーマとした博士論文を発表するまでは、どのような経緯があったのでしょうか?

2001年にZoltán Dörnyei先生が出版された書籍『Teaching and Researching: Motivation』(Dörnyei, 2001)で学習意欲減退についての章を読んだときに、「これはおもしろいな」と思いました。

私が通っていた中学校・高校は進学校だったのですが、先生たちは、「中間・期末テストで良い点を取る」、「成績上位者になる」、「良い学校に入る」というようなことでしか生徒のモチベーションを高めようとしませんでした。

英語という授業では、日本語訳や穴埋めをする読解問題、文法問題を解き、その解説を聞くといった単調な作業な連続で、ただ暗記を求められるだけのような気がしていました。

ですから私は、それに反発して、勉強はしないで音楽をやっていたんです。当時を振り返って、こういうことが学習意欲減退なのだと気づき、おもしろい研究テーマだと思いました。

博士後期課程に通いながら、この研究に興味を持ってくれた先生と共同研究をし、最終的には博士論文のテーマにしました。

 

―先生ご自身も、学習のモチベーションが下がった時期があったのですね。日本では、学習意欲減退の研究者も論文も他国と比べて多いと伺っていますが、実際にいかがでしょうか?

私も専門家として論文の査読を依頼されるのですが、トップの論文誌で発表されている研究は日本人や日本をベースに活躍されている方々によるものが多いですね。

2010年代は、私も韓国人の研究者と競って論文を発表していたので、注目が集まってほかの研究者もどんどん論文を発表していました。

特に、英語が入学試験の科目になっていて受験勉強偏重の英語教育になりやすい日本や韓国、中国などのアジア諸国では、学習意欲減退の研究が注目されていました。

「テストで良い点数を取りなさい」ということだけを言われると、やはり英語を学ぶ楽しさはなくなりますよね。コミュニケーション・ツールとして使えるようになるうえで重要ではない学習をずっとやらされるので、モチベーションの低下に繋がるのだと思います。

ですから、同じような教育環境であろう中国やトルコ、イランなど、アジア・中東の研究者も学習意欲減退に関する論文を書いています。しかし、残念ながら、専門的なトレーニングを受けた研究手法を用いていないためか、注目されません。

一方、日本の研究者は、研究機関で統計分析などのトレーニングを受けてきた方、いわゆる研究者としての素地がある方が多いので、日本をベースに活躍されている方々の論文が論文誌に掲載されやすいと思います。

 

モチベーションが下がるのはなぜ?

―先生の研究では、どのような要因がモチベーションの減退に関係していることがわかりましたか?

外的要因には、教師に関する要因。授業の内容や特質、授業環境や教材などがあります。一方、内的要因には、学習者の失敗経験、学習者の英語に対する興味の欠如などがあります(菊地, 2015)。

<学習意欲減退の要因>(菊地, 2015, p.51)

・教師に関する要因
教師の態度や性格、教える能力や教え方、外国語運用能力

・授業の内容/特質
授業のペース・内容、暗記偏重の難易な文法や語彙学習、大学英語入試
対策に特化すること、単調・退屈な授業スタイル

・授業環境
クラスメートの態度、英語科目が必修であること、活発でない授業活動、不適切な授業レベル、視聴覚教材が使われないこと

・授業教材
自分に合わない教材、興味をかきたてられない教材、大量に配布される
参考書や補助資料

・失敗経験
試験の点が悪かったことからの失望、語彙や熟語が覚えられない、教員
や周りのクラスメートに受け入れられないという気持ち

・英語に対する興味の欠如
学校で学ぶ英語は役に立たない、英語を話せる人にはなりたくないと
いった英語に対する興味のなさ

 

―その中でも特に重要な要因はありますか?

さまざまな要因が絡み合ってモチベーションの減退に影響しますので、どの要因が特に重要かは見えにくいですね。

また、それぞれの要因の重要さは、目の前にいる一人ひとりの学習者の反応を見ながら考えていくことでもあります。

例えば、英語学習の失敗経験があってテストで良い点が取れない生徒たちがいるとします。教師が「勉強しよう」と声をかけることでモチベーションが上がる生徒もいれば、逆にモチベーションが下がる生徒もいるかもしれません。

教師が一つのボールを投げたとしてもどちらに転ぶかわからないので、一概に「この要因が重要だ」ということは言えないんです。

 

―高校生と大学生では、英語学習の意欲が減退する要因やモチベーションを維持する難しさで何か違いがあるでしょうか?

高校生の場合は、大学受験や英検などがモチベーションになります。でも、大学生に英語学習のモチベーションになっていることを聞くと、「TOEIC受験」くらいしか言わないんですよね。

TOEICのための勉強は、ある程度の英語力があればそれほどガツガツとやるものではありませんし、資格に必要な点数を取れるかどうかくらいしか尺度がありません。

ですから、大学生の場合は、将来英語が必要かどうかという点で目標がないので、学習意欲の減退が起こりやすいとは思います。

一方、例えば、大学側にextensive reading(多読学習)をやらせるカリキュラムがあって、「毎日、英語で多読をしなさい」という学習を強制するとします。すると、「英語が好き」という学生であっても、学習意欲の減退につながる恐れがあります。

 

―大学のカリキュラムによっては、もともと英語学習のモチベーションが高かった学生も意欲が下がってしまう可能性があるのですね。

あとは、授業を担当する教員が要因になることもあると思います。

大学の先生は、「自分は◯◯の専門家だ」と思っているので、英語授業の講師であることに対するエンゲージメントが弱いことがあるんです。

 

―英語教育が早期化している理由の一つとして、「英語に慣れ親しませる」ということがありますよね。英語が好きになれば、学習のモチベーションを維持できるという考え方もあります。でも、大学受験を終えたあとまで長期的に見ると、それだけでは限界があるのかもしれませんね。

大学生の場合、特にここ数年は、アルバイトをどんどんやる学生が増えていると思います。少子化の中で、学生たちも労働人口の一部に入れられている現状があります。

先日、学生たちが自分は「バ畜(ばちく)」だと言っていました。「社畜」のアルバイト版ですよね。一度アルバイトとしてシフトに入ると、どんどんシフトに入ってほしいと言われるそうです。

アルバイトのほかにも、恋愛や社会活動など、時間を取られるものがいろいろとあります。ですから、「英語を学びましょう」と言っても、忙しくて時間が取れないでしょう。

このような現状も学習意欲の減退につながる大きな要因だと思っています。

 

「やる気がない」「原因はこれ」と決めつけないように注意

―先生は、どのような要因に注目して研究されていらっしゃいますか?

私は、教室内で起きていることに注目しています。

内的要因に関しては、教師が何かしようとしても、変えることがなかなか難しいところがあります。

外的要因にも、教室内でいじれる外的要因と、そうではない外的要因があります。例えば、困難校と言われるような学校では、クラスのみんながやる気が低い中で自分一人だけやる気を出すのはおかしいと感じる生徒もいますよね。

ただ、教師が教室内でいじれる外的要因であっても、その変化に対して生徒全員が同じように反応するわけではありません。

 

―同じ要因であっても、それが生徒全員のモチベーションに影響するわけではないのですね。

冷房の設定温度に敏感な人とそうではない人がいるのと同じことだと思います。

demotivator(学習意欲を減退させる要因)があったとしても、それに敏感に反応してやる気が低くなる生徒もいれば、「私は目標があるから気にならない」とやる気に影響しない生徒もいます。

例えば、「冷房の設定温度が気になる」という生徒は、もともと授業に集中していなかったのかもしれません。また、そのときにたまたま反応しただけで、次回の反応は変わるかもしれません。

研究を始めた当初は、学習意欲減退の要因を特定することに焦点を置いていたのですが、研究を重ねていくうちに、「いま学習意欲の減退が起きているから、すぐに何かしなければならない」と考えるのではなく、「この生徒はいまはやる気が低くなっているけれど、今後はどうなるのかな」というような観点を持たなければいけないと思うようになりました。

 

―「やる気がなくなってしまう理由」がわかったからと言って、それを生徒全員に当てはめて考えるのではなく、それをヒントにしながら目の前の生徒一人ひとりを理解しようとすることが大切ですね。

あとは、教師はどうしても生徒に対してラベル付けをしてしまう傾向があると思います。

でも、「この子はやる気がない」、「この子は集中していない」というふうにラベル付けした瞬間に、もうそういう色めがねで見てしまいます。

ですから、やる気が低くなっている生徒がいるとき、「要因の特定化」はできますが、「学習者の特定化」をしないように気をつけなければならないと思います。

先ほどお話ししたように、学習者は変化します(Kikuchi, 2017; Kikuchi, 2019: Kikuchi & Lake, 2021)。「この子はやる気がない」と決めつけてしまうと、せっかく学習者が変化しているのに、それに気づけなくなってしまいます。

 

―無意識に「この子はやる気がないから、これをやっても仕方ない」と決めてつけてしまっていることもあるかもしれませんね。

私の場合は、いつもやる気がない生徒に対しても、「今日は、ちょっと目が輝いているね!どうしたの?」と会話を試みたりしています。そうすると、喜んで話してくれたり、「いつもやる気がないわけじゃないんですよ(笑)」と言ったりするんです。

生徒の反応に合わせてさじ加減をしながらですが、いつも気にかけていることを伝えて、やる気を引き出そうとしています。

 

(後編へ続きます)

 

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【取材協力】

神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科 菊地 恵太 教授

神奈川大学 菊地恵太先生のお写真

<プロフィール>

専門は、英語教育、教育心理学(特に英語学習者の個人差)。主に、日本の学習者を対象とした英語教育の方法について研究。現在は、英語学習者へのアンケート調査やインタビューをもとに、学習者のモチベーションを中心に研究しながら、教員が学習者の心理をどのように理解し、教室内でどのようにふるまうべきか、また、カリキュラムをどのように構築するべきか、といったテーマに取り組んでいる。ハワイ大学マノア校にてM.A. [修士] in ESL [第二言語としての英語]、テンプル大学にてEd.D. [博士(教育)], Curriculum, Instruction, and Technology in Education with Specialization in TESOL [TESOLを専門とした教育におけるカリキュラム、指導、テクノロジー] 取得。早稲田大学国際教養学部客員講師(専任扱い)、東海大学 外国語教育センター 専任講師・准教授、神奈川大学 外国語学部 准教授・教授を経て、2023年度より現職。

 

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参考文献

Baker, L. (2010). Metacognition. In Penelope P., Eva B., & Barry M. (Eds.), International Encyclopedia of Education (Third Edition) (pp. 204-210). Elsevier.

https://doi.org/10.1016/B978-0-08-044894-7.00484-X

 

Dörnyei, Z. (2001). Teaching and researching motivation. Harlow: Longman.

 

Kikuchi, K. (2015). Demotivation in Second Language Acquisition: Insights from Japan. Multilingual Matters.

 

Kikuchi, K. (2017). Reexamining demotivators and motivators: A longitudinal study of Japanese freshmen’s dynamic system in an EFL context. Innovation in Language Learning and Teaching, 11(2), 128-145.

https://doi.org/10.1080/17501229.2015.1076427

 

Kikuchi, K. (2019). Motivation and demotivation over two years: A case study of English language learners in Japan. Studies in Second Language Learning and Teaching, 9(1), 157-175.

https://doi.org/10.14746/ssllt.2019.9.1.7

 

Kikuchi, K., & Lake, J. (2021). Positive psychology, positive L2 self, and L2 motivation: A longitudinal investigation. In K. Budzińska & O. Majchrzak (Eds.), Positive psychology in second and foreign language education (pp. 79–94). Springer.

https://doi.org/10.1007/978-3-030-64444-4_5

 

Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78.

https://doi.org/10.1037/0003-066X.55.1.68

 

Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2017). Self-determination theory: Basic psychological needs in motivation, development, and wellness. The Guilford Press.

https://doi.org/10.1521/978.14625/28806

 

菊地恵太(2015). 英語学習動機の減退要因の探究:日本人学習者の調査を中心に. ひつじ書房.

 

 

 

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