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2024.02.14

英語学習のモチベーションが下がってしまうのはなぜ?〜神奈川大学 菊地 恵太教授インタビュー(後編)〜

英語学習のモチベーションが下がってしまうのはなぜ?〜神奈川大学 菊地 恵太教授インタビュー(後編)〜

菊地恵太教授(神奈川大学)へのインタビュー記事 後編です。後編では、英語学習のモチベーション低下について教師や学習者は何ができるか、という点について紹介します。

 

【目次】

 

モチベーション低下を防ぐためには、何ができる?

ー先生のお話から、英語学習のモチベーションが下がってしまうことには、さまざまな要因が絡み合っていることがわかりました。学習意欲の減退が起こらないように、何か教師ができることはあるのでしょうか?

学生たちの「自律性」や「有能感」、「関係性」という欲求(※1)をバランス良く満たせるよう考えながらカリキュラムを構築したり、授業を実践したりすることは一つの方法だと思います。

先日、モチベーションの減退を防ぐために教師はどのようなことができるか、というテーマで講演をしたときに、参加者の方たちと議論してみました。すると、おもしろいことに「先生に名前を覚えてほしい」、「全員の名前を覚えてくれる先生はすごく記憶に残る」という意見が大学生の参加者から出たんです。

そういった関係性を求める欲求を満たすことでモチベーションが低下しない、という意見を聞いて、なるほどと思いました。

自分が学生だったころは「教師に甘えるな」という雰囲気がありましたが、コロナ禍を経て、いまの学生たちは関係性の欲求が強いのかもしれません。

ただし、「ほめてほしい」と言われたからといって繰り返しほめるだけだと、ほめことばに頼ってしまって自分で自分のやる気を高められない学生を育ててしまいます。

ですから、私の場合は、褒めるというよりも「気にかけている」ということを伝えるようにしています。また、「今日はここが良かった」と具体性を持ったフィードバックを与えることも心がけています。

そういうふうに、自律性・有能感・関係性の微妙なバランス感覚を持つことが教員にとって必要だと思います。

これまでの研究は、学習意欲減退の要因を特定することで終わっていたのですが、モチベーションの理論、つまり、自律性・有能感・関係性の観点から見つめ直すようにするとおもしろい研究になるかもしれない、というふうに大学院生たちには話をしています。

 

―学習者自身が自分のモチベーションが減退するのを防ぐことはできるのでしょうか?

メタ認知(※2)がある程度あれば、「自分のモチベーション減退を防ぎたい」と思うかもしれませんが、そのような学習者は稀で、ほとんどの学習者はそこまで意識しないかもしれません。

学習者が「モチベーションを高めたい」、あるいは「モチベーションを維持したい」と考えているとき、通常は、何かしら目標を立てる、友だちや先生に相談する、といった方略を練ります。

でも、研究を通じて、学習者はいつも「モチベーションを維持しなければならない」と考えているわけではない、ということに気づきました。

入学したばかりの大学生4〜5人に声をかけて、毎月のようにインタビューをして、1年生、2年生、3年生と英語学習のモチベーションがどのように変化するかを追ったことがあります(Kikuchi, 2019)。

そのときに「『今月のモチベーションはどう?』って先生に聞かれるから、自分のモチベーションについて考えるけど、普段はあまり考えませんよ」と言われたんです。

 

―たしかに、自分のモチベーションがいまどういう状態かは、普段から意識するものではないかもしれないですね。

やる気があるかないかを質問されたときにきちんと答えられる人は、自分のことをかなり客観的に見られている人たち、つまり、メタ認知がある人たちです。

そして長期的な目標と小目標を設定する、ということができていて、それらの目標に関して何かしらやっていれば、「モチベーションが高い」ということになります。よく聞く大学生の言い方を借りると、「意識が高い」と周りの学生から一目置かれるような人たちですね。

こういう学生は、大学に入る時点ですでに自分のことを客観的に見て自律的に学習する素地ができていると思います。

でも、日本で英語を学習している人たちのほとんどは、そうではありません。

大学でも「やらなければいけないとわかっているけれど、もういいや」と英語学習に価値を置いていない学生たちはけっこう多く、アルバイトや恋愛、社会活動のほうに力を注ぎます。

私は東急東横線の電車によく乗るのですが、「今日も多摩川がきれいだな」というふうに景色を見ながらぼーっとする時間が好きなんです。でも、周りを見渡すと、みんなスマートフォンの画面に集中しています。

自分がいる環境に良いところがたくさんあったとしても、それを無視して自分の殻の中に入っているわけです。

「私はバイトで忙しいから」と言う学生たちもこういう状態かなと思います。

英語学習にあまり力が入っていない生徒に、「長期的目標と小目標を設定しよう」と働きかけることはできますが、学習者が自分でモチベーションの減退を防ぐということはなかなか高度な概念だと思います。

 

―学生さんたちへのインタビュー調査では、学習者の本音がいろいろと見えてきますね。先生は、アンケート調査とインタビュー調査の両方をされていますが、インタビューではアンケート回答ではわからないことを発見できると感じられていますか?

インタビュー調査でできることは、ラポート(お互いの信頼関係)を築くことができ、相手が正直に話してくれる可能性が増えることです。

質問紙調査は、大勢の人たちの傾向を見るためには良い方法ですが、モチベーションのような複雑な現象に関して「何が起きているのか」ということを見ようとするときにはインタビュー調査のほうがやりやすいですね。

そして、研究者側が予想していなかったようなことを話してくれることもあります。そういうストーリーには、私が調査結果について話すときにも「そうだよね」と人を納得させる力があると思っています。

 

モチベーションが下がっている生徒がいたら、どうする?

―モチベーションの低下を防ぐことはなかなか難しいというお話がありましたが、実際にモチベーションが下がってしまったときに、教師や学習者自身ができることはあるのかも気になります。例えば、英語を話す人々との交流や留学経験など、モチベーションが上がるとよく言われる経験は、モチベーションの回復にも効果があるでしょうか?

昔は、学習意欲の減退にどう対処するか、という研究をしている人たちもいたのですが、最近はもう見かけなくなりました。

下がっていたモチベーションが上がったときには、いろいろな要因が複雑に絡み合うので、とても研究しにくいからですね。

例として挙げていただいた、英語を話す人々との交流や留学経験のように、英語を使った経験はモチベーションの回復に効果があると思います。

あとは、周りの仲間や先生と英語で話すなど、先ほどのお話に出てきた「関係性」の欲求に働きかけることも一つの方法です。

「やる気が下がっているから〇〇をする」ではなく、「何か違う刺激があったときにどう反応するかな?」「あ、この生徒は少し気づきがあったのかな?」という意識で働きかけたほうがいいのではないかと思います。

 

―先生がインタビュー調査をしていらっしゃる学生さんたちの中には、英語を使う経験をしようとする人もいましたか?それとも、興味はあるけれどやらない、という人が多いでしょうか?

そういう経験をしにいかない学生のほうが多いですね。

先日、新幹線で隣の席に座っていた高校2年生の女の子が好きなキャラクターについてずっと楽しそうに話してくれたのですが、英語が好きかどうか聞いてみると、「英語が好きなんです」、「外国の人としゃべりたいです」と言いました。

でも実際は、好きなキャラクターの推し活で忙しくて英語の学習はしていないと言っていました。

学びたいという欲求が学習につながらないケースもあるのだろうと思います。

学習意欲減退の研究を通じてわかったことは、英語学習よりも魅力的なことがたくさんある現代の学生たちは、記憶力をただ試すだけ、テスト得点によって計るだけ、というドライな英語学習にはついてこない、ということです。

 

学習者の「ポジティブ感情」を育てる試み

―先生は、最近「ポジティブ心理学」という分野の研究もされていらっしゃいますが、学習意欲減退の研究とどのように関係していますか?

ポジティブ心理学の研究の中でも私が注目しているのは、日常の中で自分のポジティブ感情を意識することによって、人の幸福感がどのように変化するかを調査する研究です。

学習意欲減退の研究をある程度積み重ねて、今後はどのような研究をしようかと考えたときに、この研究分野に興味をもちました。

まず、英語の授業で表現活動をするときに活用できると思いました。それから、英語を学ぶときに幸福感があれば、モチベーションはついてくるはずだと思ったんです(Kikuchi & Lake, 2021)。

 

―「幸福感があればモチベーションがついてくる」とは、どのようなことでしょうか?

例えば、アルバイトに力を注いでいる学生のように、お金を稼ぐことで幸福感を得ている人に対して「英語を学びなさい」と言っても、英語学習のモチベーションは上がらないですよね。

いろいろなことに対して幸福感が増えて、幸福感を得られるものの中に英語学習が入っていればいいわけなんです。

ですから、「学習意欲が減退しないようにする」ということよりも、「学習者のポジティブ感情をどう増やすか」ということを考えています。

やはり英語学習は、ドリル学習ではないんですよね。「テストで良い点を取るために勉強する」というふうになってしまっている生徒たちのモチベーションは、「英語学習」ではないところに働きかけないと変わらないのかもしれない、という自分なりの気づきから、このように考えるようになりました。

 

―先生の授業では、どのように実践していますか?

例えば、私のゼミでは、「どんな良いことがあったか、毎日三つリストアップしましょう」(Three Good Things)、「感謝の手紙を書いて、それを読んで聞かせに行きましょう」(Gratitude Visit)、「毎日何か親切なことをして記録しましょう」(Random Act of Kindness)というような表現活動を少しアレンジして英語でさせることがあります。

海外でよく使われている活動なのですが、日本でもこういう活動を通じて学習者のポジティブ感情を育てたいと思っています。

ただ、学生たちもだんだん飽きてくるので、たまに「こういう活動があるからやってみよう」というふうに授業に取り入れるようにして、強制的にずっとやらせ続けないことは重要です。

また、ポジティブ感情にはいろいろな感情があるので、違うものを扱うようにしています。

学習者は、日常生活で自分のモチベーションについて考えないのと同じように、自分の感情についても考えないで暮らしています。

ですから、そういう感情に気づいてもらって、自分の時間を使って何をするかということだけではなく、幸福感を得られるものの幅をいかに広げるかを考えられるようにする。それが英語学習のモチベーションにつながると考えています。

 

おわりに:英語学習そのものではなく「幸福感」にアプローチ

日本では、英語を学ぶ最大のモチベーションが高校や大学の入学試験になっている人が多いでしょう。そのため、比較的英語力が高い学生が集まる大学や学部であっても、入学後にモチベーションが下がり、英語学習のやる気が下がっていく学生がいるようです。

菊地教授の研究成果やお話からは、日本の大学生たちの本音が垣間見え、いかに日本で英語学習のモチベーションを維持することが難しいか、いかに教師が生徒のモチベーションをコントロールすることが難しいかがわかります。

子どものころから英語が好きになり、英語が得意になっていたとしても、小学生、中学生、高校生、大学生と成長するにつれて、興味・関心のあることややるべきことが増えていき、日常生活で必要性を感じない英語学習だけを優先することが現実的に難しくなった人は多いと考えられます。

ポジティブ心理学を取り入れた菊地教授の考え方は、多くの英語学習者や教師・親にとって新鮮なのではないでしょうか。

どんなに忙しくても、自分がポジティブな気持ちになれることや幸せを感じられることに気づいたり自分で見つけたりしてやろうとする。そういう人が英語を学んでいるときにも幸福感を感じられるのであれば、英語学習のモチベーションにつながる。

「英語学習」だけではなく、日常生活に目を向けてみると、そこにモチベーションを維持するヒントがあるのかもしれません。

 

(※1)内発的動機づけを高めるためには、学習者の「自律性」、「有能感」、「関係性」という三つの心理的欲求を満たすことが重要だと言われている(Ryan & Deci, 2017)。この「自己決定理論」によると(Ryan & Deci, 2000)、自律性は、自分の学習に関することは自分で決めたいという欲求。有能感は、学習で求められる目標を達成できることへの欲求。関係性は、自分の学習に対する環境に関わる人(教師やクラスメートなど)と良い関係でいたいという欲求である。

内発的に動機づけられている人は、新しいことを知りたい、難しいことをやってみたい、もっとできるようになりたい、というような探究心や好奇心、楽しさなどから、ある行動を選択・継続したり努力したりする。一方、外発的に動機づけられている人は、何か別の成果(例:ごほうびをもらう、試験に合格する)を得るためにその行動をする(Ryan & Deci, 2000)。

 

(※2)自分の認知を意識したりコントロールしたりすること(Baker, 2010)

 

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【取材協力】

神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科 菊地 恵太 教授

神奈川大学 菊地恵太先生のお写真

<プロフィール>

専門は、英語教育、教育心理学(特に英語学習者の個人差)。主に、日本の学習者を対象とした英語教育の方法について研究。現在は、英語学習者へのアンケート調査やインタビューをもとに、学習者のモチベーションを中心に研究しながら、教員が学習者の心理をどのように理解し、教室内でどのようにふるまうべきか、また、カリキュラムをどのように構築するべきか、といったテーマに取り組んでいる。ハワイ大学マノア校にてM.A. [修士] in ESL [第二言語としての英語]、テンプル大学にてEd.D. [博士(教育)], Curriculum, Instruction, and Technology in Education with Specialization in TESOL [TESOLを専門とした教育におけるカリキュラム、指導、テクノロジー] 取得。早稲田大学国際教養学部客員講師(専任扱い)、東海大学 外国語教育センター 専任講師・准教授、神奈川大学 外国語学部 准教授・教授を経て、2023年度より現職。

 

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参考文献

Baker, L. (2010). Metacognition. In Penelope P., Eva B., & Barry M. (Eds.), International Encyclopedia of Education (Third Edition) (pp. 204-210). Elsevier.

https://doi.org/10.1016/B978-0-08-044894-7.00484-X

 

Dörnyei, Z. (2001). Teaching and researching motivation. Harlow: Longman.

 

Kikuchi, K. (2015). Demotivation in Second Language Acquisition: Insights from Japan. Multilingual Matters.

 

Kikuchi, K. (2017). Reexamining demotivators and motivators: A longitudinal study of Japanese freshmen’s dynamic system in an EFL context. Innovation in Language Learning and Teaching, 11(2), 128-145.

https://doi.org/10.1080/17501229.2015.1076427

 

Kikuchi, K. (2019). Motivation and demotivation over two years: A case study of English language learners in Japan. Studies in Second Language Learning and Teaching, 9(1), 157-175.

https://doi.org/10.14746/ssllt.2019.9.1.7

 

Kikuchi, K., & Lake, J. (2021). Positive psychology, positive L2 self, and L2 motivation: A longitudinal investigation. In K. Budzińska & O. Majchrzak (Eds.), Positive psychology in second and foreign language education (pp. 79–94). Springer.

https://doi.org/10.1007/978-3-030-64444-4_5

 

Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78.

https://doi.org/10.1037/0003-066X.55.1.68

 

Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2017). Self-determination theory: Basic psychological needs in motivation, development, and wellness. The Guilford Press.

https://doi.org/10.1521/978.14625/28806

 

菊地恵太(2015). 英語学習動機の減退要因の探究:日本人学習者の調査を中心に. ひつじ書房.

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