日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2024.10.09

トリリンガルとして育つ子どもたちのために親や教師が知っておきたいこと ~国際基督教大学 Suzanne Quay教授インタビュー(前編)~

トリリンガルとして育つ子どもたちのために親や教師が知っておきたいこと ~国際基督教大学 Suzanne Quay教授インタビュー(前編)~

家庭で使われている言語、社会(保育所・幼稚園や学校など)で使われている言語、そして英語、というように、三つの言語に触れて育っている子どもは世界中にたくさんいます。では、実際にトリリンガルになることができ、大人になっても三つの言語能力が高い人たちにはどのような共通点があるのでしょうか。マルチリンガル環境で育つ子どもたちをサポートする親や教師は、何を知っておくべきなのでしょうか。

今回は、トリリンガル研究の第一人者である国際基督教大学のSuzanne Quay(スザンヌ・クエイ)教授に研究成果を伺いました。前編では、大人のトリリンガル210人を対象にした調査について紹介します。

著者・翻訳:佐藤有里

 

まとめ

●将来的にトリリンガルになるうえで不可欠な要因は、その三つの言語を使う必要性である。日常的に使わない言語を維持するためには、読み書きによってその言語を学んだり使ったりする機会を増やすことが重要。

●第二言語・第三言語に触れ始めた年齢が将来的な三言語の能力に関係することは研究で示されたが、本当の要因はその背景にあるFamily Language Policy(言語に関する家庭の方針)であり、ほかにも実にさまざまな要因が言語能力に関係する。

●学校の教師は、子どもの言語資源である第一言語(家庭で使われている言語や手話言語)が認知能力や第二言語・第三言語の発達に役立つことを認識し、マルチリンガル児が学校で第一言語を使用することを禁止するべきではない。

 

乳幼児期のトリリンガルについて研究

―どのような経緯で乳幼児期のマルチリンガリズム(多言語使用)について研究されるようになったのでしょうか?

私は、カナダで英語と広東語の同時性バイリンガル(※1)として育って、小学校でフランス語を学び始めました。でも、自分がどのように小学校入学時点でバイリンガルになっていたのかはわかりませんでした。

その答えを知りたいと思って、ケンブリッジ大学で乳幼児期のバイリンガリズム(二言語使用)について研究することにしました。

言語習得の理論には、言語能力は「生まれ(nature)」だと考える理論(生得主義の理論)と、「育ち(nurture)」だと考える理論(経験主義の理論)があります。

チョムスキーの「普遍文法(Universal Grammar)」(※2)の考え方のような生得主義の理論の場合、言語を獲得する仕組みについて容易に証明することはできません。その仕組みは私たちの頭の中に存在しているので、言語がどのように獲得されているかを実際に見ることはできないからです。

一方、経験主義の理論は、子どもが周りの世界との関わり(相互作用)や経験を通じて言語を学んでいく、ということに基づいた理論です(※3)

私は、同じ子どもを継続的に追跡調査するような縦断的調査でデータに基づいた証拠(Quay, 2011a)を使って研究しようとしています。

 

―Quay先生は、トリリンガリズム(三言語使用)研究の第一人者のお一人だと思います。どのようなきっかけで、研究対象がバイリンガルからトリリンガルに広がったのでしょうか?

私が初めて来日したときに、日本在住でドイツ人の父親とアメリカ人の母親を持つトリリンガルの子どもを研究する機会をいただいたことがきっかけです。

ご両親は異なる文化圏から日本に来たので、この家庭ではすぐに三つの言語(ドイツ語、英語、日本語)が使われるようになり、日本語が三つ目の言語でした。

私が乳幼児期のバイリンガリズムについて研究していることを知っていたので、自分たちの第一子が生まれてすぐに研究への協力を申し出てくれたんです。

この研究を機にトリリンガルの子どもたちを研究するようになり、2001年に初めて発表しました(Quay, 2001)。

 

―Quay先生は、手話言語を含むマルチリンガリズムについても研究されています。どのようにしてこの分野を研究するようになったのでしょうか。

「World of Sign Languages(手話の世界)」という一般教養の科目を教えられる教員として国際基督教大学に採用されたことがきっかけです。

私は乳幼児期のバイリンガリズムについての研究で博士号を取得しましたが、そのときの指導教員は Margaret Deuchar先生(※4)でした。彼女が博士課程で研究していたときに最初に取り組んだテーマがイギリス手話(British Sign Language / BSL)だったので、手話の分野とはそのようなつながりがあったんです。

私が「World of Sign Languages」の講義を始めた1996年当時、日本のろう者、日本におけるろう教育、聞こえる人々のコミュニティにおける手話言語の使用については英語で書かれた資料がありませんでした。

そこで私は、学部生や大学院生たちと一緒に手話の研究を始めました。

結果的に、当時は、日本で行われている研究の多くが私と私の学生によるものでした。日本のろう者コミュニティの方々は、このことをとても喜んでくれました。

 

トリリンガルになるうえで不可欠な要因は?

―Quay先生は、最近、世界各地のトリリンガル210人を対象にした調査を実施されました。このプロジェクトに取り組むことになった経緯を教えてください。

トリリンガリズムに関する私のこれまでの研究は、すべ乳幼児に関するもので、生後間もなくから3歳までの成長だけを追っています(例:Quay 2001; 2008; 2011b; 2012)。

研究を進めるなかで、言語発達の初期について調べた短期的な研究では長期的な結果を予測できない、ということにも気づきました。つまり、子どもたちが大人になったときにうまくトリリンガルになっているかどうかはわからないんです。

これが今回のプロジェクトに取り組んだ理由ですね。

このプロジェクトでは、実際にトリリンガルになった大人たち(詳細は下記参照)を対象に研究参加者を募集して、アンケート調査に協力してもらいました。

そして、大人になってから三言語の能力が最も高いトリリンガルは、どのような要因が最も貢献しているのか、という点について実態を知ることができました(Quay, 2024)。

調査における「トリリンガル」の定義(Quay, 2024, p.59)
「手話や相互理解が不可能な方言(例:中国語の方言)を含め、三つの異なる言語で必要なタスクを無理なくこなすことができる人(IBS訳)」

 

調査の参加者について(Quay, 2024)
性別: 女性138人、男性72人

年齢:10代(14~19歳) 13人、20代 59人、30代 65人、40代 30人、50代 33人、60~84歳 9人、未回答1人

民族: アジア系 98人、ヨーロッパ系 94人、アフリカ系 10人、混血 8人

最終学歴: 博士 62人、修士 58人、学士 43人、そのほかの大学・専門学校卒業資格(カレッジ・ディプロマ) 14人、高校卒業資格 23人、高校在学中 10人

職業: 教育関係 68%(教育者(教授/教師/講師) 50%、学生41%、研究者9%)、ビジネス・金融関係 8%、コンピューター・IT関係 4%、サービス業 3%、その他 16%

現在の居住国: アジア 112人、ヨーロッパ 59人、北米 26人、南米 1人、アフリカ 8人、オセアニア 4人

居住国の数: 1~2カ国にしか住んだことがない人は54%。

各居住国での滞在期間: 生涯の半分以上を出身国で過ごしている人は79%。

言語の数: 3つ 78%、4つ 19%、5つ 1.9%、6つ 1%

第二言語・第三言語の習得年齢: 生まれたときから三言語を習得していた人はわずか1.4%。生まれたときから二言語を習得していた人は18.6%。

 

―三つ以上の言語を習得して維持するためには、どのような要因が不可欠でしょうか。

話す力については、多様な相手とのやりとりが不可欠だと言えます。つまり、さまざまな人と話す機会があること、日常的な場面でその言語を使う機会があることです。

ひと言で要約するとすれば、その言語を使う必要性がある、ということですね。

そして、これまでの研究から、日常的に使わない複数の言語を維持するためには、その言語で読み書きできること(リテラシー)が必要だという結論に至りました。

大人になったときに三言語の能力が高くなるようにすべての言語で読み書きができるようにするためには、親がしっかり計画を立てる必要があります。

 

―では、トリリンガルになるうえで不可欠ではない要因はありますか?

その言語が使われている国に住むことは必須ではないことがわかりました。

ICUの学生には海外からの帰国生がたくさんいますが、その学生たちからさまざまな話を聞いてきた経験からもそう思います。

例えば、ある帰国生は、日本語も英語もネイティブ・スピーカーのように聞こえるくらい、二言語の能力が同じくらい高いバイリンガルでした。

彼女は両親の仕事の都合により英語圏で育ってICUに入学するために日本に来たのですが、彼女の母親は英語をひと言も話せるようにならなかったそうです。

そのご家族は日本人のコミュニティで暮らしていて、母親の友人関係も活動範囲もすべてそのコミュニティ内であり、その外では彼女が母親の通訳をしていました。

つまり、その言語を習得するために不可欠な要因は、その言語が使われている国に住むことではなく、その言語の必要性なんです。

そして、一度身につけた言語を失わずに維持しようとするのであれば、やはりその言語を使わなければなりませんが、もし日常的に使う必要性がないのであれば、その言語で読み書きができなければなりません。

 

―読み書きできることは、日常的に使わない言語を維持するためにどのように役立つのでしょうか。

聞く力と話す力だけでは、その言語を使う機会が非常に限られてしまいます。でも、読み書きの力もあれば、使う機会がもっと多くなります。

また、その言語で何かを読んでいるときには、新しい語彙を覚えているだけではなく、 無意識のうちにその言語の文法パターンを覚えています。

文字を読んでいるときには、理解できない文章があればもう一度読み直すことができますし、その文が頭に入って覚えることができます。

例えば、日本人で英語をあまり使わない人でも、インターネット上では英語で提供されている情報がたくさんあるので、必要な情報を探すために英語を読むことがあると思います。また、さまざまな言語で映画が制作されていますが、その多くは英語の字幕つきで見ることができます。

そういうふうに英語を読むことを継続していれば、英語の維持につながります。

私の場合、フランス語やスペイン語を日本で話す機会はありませんが読む機会はあるので、これらの言語を失うことなく維持することができます。

 

―たしかにそうですね。英語で話す機会が減っても読む機会が多ければ英語力を維持できる、という点は、私の個人的な経験とも合致します。

先ほど申し上げたように、幼い子どもたちを対象に研究している間は、その子どもたちの将来についてはわかりませんでした。もし私が今回の調査をしていなかったら、今日お話ししたような結論に至らなかったのではないかと思います。

そして今、乳幼児だけではなく、小学生から高校生までの年齢層も対象に研究しています(Quay & Nakamura, 2023)。今回の調査では、80歳代までが対象になっていますから、 生まれてすぐから高齢になるまで、マルチリンガル環境で育つ人たちの一生涯を対象に研究していることになります。

ただ、二つ以上の言語を維持する方法は一つではありません。

ある人はうまくいっても、別の人はうまくいかないこともあります。それは、バイリンガルやトリリンガルの言語維持には、ほかにも多くの要因が関係していて、それらは一人ひとり異なるからです。

 

―今回の研究でも、二つ以上の言語を維持する方法は一つではない、ということが示された事例はありましたか?

今回の研究でインタビュー調査を実施した子どもたちの中に、日本人の父親とタイ人の母親を持つトリリンガルの子どもがいました(※5)

この子どもは日本で生まれ育って、日本の公立学校に通っています。さらに週末には、英語で授業を受ける補習校に通っています。毎年夏にはタイ人の母親と一緒にタイへ行くので、 三つの言語(日本語、タイ語、英語)すべてを維持することができていましたが、英語をネイティブ・スピーカーのように話すので驚きました。

父親は日本語を話し、母親はタイ語を話し、英語補習校は毎週土曜日に週1時間(年間約30時間)だけだからです。

でも、その子どもは小さいころからYouTubeの動画を英語で見るのが大好きでした。英語力の高さは、自分が興味のあるものに関するYouTube動画を自主的に見続けてきたからだったんです。

ですから、言語を維持する方法は人それぞれであり、一つではないんです。

 

トリリンガルになるのは早ければ早いほうがいい?そんなに単純な話ではない

―二つ目、三つ目の言語を習得する年齢は、トリリンガルの三言語の能力とどのように関係していましたか?

第二言語、第三言語の聞く・話す力に関しては、習得年齢が早い人のほうが高いことがわかりました。
ただし、第二言語、第三言語の読み書き能力を習得した年齢が将来の三言語すべてにおける能力に影響することもわかりました。

10代から成人期にかけて第二言語と第三言語を習得したトリリンガルは、三つの言語で高いレベルに達することができていたんです。

この発見は、初等教育の段階で第一言語が確立されていると、それに比例して中等教育で学習する第二言語と第三言語の能力が向上することを示唆しています。

 

習得年齢と言語能力の関係について(Quay, 2024)

・各言語の能力(話す、聞く、読む、書く)についての自己評価スコアが、各言語の習得年齢(幼少期:12歳以下、10代:13歳以降、成人期:20歳以降)に基づいて分けられた3グループで比較された。

・5歳までに第二言語を学んで幼少期にトリリンガルになった人は、第二言語の聞く・話す力が比較的高かった。12歳までにトリリンガルになった人は、第三言語の能力全般が比較的高かった。

・ただし、12歳を過ぎてからトリリンガルになった人は、第一言語の能力が比較的高かった。また、5歳を過ぎてからバイリンガルになった人は、第一言語の読み書き能力が比較的高かった。

・「我々は小学校で読み書き能力を身につける。初等教育のすべてが第二言語か第三言語、またはその両方で行われる場合、すべての時間、または第一言語の読み書きよりも多くの時間が第二言語・第三言語の読み書き学習に費やされることになるため、全体的な第一言語の能力が低くなると考えられる(IBS訳)」(Quay, 2024, p. 73)

 

―もし将来、その子どもにとって第一言語で読み書きする力が必要であれば、それを小学校で学ぶことは重要かもしれませんね。Quay先生の研究では、三言語の言語間距離(linguistic distance)と各言語の能力がどのように関連しているか、という点も調べられていますね。

私の調査では、第一言語と第三言語の読み書き能力については、ヨーロッパ系の人たちのほうがアジア系の人たちよりも有意に高いことがわかりました。

第二言語の読み書き能力については、アジア系の人たちのほうが若干高かったのですが、有意差ではありませんでした。どちらのグループでも同じくらい多くの人が英語を第二言語としていて、その能力も同じくらいでした。

三言語の言語間距離について(Quay, 2024)

・アジア系のうち58%は、3つ以上の異なる語族(language family)に属する言語の組み合わせだった。一方、そのような言語の組み合わせであるヨーロッパ系は1人のみだった。

・ヨーロッパ系の69%は、1つの語族に属する言語の組み合わせだった。一方、そのような言語の組み合わせであるアジア系は2人のみだった。

 

―では、三言語の組み合わせも重要ですね。Quay先生ご自身もマルチリンガル(英語、広東語、フランス語、スペイン語など)である、というお話がはじめにありました。この調査結果は、先生の個人的な経験にも当てはまりますか?

そうですね。例えば、 ケンブリッジ大学でスペイン語を学ぶときにはあまり苦労しませんでした。

もともとスペイン語はまったく話せなかったのですが、たった8カ月勉強しただけで難しい試験に合格して、大学でスペイン語コースの修了証を取得することができました。

それは、その土台がフランス語でしっかりできていたからです。私が子どもだったときのカナダでは、小学校からフランス語を学ばなければならなかったのですが、 フランス語とスペイン語はどちらもロマンス諸語です。

ロマンス諸語は、インド・ヨーロッパ語族のイタリック語派に属する言語のグループですね。

ポルトガルで旅行していたときには、ポルトガル語で話しかけられても理解できましたし、私はスペイン語で返していました。イタリアにいたときには、イタリア語で話しかけられても理解できましたし、フランス語で返していました。

それでもお互いに問題なくコミュニケーションを取ることができたのは、これらの言語がすべて同じロマンス諸語に属していて共通点が多いからです。

 

―ヨーロッパ系のトリリンガルのほうが第一言語と第三言語の読み書き能力が高かったとのことですが、その結果に関係すると思われる要因はほかにもあるでしょうか。

今回の研究では、「どういう人がトリリンガルだと思っているか」という考え方がヨーロッパ系とアジア系で異なることがわかりました。

ヨーロッパ系トリリンガルのほとんどは、とても厳しい定義をしていて、4技能(聞く、話す、読む、書く)すべてにおいて三言語の能力が高くなければならないと考えていました。

一方、アジア系トリリンガルはもう少し寛大な考え方であり、三言語で読み書きができなくても、三言語を無理なく話すことができる人をトリリンガルとして認めていました。

また、ヨーロッパの大学院では、三言語で読み書きができなければ博士号を取得できないことが一般的です。

私は、スペイン語はフランス語に最も近い言語だったのですぐに覚えましたし、スペイン語ならすぐに覚えられるとわかっていました。きっとイタリア語もすぐに覚えられたと思います。

でも、日本語はそうはいかなかっただろうと思います。日本語や中国語は別の語族であり、インド・ヨーロッパ語族とは語彙も文法も似ていませんし、さらには文字体系も異なります。

例えば、スペイン語、イタリア語、フランス語のトリリンガルになることは比較的簡単ですが、中国語、日本語、英語のトリリンガルになることはそれほど簡単ではありません。

トリリンガルの三言語のレパートリーに異なる語族の言語が含まれている場合は、すべての言語で読み書きできるようになることは比較的大変ですし、時間もかかります。

ですから、日本の親御さんたちは、違いの大きい言語をお子さんが身につけることができたら、本当に誇りに思うべきですよね。

 

本当に重要なことは「何歳から始めるか」ではなく「親が何を決めるか」

―今回のトリリンガル調査からは、単純に「トリリンガルになるのは早ければ早いほうがいい」とは言えないことがよくわかりますね。

私の研究プロジェクトでは、第二言語・第三言語の習得年齢と三言語の能力の関連性を調べていますが、習得年齢は本当の要因ではありません。本当の要因は、親なんです。

子どもが生まれてから、親が家庭でどの言語を使っていたか。親がモノリンガル教育とバイリンガル教育のどちらを選んだか。どの言語で教育を受けさせるか。どのようなタイプの教育を受けさせるか。もし日本語で教育を受ける学校を選ぶなら、週末は英語で教育を受ける補習授業校に通わせるのか。

親は、このような言語に関する家庭の方針(Family Language Policy/ファミリー・ランゲージ・ポリシー)を子どもが生まれる前から定めておく必要があります。

 

―子どもがいつから第二言語や第三言語を学び始めるべきか知りたい親御さんは多いですが、ご家庭の方針次第ということですね。

そうですね、本当に個々のニーズと将来の計画次第です。そして、どの家庭もそれぞれ違います。

私が指導している学生たちのなかには海外からの帰国生が何人かいますが、例えば「小学生になったらオーストラリアに引っ越すんだよ。英語で授業を受けることになるから、英語の勉強は続けないといけないよ」というふうに、小さいころからご両親に言われていて、実際にその通りにしたそうです。

その後、親御さんの仕事の都合で英語圏に引っ越して、何年かそこで暮らしてから日本に戻ってきた彼らは、日本語と英語を高いレベルで身につけているバイリンガルです。

その必要性がわかっていたからこそ、英語を学び続けることができたんです。そして、小さいころからそれができたのは、親御さんからその必要性を伝えられていたからです。

このように第二言語や第三言語をいつから学び始めたほうがいいかは状況次第ですから、答えはないんです。そして、一つの答えがすべての家庭に当てはまるわけでもありません。

 

―それはとても重要なことだと思います。子どもによって、家庭によって、状況もニーズも違いますよね。

実は、これは今回のトリリンガル調査を通じてたどり着いた結論でもあります。

三言語の能力にはあまりにも多くの要因が関係することがわかり、「子どもをトリリンガルに育てるにはどうすればいいですか?」という質問に対する単純な答えはない、ということに気づきました。

繰り返しになりますが、本当に重要なことは習得年齢ではなく、親が子どものために最初から何を決めておくか、ということです。

親は、自分自身の生い立ち、経験、必要性に基づいて家庭の方針を決めるものです。ですから、家庭それぞれで違いがあり、方針も異なるんです。

 

(後編へ続きます)

(※1) 生まれたときから二つの言語に触れる環境で育ったバイリンガル。詳細は、別記事『バイリンガルの多様性を理解する』をご覧ください。

(※2) Noam Chomsky(マサチューセッツ工科大学 全学教授・名誉教授)は、人間にはあらゆる言語の文法を身につけるためのメカニズムが生まれつき備わっていると仮定する理論を1960年代に提唱した。そのメカニズムは、「普遍文法(Universal Grammar)」と呼ばれ、どの言語にも共通する「原理」と各言語に特有の「パラメータ」から成るとされる(Chomsky, 1965)。

(※3) 詳しくは、別記事『英語の文法学習は「気づく」からスタート』をご覧ください。

(※4) イギリスのバンガー大学 言語学科(Linguistics) 名誉教授、ケンブリッジ大学 理論言語学・応用言語学科(Theoretical and Applied Linguistics) 客員講師。

(※5) Quay & Nakamura(2023)では、日本語と英語という二つの言語・文化に触れて育つバイリンガル・バイカルチュラルの子どもに焦点を当てるため、この子どもを含むトリリンガル児2人は最終的な分析対象から除外された。

 

IBSサイトのバナー

 

取材協力

国際督督教大学 教養学部 アーツ・サイエンス学科

Suzanne Quay(スザンヌ・クェイ)教授

ICUのクエイ先生のお写真

<プロフィール>

専門は、子どもの言語習得とマルチリンガリズム。

ブリティッシュコロンビア大学を卒業後、ケンブリッジ大学(言語学)にて修士号と博士号を取得。

国際基督教大学では、バイリンガリズム、言語学、言語教育など幅広い分野で教鞭をとり、家庭での言語政策、トランスランゲージングの実践、一生を通じてのマルチリンガリズムについても研究。研究対象には、マルチリンガルのろう者も含まれる。

著書に、S. Montanariとの共編『Multidisciplinary Perspectives on Multilingualism: The Fundamentals』(2019年De Gruyter出版)、客員編集者としても参加した『International Journal of Multilingualism』 の特別号『Trilingual Children in the Making: Data-driven insights』 (2011年Routledge出版) 、M. Deucharとの共著『Bilingual Acquisition: Theoretical Implications of a Case Study』(2000年Oxford University Press出版)など。

また、『First Language』、『 Journal of Child Language』、『International Journal of Bilingual Education and Bilingualism』、『Deafness and Education International』などの学術誌でも論文を発表している。

 

■関連記事

「ハーモニアス・バイリンガリズム」でバイリンガルの家庭と子どもたちをサポート ~デハゥワー博士インタビュー~

バイリンガル子育て6つの誤解と日本の親ができること 〜神奈川大学 中村ジェニス准教授インタビュー(前編)〜

 

参考文献

Chomsky, N. (1965). Aspects of the theory of syntax. MIT Press.

 

Grosjean, F. (1999-2003). The right of the deaf child to grow up bilingual. Deaf worlds, 1999, 15(2), 29-31; WFD NEWS, 2000, 13(1), 14-15; The Endeavor, 2000, 1, 28-31; Sign Language Studies, 2001, 1(2), 110-114.

https://www.francoisgrosjean.ch/English_Anglais.pdf

 

Quay, S. (2001). Managing linguistic boundaries in early trilingual development. In J. Cenoz, & F. Genesee (Eds.), Trends in bilingual acquisition (pp. 149-199). John Benjamins.

https://doi.org/10.1075/tilar.1.09qua

 

Quay, S. (2008). Dinner conversations with a trilingual two-year-old: Language socialization in a multilingual context. First Language, 28(1), 5–33.

https://doi.org/10.1177/0142723707083557

 

Quay. S. (2011a). Introduction: Data-driven insights from trilingual children in the making. International Journal of Multilingualism, Vol. 8(1), pp. 1–4.

https://doi.org/10.1080/14790711003671838

 

Quay. S. (2011b). Trilingual toddlers at daycare centres: The role of caregivers and peers in language development. International Journal of Multilingualism, Vol. 8(1): 22–41.

https://doi.org/10.1080/14790711003671853

 

Quay. S. (2012). Discourse practices of trilingual mothers: effects of minority home language development in Japan. International Journal of Bilingual Education and Bilingualism 15(4), pp. 435–453.

https://doi.org/10.1080/13670050.2012.665828

 

Quay, S., & Nakamura, J. (2023). Factors affecting home language literacy development in Japanese-English bicultural children in Japan. Languages, 8(4), 251.

https://doi.org/10.3390/languages8040251

 

Quay, S. (2024). What we can learn from a worldwide trilingualism survey. In Sviatlana K., Natalia P., & Kleanthes G. (Eds.), New Approaches to Multilingualism, Language Learning, and Teaching (pp. 56–79). Cambridge Scholars Publishing.

https://www.researchgate.net/publication/377493514_CHAPTER_THREE_WHAT_WE_CAN_LEARN_FROM_A_WORLDWIDE_TRILINGUALISM_SURVEY

 

PAGE TOP