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2025.07.01

「ことば」という枠を超えた大切なもの:感情が外国語学習とコミュニケーションに与える影響とは 〜Jean-Marc Dewaele教授インタビュー(後編)〜

「ことば」という枠を超えた大切なもの:感情が外国語学習とコミュニケーションに与える影響とは 〜Jean-Marc Dewaele教授インタビュー(後編)〜

Dr.Jean-Marc Dewaele教授へのインタビュー記事の後編です。後編では、ポジティブ感情を活用した授業の実践について紹介します。

 

学習成果とコミュニケーションへの意欲

―ポジティブ感情によって生徒たちの積極的にコミュニケーションをとろうとする意欲が高まるように思えます。 コミュニケーション意欲(Willingness to Communicate / WTC)は、今回の議論においてどのように当てはまるでしょうか?

コミュニケーション意欲に関する研究は数多くありまして、Peter MacIntrye先生はこの分野における第一人者の一人です(Henry & MacIntyre, 2023)。コミュニケーションの構造をピラミッド型で表すと、コミュニケーション意欲は、実際にコミュニケーションを行う段階の1つ下にあります(Macintyre et al., 1998)。口を開こうとしているけれど、まだ実際には口を開いていないときです。

コミュニケーション意欲を高める環境をつくるには、雰囲気が非常に重要です。これは、「本物のコミュニケーション」というテーマにもつながります。例えば、「学校の校庭に植えてある木をカフェ建設のために伐採すべきか?」という、誰もが関心を持つ話題について討論するとします。これは、私の授業で取り上げた話題です。生徒たちは賛成派と反対派に分かれました。生徒たちに討論の準備時間を与えたところ、とても熱心に取り組みました。この熱意はコミュニケーション意欲を高め、討論に参加しているときにも表れていました。対照的に、気候変動など、自分の興味と無関係な話題については、あまり積極的にコミュニケーションをとろうとしませんでした。

教師の役割は、オーケストラの指揮者に似ています。指揮者は、バイオリン奏者が弾きたそうにしているのを見て、「よし、バイオリン、弾いて」と指示しますよね。優れた教師は、誰もが自分は「オーケストラ」の一員であると感じられるようにして、大小を問わず、すべての貢献を価値あるものとして評価します。今日、ちょっとしたことでも喜んで貢献した人は、次回はもっと貢献したいと思うようになるかもしれません。

コミュニケーション意欲は瞬間的に生じるものですが、一方で、ポジティブな体験を積み重ねることで、将来のコミュニケーションの土台を築きます。生徒は、自分のコミュニケーションがうまくいったと気づいたとき、つまり、ほかの人が自分の意見を理解してくれた(たとえ同意されなくても)と感じたときに自信をつけます。このプロセスにおける重要な要素は、生徒が安心感を抱けるようにすることです。間違えたからといって、誰もバカにしたりしません。

 

―教師としては、生徒たちに喜びを感じてもらいたいですし、退屈しないでほしいですよね。でも、こうした感情は、外国語学習の成果や能力にとりわけ影響するのでしょうか?もしそうなら、どのような影響があるのでしょうか?

はい、間違いなく影響します。こうした感情と外国語学習の成果との関連については、かなり多くの研究が行われています。多くのメタ分析によって、授業の楽しさと外国語能力の間に中程度の正の相関があること、不安と退屈さの間に負の相関があること、授業の楽しさとコミュニケーション意欲の間に非常に強い正の相関があることが確認されています(Botes et al., 2020, 2022)。

重要なことは、こうした研究結果はさまざまな言語の組み合わせで共通して見られたものであり、特定の状況に限定されたものではないことです。教師は生徒たちの不安を完全に消し去ることはできませんが、楽しさを増やすことで、生徒たちが不安を抱えながらも活動できるよう手助けすることはできます。そのため、世界中の教師のみなさんは、生徒たちの外国語学習の楽しさを強化する取り組みに自信を持って臨むべきです。

 

教室で前向きな感情を育てるための実践的アドバイス

―ポジティブ感情が生まれる環境をつくるうえで、教師のみなさんにどのような実践的アドバイスがありますか?

実践的な戦略

1. 熱意を伝える

その言語とその文化に対する教師の熱い思いを生徒たちに共有しましょう。その文化圏から生まれた作家、映画、食べもの、スポーツなどについて話すことで、その外国語を使う人々とつながりたいという気持ちを育むよう考慮してください。

2. 段階的に進歩するよう働きかける

言語の習得は、ほかの技能と同じように、基礎を固める必要があります。私は空手の先生をしているのですが、初心者に指導するときは、まず、しっかりとした拳の握り方を教えます。「指を閉じて、親指をこの方向に持っていき、指の関節が白く見えるまで力を入れて握り締めます」と説明するんです。それができるようになったら、この基礎が空手上達の鍵であることを強調しながら生徒たちを励まします。言語の学習も同様で、複雑なことをやろうとするのではなく、生徒たちが達成した小さな進歩をほめてあげましょう。

3. 庭師の目線で取り組む

教師は庭師のようなものです。庭師は、種を蒔き、水をやり、緑の芽が育つのを待ちますよね。植物があまり早く成長しないからといって、それを責めたり恥じたりすることはありません。生徒たちが学んでいることをうれしく思い、ほかの生徒よりも早く学ぶ生徒もいることはありがたく思いましょう。それでいいんです。すべての植物が同じ大きさや同じペースで成長するわけではありませんが、それでもそれぞれ独自の美しさがあります。

4. 退屈さのモニタリング

スマホを見る、あくびをする、窓の外を眺めるなど、生徒が退屈している兆候に気を配りましょう。そのような兆候が見られた場合は、それが活動内容を変更するタイミングです。文法に取り組んでいる最中に、生徒の興味が薄れていることに気付いた場合は、「よし、これはもう十分。次はラブソングを歌おう!」と、まったく別のことをやってみてください。そうすれば、生徒の活力レベルが再び高まることに気づくでしょう。生徒たちが再びワクワクしているんです。

 

本物のコミュニケーション

本物のコミュニケーションは、外国語の授業で楽しさを生み出すもう一つの大きな源です。つまり、教師は、生徒たちの生活に関連する実際の事柄や感情、意見について、学習対象の言語を使って話す、ということです。これにより、教師が生徒一人ひとりに対して本当に興味を寄せているという感じが伝わり、かけがえのない絆が生まれます。

生徒たちが興味のあることに対して教師が関心を示して受け入れると、生徒たちの間にも互いに尊重し合う気持ちが生まれます。不安を抱えている生徒たちが自分の気持ちを話したり伝えたりする場を設けると、ほかの生徒たちがその気持ちを理解しやすくなり、助け合いをしやすくなります。例えば、特に口ごもったり緊張したりしている生徒たちには、授業を一時中断して、「さあ、みなさん、静かにしてくださいね。先生はXさんの意見が聞きたいです。」と声をかけるようにしています。

興味深いことに、外国語の授業はグループ・セラピーのような役割を果たすこともあります。つまり、外国語で話すときは、母語で話すときほどは感情的な共鳴が強くないため、生徒たちが自分の個人的な情報を仲間に共有しやすくなる、ということです(Dewaele et al., 掲載予定)。これは、私たちの研究で明らかになったことです。生徒たちは、母語よりも感情的な共鳴があまり起こらない外国語で話すほうが、自分の個人的な話を共有しやすいという傾向がありました。心の傷となるような苦しい出来事は、外国語で表現すると、そのつらい気持ちが和らぎます(Cook & Dewaele, 2022)。生徒たちが自分の人生に関する個人的なことを学習対象の言語で共有してくれるとき、それは何よりも本物のコミュニケーションです。もちろん、その話題が授業という場にふさわしいものであるかどうかは確認しなければなりませんが、生徒たちにとって本当に意味のある会話を学習対象の言語で行うよう働きかけることで、楽しさがさらに増します。

 

チャレンジすることの価値

楽しさが増すようにすることは、主に低年齢の生徒たちに有効だと考えられがちですが、実際には、すべての年齢層に当てはまります。博士課程で学んでいる学生でも例外ではありません。楽しさを増やすために調整が必要な要素は、チャレンジしているという感覚、そして、何か複雑なことを実行できる力です。

先ほどビデオゲームの例を挙げましたが、重要なことは、初心者はまず簡単なレベルから始め、上達するにつれて難易度を上げていく必要がある、ということです。

そうしないと、飽きてしまいます。

簡単すぎず難しすぎない、というバランスを見つけるのは容易なことではありませんが、意識すべき点だと思います。

このバランスをとる方法の一つは、生徒たちがある程度は活動を自分でコントロールできるようにすることです。私たちの研究プロジェクトには、楽しさや不安を感じたエピソードを生徒たちに記述してもらう、という研究がありました。その結果、生徒たちが楽しさを感じたのは、自分である程度コントロールできる活動を行ったときだったことがわかりました。例えば、生徒たちがペアになってインタビューの質問を一緒に考える活動です。基本的には教師が常に関与する必要はなく、自分で主体的に取り組んでいると学習者に感じさせる活動でした。

 

マインドセットとポジティブ心理学

外国語教育とポジティブ心理学を融合させる目的は、生徒たちが目標を達成して活躍し、そして成長するように教師が手助けすることです。もちろん、生徒たちも成長するために努力する必要はありますがで、そのプロセスを支えて生徒たちが幸せになるようにするうえで教師の役割は重要です。

教師としての私の責務は、生徒たちが安心・安全だと感じられるような、そして、間違えても大丈夫というような教室の雰囲気をつくることでした。つまり、間違ったとしてもばかにされることがない場です。というのも、自分が少し間抜けに感じたり不器用だと感じたりすることがなく外国語を学んでいくことは不可能だからです。そういうふうに感じてもいいんです。

このような場を実現する方法の一つは、教師がポジティブ心理学についてよく理解することです。教師の生徒に対する声かけの仕方が変化するからです。教えるということは、文法や語彙を生徒の頭の中に詰め込むことではありません。

生徒が人間として成長できるよう手助けすることなんです。外国語教師は、このプロセスにおいて重要な役割を果たすことができます。

人生は予期せぬ試練に見舞われることがあり、いつも楽観的であり続けることは容易ではありません。生徒たちは、教師が教えることをすべて学ぶわけではありません。でも、その一部、特に心の自信に関わる教訓を覚えていてくれれば、教師としての役割は果たせたといえます。

 

―親は、外国語学習をサポートしたり、その成果に対する期待をコントロールしたりするうえで、どのような役割を担っているのでしょうか?

教師に対する教育は大切ですが、親がこういう考え方を理解できるようにすることも同じくらい大切です。例えば、子どもたちに対する親の期待を現実的なものにしておくことです。例えば、子どもたちは1年間で外国語を学ぶことはできませんし、ましてや週に1時間ではなおさらです。時間がかかるんです。そして、外国語学習の目標はネイティブ・スピーカーになることではありません。英語を話すときに日本語なまりがあっても構いません。
ありがとうございました。

 

インタビュー後記(取材者:Paul Jacobs)

Dewaele教授の知見からは、日本の外国語教師が指導するうえで貴重な視点が得られます。

感情を外国語学習に欠かせない要素として認識することで、外国語の技能と自信の両方を育む授業を実現することができます。日本では、勉強のプレッシャーが大きくなる場合があり、コミュニケーションに対する不安もよく見られます。そのような環境では、学習における感情的な側面を理解することは特に重要となります。

今回のインタビューから得られた核となる学びは、明白です。楽しみながら学べる環境を整えること、小さな進歩をほめること、いつも本物のコミュニケーションになっているようにすること、外国語学習は自己成長の旅路であると捉えることです。こうした戦略は、生徒たちが心の壁を乗り越え、コミュニケーション力を向上させるうえで役立ちます。

言語を学ぶということは、根本的には人間同士のつながりを深めることです。このことを改めて認識させてくださった、Jean-Marc Dewaele教授に心より感謝申し上げます。

 

【取材協力】

Jean-Marc Dewaele(ジャン・マルク・デワレ)教授のお写真

<プロフィール>

Jean-Marc Dewaele(ジャン・マルク・デワレ)教授

ロンドン大学バークベック校 名誉教授、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン 名誉教授。

専門は応用言語学、マルチリンガリズム学。

『Robert C. Gardner Award for Outstanding Research in Bilingualism (優れたバイリンガリズム研究を対象としたロバート・C・ガードナー賞)』(2016年)、ヨーロッパ第二言語習得学会(EuroSLA)の『Distinguished Scholarship Award(優秀奨学金賞)』 (2022年)を受賞。

第二言語習得における個人差、マルチリンガル環境における感情、言語学習や言語能力に対する心理的な要因の影響等について研究。

 

 

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参考文献

Botes, E., Dewaele, J.–M., & Greiff, S.(2020).The foreign language classroom anxiety scale and academic achievement:An overview of the prevailing literature and a meta-analysis.The Journal for the Psychology of Language Learning, 2, 26–56.

 

Botes, E., Dewaele, J.–M., & Greiff, S.(2022).Taking stock: a meta-analysis of the effects of foreign language enjoyment. Studies in Second Language Learning and Teaching 12(2), 205–232.

https://doi.org/10.14746/ssllt.2022.12.2.3

 

Cook, S. R., & Dewaele, J.-M. (2022). ‘The English language enables me to visit my pain’. Exploring experiences of using a later-learned language in the healing journey of survivors of sexuality persecution. International Journal of Bilingualism, 26(2), 125–139.

https://doi.org/10.1177/13670069211033032

 

Dewaele, J.-M., Lorette, P., Rolland, L., & Mavrou, I. (to appear). Multilingualism and emotional resonance. In J. Schwieter & J.-M. Dewaele (Eds.), Multilingualism: Foundations and the State of the Interdisciplinary Art. Bloomsbury Publishing.

 

Dewaele, J.-M., & MacIntyre, P. D. (2014). The two faces of Janus? Anxiety and enjoyment in the foreign language classroom. Studies in Second Language Learning and Teaching, 4(2), 237–274.

https://doi.org/10.14746/ssllt.2014.4.2.5

 

Dewaele, J., & Pavlenko, A. (2002). Emotion Vocabulary in Interlanguage. Language Learning, 52(2), 263–322.

https://doi.org/10.1111/0023-8333.00185

 

Henry, A., & MacIntyre, P. D. (2023). Willingness to communicate, multilingualism and interactions in community contexts. Channel View Publications.

 

Horwitz, E. K. (2017). 3. On the Misreading of Horwitz, Horwitz and Cope (1986) and the Need to Balance Anxiety Research and the Experiences of Anxious Language Learners. In C. Gkonou, M. Daubney, & J.-M. Dewaele (Eds.), New Insights into Language Anxiety: Theory, Research and Educational Implications (pp. 31–48). Multilingual Matters.

https://doi.org/10.21832/9781783097722-004

 

Macintyre, P. D., Clément, R., Dörnyei, Z., & Noels, K. A. (1998). Conceptualizing Willingness to Communicate in a L2: A Situational Model of L2 Confidence and Affiliation. The Modern Language Journal, 82(4), 545–562.

https://doi.org/10.1111/j.1540-4781.1998.tb05543.x

 

Pawlak, M., Kruk, M., & Zawodniak, J. (2024). Teachers reflecting on boredom in the language classroom. Equinox Publishing.

 

 

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