日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2021.03.30

日本語と英語の文法を同時に身につけていくバイリンガルの子どもたち 〜立教大学 森教授インタビュー〜(前編)

日本語と英語の文法を同時に身につけていくバイリンガルの子どもたち 〜立教大学 森教授インタビュー〜(前編)

バイリンガルにふれる機会が少ない日本では、幼い子どもが日本語と英語を同時に身につけていく、ということに対して、さまざまな疑問が生じやすいでしょう。特に文法学習については、中高生や大人でも苦労するからこそ、子どもが日本語と英語の文法をどのように使い分けられるようになるのか不思議に感じるかもしれません。

そこで今回は、バイリンガル児の文法習得について研究を行う森教授(立教大学)にお話を伺いました。

 

©Syda Productions

【目次】

 

はじめに:バイリンガルの子どもたちとの出会い

森教授は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で応用言語学の博士号を取得。アメリカや日本に住む子どもの発話データを分析し、複数の言語にふれる環境で育つ子どもの言語発達について研究を進めています。特に、文法の習得や言語使用の特徴について調査していらっしゃることから、まずは、その研究背景について伺いました。

 

―先生は、どのような経緯で文法習得や言語使用について興味をもたれたのでしょうか?

大学生のときにESS(英語を使って活動するサークル)に入っていたことが始まりだったと思います。私は英語圏で生活したことがあり、英語は自然に習得したのですが、周りの友だちはみな人一倍努力して英語の学習を積み重ねてきていることに感激しました。

それと同時に、どの友だちも、英語を使うときに同じ間違いをすることに気づきました。その一つがテンス(※1)だったんです。大学3年生になると英語を流暢に話せるようになり、議論も活発にできるようになるのに、動詞の過去形(語尾のed)は落ちることが多かったんです。

なぜそうなるのか、とても気になりました。そこで、アメリカに行ってテンスやアスペクト(※2)の習得に関する研究をしたいと思いました。

 

―どのようなきっかけで、子どもを対象とした研究を始められたのですか?

カリフォルニアにある大学院の後期課程に進学したのですが、そのときにある家族に出会いました。お父さんとお母さんが別の言語で子どもに話しかけるご家庭です。

そのようなご家庭は、カリフォルニアにはたくさんいらっしゃるのですが、私にとっては、そういう家庭がある、ということ、そしてそのような言語環境で育つ子どもたちについて考えるきっかけになりました。

もともとは大人の第二言語習得を研究する予定だったのですが、いつも日本語と英語を聞いているこの子の頭の中では、各言語のルールやいろいろな概念がどのように育つのか、ということが気になって、バイリンガルの子どもを対象とした研究に変更しました。二言語の文法の発達と言語選択(誰にどの言語を使うか)について博士論文(※3)を書いて、二言語間の影響があるのかないのか、というところにも興味をもって調べています。

 

乳幼児期や学童期のバイリンガルを対象に研究

―先生が調査の対象にしているバイリンガルは、どのような子どもたちなのでしょうか?

博士論文に取り組んだ当時は、英語圏であるカリフォルニア在住で、お父さんが英語話者でお母さんが日本語話者という家庭で育つお子さんたちです。

2家族にご協力いただいたのですが、月に1回ご家庭にお邪魔して、お父さんと子どもの会話、お母さんと子どもの会話、機会があればご家族そろっての会話を録音しました。一緒にビデオを見ているとき、庭仕事をしているとき、お料理をしているとき、ブロックで遊んでいるとき、というように、いろいろな場面があります。

ことばの基本的な構造は3歳くらいまでにひと通り発達するという理解があったので、ことばを話し始める1歳半〜2歳くらいから、2年間ほどデータをとらせていただきました。ほかのご家庭にお邪魔して録音させてもらうなんてことは、いまではなかなかできませんからとても貴重なデータです。

 

―赤ちゃんのころから日本語・英語を聞いて育った同時バイリンガルについて研究されているのですね。

最近は、学童期の子どもについても研究しています。私が博士論文を書いたころは、赤ちゃんを対象とした研究が多かったのですが、その後年齢が高くなっていくとどうなるのか、ということはまだあまり研究されていないからです。

また、日本環境でのデータ収集をしたいと思い、8歳〜13歳くらいの日本のお子さんたちを対象に研究するようになりました。家庭で日本語・英語にふれて育った同時バイリンガルの子もいますが、3歳〜4歳くらいから英語のインプットがあった子どもたちもいます。

例えば、家庭では日本語、学校では英語、という子どもですね。国際結婚家庭である場合もありますし、親御さん自身がバイリンガルであるために、お子さんもバイリンガルに育てたいという強い思いをもっている親御さんもいらっしゃいます。

日本ではまだ少数派かもしれませんが、諸外国では家庭と学校で使用言語が違う子どもたち少なくありませんので、そういう子どもの学習言語の発達にも興味があります。

 

―学童期の子どもについては、どのような方法で研究されるのでしょうか?

ナラティヴ(子どもにお話を語ってもらう)のデータをとっています。「Frog, Where Are You?」という文字が書かれていない有名な絵本があるのですが、それを見ながらお話をしてもらうんです。音声のない映像を見て、お話をしてもらったりもします。

そのお話を録音して文字に書き起こし、お話の構造や語り方を分析します。対話ではなく、一人で相手にある程度わかりやすく話すということは高度な言語能力で、学童期に入ってから発達が進んでいくので、そこを捉えたいなと思っています。

モノリンガル研究でわかっていることと似たような傾向があるのか、それとも、バイリンガル固有の発達があるのか、文化的な影響はあるのか、といったことを調べています。

 

バイリンガルの文法発達の特徴

―バイリンガルのテンスとアスペクト習得については、どのようなことがわかったのでしょうか?

テンスやアスペクトを表す文法形式の出現時期を調べました。日本語では「〜した」というふうに「た」がつく発話、英語では動詞に「ed」がつく発話がいつ出てくるのか、ということですね。

結果、日本語と英語それぞれの言語に仕組まれたタイミングで出てくるということがわかりました(※4)。日本語の場合、「〜しちゃった」というような過去形は、1歳ちょっとから使えるようになります。「~た」をつけないと語として成立しないからと言われています。一方で、英語の「ed」は、なかなか出てこなくて、2歳半すぎくらいからです。日本語の場合とは違って、「ed」はなくても単語は成立します。語尾の「ed」は目立つ音ではないですし、なくても、昨日のことか、今日のことか、という文脈で意味が通じることが多いことも影響しているのかもしれません。

では、バイリンガルの場合は、どうなのか。一方の言語が影響してもう一方の言語での出現時期を遅らせたり早めたりするかもしれない、と思いました。でも、実際には、そのような傾向はありませんでした。

バイリンガルの子でも日本語の過去形は早い段階で出てくるし、英語の過去形はもっと遅くなってからでないと出てこない。こういうふうに言語によって出現時期がずれる、ということはほかの言語の組み合わせでもよく見られることで、二言語それぞれが別々に発達していくということがわかります。

語順についても、おもしろいことに、日本語・英語の同時バイリンガルの子の発話には、それぞれの言語の影響があまり見られなかったんです。疑問文の検証をしたのですが、両言語のインプットが均衡である場合には、影響が出ないということがわかりました(※5)。ほかの研究を見ても、同様の研究結果が出ています。

 

―日本語と英語はそれぞれの文構造に影響を与えますか?

主語や目的語の出現について研究しているのですが、日本語から英語には影響がなく、英語から日本語には影響があることがわかりました。

日本語は主語を言わない言語として有名です。でも、英語の文構造には、主語を置かなければいけないという強固なルールがあるので、日本語・英語のバイリンガルの子どもも英語で主語を落としません。ところが、日本語で話すときには、何回も「自分」とか「マミー」とか言ったりして主語を過剰に使う、ということが起きます。日本語のモノリンガルと比較したところ、数値的にも有意差がありました。(※6)

このことについては、おそらくこうなのではないか、という仮説がすでにあって、日本語と英語の組み合わせでもその通りであるということをデータで示すことができたと思っています。

 

―学童期のお子さんについては、いかがですか?

いま一番時間をかけて研究している分野は、指示語についてです(※7)。「Frog, Where Are You?」の絵本には、カエルや男の子、イヌといったキャラクターが登場するのですが、その登場人物を指し示す指示語表現がどのようにお話の中で出現したり、あるいは出現しなかったり、お話の流れの中のどこでどの形(例:The boy〜と言うかHe〜と言うか)が使われるのか、ということです。

調べた結果、バイリンガルは、基本的には、日本語でお話をするときにも英語でお話をするときにも、それぞれの言語らしい指示語表現を使っていました。

日本語では、最初にお話を導入するときには「男の子がいました」というふうに言うのですが、ずっとその男の子の動作について話しているときには、主語を言わないんです。ちょっと間が空いてまたその男の子について話すときにも、「男の子が〜をして、犬が〜をして、そしたら男の子が〜した」というふうに、登場人物の話が行ったり来たりするときにも、主語が抜けることがあります。

英語であれば、代名詞(例:heやitなど)を使ったりしますが、日本語は聞き手に依存する言語なんです。

一方、モノリンガルとの違いもありました。日本語モノリンガルの子どもたちは、ほぼ主語を言いません。だから、どの登場人物のことについてのお話か聞き手が考えてあげなければいけない。例えば、それまでずっとカエルの話をしていなかったのに、「カエルをやっと見つけました」ではなく「やっと見つけました」と言うので、誰が何を見つけたのかな、ということを動詞や文脈から推測しなければいけないようなことが多かったです。

でも、バイリンガルの子は、日本語で話すときに、英語の指示語表現の使い方から影響を受けていました。つまり、「誰が」という部分を言ってくれるんです。それは、日本語らしくないといえばそうなんですが、聞き手にとってはわかりやすいとも言えると思います。

 

(※1)動作の「時制」(過去/現在/未来)を表す文法形式。

(※2)動作の「相(そう)」(完了しているか、進行しているか、といった様子や状態)を表す文法形式。

(※3)該当論文:Mishina, S. (1997). Language Separation in Early Bilingual Development: A Longitudinal Study of Japanese/English Bilingual Children. [Unpublished doctoral dissertation]. University of California, Los Angeles.

(※4)該当論文:Mishina-Mori, S. (2002). Language differentiation of the two languages in early bilingual development: A case study of Japanese/English bilingual children. International Review of Applied Linguistics in Language Teaching. 40(3), 211-233.

https://doi.org/10.1515/iral.2002.011

(※5))該当論文:Mishina-Mori, S. (2005). Autonomous and interdependent development of two language systems in Japanese/English simultaneous bilinguals: Evidence from question formation. First Language. 25(3), 291-315.

https://doi.org/10.1177%2F0142723705052560

(※6)該当論文:Mishina-Mori, S., Matsuoka, K., & Sugioka, Y. (2015). Cross-linguistic influence at the syntax-pragmatics interface in Japanese-English bilingual first language acquisition. Studies in Language Sciences: Journal of the Japanese Society of Language Sciences, 14, 59-82.

(※7)該当論文:Mishina-Mori, S., Nagai, Y., and Yujobo, Y. J. (2018). Cross-linguistic Influence in the Use of Referring Expressions in School-Age Japanese-English Bilinguals. In Bertolini, A.B. Kaplan, M. J. (Eds.), Proceedings of the 42nd annual Boston University Conference on Language Development.

http://www.cascadilla.com/bucld42toc.html

 

(後編に続きます)

【取材協力】

森 聡美 教授(立教大学 異文化コミュニケーション学部 異文化コミュニケーション学科)

森教授のお写真

<プロフィール>

立教大学の異文化コミュニケーション学部 異文化コミュニケーション学科、および異文化コミュニケーション研究科 異文化コミュニケーション専攻 博士課程前期・後期課程にて教授を務める。専門は、言語習得。主にバイリンガル・マルチリンガル環境下で育つ幼児・児童の言語発達(統語面や語用論的側面)について研究を進めている。

文学士(日本女子大学)、教育学修士(筑波大学)、応用言語学博士(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)。「第1言語としてのバイリンガリズム研究会(BiL1)」会長。

第1言語としてのバイリンガリズム研究会:

https://sites.google.com/site/bilingualismasa1stlanguage/home/project-definition

 

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