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2021.02.25

お互いの言語で学び合うバイリンガル教育「双方向イマージョン」

お互いの言語で学び合うバイリンガル教育「双方向イマージョン」

バイリンガル教育の一つであるイマージョン教育は、日本でもいくつかの私立学校で実践されており、2020年度には、国内で初めて公立小学校(愛知県・豊橋市立八町小学校)に導入されました。このような日本のイマージョン教育では、日本人の子どもたちが学校の授業を英語で受ける形態が一般的ですが、アメリカでは、英語とそのほかの言語を話す子どもたちが一緒に両方の言語で教科を学んでいく「双方向イマージョン教育」が広まってきています。

今回は、双方向イマージョン教育について紹介します。

【目次】

 

アメリカで広まっている「双方向イマージョン教育」

バイリンガル教育には、さまざまな形態がありますが、「イマージョン教育」はその一つです。二つの言語(英語ともう一つの言語)を両方読み書きレベルまで育てようとする教育であり、算数や理科、社会、図工など、学校の教科を二つの言語で指導します。

どの授業をどちらの言語で教えるか、それぞれの言語使用をどれくらいの割合にするかは、各学校のプログラムや学年によって異なりますが、幼稚園(5歳)から高校卒業までの間(少なくとも5年間)、全学年で授業プログラムの50%以上を外国語や第二言語で指導することがイマージョン教育(※1)の特徴です(Center for Applied Linguistics , 2016)。

日本ではあまり知られていませんが、このイマージョン教育には「双方向イマージョン教育」(Two-way immersion/TWI)と呼ばれる形態があります。これは、アメリカで1980年代から実践が広まってきたバイリンガル教育のアプローチ(R. Howard et al., 2003)。

全員英語を話す子どもたちが外国語で学ぶイマージョン教育(一方向イマージョン教育)とは異なり、英語を話す子どもと、ほかの言語を話す子どもが同じ教室内で一緒に学びます。例えば、英語・スペイン語の双方向イマージョン教育であれば、クラス編成は、英語話者とスペイン語話者それぞれが全体の2/3以上にならないようにバランスをとり、英語とスペイン語の両方を使って教科を教えていくのです(Center for Applied Linguistics, 2016)。

双方向イマージョン教育を行う学校は、2021年度1月時点で、アメリカ全50州のうち34州にまで広がっており、計340プログラム(Center for Applied Linguistics, 2021)。プログラムで使用される外国語(英語以外の言語)のうち、最も多い言語はスペイン語であり、次いで中国語やフランス語、日本語です。

低学年のうちはほとんどの授業を外国語で行い、小学3、4年生までの間に英語での授業を最大50%まで増やしていくタイプ(90/10プログラム)、全学年を通じて英語と外国語の使用割合が半々であるタイプ(50/50プログラム)など、双方向イマージョン教育にも異なる種類のプログラムがあります(R. Howard et al., 2003)。

アメリカの双方向イマージョン教育で扱われている外国語別のプログラム数のグラフ

 

双方向イマージョン教育の成果

双方向イマージョン教育に約30年間携わる研究者Lindholm-Leary氏は、計20校以上の英語・スペイン語の双方向イマージョンプログラムに在籍する4,854人の子どもたち(幼稚園年長〜中学生)について、人種、家庭の経済状況、プログラム種類、学年が上がるにつれての変化など、さまざまな側面から調査・分析しています(Lindholm-Leary, 2001)。

この研究では、アメリカ社会の多数派である英語を話す子どもにとっても、少数派であるスペイン語を話す子どもにとっても、双方向イマージョン教育は、母語、外国語、学力を同時に伸ばすうえで利点があることが示されました。

例えば、前述の90/10プログラムでは、低学年時にほぼスペイン語のみで学びます。スペイン語を話す子どもが母語を身につけるうえで良い、ということは想像できても、「英語を話す子どもの母語能力が低くなるのでは?」と心配するかもしれません。

しかし、この研究では、子どもたちの英語力は悪影響を受けず、スペイン語を話す子どもも、英語を話す子どもも、それぞれの母語の能力が高かったことが報告されました。この理由は、「二言語相互依存説」(※2)という理論で説明されています。

さらに、90/10プログラムの子どもたちは、高学年になるとほぼ全員が外国語(英語話者にとってのスペイン語、スペイン語話者にとっての英語)で会話できるようになっていました。英語を話す子どもの場合、低学年時にスペイン語使用が多い90/10プログラムの子どものほうが、50/50のプログラムの子どもよりもスペイン語能力が高い、ということがわかり、外国語にふれる量がその習得に影響する可能性が示されました。

一方、スペイン語を話す子どもの場合、90/10プログラムの子どもは50/50プログラムの子どもと同等に英語力が伸び、両グループとも高学年になるとTBE(※3)プログラムの子どもより英語力が高い、という結果も出ました。

つまり、社会の少数派であるスペイン語を話す子どもにとっては、母語であるスペイン語で学ぶ機会が多いと、英語にふれる総時間が比較的少なくても、ほかのプログラム(50/50プログラムやTBEプログラム)の子どもと同レベルの英語力を身につけることができたということであり、前述の二言語相互依存説をサポートする研究結果です。

アメリカの双方向イマージョン教育は、スペイン語・英語プログラムを中心に、子どもたちの能力について成功例がいくつも報告されており、学力に悪い影響を与えることなく、二つの言語を高度に身につけられると考えられています(R. Howard et al., 2003)。

そして、ほかにも、中国語・英語のプログラム(Padilla et al., 2013)や韓国語・英語のプログラム(Sohn&Merrill, 2008)、日本語・英語のプログラム(原田, 2019a)に関する報告もあり、ほかの言語の組み合わせであっても、双方向イマージョン教育が効果的であることが示されています(原田, 2019b)。

 

 

これからの日本と双方向イマージョン教育

アメリカにおける双方向イマージョン教育は、経済的困難を抱える家庭が多いマイノリティの子どもにも質の高い教育を与えることが大きな目的になっており、その多くが公立学校で実践されています。なぜなら、そのような子どもたちは義務教育の間に中途退学となるケースが多く、社会問題になっているからです。

これは、マイノリティの子どもたちの学力が低いということではなく、母語による教育を十分に受けられないような英語モノリンガル中心の教育に問題があったと考えられています。さらに、アメリカでは、英語を母語とする人々に対する外国語教育が決して成功しているとは言えない、という問題もあり、この二つの問題を同時に解決する方法として双方向イマージョン教育への注目が高まっているのです(R. Howard et al., 2003)。

文部科学省(2019a)の調査によると、日本の公立学校では、日本語指導が必要な外国籍の児童生徒が年々増えており、ポルトガル語、中国語、フィリピノ語、スペイン語、ベトナム語、英語、韓国・朝鮮語などを母語とする子どもたちが全国で40,485人。その6割以上を小学生が占めます。

公立学校向けには、このような子どもたちについて、「日本の学校で学ぶために日本語を身につけることが必須となり、あわせて保護者や本人の母語を身に付けることも重要」、「自分の母語、母文化、母国に対して誇りを持って生きられるような配慮が必要」といったガイドライン(文部科学省, 2019b)がありますが、アメリカの双方向イマージョン教育のような発想はまだ見られません。

しかし、日本語指導が必要な高校生を全国の高校生のデータと比べると、大学などへの進学率は低く、不安定な非正規雇用での就職率が高いこともわかっており(文部科学省, 2019a)、日本もアメリカと同様の社会問題を抱えています。

このような状況を考えると、日本においても、双方向イマージョン教育の実践や研究を進める必要性が高まってくると思われ、実際、日本社会における双方向イマージョン教育の意義について考察している日本人研究者(三輪, 2006; 長谷川, 2017など)もいます。

双方向イマージョン教育のユニークなところは、社会における多数派の子どもたちだけ、あるいは、少数派の子どもたちだけのことを考えるのではなく、両グループの子どもたちの母語と外国語(第二言語)能力、学力、そして、自分の文化と相手の文化に対するポジティブな態度を育てようとする教育であることです。

同じ教室内に、自分が話すことばを外国語として学んでいる友だちがいる。同じ教室内に、自分が学んでいる外国語を話す友だちがいる。異なることばを話すクラスメート同士がお互いの言語で一緒に授業を受けていく。

もし日本でもそのような学校環境で育つ子どもたちが出てきたとしたら、英語教育やバイリンガル教育における「母語と外国語のどちらを優先するべきか」といった議論にも大きな変化が訪れるかもしれません。

 

(※1)アメリカでは、Dual Language Program(二言語併用教育)とも呼ばれる。

(※2)トロント大学のJim Cummins教授が発表した著名な理論。一方の言語(第一言語)で伸びた能力はもう一方の言語(第二言語)に転移する可能性がある、と考えられている(Cummins, 1979)。

(※3)Transitional Bilingual Education(過渡的/移行的バイリンガル教育)の略称。英語で授業が受けられるようになるまでの間は母語で学ぶが、低学年のうちに英語のみでの指導となる。「バイリンガル教育」という名称ではあるが、実際には英語のモノリンガル育成が目的となっている、と指摘されている(中島, 2016)。

 

■関連記事

グローバル化する保育所〜外国語を使える保育士の重要性〜

グローバル人材のためのバイリンガル教育~トロント大学 中島先生インタビュー~

 

参考文献

Lindholm-Leary, K.J. (2001). Dual language education. Bristol, UK: Multilingual Matters.

 

R. Howard, E. & Sugarman, J. (2001). Two-Way Immersion Programs: Features and Statistics. UC Berkeley: Center for Research on Education, Diversity and Excellence. Retrieved from

https://escholarship.org/uc/item/6z68j0g2

 

Center for Applied Linguistics (2016). Glossary of Terms Related to Dual Language/TWI in the United States. Two-Way Immersion. Retrieved from

https://www.cal.org/twi/glossary.htm

 

Center for Applied Linguistics (2021). Dual Language Program Directory. Retrieved from

http://webapp.cal.org/DualLanguage/ProgramSearch.aspx

 

Cummins, J. (1979). Linguistic Interdependence and the Educational Development of Bilingual Children. Review of Educational Research, 49(2), 222-251.

https://doi.org/10.3102%2F00346543049002222

 

Padilla, A.M., Fan, L., Xu X., & Silva, D. (2013). A Mandarin/English two-way immersion program: Language proficiency and academic achievement. Foreign Language Annals, 46(4), 661-679.

https://doi.org/10.1111/flan.12060

 

R. Howard, E., Sugarman, J., & Christian, D. (2003). Trends in Two-Way Immersion Education: A Review of the Research. Retrieved from

https://eric.ed.gov/?id=ED483005

 

Sohn, S., & Merrill, C. (2008). The Korean/English dual language program in the Los Angeles unified school district. In Brinton, D. M., Kagan, O., & Bauckus, S. (Eds.), Heritage language education: A new field emerging (pp.269-287). New York: Routledge.

 

中島和子(2016).「完全改訂版 バイリンガル教育の方法」. 東京:アルク.

 

長谷川由起子(2017).「米国の双方向イマージョン教育をめぐる一考察 ―言語教育問題へのひとつの解決策―」.『九州産業大学国際文化学部紀要』, 68, 167-187. Retrieved from

http://hdl.handle.net/11178/7785

 

原田哲男(2019a).「日英語双方向イマージョン教育の児童の言語能力:日本の小学校英語教育への示唆(科学研究費助成事業 研究成果報告書)」. Retrieved from

https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-16K02982/16K02982seika.pdf

 

原田哲男(2019b).「内容重視の言語教育(CBI)と内容言語統合型学習(CLIL)の実践と課題 ―第二言語習得とバイリンガル教育を中心にー」.『第二言語としての日本語の習得研究』, 22, 44-61.

 

三輪充子(2006).「アメリカ合衆国におけるイマージョン教育 ―2言語併用教育の可能性を考えるー」.『国立教育政策研究所紀要』, 135, 189-201. Retrieved from

http://id.nii.ac.jp/1296/00000146/

 

文部科学省(2019).「「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成30年度)」の結果について」.Retrieved from

https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/31/09/1421569.htm

 

文部科学省(2019b).「外国人児童生徒受入れの手引き」. Retrieved from

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/002/1304668.htm

 

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