日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2023.10.02
立命館大学 山中 司 教授 インタビュー記事の中編です。本記事では、AI時代に求められる新しい英語教育のあり方について紹介します。
【目次】
―実際、学生たちに機械翻訳やChatGPTなどを使わせている先生の授業では、学習面で悪い影響はありませんでしたか?
昨年、学生たちを対象に調査したのですが、彼らの英語力は必ずしも下がっていませんでした (Toyoshima, C., Yamanaka, T., & Odagi, K., 2023)。
こういうテクノロジーを使いながらしっかり英語を学んでいたんです。
これは私の仮説ですが、これまでの学生たちは、何かわからないことがあっても、「大変だから」、「教師が忙しそうだから」と確認したり質問したりせず、わからないままになっていたかもしれません。
どんなに優れたカリスマの先生でも、常に学生の隣にいてくれるわけではありませんよね。「言いたいことを表現できないなら、ひたすら勉強するしかない」というふうに、英語学習を修行のように感じている学生もいるかもしれません。
でも、機械翻訳やChatGPTであれば、24時間365日いつでもわからないことを聞けて、自力では考えられないような英文を瞬時につくってくれるので、そこから学ぶことができたのではないかと考えています。
―たしかに、わからないことを知られるのが恥ずかしい、質問するほどの意欲はない、という学生もいますよね。AIを「わからないことをいつでも気軽に聞ける先生」として活用すれば、さまざまな学生が成功体験を得られるかもしれません。
ポイントは、AIの力を借りれば、自分が本当にやりたいコミュニケーションを誰でもできるようになったことなんです。
自分が本当に伝えたい内容をどう言えばいいかAIに教えてもらいながらどんどんコミュニケーションして、その経験を何度も繰り返していけば、少しずつそこから学んで英語力が上がっていくと考えています。
これは、英語教育においてとても革命的で、従来はあり得なかった学び方です。
―AIをうまく活用すれば、成功体験を得られるだけではなく、最終的には知識やスキルも身についていくということですね。
そうですね。現実的に考えると、TOEICやIELTSなどのテストはなくならないでしょうし、受験者がテストで機械翻訳を使えるようにはならないと思います。
何らかの形で生身の英語力を確かめようとするテストがある限り、「知識を学ぶ」ということはある程度必要なのかもしれません。
そうすると、自分が本当にやりたいコミュニケーションをするためにAIをうまく使いながら「こうやって言えばいいんだ」と学んだり「自分で考えて言ってみよう」と挑戦したりしているうちに、10年、20年経っていつの間にか使える知識が自分にも備わっていた、という学び方は理想的だと思います。
―そのようなAI時代の新しい学び方は、小学生でも可能でしょうか?ある程度の知識が身についてきた高校生や大学生であればAIの英語から学べるかもしれないけれど、まだ学び始めたばかりの小学生にはあまり効果がないのではないか、という議論もあります。先生はどのように考えていらっしゃいますか?
小学生は英語の基礎力がないからこそ、機械翻訳やChatGPTを使って、本当にやりたいコミュニケーションをどんどん経験させて良いと思います。
もしかしたら、一部の私立学校をはじめに、だんだんそういう教育に変わっていくかもしれませんね。
AIは基礎を積み上げてから使ったほうがいい、という考え方は、とても理解できます。でも、基礎を積み上げてからコミュニケーションをさせる、という従来の英語教育では、みんな話せるようになっていませんよね。
ですから、こういう基礎積み上げ型の教育も根本的に考え直さなければいけない時期が来ていると思います。
私は「もう文法はいらない」 (山中, 2023) という話をよくしているのですが、文法もわからずに英語を話すなんてできない、と思われるかもしれません。
でも、実際にChatGPTは文法を知っているわけではありません。
たくさんのデータベースをもとに、「こういうルールがありそうだな」とだんだん気づいていく。アウトプットしながら間違っていたところがだんだん直っていく。
それを繰り返した結果、いまは人間と自然なコミュニケーションができるようになっているわけです。これはまさに、言語獲得の実態だと思います。
―小学校では、単語や文法を知らない子どもたちがいきなりコミュニケーション活動をできるかどうか、その活動から学べるかどうかを心配する先生もいます。英語の基礎力がないままAIを使うことに対する懸念と似ているかもしれませんね。
そうですね。もしかしたら、先生たちがよかれと思って教えていることが実は余計なことで、子どもたちに「授業がつまらない」と思わせる原因にもなっているかもしれません。
もし基礎の積み上げがある程度必要だったとしても、私たちが思っているよりもはるかに最低限の知識だけでいいはずです。
私たちは、自分の経験と乖離した知識をいくら与えられても、結局身につかないんです。
本来の言語獲得は、とにかく自分が伝えたい内容を話してみることで進んでいきます。うまく相手に通じたときには「あ、こうやって言えばいいのか」、通じなかったときには「この言い方はおかしいのか。じゃあ、こう言ってみたらいいのかな」という経験を通じて、自分でルールに気づいて機能的な知識を身につけていくんです。
私たちは、誰でもいきなりコミュニケーションできるツールを手にしているのですから、これまでの英語教育の教え方やあり方をご破算にして考え直したほうがいいと思います。
―先ほど、AIが出したものは「答え」ではなく「一つの案」というお話がありました。小学生でも、その点を理解しながら、AIを活用したアウトプットやコミュニケーションから学ぶことができるでしょうか?
AIツールのインターフェースを教育用に変えれば、子どもでも理解できると思います。
いまのツールは、あたかも「これが答えです」というふうにアウトプットするので、それを答えだと錯覚して、何も考えずに無責任にそのまま採用する、ということが実際に起きていますよね。
ですから、例えば「三通りの翻訳/考え方がありますよ」いうふうにアウトプットして、人間に考えさせる余地を与える教育用バージョンが必要です。
人間がいくらでも変えられること、最後に判断するのも責任を持つのも人間であることがわかるようなインターフェースにすれば、子どもでも十分理解して使えると思います。
ChatGPTもソース(出典)を簡単に参照できるように改善されてきていますし、教育用ツールが開発されるのも時間の問題です。
―教育用AIツールであれば、むしろ子どものころから使ったほうがいいかもしれませんね。いまは小学校でも情報リテラシー教育が行われていますから、AIが出したものが答えではない、ということを早くから理解して、自分で考えて判断する習慣をつけさせる教育も必要になってきそうです。
そうですね。結局、学校が使用を禁止したとしても、親が家庭で使わせるかどうかは自由なわけです。
学校で使わなければ、学校外でAIを創造的に使う力を身につけた人が最終的に勝つようになってしまうかもしれませんね。
「この年齢にならないと使ってはいけない」と考えてしまうと、大きな機会損失になる可能性があります。
AIツールを活用するときに保護者の許可を取る小学校や中学校もありますから、現実的には規制をしながら使うと思いますが、なるべく緩める方向で進んでいくといいですね。
―では、AI時代の「評価」について考えたいと思います。もしアウトプットだけを評価すると、AIの英語を暗記して発表するだけで終わってしまうのではないかと思います。先生は、どのように評価しているのでしょうか?
PEPでは、最終的なプレゼンテーションやコミュニケーションの質を評価します。ただ、学生たちが機械翻訳などを使って準備することを前提にして、「絶対に原稿を読んではいけない」と伝えています。つまり、機械翻訳を使って英文をつくったとしても、それをちゃんと自分のものにして、自分のことばとして話しなさい、ということですね。
自分で考えていない内容や自分にとって難しすぎる英文は、原稿を見ずに自分のことばとして話すことが難しいからです。
そうすると、自分である程度ストーリー立てをしたり、機械翻訳やChatGPTが出した英語表現を取捨選択したり、自分が使いやすい表現に調整したりしなければいけません。あるいは、自分で考えて書いたほうが早いかもしれません。
「わからないことをいつでも気軽に聞ける」、「自力では考えられないような英文を瞬時につくってくれる」というテクノロジーの良さを取り入れながら自分で考えることで、発表の質が高くなるだけではなく、とても良い勉強になるんです。
こういうことを何回も繰り返していけば、絶対に英語力がつくと思います。
―「ズル」が問題になるのは機械翻訳やChatGPTを使って済むような課題を与えているから、というお話がありましたが、評価にも同じことが言えますね。
そうですね。ただAIがつくった英語を読む、というアウトプットではだめで、それを自分の中に取り入れてどれくらいできたかを重視しています。
みんなにとってフェアな評価、「できた」と実感の持てる評価、自分が思っている発信力と見合うような評価にしていくことがとても大事だと思います。
プレゼンテーションの内容も評価しますが、私はすべての内容に詳しいわけではありませんし、実際に内容を一切評価しないスピーチコンテストもあります。
でも、やはり内容あってのコミュニケーションですから、英語力や表現力だけではなく、発表の内容や伝わってくるメッセージなども含めて、なるべく包括的で全体的な評価にしたいと考えています。
ー知識が足りなくてもAIが手助けしてくれる時代では、評価の考え方も見直す必要があるかもしれません。どのように考えていますか?
生身の英語力を問うテストは、これからも残っていいと思います。
評価には二つの役割があります。一つは、本当に理解できているかどうか、という到達度をチェックするachievement test(アチーブメント・テスト)の役割です。
もう一つは、いまどれくらいの力があるかを診断的に教えてくれるdiagnostic test(ダイアグノスティック・テスト)の役割です。
この役割で使われるのであれば、テストはこれからも非常に有効なツールだと思います。
評価において大事なことは、「良い・悪い」ではなく、客観的に自分の英語力がどれくらいなのかを「情報」として知ること。そして、「ここはできているから大丈夫」、「ここをもっと勉強すればできるようになる」ということがわかることです。
ですから、健康診断のようなものなんです。健康診断では、なかなか自分で気づけない病気を発見できたりしますが、それは良いことですよね。
私たちは、評価が低いと「悪い」、「だめだ」というふうに考えてしまいますが、英語力はいくらでも変わります。
自分の英語力とAIの英語力には大きな差があるかもしれませんが、長い時間をかけて少しずつ近づけていけばいいんです。そのうえで、いまの自分がどれくらいの位置にいるのかを知ることは有意義です。
―たしかに私たちは「評価が低い」=「悪い」という意識が強いので、評価によって自信をなくすことが多いですよね。小学5年生から外国語が教科化されたときには、評価をすること、評価をされることに対する教師や保護者の不安がよく報道されていましたが、評価を「情報」として捉えると見方が変わってきそうです。
そうなんです。CEFR(外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠)を基準とした評価は、さまざまな問題点もあると思いますが、Can-Do評価になっていることは良い点だと思います。
つまり、「できること」だけを評価します。どんなに英語力がなくても、何かできることはありますから、低い評価でも「できない」ということではありません。そこから「できること」が増えていけばいいんです。
日本語で「○○さんが評価された」と言うときは、良い意味ですよね。ですから、「評価」は本来ポジティブなことです。
私たちは評価に怯えたり、評価で一喜一憂したりしてしまいがちですが、評価の考え方が変わっていくと、もっとみんなが「できることを増やそう」と思えるようになっていくと思います。
どのように評価するかはとても難しいので、さまざまな議論があります。でも、このAI時代をきっかけに、従来の「当たり前」を見直して、評価論の考え方を変えられたらいいなと思います (山中, 2015) 。
―PEPの授業について紹介する動画(※4)を拝見したのですが、「慣れないことに接して『自分のものにできた』と思うときが一番楽しい。それを一番感じさせてくれるのが英語だった」と学生の一人が話していたことが印象に残っています。先生のお話を伺って、テクノロジーの力を借りながら「できること」が増えて、それが評価されることで学習の楽しさや自信につながるのではないかと感じました。
実際に海外で活躍している人たちも、そういう自信で正のサイクルが回り始めると、「すごい!できるようになった」という経験が繰り返されて外国語学習が楽しくなっていくことがあると思います。
でも、特に国内にいる日本人の多くは、いつまで経っても、本当はできるのに「できない」と言ってしまい、なかなかそこに辿りつきません。
海外では、英語力があまりなくても英語でやることが求められますから、「英語でやりなさい」と言われたらとにかくやる、ということが大事です。
そういう世界で戦っていかないといけないのに、完璧主義になったり、無駄な理想像を描いてしまったりしてコミュニケーションしないことは大きな損なんです。
これまでは、専門性がなくても「英語のネイティブ・スピーカーだから」ということだけで偉そうにする人たちがいました。でも、AIが人間の能力を超え始めているいま、それができなくなってきています。これは、日本人にとって大きなチャンスです。
はじめはうまくできなくてもいいから、うまくテクノロジーを使いながら、とにかくコミュニケーションをする。その経験を繰り返すことで「できる」という実感が湧いてくる。その結果、できるようになる。そういう英語教育になっていったらいいですよね。
(※4)該当動画:立命館大学(June 19, 2013). 新たな英語教育の始まり 立命館大学生命科学部・薬学部英語授業「PROJECT-BASED ENGLISH PROGRAM」[Video]. YouTube.
https://youtu.be/iPNbg2CovVk?si=K7_0ev2Gr0TvEQpU
(後編へ続きます)
【取材協力】
立命館大学 生命科学部 生物工学科 山中 司 教授
専門は、言語コミュニケーション論、英語教育政策・ 教授法、言語哲学(プラグマティズム)。主に、プロジェクトの手法を用いた大学英語教育の有効性とその評価、機械翻訳や生成AIなどのテクノロジーを活用した授業について研究し、大学英語教育の改革に取り組む。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士課程・博士課程修了。博士(政策・メディア)。立命館大学 生命科学部 生物工学科 准教授などを経て、2019年より現職。そのほか、立命館大学OIC総合研究機構 稲盛経営哲学研究センター研究員、「プロジェクト発信型英語プログラム(PEP)」Research Group研究主幹なども務める。
■関連記事
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「流暢に話せる」とは、どういうこと? 指導や学習に役立つAIスピーキングテストの探究 〜早稲田大学GCS研究機構 鈴木 次席研究員インタビュー(後編)〜
Banks, D. (2023, May 18). ChatGPT caught NYC schools off guard. Now, we’re determined to embrace its potential. Retrieved September 2023, from Chalkbeat:
https://ny.chalkbeat.org/2023/5/18/23727942/chatgpt-nyc-schools-david-banks
PEP Research Group. (n.d.). PEPの概要 <Overview of PEP>. Retrieved September 2023, from プロジェクト発信型英語プログラム(Project-based English Program):
Toyoshima, C., Yamanaka, T., & Odagi, K. (2023). Exploring the Effectiveness of Machine Translation for Improving English Proficiency: A Case Study of A Japanese University’s Large-scale Implementation. English Language Teaching, 16(5), 1-10.
https://ideas.repec.org/a/ibn/eltjnl/v16y2023i5p10.html
山中, 司. (2023). プラグマティックな英語教育論へ:もう「文法」はいらない. KELESジャーナル, 8, 27-32,
https://doi.org/10.18989/keles.8.0_27
山中司. (2015). 大学英語教育における評価の「無力化」と「実用化」に関する一考察 : 論文”A Nice Derangement of Epitaphs” を問題提起として. 立命館言語文化研究, 26(4), 331-344.
http://hdl.handle.net/10367/6855
立命館大学. (2023, April 27). 生命科学部の英語授業に「ChatGPT」と機械翻訳を組み合わせた学習ツールを試験導入. Retrieved September 2023, from