日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2024.01.12

4年目を迎えた「豊橋版イマージョン教育」の成果と今後の展望 〜早稲田大学 原田 哲男教授の講演をもとに〜

4年目を迎えた「豊橋版イマージョン教育」の成果と今後の展望 〜早稲田大学 原田 哲男教授の講演をもとに〜

2023年11月27日(月)、イマージョン教育を実践する豊橋市立八町小学校(以下、八町小)は、豊橋市および近隣地域の教員を対象に、公開授業と講演会を実施しました。同プログラムの立ち上げに尽力した稲田 恒久教諭(元 八町小学校教頭、現 磯辺小学校校長)は、中部地域の教育現場における功績を評価され、「第54回中日教育賞」を受賞。4年間の成果を広く共有することを目的とした今回の催しでは、当研究所も授業視察を行い、早稲田大学 原田哲男教授が八町小教員および約40名の他校教員を対象に講演を行いました。

著者:佐藤 有里

 

まとめ

●八町小のイマージョン教育は、単に「英語の環境に浸す」だけではない、言語学習と教科学習を統合させたプログラム・指導法になっている。

●豊橋版イマージョン教育と従来のイマージョン教育で異なる点は、「日本語使用の尊重」である。「トランスランゲージング」の実践が学習内容(教科内容)の理解を深めることにもつながっている。

●日本人教員とNET(英語を母語とする教員)のチームワークにより、児童が理解できるインプットを最大限与えながらも、英語でのアウトプットは強要せず、発言しやすい雰囲気や心理的安全性を保っている。

●八町小児童は、臆することなく英語を使って何かを学ぶ態度や他者との学び合いの姿勢が身についている。「グローカル人材」を育てるうえでは英語力以上に重要な成果であり、公開授業に参加した他校の教員たちを通じて英語の教え方・学び方が変わっていくことが期待される。

 

【目次】

 

はじめに:視察・講演の経緯

八町小は、2020年度より、国語と道徳以外の教科は主に英語を使って学ぶイマージョン学級を開設。公立小学校によるイマージョン教育(※1)の導入は、国内初の取り組みであり、今年度(2023年度)で4年目を迎えます。

IBSは、イマージョン教育の研究を行う原田哲男教授(早稲田大学教育・総合科学学術院/IBS学術アドバイザー)とともに、研究活動および社会貢献活動の一環として、2021年度から計7回の授業視察や同校教員との意見交換を実施しています。

2023年10月24日、八町小の教頭としてイマージョン学級の立ち上げに尽力した稲田 恒久教諭(現在、豊橋市磯辺小学校校長および豊橋市小中学校英語企画委員会 委員長)は、中部地域の教育現場における功績を評価され、「第54回中日教育賞」を受賞(中日新聞, 2023)。

従来通り日本語のみで授業を受けている通常学級の児童・保護者、地域住民、市役所、市議会などの理解やサポートに支えられたことから、この「チーム豊橋」の取り組みの成果・展望を広く共有するべく、2023年11月27日に市外の小中学校教員・ALTも対象に公開授業が実施されました。

IBSは、この地域還元を目指した活動を支援するため、原田教授による講演「豊橋版イマージョン教育の成果と英語教育の今後の展望」を実施。今回は、この講演内容について、解説を交えてご紹介します。

 

八町小のイマージョン教育は、言語学習と教科学習の統合

一般的に「英語イマージョン」は「英語の環境に浸す」という意味ですが、実は、ただ英語の環境に浸すだけでは「イマージョン教育」とは言えません。

イマージョン教育とは、全学年においてカリキュラムの50%以上を母語以外の言語で学び、それを5年間以上継続するプログラムのことです(Center for Applied Linguistics)。

また、児童・生徒にとって母語ではない言語を教員ができる限り使い、たくさんのインプット、アウトプット、やり取りなどを通じて、言語学習だけではなく教科学習をさせる指導法です。

しかしながら、「大量の英語に触れる」、「英語を使って学ぶ」といったイマージョン教育のほんの一部の特徴を持つプログラム(例:留学、英語キャンプ、集中英語講座、英語幼稚園、ほんの一部の教科のみ英語で教える学校など)が「イマージョン」を名乗る場合もあり、「イマージョン」ということばが本来の定義から離れて一人歩きしている傾向にあります。

そのため、「日本語は一切使ってはいけない」、「教科学習がおろそかになる」という誤解につながるのかもしれません。

原田教授は、八町小のイマージョン教育が本来の定義通り、言語学習と教科学習を統合させたプログラムと指導法であることを解説しました。

つまり、英語さえ身につけばよいということではなく、「日本語と英語の両方を身につけること」と「教科学習の力をつけること」が教育目標になっているのです。

 

八町小の成果は、母語の使用を尊重するイマージョン教育の実践

八町小のイマージョン教育において重要な成果は、従来のイマージョン教育よりも母語の使用を尊重する授業実践によって、英語学習と教科学習の両方に良い効果が見られていることです。

従来のイマージョン教育では、二言語の使用場面をはっきりと分けることが成功の秘訣だとされてきました。例えば、「いつでも日本語を話してもいい」というふうにしてしまうと、これから学ぼうとしている英語のインプットやアウトプットの量を十分に確保できないからです。

しかし近年は、「いまは、この言語しか使ってはいけない」というふうに二言語を厳しく区別することは問題視されています(Ramírez & Faltis, 2021)。「発言しよう」という子どもの気持ちを潰してしまうからです。また、どちらの言語を使うかを自分で選ぶことはバイリンガルにとって自然なことです。

そこで、「トランスランゲージング」(Baker & Wright, 2021)という考え方(下図参照)が原田教授より紹介されました。

「トランスランゲージング」(Baker & Wright, 2021)という考え方の図

原田(2023)

 

八町小は、イマージョン学級の立ち上げ当初、児童たちの日本語使用をどの程度許容するべきかという課題を抱えていましたが、八町小教員とIBS間の意見交換や児童たちの反応をもとに、ある場面で両方の言語を使うことを「問題」として捉えるのではなく、「自分が持っている資源や能力を総動員している」と捉え、二言語を巧みに使用して学ぶことを尊重する授業を実践しています。

原田教授は、これまでの八町小の授業視察にて、学んでいる内容(教科)の理解が深まる(Baker, 2003)など、日本語での発言を尊重することの効果が見られたことを報告しました(※2)

ただし、第二言語習得において、その言語をたくさん使うことは不可欠です。そのため、不必要な日本語使用は避け、教室内のどういう状況で日本語を使うのかを計画・運営し、日本語使用と英語使用の時間配分が重要であることも強調されました。
トランスランゲージングの具体例の図

原田(2023)

 

優れたチームティーチングが八町小の成果に貢献

原田教授によると、日本人教員とNET(※3)のチームティーチングは、八町小の成果において最も重要な役割を果たしているとのこと。

まず、児童たちが教科の概念を英語でも理解できるように、NET がジェスチャーや表情などを巧みに使っています。日本人教員は、必要に応じて日本語を使いますが、意識的に英語で言い換えたり、英語での言い方を児童たちに確認したりします。
そして、児童が日本語を使って発言した場合も称賛し、そこから英語で言い換えることで、さらなる英語のインプットやアウトプット、やり取りにつながっています。

このように、児童が理解できるインプットを最大限与えながらも、英語でのアウトプットは強要しないため、児童たちは不安なく授業内容に集中できている、と原田教授は分析しました。

今年6月に授業を視察した早稲田大学の学生たち(主に原田ゼミ所属の学部生・院生)も、印象に残った点として、教員2名のチームワークによる発言しやすい雰囲気づくりや八町小児童たちの心理的安全性が保たれていたことを報告しています。
このような優れたチームティーチングを可能にしている要因としては、綿密な指導計画(教科学習目標と言語学習目標の明確化、教員間のコミュニケーション)が挙げられました。

また、教員たちの「教育のプロ」としての前向きな関わり(定期的な研究授業や振り返りなど)や管理職の積極的サポート(校内でのサポートや校外への広報・地域貢献活動)も八町小の重要な特徴として紹介されました。

八町小のイマージョン学級 5年生 社会科(貿易)の授業の様子

八町小のイマージョン学級 5年生 社会科(貿易)。日本人教員もNETも、発言する児童に近寄ってサポートしながら、思考や意見を引き出す場面が多く観察された。

 

英語以外の言語・文化への興味こそ、グローバル社会が求める姿

原田教授は、児童の立場からイマージョン教育の成果について考えるべく、八町小がイマージョン学級の児童たちを対象に実施したアンケート調査(3年生と5年生のときに実施)の回答を分析。

その結果、児童たちは、国際的な仕事や異文化への関心、意見が対立しても分かり合えるように努力しようとする意識がとても高いことがわかりました。

特に、児童たちが英語以外の言語や文化に興味を持っている点を評価し、「これぞ、グローバル社会が求める姿だと思います」と話しました。

また、英語への前向きな態度やコミュニケーション意欲は3年生の時点で育っており、児童たちは、教師やクラスメート、家族からのサポートがあるともっとがんばりたいと感じていました。

調査結果によると、5年生の時点では、授業中に英語を使うことや英語の理解度については発展途上。英語の勉強が楽しい理由の記述には「わかる」、「できる」ということばが頻出している一方で、ごく少数ではあるものの、ときどき授業についていくことが難しいと感じている児童もいます。

八町小では、チームティーチングの体制を活かした積極的な机間指導、クラスメート同士でお互いの学びを助け合う雰囲気づくりなど、このような児童たちをサポートする取り組みはすでに行われていますが、今後さらに改善の余地がある点だと考えられます。

 

イマージョン教育にまつわる不安

最後に、八町小のイマージョン教育に寄せられる不安や懸念の声に対し、国内外の研究成果などをもとに原田教授が回答しました。以下、抜粋してご紹介します。

母語(日本語)への影響について

・カナダでイマージョン教育が始まって以降、十分研究されてきているテーマ。

・フランス語イマージョンの児童は、母語(英語)のみで授業を受けている児童と同様かそれ以上に母語の能力が身についている(Shin, 2017)。

・母語に触れる時間が少なくても、フランス語学習が母語の発達に寄与する(Lambert, Genesee, Holobow, & Chartland, 1993)。

・長期的には、母語の能力は、母語のみで教育を受けている児童と有意差はない(Genesee, & Lindholm-Leary, 2013)。

・言語間距離があり、正書法が異なる言語でも母語への影響は報告されていない(Genesee, & Lindholm-Leary, 2013)。

・八町小児童の母語(日本語)と英語は言語間距離が遠く、日本語の書き言葉は英語よりも複雑。しかし、母語(英語)教育を遅らせる一部のフランス語イマージョン教育(90/10モデル)と比べて、1年生から6年生まで国語と道徳を日本語で学ぶため、問題ない。

 

教科の学力への影響について

・イマージョン教育に在籍する児童の教科の学力は、以下の研究成果が報告されている(Genesee, & Lindholm-Leary, 2013)。

– 母語のみで教育を受けている児童と同等。

– 母語以外で数学、理科などの授業を受けている中学校の生徒にも当てはまる。

– イマージョン・プログラムで平均以下の児童は、母語のみのプログラムで平均以下の児童と同等。つまり、母語のみの授業で学力が平均以下の児童は、イマージョン教育を受けることでさらに学力が低下するわけではない。

・八町小の授業観察から、母語以外の言語で概念を理解させるためのさまざまな工夫が結果的に「わかりやすい授業」になっていると考えられる。

 

卒業後の継続性や進路について

・日本の私立学校で実践されている英語イマージョン教育は、中学・高校までの長期的なカリキュラム(例えば、国際バカロレア・プログラムとの統合)によって、アメリカの日本語イマージョン教育(英語を母語とする子どもたちが日本語で教科を学ぶプログラム)よりも成功している。

・八町小児童の進学先としては、現状、以下が考えられる。

– 教科横断型のカリキュラムで英語と一部の科目を統合している中学校

– 英語の授業で、英語を学びながら内容を学べるような工夫をしている中学校

– CLIL(内容言語統合型学習)(※4)を熟知している英語教師がCLILの授業実践を行っている中学校

– イマージョン教育や国際バカロレア認定校などを含む私立学校(経済的に余裕のある場合)

講演する早稲田大学原田教授のお写真

 

おわりに:英語力以上に重要な「学びに対する態度・姿勢」の育ちに期待

今回の講演前には、参加教員同士で公開授業の感想を共有し合う時間がありましたが、ある中学校教員からは以下のようなコメントがありました。

「間違ってもいいからどんどん話すところが良いと思いました。イマージョンは『英語しか話してはいけない』と思っていましたが、八町小の授業を見て、そうではないことがわかりました。英語がわからなければ日本語を使ってもいい、という方針は良いなと思います。中学校では、All in Englishと言うと、英語が苦手な生徒は固まってしまいますが、『日本語でもいいから話してごらん』と発言しやすい雰囲気をつくることが大切かもしれないと思いました」(豊橋市内の中学校教員) ※IBS編

学習指導要領では、基本的には英語を使って授業を行うことが中学校・高校の英語教員に求められています。そのような先生方にとって、八町小の取り組みはさまざまなヒントを与えてくれると考えられます。

できる限り多くのインプットやアウトプット、やり取りの機会を与えることは、第二言語習得において必須であり、英語を使う機会がほとんどない日本では、大きな課題となります。

しかし、「英語を使って授業を行うこと」が目的になってしまわないように注意が必要です。単に教師が英語を話したり生徒たちに日本語使用を禁止したりするだけでは、英語力の高い生徒だけが活躍できる授業になってしまうからです。

八町小の豊橋版イマージョン教育では、英語力が高い児童だけではなく、その教科が好きな児童、計算や実験などの学習活動が得意な児童も活躍します。そのため、英語力に自信のない児童が消極的になるとは限りません。

実際に、今回の公開授業の一クラス(5年生 社会科)では、出席者22人のうち、クラス全体に向けて発言した児童は16人で約7割。うち半数は、日本語のみ、または英語に日本語を交えて発言するときもありました。

例えば、日本の貿易に関するデータを見て意見を求められる場面では、流暢な英語で発言した児童に対して、日本語で反対意見を言う児童がいました。

また、興味深いことに、英語力の高い児童は、英語で発言したあとに「日本語で言うと………」とクラスメートが理解できるように日本語で説明します。

さらに、教師に見られていないペアワークやグループワークでも、英語が流暢な児童に対して、日本語を交えながらでも英語で意見を伝えようとする児童もいました。

八町小の子どもたちが「英語力が高い」=「すごい」、「英語力が低い」=「だめ」というふうに考えずに、臆することなく英語を使って何かを学ぶことにチャレンジしていること、そして、英語学習でも教科学習でも学び合いの姿勢が身についていることがよくわかりました。

豊橋版イマージョン教育が地域社会にも貢献する「グローカル人材」を育てようとする取り組みであることを考えると、このような子どもたちの態度は、英語力以上に重要な成果だと考えられます。

そして、この子どもたちの態度を目にした他校の教員たちを通じて、少しずつ草の根的に英語の教え方・学び方が変わっていくことが期待されます。

(※1)イマージョン教育は、バイリンガル教育の一つの形態。学校の教科を二つの言語(母語ともう一つの言語)で指導し、両方の言語を読み書きレベルまで育て、さらに二つの社会文化を受容できることを目的とする。どの授業をどちらの言語で教えるか、それぞれの言語使用をどれくらいの割合にするかは、各学校のプログラムや学年によって異なるが、幼稚園(5歳)から高校卒業までの間(少なくとも5年間)、全学年で授業プログラムの50%以上を外国語や第二言語で指導することがイマージョン教育の特徴とされる(Center for Applied Linguistics, n.d.)。また、日本では、文部科学省の学習指導要領に基づいた教育課程が編成される。イマージョン教育や過去の視察についての詳細は、関連記事(本ページの下部を参照)をご覧ください。

(※2)くわしくは、過去に掲載した八町小の視察レポート記事をご覧ください。

(※3)NET(ネイティブ・イングリッシュ・ティーチャー)は、英語を母語として話す教員。豊橋市で長年ALTとしての指導経験を積み、市の教員として採用されている。

(※4)多様で柔軟な指導・活動の工夫によって、内容(教科内容など)の学習と外国語の学習を効果的に統合しようとする教育アプローチの総称。バイリンガル教育や北米のイマージョン教育、CBI(内容重視の教授法)などからヒントを得てヨーロッパで始まった(笹島, 2020)。日本では比較的新しいアプローチだが、注目が高まっている。

 

【取材協力】

豊橋市立八町小学校

豊橋市教育委員会

 

IBSサイトのバナー

 

■関連記事

日本語OKのイマージョン授業でも、子どもたちは英語を使おうとする? 〜豊橋市立八町小学校の授業観察より〜

公立イマージョン教育を受けた子どもたちに期待される役割とは?〜豊橋市立八町小学校 夏休み体験授業の観察より〜

 

参考文献

Center for Applied Linguistics (n. d.). Two-Way Immersion. In Glossary of Terms Related to Dual Language/TWI in the United States.

https://www.cal.org/twi/glossary.htm

 

Baker, C., & Wright, W. E. (2021). Foundations of bilingual education and bilingualism (7th ed.). Bristol, UK, Multiingual Matters.

 

Genesee, F., & Lindholm-Leary, K. (2013). Two case studies o content-based language education. Journal of Immersion and Content-Based Language Education, 1(1), 3-33.

https://doi.org/10.1075/jicb.1.1.02gen

 

Lambert, W. E., Genesee, F., Holobow, N., & Chartland, . (1993). Bilingual education for majority English speaking children. European Journal of Psychology of Education, 8, 3-22.

https://doi.org/10.1007/BF03172860

 

Ramírez, P. C., & Faltis, C. J. (Eds.) (2021). Dual language education in the US: Rethinking pedagogy, curricula, and teacher education to support dual language learning for all. Routledge.

 

Shin, S. J. (2017). Bilingualism in schools and society: Language, identity, and policy. Routledge.

 

笹島 茂(2020). 教育としてのCLIL (Kindle版). 三修社.

 

中日新聞(2023, October 24). 第54回 受賞者 愛知県豊橋市立磯辺小学校校長 稲田恒久さん.

https://www.chunichi.co.jp/article/794824

 

原田哲男(2023, November 27). 豊橋版イマージョン教育の成果と英語教育の今後の展望[PowerPoint slides].

 

PAGE TOP