日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2024.06.26

バイリンガル教育が母語の言語処理に与える影響

バイリンガル教育が母語の言語処理に与える影響

今回レビューした論文:
Neveu, Gangopadhyay, Ellis Weismer, & Kaushanskaya著 「二言語併用プログラムにおけるイマージョン教育は、子どもの母語の言語処理を妨げない(IBS訳)」(2023年発表)

Neveu, A., Gangopadhyay, I., Ellis Weismer, S., & Kaushanskaya, M. (2023). Immersion in dual-language programs does not impede children’s native language processing. International Journal of Bilingualism, 27(5), 815–841.

https://doi.org/10.1177/13670069221122679

 

レビュー著者:Paul Jacobs

翻訳:Yuri Sato

 

まとめ

1. バイリンガル教育が小学校卒業までに子どもの第一言語に悪影響を与えることはない。

2. バイリンガルの生徒は、最初は言語処理の反応スピードが遅かったものの、最終的にはモノリンガルの生徒と同等の言語処理能力を身につける。

3. バイリンガル教育で言語の習熟度を高めるということは長期間にわたって続くプロセスであり、母語の言語処理に悪影響を与えることはない。

 

この研究は、なぜ大切?なぜ必要?

「バイリンガル校」や「バイリンガル教育」ということばを聞いて、どのようなことを思い浮かべるでしょうか。さまざまな言語が使われるグローバルな世界で力強く生きていく、という子どもたちの将来性に関するポジティブなイメージでしょうか。

それとも、もっとネガティブなイメージで、二つの言語で教育を受けさせることは発達段階にある子どもの脳に悪影響を及ぼすのではないかと考えるでしょうか。英語は非常に有益な言語であるものの日常生活を送るうえで必要な言語ではない、という日本のような地域では、これら二つの感情が両方入り混じっているかもしれません。

バイリンガル教育の実施は、教育機関の目的、言語の使用状況、生徒数などの要因に左右されるため、各地で大きく異なりますし、同じ国であってもばらつきが出ることがあります(Hornberger, 1991)(バイリンガル教育の詳細は別記事をご参照ください: 佐藤(2021a, 2021b, 2024)。

日本で最も一般的なタイプのバイリンガル教育の学校は、今回の議論に最も関連しているのですが、多数派言語を第一言語として話す生徒たち(日本においては、社会で最も多く使われている日本語を第一言語として話す子どもたちとなる)が日本語の能力を維持して高めながら、学業に必要なレベルの英語(またはほかの言語)を身につけさせることを目的としています。そのため、国のカリキュラム(学習指導要領など)に基づいて各教科を教えている学校がほとんどです。

通常、各教科を教えるために日本語と英語が使われ、第二言語の使用割合は50%以上です。これは、パーシャル・イマ―ジョン(partial immersion)と呼ばれることがあります。最初は英語90% – 日本語10%でスタートし、毎年10%ずつ日本語の使用を増やしていき、最終的に英語50% – 日本語50%にする小学校もあります。

このようなタイプのバイリンガル教育は、「早期イマージョン(early immersion)」と呼ばれます(Paradis et al., 2021)。子どもはおそらく初めてバイリンガル教育の環境に入るため、第一言語である日本語のインプット量は、日本の従来の小学校に入る1年生と同等にはなりません。

多くの人が懸念する点はここにあります。つまり、この重要な発達の時期に学校で日本語をあまり教わらなかった子どもの第一言語(日本語)はどうなるのだろうか、教育に英語を取り入れるという目的のために子どもたちは日本語が不自由になるのだろうか、という懸念です。

これはもっともな心配であり、長年にわたって多くの研究で検証されてきました。これらのプログラムのはじめ数年間は、特に読み書き関連のスキルが比較的ゆっくり伸びるという報告はあります(Genesee et al., 1985)。

しかし、小学校卒業までには、バイリンガル教育の学校に通う子どもたちと、一つの言語しか使わない一般的な学校に通う子どもたちの間で、第一言語の到達レベルに差はないことが判明しています(Bostwick, 2001; Genesee, 1978)。その主な要因の一つは、バイリンガル教育を受けている子どもたちが学校の外で豊富な日本語インプットに触れる、ということです。このことが日本語の発達を強化し、学校での二言語使用がよりバランスのとれた割合になるまでの数年間で素早く遅れを取り戻すことができるようになるのです(Paradis et al., 2021)。

日本語は読み書きが非常に難しいため、小学1年生から日本語(国語)を教えるのが一般的です。その結果、カナダのフランス語イマージョン教育と比べて、小学校低学年のうちから日本語と英語の使用割合がよりバランスの取れたものになっています。

最近の研究(Neveu et al., 2023)では、語彙処理と文法処理の観点からこのテーマについて調査が行われています。言語の正しいところと間違っているところをどれだけ正確に、どれだけ素早く識別できるかを測定した研究です。

この研究では、標準化されたテストからもう一段階踏み込んだテストを実施しています。標準化されたテストは、どれだけ多くの単語を知っているかを測り、知識の静的な評価基準です。そうではなく、処理能力はダイナミックな性質があり、単に何を知っているかではなく、言語を使って何ができるかに焦点を当てるものです。この研究者たちは、本記事の冒頭で提起したことと非常によく似た問いを立てています。

社会の多数派言語を第一言語とする生徒たちの場合、一つの言語のみを使う学校に通っているモノリンガルの子どもたちと比べて、学校での1年間のバイリンガル教育によって母語(英語)がどのような影響を受けるか、という問いです。では、この研究の内容を見てみましょう。

この研究では、アメリカ・ウィスコンシン州出身でバイリンガル(スペイン語 – 英語)教育プログラムに通う生徒たちと、一般的な英語のみの教育プログラムに通う生徒たちが選ばれました。全員が英語を第一言語として話します。

バイリンガル教育プログラムの生徒33名(平均年齢9.27歳)、モノリンガル教育プログラムの生徒33名(平均年齢9.17歳) が参加しました。バイリンガル教育の生徒たちは、4~5歳のときから平均4年間バイリンガル教育プログラムに在籍していて、テストの時点ではほとんどが小学3年生でした。

その学校は、最初はスペイン語を優先し、1年生のときはスペイン語と英語の使用割合を90:10にしています。そして、徐々に毎年10%ずつ英語に触れる割合を増やし、5年生までに50:50のバランスになるように調整しています。日本の状況に置き換えると、日本語を話すモノリンガルの子どもたちと、日本語を母語としながら英語・日本語のバイリンガル教育の学校に通う子どもたちを比較するようなものです。

調査は1年以上にわたって行われ、1年目と2年目という二つの異なる時点で評価が行われました。これらの評価が学年度内のいつ実施されたか正確な時期は明記されていませんが、学年度の半ばに実施されたと推測されます。

参加者は、研究室を訪れるごとに2時間のテストを受けました。語彙と文法の知識を測定するため、「ピーボディ 絵の語彙テスト(Peabody Picture Vocabulary Test、略称:PPVT)」第4版や「言語発達テスト 中級レベル(Test of Language Development – Intermediate)」第4版に含まれる形態論の理解テスト(Morphological Comprehension)部分など、標準化された評価方法が使われました。

しかし、こうした「知識ベース」の指標は、先行研究によってすでに基準値が確立されていたため、主な焦点はそれよりもむしろ言語の「処理能力」に置かれていました。言語能力のこの側面は、言語情報を知覚して処理するときの効率性と正確性を評価するものです。

 

処理テスト:語彙と文法の処理

この研究は、語彙の処理能力を評価するため、コンピュータを使って行う、音声による語彙性判断課題(lexical decision task)を採用しました。5歳児が知っている典型的な語彙である二音節の単語40個と、二音節の非単語(存在しない単語)を参加者に提示するというものです。

子どもたちは、音の並びを聞いて実際に存在する英単語として認識した場合はできるだけ素早くニコニコ顔のボタンを押し、単語ではないと判断した場合はしかめっつらのボタンを押すように指示されました。この課題では、回答の正確さと反応にかかった時間の両方を測定しました。

例:単語の場合はtoothbrush(歯ブラシ)、mermaid(人魚)、pebble(小石)など。非単語の場合はtressac、vegra、feencafなど。

形態統語の処理能力は、コンピュータを使って行う、音声による文法性判断課題(grammatical judgement test)によって評価されました。語彙課題の形式を踏襲し、この課題では子どもたちに文を聞かせ、それが文法的に正しいかどうかを判断させました。この課題は、言語の構造的側面を処理し理解する能力の評価を目的に設計されており、やはり正確さと反応時間の両方を測定しました。

例:文法的に正しい文の場合は“They were sharing several comic books while waiting for the next bus.”(彼らは次のバスを待つ間に漫画を何冊か分け合っていた)など。文法的に正しくない文の場合は“While Jacob wait(正しくはwaits) for his friends, he played his Nintendo DS.”(ジェイコブは友人を待つ間にニンテンドーDSで遊んでいた)など。

 

結果:この研究でわかったこと

語彙性判断課題における正確性と反応時間

語彙性判断課題では、モノリンガル教育プログラムの参加者たち(モノリンガル群)は1年目から2年目にかけて回答の正確さが向上し、語彙処理能力の発達が進んでいることが示されました。逆に、バイリンガル教育プログラムの参加者たち(バイリンガル群)は、両年度を通じて高い正確さを維持し、ほかの言語を学んでいるにもかかわらず、語彙知識が安定していることを示唆しています。

注目すべき点は、回答の正確さを二つのグループ間で比較したところ、統計的に有意な差が見られなかったことです。この結果から、この研究者たちは、語彙判断の正確さという点では、モノリンガル教育とバイリンガル教育、どちらの教育アプローチも決定的な優位性はないと結論づけました。

別の言い方をすれば、バイリンガル教育を受けている子どもたちは、モノリンガル教育を受けている子どもたちと同じように、自分の第一言語を正確に処理したということです。

語彙性判断課題の反応時間を見ると、1年目ではモノリンガル群の子どものほうが反応が早く、語彙処理のスピードがより効率的であることが示されました。しかし、バイリンガル群は2年目には反応時間が大幅に短縮され、モノリンガル群に追いつきました。このパターンは、バイリンガル群の子どもたちがモノリンガル群の子どもたちよりも調査期間中に語彙処理の効率性が大きく伸びたことを示しています。

 

文法性判断課題の成績

文法性判断課題では、モノリンガル群もバイリンガル群も、1年目から2年目にかけて文法処理能力の向上が見られました。この向上は、子どもたちが受けている言語教育のモデルに関係なく、言語発達が自然と進んでいたことを意味します。さらに、文法性判断課題の反応時間が二つのグループで同程度であったことから、バイリンガル教育は文法性を判断する能力の発達に悪影響を与えないという説が裏づけられました。

 

考察

この研究では、語彙処理と文法処理の正確さとスピードに差は見られなかったことから、学校で第二言語に触れることによって第一言語が悪影響を受けないことが示されました。唯一の違いは、語彙性判断課題における反応時間です。バイリンガル群の生徒たちは、1年目にモノリンガル群の生徒たちに遅れをとっていましたが、2年目には追いつきました。この現象は、どのように説明されるのでしょうか。

なぜ、この研究ではバイリンガル群とモノリンガル群で差が出なかったのでしょうか。

前述の通り、バイリンガル群の生徒たちは、この研究を実施し始める4年前からバイリンガル教育プログラムで学んでおり、バイリンガル環境に適応するための時間がありました。ほとんどの生徒が小学3年生のときに調査を開始したとしたら、論文著者らの説明によれば、二つの言語に触れる割合はスペイン語70% – 英語30%であったはずですが、調査2年目には英語に触れる割合が40%に増え、学業に必要な英語インプットをより多く学校で提供したことになります。

著者らは、このように長期にわたってバイリンガル教育が継続されたこととだけでなく、その数年間を通じて英語のインプットが増えたことも、今回の参加者たちに同等の結果をもたらしたとの考えを示しています。

この研究に参加した生徒たちは、早期のトータル・イマージョン(total immersion)または90/10プログラムに通う生徒に分類されます。これらの教育プログラムの場合、学校教育の最初の数年間は、生徒の第一言語をモノリンガルの生徒と比較すると、異なる成果が出るかもしれません(Genesee et al., 1985)。しかしながら、小学6年生になると、多くの生徒はモノリンガルの生徒の第一言語と同様の成果を出します(Genesee, 1978)。

二言語の発達は時間がかかるものであり、非現実的な期待を抱いて急いではならないことを強調することが大切です。Cummins(2021)は、第二言語において学業に必要な言語能力を身につけるには5~7 年かかると指摘しています(※1)。今回レビューした研究は、先行研究の結果の多くを裏づけるものであると同時に、第一言語の処理における速度と正確さがバイリンガル教育によって悪影響を受けないことを示すものでもあります。

この研究で用いられたテストは、例えば、表出語彙の能力を使うよりも比較的難易度の低い理解語彙の処理能力など、受動的な処理能力を評価するものであることに留意しなくてはなりません。今後の研究では、言語処理のこの側面を調査する必要があります。

 

この研究をどのように日本に応用できる?

日本では、バイリンガル教育のプログラムを提供する私立学校が増えています(文部科学省IB教育推進コンソーシアム, 2023)(※2)。そして、当研究所の別記事(佐藤, 2024)で説明されているように、公立学校も1校あります。この傾向は、多額の資金を投じる必要があるにもかかわらず、バイリンガル教育に対して保護者の関心が高いことを反映しています。より幅広い子どもたちがバイリンガリズム教育を受ける機会を得られるようにするために、学校の責任者たちがこのようなプログラムを採用したり拡大したりできるような政府の支援が求められています。

教育関係者や保護者にとっての差し迫った懸念事項は、バイリンガル教育が日本の子どもたちの母語(第一言語)能力にどのような影響を与える可能性があるか、ということです。しかし、今回取り上げた研究は、一連の研究とともに(この議論については Baker & Wright(2021)を参照)、バイリンガル教育が母語の発達に悪影響を与えないことを一貫して実証しています。

これらの研究結果は、バイリンガル教育を継続させることの重要性を浮き彫りにしています。本当の意味での二言語の能力は、時間の経過とともに現れるものであり、小学校だけでなく中学校に至るまで、忍耐力と継続的なサポートが必要です。

このような長期的なコミットメントは、確固たる二言語のスキルセットを養い、教養豊かで言語能力に長けた人材を育成するうえでのバイリンガル教育の価値と実現可能性について、保護者にも政策立案者にも確信を持って伝えるためには不可欠です。

 

(※1)この研究結果は、ヨーロッパ言語を対象とした研究から得られたものである。日本語を母語とする子どもたちが英語を追加の言語として学ぶ場合には、さらに時間がかかる可能性がある。

(※2)このリストは、国際バカロレア(IB)プログラムとして認定されている日本の学校数を示している。日本の私立IB校は、全校ではないが、その多くがバイリンガル教育を採用している。

 

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参考文献

Baker, C., & Wright, W. E. (2021). Chapter 12: The Effectiveness of Bilingual Education. In Foundations of bilingual education and bilingualism (Seventh edition, pp. 258–289). Multilingual Matters.

 

Bostwick, M. (2001). Bilingual Education of Children in Japan: Year Four of a Partial Immersion Program. In M. G. Noguchi & S. Fotos, Studies in Japanese Bilingualism (pp. 272–311). Multilingual Matters.

 

Cummins, J. (2021). Preface: Rethinking the Education of Multilingual Students: A Critical Analysis of Theoretical Concepts (pp. xxxiii–xli).

 

Genesee, F. (1978). A Longitudinal Evaluation of an Early Immersion School Program. Canadian Journal of Education / Revue Canadienne de l’éducation, 3(4), 31–50.

https://doi.org/10.2307/1494684

 

Genesee, F., Holobow, N., Lambert, W. e., Cleghorn, A., & Walling, R. (1985). The Linguistic and Academic Development of English-speaking Children in French Schools: Grade 4 Outcomes. The Canadian Modern Language Review, 41(4), 669–685.

https://doi.org/10.3138/cmlr.41.4.669

 

Neveu, A., Gangopadhyay, I., Ellis Weismer, S., & Kaushanskaya, M. (2023). Immersion in dual-language programs does not impede children’s native language processing. International Journal of Bilingualism, 27(5), 815–841.

https://doi.org/10.1177/13670069221122679

 

Paradis, J., Genesee, F., & Crago, M. B. (2021). Dual language development & disorders: A handbook on bilingualism and second language learning (Third edition). Paul H. Brookes Publishing Co.

 

佐藤有里. (2021a, February 25). お互いの言語で学び合うバイリンガル教育「双方向イマージョン」. バイリンガル教育の研究機関【バイリンガルサイエンス研究所】.

https://bilingualscience.com/english/%e3%81%8a%e4%ba%92%e3%81%84%e3%81%ae%e8%a8%80%e8%aa%9e%e3%81%a7%e5%ad%a6%e3%81%b3%e5%90%88%e3%81%86%e3%83%90%e3%82%a4%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%82%ac%e3%83%ab%e6%95%99%e8%82%b2%e3%80%8c%e5%8f%8c%e6%96%b9/

 

佐藤有里. (2021b, September 13). アメリカで実践されている日本語イマージョン教育~UCLA林(高倉)あさこ講師インタビュー(前編)~. バイリンガル教育の研究機関【バイリンガルサイエンス研究所】.

https://bilingualscience.com/english/%e3%82%a2%e3%83%a1%e3%83%aa%e3%82%ab%e3%81%a7%e5%ae%9f%e8%b7%b5%e3%81%95%e3%82%8c%e3%81%a6%e3%81%84%e3%82%8b%e6%97%a5%e6%9c%ac%e8%aa%9e%e3%82%a4%e3%83%9e%e3%83%bc%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%83%b3%e6%95%99/

 

佐藤有里. (2024, January 12). 4年目を迎えた「豊橋版イマージョン教育」の成果と今後の展望 〜早稲田大学 原田 哲男教授の講演をもとに〜. バイリンガル教育の研究機関【バイリンガルサイエンス研究所】.

https://bilingualscience.com/english/2024011201/

 

文部科学省IB教育推進コンソーシアム. (2023). IB認定校・候補校. IB教育推進コンソーシアム.

https://ibconsortium.mext.go.jp/about-ib/school/

 

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