日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2024.06.14
子どものころから外国語に触れてほしいと考える親御さんは、グローバル社会を生き抜く大人になってほしいと考えている方も多いのではないでしょうか。国内でも多文化共生が求められる地域や海外に事業展開をする企業が増えている現代、「グローバル人材の育成」は多くの日本人にとって身近な話題になってきました。では、グローバル人材にはどのような能力が必要なのでしょうか?グローバル人材はどのように育てることができるのでしょうか? 今回は、ここ20年で注目が高まってきたカルチュラル・インテリジェンス(CQ)の研究についてご紹介します。
著書:佐藤有里
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まとめ
●2023年に発表された「せかい×まなびのプラン」によると、グローバル人材は「世界的な企業をつくる力、国際共同研究を行う力、外交等世界と対等に交渉する力などを有するグローバルリーダー」。
●グローバル人材の育成には、海外留学、海外研究者との共同研究や交流、日本で学んだり働いたりする外国人との共生や交流、学校教育の充実が必要だとされている。
●カルチュラル・インテリジェンス(CQ)とは、文化的背景の異なる人々に関わる環境や状況の中でうまく適応できる力。グローバル人材に求められるCQの研究は世界各国で盛んに行われている。
●グローバル人材を育てるためには、海外留学や国際交流などをただ経験させるだけではなく、その経験から学ぶべき能力を明確にすること、その経験から学ぶことができる人材を育てる教育も求められる。
【目次】
2023年8月、文部科学省はグローバル人材育成のための政策パッケージ「せかい×まなびのプラン」(文部科学省, 2023a)を発表しました。
このプランでは、グローバル人材を育成するための施策が小中学校、高校、大学、民間企業に分けて示されています。
また、国が考える「グローバル人材」の育成目的がより明確になったと言えます。
文部科学省は、日本社会全体でグローバル人材の育成に取り組むため、大学やグローバル企業の関係者で構成される委員会を2010年に設置。翌年に定められた戦略プランでは、下記のようにグローバル人材が定義されています。
産学官によるグローバル人材の育成のための戦略
「グローバル人材とは、世界的な競争と共生が進む現代社会において、日本人としてのアイデンティティを持ちながら、広い視野に立って培われる教養と専門性、異なる言語、文化、価値を創造する能力、次世代までも視野に入れた社会貢献の意識などを持った人間」
(産学連携によるグローバル人材育成推進会議, 2011, p.3)
グローバル人材育成が必要な理由として、グローバル化が進む社会では「地球規模で物事をとらえ、地球上のあらゆる人びとと協力し、地球規模の平和と幸福を追求することが不可欠になっている」(産学連携によるグローバル人材育成推進会議, 2011, p.3)、と説明されています。
そして今回の「せかい×まなびのプラン」では、日本の持続的な成長を実現するために下記のようなグローバル人材が必要であるとされ、より具体的に定義されたことがわかります。
せかい×まなびのプラン
「世界的な企業をつくる力、国際共同研究を行う力、外交等世界と対等に交渉する力などを有するグローバルリーダー」
(文部科学省, 2023b, p.1)
「グローバル人材」とはどのような人材なのか。この定義を巡る議論は、これまで幾度となく行われてきましたが、どのような分野・立場で考えるのかによって異なる、という状況でした。
今回、産学官(民間企業、教育・研究機関、国・地方公共団体)それぞれで求められるグローバル人材の定義・目的がわかりやすく簡潔なことばで示されたと言えます。
では、世界的な企業をつくったり、国際共同研究を行ったり、外交などで対等に交渉したりできるようになるためには、何が必要なのでしょうか。
「せかい×まなびのプラン」によると、「アイデンティティを確立しながら、多様な価値観を持った他者との協働の中で新たな価値を見出し、イノベーションを創り出す経験が必要」とされています。
また、そのような経験を得る方法として下記が考えられていることがわかります。
・海外留学(特に中長期の留学)
・海外研究者との共同研究や交流
・日本で学んだり働いたりする外国人との共生や交流
・学校教育(例:国際交流、海外の学校との連携プロジェクト、国際バカロレアなど)
これらの方法であれば、自分が日本人であるという意識が芽生える、価値観が変わる、異なる言語・文化で生きてきた人たちと何かに取り組む、という経験が得やすいですし、実際にそのような経験をしたことがある人もいるのではないでしょうか。
しかし、そのような経験から具体的にどのような能力や思考・行動を身につけるべきなのか、ということは、今回の「せかい×まなびのプラン」では明確に示されていません。
近年、グローバル人材の資質として「Cultural Intelligence(カルチュラル・インテリジェンス)」(以下、CQ)という考え方が注目されています。
CQ(文化的知性)とも呼ばれ、文化的背景の異なる人々に関わる環境や状況の中でうまく適応できる力です(Earley & Ang, 2003)。
これまで、学業に必要とされる認知能力に注目したIQ(知能指数)、対人関係における感情の理解やコントロール力に注目したEQ(心の知性)など、私たちに必要な知性(何かについて知ったり思考・判断したりする力)に関する概念はいくつも誕生してきました。
しかし、それらが高いからといって異文化の壁を越えて何かをうまく成し遂げられるとは限りません。
また、学術界においては、文化の違いを説明する研究はあっても、その違いを埋めてうまく役割や目的を果たすにはどうすればいいかを調べる研究が欠けていました。また、異文化環境で必要な能力はいくつも提案されてきたものの、わかりやすく整理した一貫性のある理論はありませんでした(Ang et al., 2015b)。
CQは、そのような背景から、ロンドン・ビジネス・スクール(イギリス)教授P. Christopher Early氏とナンヤン・ビジネス・スクール(シンガポール)教授Soon Ang氏によって2003年に提唱されたのです。
文化的背景の異なる相手とうまく関わりながら何かを成し遂げられる人とそうでない人は何が違うのでしょうか。CQは、その一人ひとりの違いを説明しようとする概念です。
CQの高さは認知、動機、行動という三つの側面が揃っていることがカギであり、その一つでも欠けていればCQは低くなる、とされました(Earley & Ang, 2003)。
1. 認知(cognition)
いま何が起きているか、それはなぜか、適切に振る舞うにはどうすればいいかがわかることです。
そのためには、周りから得られる情報からルールやパターンを見つける力が必要です。「これはこういう意味だ」、「こういうときはこうするべきだ」という既存の知識や考え方から抜け出して、柔軟に物事を解釈したり分析したりしなければなりません。
さらに、周りの人たちがどうしているかだけではなく、自分自身がどのように考えたり行動したりしているかがわかっていることも重要です。
2. 動機(motivation)
その文化について知って理解しようとする意志や忍耐強さがあり、困難を克服して目標を達成しようとすることです。
そのためには、下記三つの動機が関係するとされています。
1) 自己高揚(self-enhancement)
私たちは、自分のことを高く評価し、それを維持したり高めたりできるように情報を探したり解釈したりしようとする傾向があります。
しかし、異文化に接する状況ではうまくいかないことが多く、自己イメージが良くなるようなポジティブな経験はなかなか短期間で得られません。
自己高揚の動機が高すぎると、そのような情報に注意を向けなかったり、現実をゆがめて認知したりしやすくなってしまいます。
2) 自己効力感(self-efficacy)
私たちは、「自分はできる」と感じられることを好んでやろうとする傾向があります。
しかし、異文化に接する状況では初めて挑戦することや難しい局面もあります。
自己効力感が高いほうが、新しい文化に関わろうとし、困難があっても立ち向かおうとしやすくなります。また、適切な目標を設定し、その環境で最も効果的な達成方法を探そうとします。
3) 自己一貫性(self-consistency)
私たちは、矛盾のない一貫性のある考え方や行動をしようとする傾向があります。
しかし、異文化に接する状況では、いつもの自分とは異なる考え方や行動を求められることがあります。
自己一貫性の動機が高すぎると、自分を変化させたり新しい考え方や行動を取り入れたりしにくくなります。また、その文化を理解するうえで重要な情報を無視したり拒否したりしてしまう可能性もあります。
3. 行動(action)
その状況において適切かつ効果的な行動をすることです。
どうすれば良いかわかっていて、そうしたいと思っているだけでは不十分であり、実際に行動に移さなければ意味がありません。
そのためには、新しい振る舞いを周りから学ぶための洞察力や身につけようとする努力が必要です。
さらに、行動をするだけではなく、その結果として目標が達成できたかどうかが重要であり、自分の意図を効果的に伝えるための感情表現や身体表現も関係します。
その後およそ20年間、CQの研究者は、グローバル企業でのフィールドワークをもとにCQを提唱したSoon Ang氏(前述)をはじめ、50カ国以上にも広がり、毎月のように新しい研究結果が発表されていると言われています(Livermore, 2022)。
また、CQ研究の対象は、企業の海外赴任者や駐在員だけではありません。海外出張中の人々、外国人労働者、国内でグローバル環境に置かれている人々、留学生を対象にしたCQ研究もあります(Ang et al., 2015a)。
前述の通り、当初、CQは「認知(cognition)」、「動機(motivation)」、「行動(action)」という三つの側面が揃っている必要があるとされました。
しかしその後、一つ目の認知は「メタ認知(metacognition)」(異文化に関する知識を身につけたり理解したりするための高次認知能力)と「認知(cognition)」(異文化に関する知識)に分けられ、CQを測る基準として「Cultural Intelligence Scale(CQS)」(CQスケール)が開発されました(Ang & Van Dyne, 2008)。
CQに関する研究の多くは、このCQスケールを用いていますが、CQの評価方法はほかにも数多く提案されています。
David Livermore氏(ボストン大学教授)は、一般社会で応用できるようなCQ評価方法や研修プログラムを開発しており、CQの高い人が発揮する特性を以下のように整理しています(Livermore, 2015; Livermore, 2022)。
図:Livermore (2022, Figure 4.1)を基にIBS翻訳・作成
この4つは、海外留学や国際交流などで具体的にどのようなことを経験するべきか、何を学ぶべきかを考えるときにも役立ちます。
例えば、異文化の人々と関わることへの興味・関心を持つところまでで終わっている場合があるかもしれません。異文化と関わるときに生じる戸惑いや困難を乗り越えて何かを一緒に成し遂げるための粘り強さや自信が身につく経験になるでしょうか(CQ意欲)。
また、異文化について「知っている」で終わっているかもしれません。その人たちはなぜそのように考えるのか、なぜそのような行動をするのかを理解するところまで進むでしょうか(CQ知識)。
そして、せっかく海外の人と接する機会があっても、「どうすればいいか」を自分で考える経験にはなっていないかもしれません。その状況で適切な反応や行動を考えたり判断したりできるようになるでしょうか(CQ戦略)。
さらに、実際に自分の行動を柔軟に変える経験が欠けているかもしれません。自分の考え方や行動を調整することによって目標を達成できるようになる機会をつくれているでしょうか(CQ行動)。
海外経験によってCQが高まるかどうかを調べる研究も行われていますが、経験の内容、本人の意識や姿勢、それまでの教育や家庭の環境など、さまざまな条件が海外経験の効果に影響する可能性が示されています(Ang et al., 2015b)。
一方、海外経験からうまく学ぶためにはCQが必要だと提唱する研究もあります(Ng et al., 2009a; Ng et al., 2009b)。
主にビジネスの現場で重視されている経験学習(経験を通じて学んだことを次の経験に活かすプロセス)は、1)実際に経験する → 2)経験を振り返って自分自身について見つめ直す → 3)今後どうするべきかを概念化する → 4)新たな状況で実践してみる、というサイクルを繰り返すことで学習する、という考え方ですが、各ステップでうまくいくかどうかにCQが影響するということです。
海外赴任や海外留学、国際交流を経験したとしても、もともと持っていた考え方や行動パターンが変わらない人もいることは、多くの人が経験上知っているのではないでしょうか。
例えば、タイへ留学した日本人学生たちを調査してきた木村准教授(早稲田大学)によると、ネイティブ・スピーカーの英語を理想としていたり、明確な目標を持っていなかったりすると、現地の人たちと関わろうとせず、海外経験から新たな学びを得られない学生もいます。
早稲田大学 木村 大輔 准教授へのインタビューより(佐藤, 2022)
「自分は英語が得意だと思っている学生は、『タイ人の学生の発音はわからない。自分はアメリカ英語の発音ができるから、コミュニケーションがとれないのはタイ人のせいだ』というふうに、コミュニケーションがうまくいかない理由を相手のせいにしがちである、ということもわかりました。
これは、ネイティブ・スピーカーにもよく見られる傾向です。『自分は英語ができるのに、相手が自分の英語を理解できないのは相手のせいだ』、『相手の英語を自分が理解できないのは、相手のせいだ』というふうに考えるんですね」
英語を話す人々は世界全体で約15億人いるとされていますが、決してネイティブ・スピーカーだけではありません。むしろ、母語は別の言語であり第二言語・第三言語として話す人々のほうがはるかに多く、全体の7割も占めます(Eberhard et al., 2024)。
そのため、タイのような非英語圏の人々と英語を使いながらコミュニケーションすることは、実際に将来経験する場面に近く、その意味では実践的な経験になり得ます。
また、アメリカなどの英語圏への長期留学も、本人の価値観や目標意識によっては、地球規模のグローバル人材というよりも「英語が話せる人材」や「英語圏の文化に適応できる人材」の育成に留まってしまうかもしれません。
グローバル人材を育てるためには、単に海外留学や国際交流を経験させるだけではなく、本人はもちろん、留学や交流を支援する教育機関などの関係者すべてが、その経験から何を学ぶべきか、何ができるようになるべきかを理解していることも重要だと考えられます。
そして、必要な能力を身につけられるような活動やプログラムの計画とともに、異文化体験からうまく学べる人材を育てる教育も不可欠です。
日本の学習指導要領では、学習の目標・内容や評価の観点が「知識・技能」、「思考・判断・表現」、「主体的に学習に取り組む態度」の三つに整理されるようになりました(国立教育政策研究所, 2018)。
「知識・技能」はCQの認知(知識)や行動、「思考・判断・表現」はCQのメタ認知(戦略)や行動、「主体的に学習に取り組む態度」はCQの動機(意欲)に近い考え方だと思われ、CQの概念や研究成果を学校教育に活かしやすい土台が整っているのではないでしょうか。
本記事の冒頭でご紹介した通り、「せかい×まなびのプラン」は小学校〜高校の教育にも目を向けていますが、「興味を持たせる」、「知識を身につける」、「体験させる」だけで終わらないことを目指した異文化理解教育や国際教育の実現も注目すべき取り組みだと考えられます。
■関連記事
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Eberhard, D. M., Simons, G. F., & Fennig, C. D. (Eds.) (2024). What is the most spoken language?. Ethnologue: Languages of the World. Twenty-seventh edition. Dallas, Texas: SIL International. Online version:
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佐藤有里(2022, January 5th). 「リンガフランカとしての英語」を意識した英語教育を 〜東京工業大学 木村准教授インタビュー(後編)〜. ワールド・ファミリー バイリンガルサイエンス研究所.
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文部科学省(2023a). せかい×まなびのプラン. Retrieved from
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