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2025.05.30

英語のイントネーションを間違えると、相手に伝わることが変わってしまう?〜東京外国語大学 斎藤 弘子 教授インタビュー(前編)〜

英語のイントネーションを間違えると、相手に伝わることが変わってしまう?〜東京外国語大学 斎藤 弘子 教授インタビュー(前編)〜

みなさんは、「英語の発音が良い」とは具体的にどういうことだと思いますか?RとLをうまく区別して言えることでしょうか?それとも、音声の強弱やリズム、抑揚のつけ方でしょうか?

実は、コミュニケーションにおいては、後者のほうが重要だと言われています。そこで今回は、日本人の英語イントネーションについて研究をされてきた斎藤 弘子 教授(東京外国語大学)にお話を伺いました。

前編では、イントネーションの大切さや日本語と英語の違いについてご紹介します。

 

著者:佐藤有里

まとめ

●英語のイントネーションを間違えると、自分が伝えたいメッセージとは違う意味や印象になってしまうことがあり、意図的だと思われやすい。

●日本語と英語ではルールが異なるイントネーションがあり、日本語と同じような言い方をしてしまうとコミュニケーションに失敗する可能性がある。

●英語のイントネーションは、そのルール・理由の説明や練習によって身につけさせることはできるが、どうしても習得が難しい人もいる。

 

約20年前、英語イントネーションに関する入試問題が話題に

―斎藤先生は、どのような経緯や理由で英語イントネーションの習得について関心をもたれたのでしょうか?

発音(pronunciation)の研究には、子音や母音の発音のほか、韻律(prosody)または「超文節音(suprasegmentals)」についての研究も含まれています。超文節音は、アクセントやリズム、イントネーションといった音声の特徴のことですね。

私がこのイントネーションの研究に興味をもったきっかけは、2002年に行われた大学入試センター試験(現在の「大学入学共通テスト」)の出題内容です。

英語の筆記試験で、会話文の中で一番強調して発音される語を選んで答える問題でした。

Jim: What job do you eventually want to have?(将来はどのような仕事をしたいですか?)
Rie: I haven’t thought about it. Have you?(考えたことがありません。あなたは?)

この問題では、かなり多くの受験生が間違えて haven’t を選びました。そこで高校の先生たちもその問題を解いてみたところ、正解できない先生たちが多かったんです。

このときに、筆記テストでイントネーションに関する問題を出すのはどうなのか、なぜ間違いなのかわからない、教師が教えられないことを出題するのはどうなのか、といった意見を雑誌(大修館書店の『英語教育』など)で目にしたのですが、イントネーションにはちゃんとルールがあるので、そのルールを教えることは可能なのではないかと思いました。

そこで、どうすればイントネーションを教えることができるか、ということに興味をもって研究を始めました。

 

―大学入試でイントネーションの問題が初めて出たことがきっかけだったのですね。学校の英語教育ではイントネーションについて教える、ということはされてこなかったのでしょうか?

従来の発音問題といえば、例えば、子音や母音の部分が同じ発音のものを一つ選ばせる、単語の中で第一アクセントが置かれる音はどれかを選ばせる、という内容だったと思います。

当時の英語の教科書にもイントネーションのことは書いてありましたが、おそらく学校の先生たちはそのルールについて教わってきてないですし、教えられるものではないと思っていたかもしれませんね。ですから、当然、受験生も中学や高校で教わっていなかったのだと思います。

先ほどお話しした入試問題では、ほとんどの受験生や先生たちが haven’t を選択したのですが、イントネーションのルールとしては内容語(content word)(※1)が強く発音されます。

haven’t は否定の意味がありますが、助動詞なので内容語ではありません。この会話の流れであれば、唯一の内容語である thought が一番強調されるような言い方にしなければなりません。

 

イントネーションを間違えると、どんなことに困る?

―実際のコミュニケーションでは、イントネーションを間違えるとどのような支障があるでしょうか?

自分が伝えたいメッセージとは違う意味になってしまうことがけっこうあります。

例えば、haven’t(否定辞)を強調して“I haven’t thought about it.”と言うと、「だ・か・ら、考えてないですよ」と怒っているように聞こえます。

「まだ考えていない」と答えたのに「何か考えていたでしょ?」と相手にしつこく言われたときであれば理解できますが、この入試問題の会話の流れだとおかしく聞こえてしまうんです。

当時、ネイティブ・スピーカーの方たちにも聞いたのですが、「将来は何になりたい?」という質問に対して「考えることすらしていない」ということを伝えたい場合、コミュニケーションで大事な語 thought を強調して言う、ということでした。

 

―日本人が間違えやすい英語のイントネーションはあるのでしょうか?

日本人が英語を発音するときの特徴について調べる中で、いろいろな癖があることがわかりました(Saito, 2006)。

例えば、どこかを強く発音するときには声(ピッチ)が高くなるのですが、“I think 〜.”(私は〜と思います)と言うときに、I(私)を高い声で発音する傾向があります(斎藤・上田, 2011)。

I は機能語でthinkは内容語ですから、ネイティブ・スピーカーであれば、“I think you are right.”(あなたが正しいと思います)、“I think he is coming.”(彼は来ると思います)、“I think it’s going to rain.”(雨が降ると思います)というふうに、コミュニケーション上重要なことばであるthinkのところで声が高くなります。

 

―日本人が I(私)を高い声で発音する傾向には、どのような理由が考えられますか?

日本語が干渉しているのではないかと言われています。

日本人は普段「私は」とあまり言わないですよね。「私は」と言うときは、「私はそう思うけどね」というふうに強調するときです。

ですから、もしかしたら英語で I(私は)と言うときにも強調してしまうのかもしれません。

もちろん意味は通じますし、「ちょっと特殊なイントネーションで話す人だけど、英語が母語ではない人だからね」と大目に見てもらえる場合がほとんどだと思います。ただ、I を強く発音したことで「自己主張が強い人」という印象をもたせてしまうことがあるかもしれませんから、気をつけなければいけないと思います。

 

―イントネーションの間違いで別のメッセージや印象が相手に伝わってしまう、ということは日本語でもよくありますし、コミュニケーションでは重要なポイントですよね。

そうですね。実際のコミュニケーションにおいては、母音や子音の発音がうまくできなくても、相手が一生懸命理解しようとしてくれることが多いですし、だいたいは文脈で意味が通じることがわかっています。

例えば、rice(ごはん)を lice(シラミ)と発音してしまったとしても、レストランで「ライスをください」と注文する文脈であれば、店員さんは理解してくれますよね。

ただ、イントネーションについては、母語にもある要素だから間違えることはないだろうという思い込みから「意図的にそういう言い方をした」と捉えられてしまう、と言われています。

音調がどういうときに上がる/下がるのか、どこで上がる/下がるのか、どういう上がり方/下がり方をするのか、という英語のイントネーションのルールから外れた言い方をすると、何か意図的なメッセージが加わってしまうんです。

そのほか、話し手の感情がどの程度なのか、どこからどこまでが新しい情報なのか、どこからどこまでが一つのセンテンスなのか、といったこともイントネーションによって相手に伝わるものが変化します。

ですから、学校の先生は少なくともそういうことを知ったうえで英語を教える必要があると思いました。

 

イントネーションのルールは、日本語と英語でどんな違いがある?

―別の意味が伝わってしまったときに、それが「間違い」ではなく「意図」だと思われてしまうと困りますね。日本語のイントネーションのルールで英語を話してしまうとコミュニケーションに失敗する、ということもあるでしょうか。

そうですね。イントネーションのルールは日本語と英語で共通点が多いのですが、そのイントネーションの違いの幅が日本語よりも英語のほうが大きかったり、日本語と英語ではやり方が違ったりすることによって、コミュニケーションに影響してしまうことがあります。

【日本語と英語のイントネーションの違い】(斎藤・上田, 2011)

例1: 質問するとき

質問するときに音調を上げる、というルールは日本語でも英語でも同じですが、上げ方が違います。

日本語で「これがデパートで買ったカップですか?」と聞くときには、最後の「か」の音だけを上げますよね。

これは、いわば日本語のメロディーのようなものだと思いますが、このメロディーをそのまま英語に持ち込んで “Is this the cup you bought at a department store(↑)?” と最後の department store の最後の音節である store の部分だけを上げる傾向にあります。

でも英語の場合には、最後の内容語 department store の第一アクセントを受ける音節 -part- から文末にかけて徐々に上昇します。

ですから、ネイティブ・スピーカーが日本人のようなイントネーションを聞くと、相手に質問されていることがわかりにくいことがあります。

 

例2:一番伝えたい情報を強調したいとき

日本語では、文末の音節を上げたり下げたりすることでいろいろな表現をしますが、英語では一番伝えたい情報のところで上げ下げをします。

例えば、「今朝、スーザンに会ったよ」と言うとき、いま一番伝えたい情報が「スーザン」であれば、”I saw Susan(↓) this morning.” というふうに Susan を下降調で言うことで強調します。

もしこれを “I saw Susan this morning(↓).” というふうに morning が強調されてしまうと、「スーザンはいつも寝坊しているのに、珍しく朝から会ったよ」というようなメッセージが伝わるかもしれません。

 

例3:文字通り以外の意味を伝えたいとき

音調を一度下げてから上げる「下降上昇」というイントネーションも英語特有です。

例えば日本語では、「彼は良い人なんだけどね〜……」と語尾を伸ばすと、ほかに何か言いたそうだなと相手が気づきますよね。

でも英語では、“Oh, he is ni(↘︎ ↗︎)ce…”というふうに、音調を一度下げてから上げることで表現します。この言い方を知らなければ、相手が間違って解釈してしまうかもしれません。

 

例4:強く主張をするとき

英語では、下降調の言い方で「これが私の意見です」、「つべこべ言わずに〜しなさい」というようなメッセージを表現します。

例えば、相手にお願いしようとしているのに “Open the window(↓).” と音調を下げて言うと、お願いではなく、命令に聞こえてしまいます。

 

例5:怒っているとき

疑問文であっても、 “Why did you do that(↓)?” というふうに下降調で言われたときは、本当に理由が知りたくて質問しているというよりも、「どうしてそんなことができるんだ」と怒っていることを相手が伝えようとしています。

このメッセージに気づかず、「ごめんなさい」と謝ることなく “Because……” と理由を説明し始めてしまうと、相手はさらに怒ってしまうかもしれません。

逆に、「わからないから教えてください」というメッセージを込めて質問したいときには音調を上げます。

例えば、外国の人たちに日本に来た理由を尋ねるテレビ番組がありますが、“Why did you come to Japan(↓)?” と下降調で言うと「なんで来たの?早く帰ってよ」という感じに聞こえて、とても失礼になってしまいます。

英語のWH疑問詞(Who / What / When / Where / Which / Why / How)で始まる疑問文は基本的に下降調で言うので、 “May I 〜?”、”Could you〜?” など、Yes/Noで答えられるような疑問文にすれば上昇調となり、丁寧な感じで質問することができます。

 

日本語の方言は、英語のイントネーションに影響する?

―日本語と英語ではイントネーションのルールに違いがあることがよくわかりました。日本語には方言がありますが、方言が英語のイントネーションに影響する可能性はあるでしょうか?

そうですね。方言のイントネーションが英語に移るのかどうかを調べてみたことがあるのですが、標準語を話す学生たちと関西弁を話す学生たちに日本語・英語の文を読んでもらったところ、日本語と英語でイントネーションのパターンがある程度一致していました(Saito & Ueda, 2007)。

例えば、形容詞のあとに名詞がくる場合、標準語では「赤い本」というふうに形容詞のほうを高いピッチで発音します。一方、関西弁では「赤い」とアクセントの位置が逆になります。

英語では ”red book” と名詞のほうを強く発音するのですが、標準語を話す学生は ”red book”、 関西弁を話す学生は ”red book” というふうに、方言のイントネーションのパターンがそのまま英語を話すときにも見られた、ということです。

このように関西弁とパターンが一致している場合は、関西弁を話す学生のほうが正しいイントネーションで発音していました。

アクセントがない方言を話す北関東出身の人は、英語のイントネーションを教えようとしても理解しづらい、ということも以前からよく言われています。

イントネーションは、音楽と少し似ているところがありますよね。

例えば、西洋の音楽と日本の音楽では音階やメロディー、リズムなどが違いますから、その違いによって別の音楽だとうまく歌えない、ということがあり得ます。
ですから、その人が普段話していることばのリズムやアクセントはやはり英語を話すときに影響すると思います。

 

(※1)単語は、大きく分けて内容語(content word)と機能語(function word)がある。内容語は、名詞や動詞、形容詞、副詞など、その語だけで具体的な意味内容を表す。機能語は、助動詞(例:will / can)、接続詞(例:and / but)、冠詞(例:the / a)など、文法的な働きを担う語。

 

【取材協力】

東京外国語大学 斎藤 弘子 名誉教授

東京外国語大学 斎藤 弘子 名誉教授のお写真

<プロフィール>

研究分野は、言語学、英語学、外国語教育。英語音声学・音韻論を専門とし、主に、日本人英語学習者が英語のイントネーションをどのように習得するか、母語(日本語)がどのように影響するかについて研究を行う。東京外国語大学 修士号(文学)、ロンドン大学 修士号(音声学)取得。東京外国語大学 外国語学部教授などを経て2009年より東京外国語大学 教授。2025年春より同大学の名誉教授および名古屋外国語大学教授。共編・共著者として各種英和辞典の制作にも長年携わっている。

 

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参考文献

Saito, H. (2006). Nuclear-stress placement by Japanese learners of English: Transfer from Japanese. In Y. Kawaguchi, I. Fónagy & T. Moriguchi (Eds.), Prosody and Syntax (pp. 125-139). John Benjamins.

https://doi.org/10.1075/ubli.3.08sai?locatt=mode:legacy

 

斎藤弘子・上田功(2011). 英語学習者によるイントネーション核の誤配置.『音声研究, 15』(1), 87-95.

https://doi.org/10.24467/onseikenkyu.15.1_87

 

 

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