日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2021.05.07

英語の文法学習は「気づく」からスタート

英語の文法学習は「気づく」からスタート

英語を身に付けるためには、日本語とは異なるさまざまな特徴を学ばなければなりません。発音やリズム、イントネーション、たくさんの語彙、そして文法。おそらく、このなかで苦手意識をもつ人が最も多いのは、文法ではないでしょうか。今回は、近年変わりつつある文法指導のあり方について紹介します。

 

【目次】

 

文法の教え方は20年前から見直されている

私たち大人は「文法を学ぶ」と聞いて、どのような気持ちを思い浮かべるでしょうか。「楽しい」と感じる人は少なく、「つまらない」というイメージをもつ人が大多数なのではないでしょうか。それは、英語の授業で「今日は現在完了形をやります。現在完了形とは〜」という先生の説明を延々と聞くのがいやだった記憶があるからかもしれません。あるいは、「過去形」、「be動詞」、「SVO(主語・述語・目的語)型」といった文法用語がたくさん出てきただけで苦手意識をもった人もいるかもしれません。

しかし実際には、そのような授業スタイルは変わりつつあります。

過去の中学校学習指導要領を見てみると、平成10年度告示版(文部省, 1998)で初めて、文法指導について「用語や用法の区別などの指導が中心とならないよう配慮し、実際に活用する指導を重視するようにすること」いう注意事項が書かれています。10年後の平成20年度告示版(文部科学省, 2008)では文法指導に関する注意書きがさらに増えており、その内容からは、それぞれの文法の呼び方やルールを教えるだけで終わってしまい、実際のコミュニケーションで使えるようになることを目指していない指導が問題になっていたことがわかります。

このように、文法の教え方は約20年前から公的に見直され始めました。少なくともいま30歳代以降の世代(2020年時点)の教師や親にとっては、文法は説明するもの、覚えるもの、というイメージが強くても不思議ではありません。

ただし、いまの子どもたちが楽しく学べているか、というと、まだそうではないかもしれません。文部科学省(2017)の調査によると、「文法が難しい」は、中学生が英語を好きでない主な理由の一つです。文法の教え方がどのように変化したか、という全国的な調査はないため、因果関係ははっきりとわかりませんが、難しく感じさせない文法の教え方は依然として重要な課題だと思われます。

円グラフ|中学3年生「英語学習が好きではない理由」(2017年文科省調べ)

 中学3年生「英語学習が好きではない理由」の円グラフ(2017年文科省調べ)

※グラフはIBSが作成したもの

 

文法指導で「気付き」が重視されるように

中学校の新学習指導要領(文部科学省, 2017b)では、文法指導時の注意事項にくわしい説明が加わり、「文法はコミュニケーションを支えるものであることを踏まえ、コミュニケーションの目的を達成する上での必要性や有用性を実感させた上でその知識を活用させたり、繰り返し使用することで当該文法事項の規則性や構造などについて気付きを促したり」することが求められています。

この「気付き」ということばは、小学5・6年生の学習指導要領にも出てきます。文法に関する用語やルールを教えるのではなく、英語表現を繰り返し聞いたり話したりすることによって、それぞれの語がどのような順番や組み合わせで並んでいるか気付かせるように指導しましょう、という内容です(文部科学省, 2017c)(※1)

例えば、小学校の英語の授業で、「I went to〜」という表現が出てきたとします。この場合、「I」は主語、「went」は動詞goの過去形、「to」は前置詞、というように、一つひとつの語をバラバラにして説明するのではなく、「I went to〜」というまとまりで紹介します(文部科学省, 2017b)。

「自分が過去に行った場所について言うときはI went toのあとに場所の名前を入れる」というふうに、まずは伝えたい意味を表す「I went to」というアイテムを覚える。そして、She went to〜、I am going to〜というような、語を入れ替えたほかのアイテムに何度も出会ったり真似をして使ったりしながら文の仕組みに気付く。いまの英語教育では、そのような文法指導が求められているのです。

 

誰もが経験していることばの学び方:Usage-Based Model

第二言語習得や小中連携の英語教育を専門とするこのような「気付き」を重視する方針は、「Usage-Based Model(用法基盤モデル)」という言語習得理論の研究結果の影響を受けています。Usage-Based Modelでは、学習者はことばを繰り返し聞いたり真似したりするうちに、フレーズの一部を入れ替えて使うことに慣れていき、相手にうまく伝わるかどうか実際に使ってみたりする体験を繰り返しながら、ことばの仕組みを学んでいく、と考えられています。

子どもは、生後間もないころから親の発話や行動の意図を理解できるようになり、「〜したいときには〜と言えばよい」というようなことばの使い方を学んでいきます。また、特徴が似ているものや違うものを分類しながら理解する、過去の経験に基づいて「こういうときには、こうなるだろう」と推測する、蓄積されたインプット情報から「こういうときは、こうなることが多い」と統計的に分析する、という情報処理ができるようになり、ことばの順番や組み合わせなどのパターンを見つける力につながります。

Usage-Based Modelの背景には、このような子どもの認知的発達に関する研究があるのです(Tomasello, 2003)。

UBMによる英語学習のイメージ

そうすると、私たちは誰もが、周りの人からはっきりと説明されなくても、幼いころからことばの使い方のルールを学ぶことができる、ということになります。ほとんどの人は、自分が日本語の文法をどのように身につけたか覚えていないと思われますが、それくらい自然に無意識に学んできたのかもしれません。Usage-Based Modelは第二言語習得の分野でも実証的研究が進んでおり、注目が高まっている理論の一つです(Ortega, 2009)。

日本でも小学校高学年から中学生の英語学習を対象にした実験結果が発表されています(Kashiwagi, 2019)。この研究では、英語の受動態(例:〜is cooked by…、〜is spoken by…)は日本語との違いによって習得が難しいにもかかわらず、生徒にとって意味のある状況で繰り返しふれさせたことで、生徒が動詞の活用パターン(例:cook→cooked、speak→spoken)に気づき、語を入れ替えながら受動態の表現を使いこなせるようになったことが報告されました。

さらに、文法ルールを説明してからその表現を練習させた授業よりも、表現を繰り返し使いながらルールに気づかせて指導した授業のほうが、普段から覚えが速い生徒とそうでない生徒で学習成果の差が小さい、という結果も出ました。

つまり、暗記が苦手な生徒にとっても、Usage-Based Modelに基づいた指導方法は学びやすいのです。

UBMによる英語授業の段階イメージ

 

苦手意識をもたせない文法指導の時代へ

近年の英語教育に導入され始めているCLIL(内容言語統合型学習)授業でも、Usage-Based Modelの考え方に基づき、子どもたちが内容に興味をもって言語にふれながら文の仕組みに気付ける工夫がされています(柏木・伊藤, 2020)。文法を説明するだけの授業の時代、そして、文法指導そのものが否定的に見られた時代は終わり、いまは、いかに苦手意識をもたせることなく文法を学ばせるか、という時代になりました。

文の仕組みを知ることは、自分が伝えたいことを表現するために欠かせません。だからこそ、自然に楽しく学べることは大切です。文法の学習は、二つ以上の単語を組み合わせて話したときから始まっていく(中村, 2007)ため、幼少期から英語にふれて育っている子どもにとっても無関係ではありません。

家庭で子どもに英語にふれさせるとき、文法を知っている親はつい「wentはgoの過去形だよ」などとルールを教えたくなってしまうかもしれませんが、子どもがルールに気付くまで見守ってあげること、そして、自分でルールに気づきやすい工夫や語を入れ替えて使えるようになる工夫がされている教材を選ぶようにすることを心がけるとよいのではないでしょうか。

また、英語を使う機会が限られる日本では、自然な気づきだけでは習得が難しい文法もあります。学校の授業においては、子どもの気づきが高まったところで、イラストや図を使って文構造や語順について理解が深まるようにすることも必要です。

つまり、文法指導においては、「説明をしてはいけない」ということではなく、気づかせてから説明、というタイミングに注意すること、そして、コミュニケーション活動を妨げないような説明量・方法になるよう工夫することが重要なのです。

 

(※1)原文:「文及び文構造については、第2の2(3)1で示すような言語活動の中で、文法の用語や用法の指導を行うのではなく日本語と英語の語順の違い等の気付きを促すようにしたり、基本的な表現として繰り返し聞いたり話したりするなどして活用したりすることが求められる。繰り返し触れることによって英語の語順に気付かせ、その規則性を内在化させたり,自ら話したり書いたりする中でどのように語と語を組み合わせれば自分の伝えたいことが表現できるのかということに意識を向けさせたりするようにする。」

 

【協力】

柏木 賀津子教授(大阪教育大学 連合教職実践研究科 高度教職開発部門)

2020年11月19日取材

 

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乳幼児の社会的発達と第二言語習得の関係

 

参考文献

Kashiwagi, K. (2019). Early adolescent learners’ noticing of language structure through the accumulation of formulaic sequences: Focusing on increasing the procedural knowledge of verb phrases, 1-403. Ph. D. thesis, Kyoto University.

 

Ortega, L. Understanding Second Language Acquisition. London: Hodder Education.

 

Tomasello, M. (2003). Constructing a Language: A Usage-Based Theory of Language Acquisition. Cambridge: Harvard University Press.

 

柏木賀津子・伊藤由紀子(2020).「小・中学校で取り組む はじめてのCLIL授業づくり」. 大修館書店.

 

中村弘子(2007).「第1章 1.4 文法の獲得」. In 河野守夫・井狩幸男・石川圭一・門田修平・村田純一・山根繁(編),『ことばと認知のしくみ』(pp. 32-40). Tokyo: 三省堂.

 

文部省(1998).「中学校学習指導要領(平成10年12月告示・平成14年4月施行)」. Retrieved from

https://www.nier.go.jp/guideline/h10j/index.htm

 

文部科学省(2008).「中学校学習指導要領(平成20年3月告示・平成22年11月一部改正)」. Retrieved from

https://www.nier.go.jp/guideline/h19j/index.htm

 

文部科学省(2017).「平成29年度英語力調査結果(中学3年生)の概要」. Retrieved from

https://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/__icsFiles/afieldfile/2018/04/06/1403470_02_1.pdf

 

文部科学省(2017b).「中学校学習指導要領(平成29年告示)解説:外国語編」. Retrieved from

https://www.mext.go.jp/content/1413522_002.pdf

 

文部科学省(2017c).「小学校学習指導要領(平成29年告示)解説・外国語活動・外国語編」. Retrieved from

https://www.mext.go.jp/content/20201029-mxt_kyoiku01-100002607_11.pdf

 

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