日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2023.07.12

バイリンガル子育て6つの誤解と日本の親ができること 〜神奈川大学 中村ジェニス准教授インタビュー(前編)〜

バイリンガル子育て6つの誤解と日本の親ができること 〜神奈川大学 中村ジェニス准教授インタビュー(前編)〜

日本でのバイリンガル子育てに関する情報は、個人的な体験に基づいたものが多く、さまざまな疑問を抱えながら取り組んでいる家庭が多いのではないでしょうか。そこで今回は、英語を母語とする親、英語が母語ではないが流暢に話せる親、日本語モノリンガルの親というように、日本に住んでいるさまざまな家庭でのバイリンガル子育てについて研究されてきた中村ジェニス准教授(神奈川大学)にお話を伺いました。前編では、乳幼児期の二言語発達についてよく誤解されている考え方についてご紹介します。

著者・翻訳:佐藤有里

 

まとめ

・バイリンガルの子どもは、ことばを話し始める前から一つの事物に二つの言い方(二つの言語)があることを理解し、インプットの頻度や豊かさ、親の会話の進め方の影響を受けながら二言語の語彙が異なるペースで発達していく。

・バイリンガル子育てに取り組む親は、日英バイリンガルが日本語モノリンガルと英語モノリンガルの合計ではないことを理解し、モノリンガルの言語発達と比較せずに忍耐強くインプットを続けること、子どもがあまり話さない言語があれば発話を促すことが重要。

・豊かなインプットをたくさん与えられる英語力がない親の場合は、英語を使って子育てをするのではなく、さまざまなインプット方法の組み合わせや、英語を日常生活と結びつけたりするサポートによって子どもの英語習得を手助けできる。

 

【目次】

 

バイリンガル子育ては、間違った情報が広まっている

―先生は、どのような経緯や理由で、子どものバイリンガリズムや家庭でのバイリンガル教育に関心をもたれましたか?

修士課程で英語教育(TESOL/英語教授法)について学んだあとに博士課程に進み、子どものトリリンガリズムを専門とするSuzanne Quay教授(国際基督教大学)のもとで、同時性バイリンガル(※1)の言語発達(early simultaneous bilingual development)について研究を始めました。

当時は子どもを妊娠していて、バイリンガルに育てたいと強く思っていたので、自分が研究を進めることで子どもがバイリンガルになる可能性が高くなると思ったことも理由の一つです。

ですから、まずは自分の息子を対象にケーススタディをすることにしました。私は英語が最も強い言語なので、息子には英語を話していました。一方、夫は日本語で話していました。

生後9カ月でことばを理解するようになったときに、よく研究で使われるチェックリストを使って語彙発達に関するデータを収集し始めました。そのほか、息子が言えるようになった語彙はすべて日記に記録して、発語が始まってからは2週間に1回のペースでビデオ撮影もしました。

このケーススタディは、日本に住んでいる子どもを対象に前言語期から発話期のはじめまでの生後2年間、日本語と英語の発達を調査した研究です(Nakamura, 2011b)。同様の研究の中では、おそらく最も詳細なデータが得られていると思います。

 

―とても貴重なケーススタディですね。そのほか、どのようなご家庭や子どもたちを研究されてきたのでしょうか?

例えば、日本に住んでいるタイ出身の母親が母語ではない日本語のみを使って子育てをする、という事例の研究をしました。

さらに、ファミリー・ランゲージ・ポリシー (Family Language Policy)の研究にも取り組んでいます。例えば、外国人の親が母語や日本語などについてどのような信念を持っているか(language ideology)、親がどれくらい子どもの言語発達に影響を与えられると信じているか(impact beliefs)、子どもは親の母語を習得しなかったことについて後悔しているかなど(language regrets)、より社会的な側面をインタビュー調査で調べるようになりました。

また、日本語と英語のバイリンガル(以降、日英バイリンガル)の子どもたちの受容バイリンガリズム(receptive bilingualism)についても研究しています。受容バイリンガリズムとは、二つの言語のうち片方しか話さないけれど、両方の言語を理解できる、ということです。

 

―最近は、どのような研究に取り組んでいますか?

現在は、日本でサタデースクール(Saturday School)に通う日英バイリンガルのバイリテラシー(二つの言語で読み書きできること)について研究中です。サタデースクールは、学習塾とは違って、親たちが運営している気楽な雰囲気の教室です。そこで英語の読み書きを学んでいる子どもたちの英語ライティング能力を調べています。

また、日本人家庭での英語子育てや、子ども英会話レッスンのような習いごとの効果、母子留学についても研究中です。母子留学は、日本語モノリンガルの家族が海外に移住して、子どもを現地のインターナショナルスクールに通わせる、という事例(母親と子どもだけが移住し、父親は日本に残る)ですね。

 

―日本に住むバイリンガル・マルチリンガル家庭と日本語モノリンガル家庭の両方を対象に研究されているのですね。

そうですね。最近は、社会貢献活動にも取り組んでいます。

私が研究している子どもたちの多くは、両親が異なる言語を話す国際結婚家庭で育ったバイカルチュラルな子どもたちです。そのような家庭のみなさんが研究結果に基づく情報を入手できるようにするため、ベルギーの研究者Annick De Houwer先生(元エアフルト大学 教授)がHarmonious Bilingualism Network(HaBilNet)を設立したのですが、その一員として活動しています。

一般の人々向けにブログの記事を執筆したり、バイリンガル家庭の個別カウンセリングを行ったりしているのですが、これまでベトナム、香港、スコットランド、アメリカなど、世界中の親御さんたちにアドバイスをしてきました。

日本だけではありませんが、特に日本では、バイリンガル子育てに関する不正確な情報が広まっていますから、親御さんたちは正しい知識を身につけてほしいと思っています。

実際に日本で販売されている英語子育てに関する育児本を17冊購入し、その内容を分析した結果、日本の親御さんたちに研究成果とは異なるアドバイスをしていることがわかりました(Nakamura, 2023)。

いくら研究に取り組んだとしても、その知見が本当に必要な人に伝わらなければ意味がないと思い、このような社会貢献活動をしています。

 

誤解①:赤ちゃんは二つの言語で混乱する?

―赤ちゃんのころから二つの言語に触れさせると混乱するのではないか、と心配する方は多いですよね。子どもが理解できる語彙は、二つの言語で区別されて増えていくのでしょうか?

子どもが二つの言語で混乱する、という話は、間違った通説ですね。

赤ちゃんは、モノリンガルでもバイリンガルでも、ことばを話し始めるよりもずっと早くから、ことばを理解することができます。 生まれる前の胎内にいるときから言語処理を始める、という研究結果もすでに出ています(May et al., 2011)。

赤ちゃんが理解できる語彙(理解語彙/receptive vocabulary)は、発話できる語彙(表出語彙/productive vocabulary)よりもはるかに多いです。これはわかりやすくするための一例ですが、例えば、生後16カ月の時点で理解できる語彙が160語あっても、発話できる語彙は40語しかない、というイメージですね。

ただ、バイリンガルの赤ちゃんは、両方の言語で知っている語彙がたくさんある、という点がモノリンガルの赤ちゃんと違います。両方の言語で同じ事物を表す語彙は「translation equivalent(訳語)」(以降、TE)と呼ばれています。

モノリンガルの赤ちゃんは、一つの事物に二つの名前があるということが受け入れにくいです。これは、「mutual exclusivity bias(相互排他性バイアス)」と呼ばれます。

例えば、イヌには”doggy”という一つの呼び方しかなくて、”puppy” や “Yorkshire terrier(ヨークシャーテール)” など別の呼び方はできない、と考えるんです。でも、バイリンガルの赤ちゃんはこれが最初から簡単にできます。

 

―バイリンガル の赤ちゃんは、ことばを話し始める前から、一つのものに日本語の名前と英語の名前があることを理解できるのですね。

私の息子の語彙にも、たくさんのTEがありました(Nakamura, 2010)。

生後9カ月のとき、私が “Peek-a-boo!”(いないいないばあ!) と英語で言うと、息子も一緒にやってくれました。そして1歳になると、おばあちゃんが「いないいないばあ!」と日本語で言っても、同じようにできるようになりました。同じ遊びに二つの異なる名前があることを知っている、ということです。

この “Peek-a-boo!”と「いないいないばあ!」というTEペアには、理解できるようになるまで3カ月の差がありましたが、”No” と「だめ」というTEペアは、同じ月(ちょうど1歳)に理解できていました。ほぼ同じ時期に、日本語と英語で混乱することなく習得できたんです。

表|日英バイリンガル児が両方の言語で理解できた語彙の例

―なぜバイリンガルの赤ちゃんは、そのように二つの言語で理解できるのでしょうか?

TEを理解する能力は、異なる音が同じ意味を表すことができるという、メタ言語意識(metalinguistic awareness)(※2)があることを示しています。このような意識は、モノリンガルの赤ちゃんの場合は、ずっとあとになってから芽生えるものです。

日英バイリンガルである息子に関する研究結果は、前言語期のフランス語・オランダ語バイリンガルの乳児を対象とした研究結果(De Houwer, Bornstein & De Coster, 2006)と同じでした。

 

誤解②:二つの言語は同じペースで発達していく?

―お母さんが英語、お父さんが日本語で話しかける、という家庭の場合、子どもは英語と日本語の語彙を同じペースで身につけるでしょうか?

まず、子どもの周囲環境で、ことばがどのように使われているかを見る必要がありますね。

バイリンガルの子どもは、モノリンガルの子どもと同様に、接触量が多い言語の語彙を習得しやすいです(Pearson et al., 1997)。

同時性バイリンガルの子どもは、両方の言語でインプット量が同じ、ということはほとんどありません。どちらかというと、片方の言語により多く触れています。

母親が英語、父親が日本語、というように、それぞれの親が一つの言語のみを使う(One Parent – One Language)環境の場合は、通常、子どもが多く触れる言語は、主な育児の担い手(primary caregiver)が話す言語になります。

みなさんは、息子が耳にする言語は、英語と日本語で半々くらいだと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。

私が主に息子の育児をしていたので、 息子にごはんを食べさせたり、息子と一緒に公園や買いものに行ったりするのは私です。息子はこういう日々の活動から、ことばを学んでいくことになります。

生まれてすぐから英語と日本語を同時に耳にしていた息子も、英語を話す母親が主に育児をしていて、日本語を話す父親や祖父母から与えられるインプットが英語ほどは多くなかったため、日本語よりも英語の語彙のほうが豊富になっていきました。

2歳の時点で、息子が発話する語彙のうち、日本語はわずか13%でした(Nakamura, 2011a)。

 

グラフ|日英バイリンガル児 1歳3カ月から2歳までの語彙発達の状況

 

―では、父親が子どもと一緒にいる時間が少ない場合、子どもが父親の言語を習得することは難しいでしょうか?

インプットの量だけではなく、インプットの質(豊かさ)も重要です。

例えば、父親の言語を使って過ごす時間が短くても、母親よりも父親のほうがさまざまな語彙を使って子どもにたくさん話しかければ、子どもは父親の言語でより多くの語彙を言えるようになる可能性があります。

限られている時間の中、幅広い語彙を使ってたくさん話しかけるような子どもへの関わり方は、「principal of maximum engagement(マキシマム・エンゲージメントの原則)」(IBS訳:最大限の関与の原則)と呼ばれます (Yamamoto, 2001)。これは、幅広い話題で子どもと話したり、さまざまな絵本を読み聞かせたりすることによって実現できます。

インプットの質も、とてもおしゃべりな人なのか、とても口数が少ない人なのか、という親の性格にもよって変わってきますね。

おしゃべりな親は、子どもと一緒に過ごす時間の中でより多いインプットを子どもに与えることがわかります(Fernald &Weisleder, 2015)。その一方、一日中子どもと過ごしても子どもに与えるインプットが少ない親もいます。親が家事で忙しかったり、子どもに一人で遊ばせたりビデオを見せたりする時間が長ければ、質の良いインプットを与えることはできません。

 

―そうすると、息子さんの初語は、やはり英語でしたか?

いえ、1歳3カ月のころに初めて発したことばは日本語の「ワンワン」でした。おじいちゃん、おばあちゃんの家でイヌを飼っているのですが、私はいつも “doggy” と英語で言っていたので意外でした。

また、2番目、3番目のことばも日本語(「まんま」、「はい」)だったので、日本語の語彙を順調に習得しているように見えました。でも、同じ月齢で発した4番目のことばは英語の “flower” で、それ以降に発したことばはほぼすべて英語だったんです。

なぜ初語が日本語の「ワンワン」だったのかと言うと、とても言いやすいからですね。

ことばが出始めたばかりの時期に発する語彙は、その音の特徴に左右されることもあります。日本語の赤ちゃんことばの擬音語や擬態語(onomatopoeia)は、音韻的に複雑な他言語のことばよりも口に出しやすいのかもしれません。

 

―二つの言語が異なるペースで発達していくことは、ごく自然なことですね。

もしかしたら、日本の親御さんは、バイリンガルの二つの言語がほぼ同じペースで発達すると期待しているかもしれませんね。でも、多くのバイリンガルには、強いほうの言語と弱いほうの言語があり、ごく自然なことです。両方の言語の能力が同じ、いわゆる均衡バイリンガル(balanced bilingual)はめったにいません。

私たちの体も、二つあるけどそれぞれ違いがある、という部分が多いですよね。

目、耳、手、足、というように、「二つ」はごく自然なことです。 でも、左目と右目で見え方が違うように、右手と左手で握力が違うように、右耳と左耳で聞こえ方が違うように、二つの言語でまったく同じ能力を持っていることはないんです。

 

誤解③:親が話す言語は、子どもも自然に話せるようになる?

―はじめに、両方の言語を理解できるけれど、片方の言語しか話さない「受容バイリンガル」の子どももいる、というお話がありました。親が豊かなインプットをたくさん与えられるように子どもに話しかけたとしても、子どもがその言語を話すようになるとは限らないのでしょうか?

バイリンガルやマルチリンガルの家庭の場合、子どもが親の言語を話すかどうかは、子どもが異なる言語を使ったときに親がどのような反応や対応をするかによって変わります(De Houwer & Nakamura, 2022)。

バイリンガルの子どもたちは、一方の言語を話す親がもう一方の言語でも理解できると知っている語彙については、その親の言語で言わないことがあります。

例えば、”open” という英語をすでに話している子どもは、日本語を話す周りの大人が “open” の意味を理解していることがわかれば、日本語の「開けて」を使わずに、”open” を使い続ける、ということですね。

つまり、幼い子どもは、すでにとても実用的に考えていて、わざわざもう一方の言語に切り替える必要性を感じないのかもしれません。周りの人が自分のことばを理解して受け入れていることがわかれば、それを使い続けるんです。

日本に住む2組の親子を対象にした研究(Nakamura, 2018)では、外国人の親が自分の母語だけを使って話しかけ、日本語を使うことがないにもかかわらず、その子どもは日本語で親に返事する場合がほとんどであることがわかりました。このような互いに違った言語を使用して会話するのは不思議ですよね。

でも、親子の会話を分析すると、子どもが日本語で返事したときに、そのことを指摘したり、親の母語を使うように促したりせずに会話を続けていたことがわかりました。

ですから、親がその言語を話すだけでは不十分なんです。

 

―話してほしい言語とは違う言語で子どもが話しているとき、親はどのように反応すればいいでしょうか?

バイリンガルの子どもは、幼いころから相手によって言語を選ぶことができます(De Houwer, 1990)。もし、英語が理解できない日本語のモノリンガルに出会ったら、日本語を使うんです。

ですから、親の会話戦略(discourse strategies/ある目的を達成するために会話の進め方を工夫すること)によって、子どもが「正しい」言語(親が話す言語)で話すように促すことができます(Lanza, 2004)。

例えば、子どもが “open” と英語で言ったとき、親が「何?」、「開けてって言った?」というふうに日本語で反応することによって、子どもから「開けて」という日本語を引き出せます。

逆に、子どもが「水」と日本語で言ったときに “What did you say?”、”You want water?”というふうに英語で返すと、子どもが “water” と言う、という感じですね。

このように、子どもが幼いころから、その言語を話すことを習慣化させて、もう一つの言語を受け入れないようにする必要があります。

「受け入れない」と言っても、子どもに対して何か厳しい態度をとったり、子どもが言ったことばを無視したりしなくてもいいんです。むしろ、そのような親の反応は子どもにとって良くありません。

例えば、最初の何回かだけ “How do you say it in English?” と反応するようにすれば、そのうち子どもが理解して、その親には英語で言うようになるでしょう。

 

―親は子どもがどちらの言語を使っているか注意を向けて、あまり好んで使われないほうの言語を話すように促す必要があるんですね。

そうですね。親は忙しいですし、コミュニケーションがとれればいいと思うでしょう。子どもが両方の言語を使うこともありますから、どちらの言語を話しているのか、普段はあまり気にしません。そしてふと、子どもが親の母語をほとんど話していないことに気づくんです。

ですから、子どもが違う言語で返事をしてきたら、それを子どもに知らせる、という心がけが大切なんです。

日本に住む日英バイリンガルの場合、ひとりっ子よりもきょうだいがいる子のほうが英語を話さない傾向があります (Yamamoto, 2001)。特に、下の子のほうが受容バイリンガルになりやすいです(Noguchi, 2001)。下の子どもの言語能力のほうが低い理由は、すでに就学した上の子どもが社会の言語を家に持ち込むことによって下の子どもと母親の言語使用に影響を与えるからだ、ということがアメリカの研究からわかりました(Bridges & Hoff, 2014)。

 

誤解④:両方の言語がモノリンガルと同じペースで発達しなければ、言語発達に問題がある?

―バイリンガルの子どもとモノリンガルの子どもを比較して発達のペースに違いがあると、不安を感じる親御さんもいます。そのような比較は適切でしょうか?

リンゴとオレンジを比べないのと同じように、バイリンガルの子どもとモノリンガルの子どもを比べるべきではありません。バイリンガルは、「二人のモノリンガルの合計」ではない、ということを覚えておいてほしいですね。

日英バイリンガルの赤ちゃんを日本語モノリンガルの赤ちゃんや英語モノリンガルの赤ちゃんと比較して、両言語の語彙や文法の能力がそれぞれと同じであることを期待するのは不合理です。

バイリンガルかモノリンガルかに関係なく、赤ちゃんの1日は24時間です。バイリンガルの赤ちゃんは、その24時間が日本語に触れる時間と英語に触れる時間に分かれます。

でも、医療従事者、保育士、学校の先生、そして親御さん自身も、このような比較をしてしまう傾向があります。

そして、バイリンガルの子どもたちは、片方の言語だけモノリンガルの子どもたちと比較して評価され、「ことばが遅れている」と不当に診断されてしまうこともあります。

これは、モノリンガルの子どもを対象とした方法で言語発達を評価してしまうからですね。バイリンガルの子どもが過剰に言語障害や学習障害の診断をされてしまう、ということは、Paradis et al. (2021)が提起した懸念事項です。

これまでの研究でも、バイリンガルの子どもとモノリンガルの子どもを比較し、両者の違いを浮き彫りにすることが中心でした。でも、そのような不公平な比較は批判されてきており、バイリンガルの子どもたちを「バイリンガル」という特別なグループとして研究することが研究者に求められるようになりました(De Houwer, 2023)。

 

―バイリンガルの子どもの言語発達を評価するときに、大切なことは何でしょうか?

バイリンガルの子どもは、モノリンガルの子どもとは異なる、バイリンガル特有の発達の道筋をたどることを忘れてはいけませんね。表出語彙は、一つの言語だけでなく、二つの言語を合わせて総合的に評価する必要があります。

でも、残念ながら、バイリンガルの子どもがそのように適切かつ公正な評価を受けることはほとんどありません。

バイリンガルの子どもは、言語能力を測るいくつかの指標において、モノリンガルの基準範囲内のパフォーマンスを発揮できることが研究で示されています(Thordardottir, 2014)。一方の言語がインプットの大半を占める場合、その言語はモノリンガルの子どもたちと同じペースで発達していきます(Hoff et al, 2014)。 その反面、インプットが少ないほうの言語については、その言語のみに触れて育つモノリンガルの子どもたちと同じペースで発達しない可能性があります。

 

―先生のお子さんも、言語発達を適切に評価されなかったことはありましたか?

私の息子は、生後2年間、インプットのほとんどが英語でした。英語の表出語彙は英語モノリンガルの子どもたちと同じレベルでしたが、日本語で表出できる語彙は限られていました。

ここで日本語を話す子どもたちと比較すると、必然的にことばの発達が「遅い」と思われてしまいます。日本の子どもたちはみんな日本語を話しますから、その子どもたちと比較しない、心配しない、ということはやはり難しいんですよね。

1歳半の乳幼児検診では、お医者さんに「この子は日本語で何が言えますか?」と日本語で聞かれて、私は「ワンワン」だけだと答えました。 当時はお医者さんがどういう意味で質問しているかわからなかったので、英語で言える語彙については伝えなかったんです。

その結果、息子はことばの遅れがあると疑われ、グループプレセラピーを受けるようにすすめられてしまいました。

例えば、顔を正面から見ると全体が見えますが、横から見ると片側しか見えませんよね?

顔の左側が英語、右側が日本語だとすると、息子の日本語だけを見ることは、横から顔の右側だけを見ることと同じです。一方だけを見ると、「あまり話せないから、ことばが遅れているんだな」と思ってしまうんです。このようなことは、欧米諸国でも起きています。

 

―子どもの日本語で語彙が少ない場合、日本語だけを話すように勧められる親御さんもいると聞いたことがあります。

1970年代に海外での珍しいケーススタディがあります。二つの言語に触れて育っている子どもがことばを話し始めるのが遅かったため、母親が一方の言語を話すのをやめるように言われた、という事例です(Zierer, 1977)。

息子が保育園に通っていたとき、おやつにせんべいを持っていたときのことを思い出しますね。息子はせんべいの袋を「開けて」 と日本語でまだ言えなかったので、”Open.”と先生に言いました。すると、先生たちがとても心配して、「お母さんは日本語を話したほうがいい」と私に言ったんです。

もしバイリンガルの子どもたちにことばの遅れが見られたとしても、その原因はバイリンガル環境ではなく、ほかの要因(自閉症、聴覚障害、注意欠陥の問題など)である可能性があります。二つの言語に触れることそのものが原因で、ことばの発達に遅れが生じるわけではありません。

でも、特に日本のようなモノリンガル社会では、バイリンガルの子どもに何か問題が見られると、バイリンガル環境のせいにされる傾向があるのではないでしょうか。

 

―親御さんは、バイリンガルの子どもの言語発達について、どのような点に注意するべきでしょうか?

親は、自分の子どもをモノリンガルの子どもと比較するべきではない、ということを理解して、子どもの二つの言語が発達するまで、もっと忍耐強く見守ったほうがいいですね。

一番良くないことは、ことばが遅いからといって、親が使う言語を途中で変えてバイリンガル子育てをあきらめてしまうことです。

そして、あまり早く結果を期待しないほうがいいですね。もし子どもがあまり話さなくても、親がどんどん話して、一緒に歌ったり遊んだりして、日常的に豊かなインプットにたくさん触れられるようにしてあげる必要があります。

親御さんが話したい言語があるのであれば、子どもがインプットから理解してアウトプットとして口に出すようになるまで、親が期待する時間ではなく、その子どもにとって必要な時間を与えてあげなければいけません。

もし子どもが両方の言語を話せるようになっても、それぞれの言語で発達のスピードは違いますが、心配する必要はないでしょう。その発達の差には、それぞれの言語で与えられたインプットやインタラクション(他者とのやりとり)が反映されています。

左右の目の視力や左右の手の握力が同じになることはあまりないのと同じで、二つの言語が同じように発達することはない、と考えてほしいですね。

先ほどお話しした通り、一方の言語が強く、もう一方の言語が弱くなるのは当たり前のことなんです。

 

―ほかにも、日本在住のバイリンガル/マルチリンガル家庭へのアドバイスはありますか?

子どもが小さいころは社会の少数派言語(例:日本社会における英語)のインプットを多くして、その言語が先に発達するようにする、という取り組みは、バイリンガル子育てが成功している家庭でよく実践されています。

社会的の多数派言語(例:日本社会における日本語)のほうがいずれ優勢になる可能性が高いからです。

ですから、私の息子は、はじめは日本語の発達が遅かったのですが、のちに日本語のほうが優勢になると思っていたので、まったく心配していませんでした。実際に、保育園に入るころから日本語の発達スピードが速くなり、小学校に入るころには日本語のほうが優勢になりました。

もちろん、社会の少数派である言語のインプットは、片方の親からよりも、両親二人から子どもに与えたほうがより効果があります (Yamamato, 2001)。

もう一つ、親御さんに意識していただきたいことは、受容バイリンガリズムが一般的な現象である、という点です。 日本に住んでいる日英バイリンガルの子どもの中には、英語を理解するけれど話さない、という受容バイリンガルがけっこういます(Billings, 1990)。英語を話す親が英語で話しかけても、子どもは日本語で返事をするんです。

このような現象は、親からのインプットがあるからといって、子どもがその言語を話すことを保証するわけではない、ということを示しています。

先ほど説明したように、子どもは一方の言語のほうを好んで使うことがあるので、あまり使わない言語のほうを話すように大人がどう促すかも重要なポイントになります。

 

(※1)生まれたときから二つの言語に同時に触れて育ったバイリンガル。

(※2)言語(音や文字、語・文の構造など)の性質や機能について考えたり振り返ったりすること(Baker & Wright, 2021)。

 

(後編へ続きます)

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【取材協力】

神奈川大学 外国語学部 英語英文学科

中村 ジェニス准教授

中村ジェニス先生のお写真

 

<プロフィール>

専門は、バイリンガリズム、バイリンガル教育、言語習得、社会言語学。日本に住んでいる子どものバイリンガリズムや家庭の言語方針(family language policy)について研究。過去16年間で100以上の国際結婚家庭に関わり、『International Journal of Bilingualism and Bilingual Education』、『International Multilingual Research Journal』、『Multilingua』、『English Today』などの学術誌で論文を発表している。

拓殖大学 大学院 言語教育研究科にて修士号、国際教基督教大学 大学院 教育研究課 教育法専攻にて博士号(教育学)を取得。国際教基督教大学 教育研究所 研究員、相模女子大学 学芸学部 准教授などを経て2020年度より現職。

マレーシアのクアラルンプールで複数の言語に触れて育つ。2002年に日本へ移住してからは、英語、客家語、広東語、北京語、マレー語に加えて、日本語を第6言語/方言として習得。親子間のやりとりや家族の言語方針を調査することにより、日本における家庭内バイリンガリズムにおいてどのような言語面・非言語面の障壁があるかを明らかにしようとしている。また、受容バイリンガルの子ども、社会の少数派言語の習得機会を失って日本語モノリンガルになった国際結婚家庭の子どもに関する研究を通じて、家庭内でバイリンガルを育成することの重要性に注目している。Harmonious Bilingualism Network(HaBilNet)の賛助会員として、世界中のバイリンガル家庭にアドバイスを提供している。

 

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