日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2023.12.25

SNSで英語を学ぶ際に注意すべきこと

SNSで英語を学ぶ際に注意すべきこと

現代はSNSの全盛期と言え、ファッションやスポーツなどにおいて芸能人やプロだけでなく一般人のいわゆる 「インフルエンサー」 をロールモデルにできるようになりました。最近では中高年層もSNSで情報を得たり発信したりするようになり、その使用目的も娯楽、息抜き、情報の検索など多様化しています。

中でも動画コンテンツは娯楽だけでなく英語や数学などの学習においても使われており、学校に通う年代の若者が活字よりも動画を好むようになったことから教育機関や企業が提供する学習コンテンツにおいても動画の重要度が高まっています。

上手く活用すれば格安で効果的な学習方法が知れて、ともすれば経済格差の解消にも繋がる可能性のあるSNSを用いた英語学習ですが、やはり無料のものは玉石混淆で、正しい方法を紹介している動画を見つけるのは必ずしも簡単ではありません。

本コラムでは、読者の皆様がSNSの英語学習系の動画を学習に用いる際の参考となるべく、その利点とともに注意点を言語学的な視点からご紹介します。

 

【目次】

 

 

英文法を知っているだけでは英語を教えられない

当然ですがSNSで英語学習法を紹介している方々の多くがバイリンガルなどの実際にかなり英語が話せる方々です。このような 「英語ができる人」 は些細な 「文法の間違い」 を気にしがちである印象を受けます。さらに、学校文法を基礎に英語を学んだ上級学習者は 「文法の間違い」 を矯正するための 「規則」 にこだわりがちです。

日本語の母語話者である我々がノンネイティブの学習者に日本語を教える場合を考えてみてください。初級の日本語学習者は 「きれいだ」 の否定形として 「きれくない」 や 「きれいくない」 という表現を使います。皆さんはこのような学習者に対してどのように教えますか。

「きれ(い)くない」 が文法的に間違っていて 「きれいじゃない」 が正しいということを伝えるのは簡単ですが、その学習者が 「なぜ」 間違えていて 「どう」 指導するのが効果的かということを判断するためには知識が必要です。

私たちは 「白い」、「小さ」、「暖か」 など—イで終わる形容詞を否定するときには 「白くない」 など—クナイを使うことを直感的に知っています。同様に、「元気」、「簡単」 など—ダで終わる形容詞(学校文法では 「形容動詞」)(※1)を否定するときには 「元気じゃない」(もしくは 「元気ではない」)のように—ジャナイ(デハナイ)を使います。

「きれい」 はダで終わる形容詞(形容動詞)ですが、初級学習者は 「きれ」 という固まりで記憶しているため、イで終わる形容詞と同じ活用規則をあてはめて 「きれ(い)くない」 という表現を用いるのです。

「きれくない」 と間違える学習者は他のイ形容詞の否定形においても 「白くない」 のように語幹のイを残したままであることが多いです。

このような事情を理解した上で学習者に指導できる人が日本語のネイティブスピーカーの中にどれくらいいるでしょうか。また、仮に説明できるとしても、このことをそのまま学習者本人に説明してもいいかどうかは別問題です。

実際に 「きれ(い)くない」 のような誤用は明示的に教えなくても学習者のレベルが上がるにつれて自然と修正されます。(家村・迫田(2001)によるとこのような誤用をする学習者の多くは、規則自体は理解できている上で間違ってしまっているようです 。)(※2)

また、「できるくない?」 や 「できてるくない?」 などの若者言葉が流行している現代日本語においてそもそも 「きれいくない」 はどの程度 「間違っている」 と言えるでしょうか。

外国語教師は 「どう教えれば理解されるか」 に加えて、「明示的に教えるべきか否か」 や、「いつ教えるのが効果的か」、さらには 「そもそも教えるべきか」(「意思の疎通に影響があるか」)など様々な事情を考慮して適切な指導を判断しています。

正しい理論や文法規則であったとしても、それを知ることが今の自分の学習段階において必要であるかどうかは言語学に習熟した外国語教師以外には適切に判断できない場合が多々あります。外国語教師は様々な事情を踏まえて、学習者本人に明示することなく最適な指導方法を選択しているのです。

もちろん動画配信者の中には理論的背景に基づいて適切な学習方法を提案している人もいます。一つの参考になるのは、その人が英語が流暢に話せるかどうかだけでなく、言語学などの理論を学んでいるのかということです。

例えば大学院で言語学を専攻しているか調べてみるのもよいでしょう。中でも修士ではなく博士の学位を持っている人や実際に大学や研究機関で研究を行っている人であれば概ね信頼できる可能性が高いと言えます。

 

言語学の知識

自分の現在のレベルにおいて知る必要のない理論でも、それが正しければいつか役立つかもしれないのでまだいいのですが、英語学習系の動画の中にはそもそも言語学的に正しくない独自の理論を紹介しているものも散見されます。この理由は、上記の 「きれ(い)くない」 について我々日本語話者が論理的に説明できないように、ネイティブスピーカーには自身の母語の規則を意識して学ぶ機会がないからです。

特に発音は一般の人にとっては記号や文字で認識することができないので(もちろん言語学者は音声記号を用いて発音を書き起こすことができます)、ネイティブスピーカーやバイリンガル話者の感覚が当てにならないことが多々あります。

よくあるのが、「日本語は一つ一つの音を区切って発音する一方で英語は一続きで発音する」 という誤解です。Let it go を発音する際には 「レット・イット・ゴー」 ではなく 「レリゴー」 のように一続きにするのがいいという説明です。「レリゴー」 自体は英語の発音方法の例として悪くはないのですが、「音同士の結合」 を日本語と英語の違いとするとかなりの誤解を生じかねません。

そもそも日本語で話すときに 「あ・り・が・と・う」 のように1音ずつ区切りながら発音している人がいるでしょうか。これがありえないことであるのは少し考えてみれば容易にわかるのですが、英語という 「外国語」 と比べたら、途端にそれが両言語の違いのように錯覚してしまう恐れがあります。

では英語ができる人にとって日本人英語が 「1音ずつ途切れて」 聞こえる理由はなんでしょうか。これには英語と日本語の音の構造の違いが影響していると考えられます。日本語は1つの音(「拍」 または 「モーラ」 といいます)がほとんどの場合母音(アイウエオ /a, i, u, e, o/)で終わるのに対し、英語は1つの音(「音節」)のがかなり高確率で子音で終わります。この対比は以下の例のように英語からの外来語をその元になった英単語と比較するとよくわかります。

外来語に対する日本語の発音と英語の発音の比較

日本語の母語話者は英語のように子音で(音節の)発音を終えることや、子音の連続を発音することに慣れていないので、どうしても母音を入れて発音してしまいます。この現象を母音挿入と言います。この現象は特に日本人英語学習者の発音研究において非常に有名で(Tajima 他 2002等)、発音の際のみならず、そもそも英語を聞いた際に子音の後ろに母音を入れて認識しているという研究結果もあります (Dupoux 他 1999等)。

有名な例として、野球のストライク(strike)は英語では /straɪk/(子音/s/ + 子音/t/ + 子音/r/ + 二重母音(※3) /aɪ/ + 子音/k/)と1音節で発音されます(1音節はおおよそ1母音に相当します)が、日本語では /su to ra i ku/ と5拍(5音節)で発音されます。(日本語における音節の説明は省略しますが、ストライクに関しては拍数と音節数が一致します。)

以下の表は上の外来語の元となった英単語を母音挿入をして読んだ場合の対応表です。(単純化するために母音や子音の発音における日本語の影響はないものとして書き起こしてあります。)この表からわかるように日本語の外来語の発音は母音挿入の影響を受けています。

外来語の元となった英単語を母音挿入をして読んだ場合の対応表

Let it go を 「レッイッゴー」 ではなく 「レリゴー」 と読むことは /t/ の後ろの母音挿入を防ぐ効果があるため確かに効果的です。ところが、「レリゴー」 のような 「英語に近い読み方」 が定着していない bread and butter をどんなに速く一続きに 「ブレッアンバター」 と発音しても、母音挿入のせいで 「途切れて」 聞こえるのに変わりはありません。

従って、日本人学習者が英語を滑らかに発音するためには母音挿入を克服する必要があるのですが、かなり上級の話者でも母音挿入を完全に排除するのは困難で、実際に英語学習者の成功者として流暢な英語を話している動画配信者の中にも母音挿入をしている人が多くいます。母音挿入の克服のためには、母音を入れないことを意識することだけでなく、正しいアクセントで英語を発音することが有効ですが、このような適切なアドバイスをするためにも言語学や外国語習得の知識が欠かせません。

 

有効な学習法における個人差

上述したように、英語学習に関する動画の配信者のほとんどが英語学習の成功者ですが、成功者と同様の学習方法で全ての人が上手くいくとは限りません。

例えば歴史のテスト勉強で丸暗記が得意な人、時系列に整理して理解した方が覚えられる人など様々なタイプがあるように、外国語学習にも 「適性(aptitude)」 があると言われています。Skehan(2015)によると、外国語学習の適性には以下のようなものがあります(※4)

表|外国語学習の適性

特に日本で英語を学んだ成功者の中には文法の重要性を主張する人が多くいますが、文法の理解が有効かどうかも個人の適性次第だということに留意する必要があります。

外国語教師の重要な仕事の一つとして各々の学習者の適性を見極めることが挙げられます。これは集団指導においても同様で、有能な教師ほど学習者(生徒)一人一人を見ています。

英語学習の成功者の推奨する学習方法を鵜呑みにするのではなく、有効な学習法の一例と捉え、実際に試してみて自分に合わなければ他の方法を試みるのが重要です。

 

実際に参考になる内容

ここまで英語学習系の動画において注意すべき点を主に述べましたが、実際に英語習得の参考になる内容も多くあります。

その一つが日常的に使う表現を紹介するものです。最近の英語の教科書は一昔のように堅い内容の話題ばかりでなく実際の用例を中心に構成されるようになってきましたが、それでもやはり学校で用いられる言語は実際に英語圏において街中や学校で使われている言語とは異なる点もあります。教科書の表現と実際の表現の違いや流行語について知ることは英語に興味を持つきっかけにもなり、楽しみながら英語を学ぶ上で役立つはずです。

また、英語圏と日本の文化の違いや、それに起因する表現の違いを紹介するのも英語の理解を深める上で役立つでしょう。英語学習としてだけでなく、英語を学ぶ以外の目的で動画を視聴している人にとっても、このような文化差異に関する内容は異文化理解のために役立ちます。

ただし流行語や文化に関しては英語圏でも地域差があることもありますし、同じ地域の中でも個人差がある可能性があるので、あくまでも一例として参考程度に捉えることが重要です。

 

重要なのは正しい理論と良質なインプット

ここまでSNS、特に動画を用いた英語学習法の判断基準についてご紹介しましたが、まとめに代えてお伝えしたいのは、正しい理論と良質なインプットが重要であることです。

英語教員や出版社などのプロが作った教材は、言語学や外国語習得の理論に基づいていることが多く、そのような教材に掲載されている文章やリスニングの音声も、各学習段階に応じた適切なものを考慮した上で作られています。一見するとただの英語を使ったゲームでも、実は学習段階に応じたインプットを与えるなど様々な工夫がされていたりします。

もちろんこのような良質な学習教材がSNSなどを介して無料、あるいは格安で提供されている可能性もありますが、やはり無難なのは専門家が作成している教材ということになるのかもしれません。結局相対的に高くついてしまうかもしれませんが、それが専門家の知識と技術に支払う対価ということなのだと思われます。

 

(※1)日本語教育においては名詞に接続する際に—イで終わる形容詞(「白(花)」)を 「イ形容詞」、—ナで終わる形容詞(「元気(子ども)」)を 「ナ形容詞」 と称します。

(※2)言語学では、文法規則を知っていること(competence)と、実際の会話などにおいてそれを正しく使えること(performance)を区別します(Chomsky 1965)。

(※3)英語の二重母音が1つの母音と定義されている理由は複雑なので詳細な説明は本稿では省略しますが、strike や ice の /aɪ/ の後部要素 /ɪ/ の音の性質(音質など)が ink などにおける単母音の /ɪ/ のものと異なることなどが理由とされています。

(※4)Skehan(2015)の研究では、本稿の表に示した要素だけでは適性を分析できないことが示されていますが、本稿では専門知識がなくてもわかりやすい例を挙げています。

 

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英語の訛りって本当にダメなの?ジャパニーズ・イングリッシュに厳しすぎる日本人が変わるためのヒント 〜法政大学 渡辺宥泰教授インタビュー(前編)〜

 

参考文献

Chomsky, N. (1965). Aspects of the theory of syntax. Cambridge, MA: MIT Press.

 

Dupoux, E., Kakehi, K., Hirose, Y., Pallier, C., & Mehler, J. (1999). Epenthetic vowels in Japanese: A perceptual illusion?. Journal of experimental psychology: human perception and performance, 25(6), 1568.

https://doi.org/10.1037/0096-1523.25.6.1568

 

Skehan, P. (2015). Foreign language aptitude and its relationship with grammar: A critical overview. Applied Linguistics, 36(3), 367-384.

 https://doi.org/10.1093/applin/amu072

 

Tajima, K., Erickson, D., & Nagao, K. (2002). Production of syllable structure in a second language: Factors affecting vowel epenthesis in Japanese-accented English. IULC Working Papers, 2(2).

 

家村伸子・迫田久美子 (2001) 『学習者の誤用を産み出す言語処理のストラテジー (2): 否定形 「じゃない」 の場合』 広島大学日本語教育研究 (11) 43-48頁

 

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