日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2023.05.25
橋元 知子 准教授(2023年1月取材時|フェリシアこども短期大学)インタビュー記事の後編です。今回は、幼稚園でイマージョン教育を実践するうえで保育者や保護者に求められることについて紹介します。
【目次】
―先生は、附属幼稚園(認定子ども園)でのイマージョンクラスの設立に関わったとのことでした。日本語だけを使うクラスもあるのでしょうか?
そうですね。当初、通常クラス(日本語クラス)とはまったく別のクラスという形でイマージョンクラスをつくりました。
さまざまな形態を経て、現在では午前(9:30〜13:30)は通常クラスで日本語だけで活動したあと、イマージョンクラスを選択した子どもたちは、午後(13:30〜17:30)は英語で活動しています。
―もともと幼稚園で働いていた先生たちは、イマージョンクラスの設立に対してどのような反応でしたか?
通常クラスの先生たちからは、「幼児期の英語学習はそんなに必要ないのではないか」というご意見もありました。しかし、子どもたちが変わっていく様子を見るうちに、イマージョンクラスが園に存在していることは良いことなんだと徐々に気づいてくださったようです。
―子どもたちはどのように変わっていったのでしょうか?
通常クラスの子どもたちも、英語に興味を覚えてくれるようになりました。
私の研究(Hashimoto & Nakamura, 2021)では、通常クラスの子どもたちがイマージョンクラスの先生のところに来て、「ぼくも英語できるよ!」と自分が知っている英単語を言ったり、「英語のクラスにお友だちがいるよ!」と伝えたりしたことが先生へのインタビュー調査でわかりました。
子どもたちは、英語を話せることは良いことだと感じていると考えられます。
―幼稚園全体をイマージョン教育にする方法もありますが、附属幼稚園のように通常クラスとイマージョンクラスが両方同じ園にあることは、より多くの子どもや先生の意識が変わる、という良さがあるでしょうか?
私が実施した研究からはそのような結果が得られています(橋元&中村, 2021)。附属幼稚園では、いままでと違うものが身近にあることによって、子どもたちは新たな気づきを得て成長していき、先生たちも自分たちの保育の素晴らしさに気づきつつ、徐々にイマージョン教育の考え方を受け入れるようになっていったと思います。
通常クラスの先生たちは、イマージョンクラスの子どもたちとも交流があります。そして、イマージョンクラスの先生たちは、通常保育の時間帯にヘルプとして入ることもあるので、イマージョンクラスの子どもたちが日本語で生活しているところも見られます。
このように、先生が子どもを全人的に(あらゆる観点から)見られる点はメリットだと思います。
―通常クラスの先生だけではなく、イマージョンクラスの先生にとっても良い影響がありそうですね。
イマージョンクラスの先生たちも8〜9割(もしくはほとんど?)が幼児教育者としてのトレーニングを受けた人たちなので、まずは子どもの発達が大切で、そのうえで英語、という考え方を理解している点は、通常の英会話教室と大きく異なります。
イマージョンクラスの活動の様子
(画像提供:認定こども園 フェリシア幼稚園 フェリシアこども短期大学附属)
―日本の幼稚園でイマージョン教育がうまくいくために、園の先生はどのようなことを意識する必要があると思いますか?
まずは、子どもたちが「英語を学びたい」、「英語を発したい」と自分から思えるような、内発的動機づけ(※3)を高める環境整備を心がけることだと思います。
動機づけの研究で、「自己決定理論」(Ryan & Deci, 2017)という考え方があります。この理論では、内発的動機づけを高めるためには、三つの基本的な心理欲求を満たすことが重要だとされています。
<基本的な心理欲求>(Ryan & Deci, 2000)
・自律性 自分の学習に関することは自分で決めたいという欲求
・有能性 学習で求められる目標を達成できることへの欲求
・関係性 自分の学習する環境に関わる人と良い関係でいたいという欲求
―例えば、どのような環境をつくれるでしょうか?
自律性については、いくら子どもであっても、そして第二言語環境であっても、「自分のことは自分で決めているんだ」という気持ちを育むことは重要です。例えば、“Which would you like?”(どっちがいい?)、“What do you want to do?”(何がしたい?)などの声がけは良いのではないでしょうか。
有能性については、子どもにいきなり分厚い本を読んであげても、何を言っているのかさっぱりわからず、お手上げ状態になりますよね。ですから、子どもの様子を見ながら、「i+1」(Krashen, 1985)の英語、つまり、いまよりもちょっと上くらいのレベルの英語を保育者が使っていく、紹介していく、という意識が必要ではないかと思います。しかし、もちろん、ときには子どもを少しストレッチして難しい文章に触れさせるのも良いとは思います。
関係性については、周りの人(例えば、先生やお友だち)との関係が大切ですね。
―実際に、三つの欲求が満たされている状況で子どもたちが英語を話していたこともありますか?
そうですね。イマージョンクラスを観察していると、子どもたちがとても自発的に英語を発している場面は、保育者があまり関わっていない遊びの時間が多いように思います。
一例をあげると、以前、5歳児クラスの女の子がほうきを持って掃除しながら “I’m cleaning up!”(私は掃除しているよ!)と言っていたら、そこにほかの子どもたちが “Me too!” というふうに加わってきて、おままごとのような遊びが始まりました。すると、女の子もほかの子どもたちも、英語をどんどん自発的に使い始めたんです。
この例では、誰からも強要されずに自分たちで遊んでいること、自分たちが扱える範囲の英語を使っていること、お友だちと良い関係であることが「自律性」、「有能性」、「関係性」の欲求を満たしていると思います。
イマージョンクラスの子どもたちは、みんなで輪になって先生やお友だちとお話しする「サークルタイム」という時間があるのですが、観察していた際、英語を聞いて理解はできていても、自発的に英語を発する場面は少ない子もいました。ですから、周りに先生がいないような状況で、子どもたちがみんなで英語を話していたことは、とても驚きました。
自己決定理論の考え方は子どもにも当てはまるのではないかと改めて感じましたし、子どもたちの様子を見ながら内発的動機づけを高める環境を整えることが大切だと思いました。
もちろん、このような場面が生じたのは、普段からイマージョンクラスの先生との関わりのなかで、たくさんの英語のインプットがあったからこそだと思います。
―子どもたちが英語に興味をもって「学びたい」と感じるためには、先生やお友だちとの関係性も重要、とのことですが、先生はどのようなことを意識する必要がありますか?
幼児教育の共通の指針である「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」を心に留めておくことでしょうか。幼稚園の先生が一番大切にするべき点は、子どもに質の良い幼児教育を与えることだと思います。
以前、子どもの英語発話を促進する要因を調べたのですが(Hashimoto & Nakamura, 2021)、附属幼稚園では、まずは子どもの教育が第一に大切で、英語のインプットやアウトプットはその次、というふうに先生たちが意識していることがインタビュー調査でわかりました。これによって、子どもたちが「先生は、私のことを心から思ってくれている」と感じ、信頼関係が育めているようであることを知りました。そして、この信頼関係が子どもたちの英語発話を促進することに貢献している要因の一つである可能性が明らかになりました。
子どもは、とても素直で敏感なので(Pinter, 2017)、自分が愛されていると感じると期待に応えようという気持ちが出てきたり、好きな先生が好きなこと(例えば、英語を使うこと)は「私も好きになろうかな」という気持ちが出てきたりすると思います。
ですから、幼児に対する英語教育の場合は、英語活動のときだけ英語の先生をポンとクラスに入れる方法も悪くはないですが、常に子どもたちを見ていて強い信頼関係を築いている先生が英語を使う、というイマージョン教育も良いアプローチだと思います。
―先生と子どもの信頼関係が英語に対する興味や発話を促すということですね。
そうですね。私は、自分自身が保育者だった経験も関係していると思いますが、まずは子どもの発達が大切で、そのうえで英語、というところを見失ってはいけない、といつも考えています。
「いまは英語しか話しちゃだめ」と言ってしまうと、やはり「いま言いたいことはどうしても日本語でしか言えないのに」という場面もあると思います。ですから、付属幼稚園のイマージョンクラスの先生は、まずは英語であれ日本語であれ、子どもの伝えたい気持ちを受け止めます。
まずは英語」ではなく、「まずは子ども」という考え方を理解しているからだと思います。
―お友だちと良い関係であることの重要性は、どのように考えていらっしゃいますか?
特にスピーキングの場合、相手がいなければ、なかなか発話は促されないと思いますから、お友だちとの関係性は大切です。
また、グループで何かをすると、そこには group dynamics(集団力学)が働き、個々人でやること以上の成果を上げることが可能になります(Dörnyei & Murphy, 2003)。そして、第二言語習得の動機づけ研究をされている明治大学の廣森友人先生は、グループ内でやる気が伝染することを示唆した研究も発表しています(Hiromori et al., 2021)。
私は、大学生の協同学習の効果についても研究しているのですが、子どもたちがお友だちと一緒に遊びながら英語を自発的に使っている場面を見たときに、協同学習の考え方は子どもにも当てはまるのではないかと感じました。
大学生を対象とした研究では、協同学習をするときに、すぐさま大きな課題に取り組むのではなく、その前にまずは小さな課題に取り組み、グループの関係性を築くことが重要であることがわかりました(Hashimoto, 2022)。もちろん、年齢による特異性が存在することは事実ですが、普遍的な事柄もあると思います。
イマージョンクラスの活動の様子
(画像提供:認定こども園 フェリシア幼稚園 フェリシアこども短期大学附属)
―先生は、幼稚園の保護者に対する意識調査も行われています。どのようなことがわかりましたか?
意識調査(Nakamura & Hashimoto, 2018)でわかったことを3点挙げさせていただきます。
・英語教育を行っている幼稚園は、保護者に積極的に情報発信する必要がある。
あくまで小規模調査の結果ですが、幼稚園保護者のうち8割以上は、園で実施されている英語教育の内容について、「知らない」、「ほとんど知らない」と回答しました。一方、小学校の保護者は 56.7%でした。
考えられる理由の一つは、園児が家庭で英語学習について話していないかもしれない、ということです。例えば、「お子さまは、園の英語の学習について、ご家庭で話をすることがありますか」という質問への回答は、「全くない」、「あまりない」が 64.9%でした。園児が園での出来事を保護者に正確に伝えることの難しさを考えると、英語教育を行っている幼児教育施設は、保護者に積極的に情報発信する必要があるのかもしれません。
・保護者は、子どもの年齢が上がるにつれて、英語教育に対して英語の読み書き能力を身につけることを期待している可能性がある。
保護者が幼稚園の英語教育に望むこととして、9 割以上が「英語に対する抵抗感をなくすこと」(幼稚園 92.8%、小学生92.2%)、「英語の音やリズムに触れたり、慣れたりすること」(幼稚園 91.1%、小学生 92.1%)と答えました(「とても望む」、「まあ望む」の合計)。これは、小学校の保護者も強く望んでいました。
でも、「英語の文字や文章を書くこと」(幼稚園 47.7%、小学生 62.3%)、「英語の文字や文章を読むこと」(幼稚園 58.5%、小学生 67.5%)については、幼稚園よりも小学校の保護者のほうが期待する人の割合が高いという結果が出ました。
・保護者は、幼稚園での英語教育の成果について、期待していたほどの効果は出ていないと感じている。
幼稚園の英語教育の成果に対する満足度は、小学校の保護者よりも幼稚園の保護者のほうが大幅に高いことが明らかになりました(「とても満足している」:幼稚園23.4%、小学生1.4%)。
でも、項目ごとに「幼稚園保護者の期待」と「実際に身についたと感じている成果」に差があるかどうかについて統計的に分析したところ、成果が期待値より有意に低く、期待したほどの成果は出ていないと思っていることが示されました。
保護者が成果を図る方法の一つとして、子どもから伝えられた情報があると思いますが、先ほどお話ししたように、子どもは園での英語学習について家であまり話していないようなので、このような結果になった可能性があります。
このことから、英語教育を実施している幼児教育施設は、保護者に対して能動的に発信することがだと重要だと思われます。
―親は子どもが何を学んでいるかがわかりづらい、という点は、小学校での英語教育と大きく違う点かもしれませんね。
そうですね。一般的に、アメリカの幼稚園などと比べると、日本の幼稚園の先生たちは自分の成果を保護者に対して十分に発信していない気がしています。
例えば、娘が通っていた幼稚園は、毎月その月に生まれた子どもたちのお誕生日会を実施してくれていました。娘の誕生月のお誕生日会に参加してみると、先生方がペープサート(紙人形劇)など、いろいろなことをしてくれていました。先生に聞いてみると、みんなで夕方遅くまで園に残って、たくさん練習してくださったそうです。私はそれまでそのような事実をまったく知りませんでした。ほかの保護者も知らない方が多かったのではないかと思います。
「こんなにやってくださっているのなら、そのことをもっと発信したほうが良いのではないでしょうか」とお伝えしたところ、「いえいえ、当たり前のことですので」、とおっしゃるんですよね。
特に子どもの英語教育の場合でインプットの量が多く、子どもが受け身のことが多い段階では、幼稚園でどんなことばを覚えたのか聞かれても、子どもはうまくアウトプットできないと思います。ですから、「こういうことをやりました」、「こういうことばをちょっと話していました」、というふうに、園のほうから保護者にお伝えしていくべきなのかなと考えています。
―イマージョン教育でも、園や先生たちの考え方がうまく保護者に伝わっていないことはあるでしょうか?
イマージョンクラスを設立した当初は、期待していたような速度で英語が身についていない、と感じている保護者の方もいらして、もっと英語を使わせてください、というような意見もありました。
でも、園や先生たちとしては、先ほどお話しした通り、子どもの発達が第一に大切で、そのうえで英語、というスタンスなので、保護者のみなさまに何度も繰り返し説明する必要がありました。
園と保護者の共通理解がないと、「うちの子、イマージョンクラスに2カ月いるのに、英語をまったく発しないんです」というふうになってしまうのだと思います。
―イマージョン教育がうまくいくためには、先生だけではなく、保護者とも丁寧に対話しなければいけませんね。
そうですね。保護者のみなさまは、英語の結果だけを見てしまいがちですが、子どもに英語を学ばせたい最終的なゴールは、グローバル社会に対応しうる人材になることだと考えている方も多いのではないでしょうか。
ですから、「英語」という言語だけではなく、相手の文化を理解・尊重しようという気持ちを相手に伝えられることも重要です。真のコミュニケーションとは、このような態度があって初めて成り立つのではないでしょうか。この態度を育成することが幼児期の英語教育では大切なのではないかと考えます。
附属幼稚園のイマージョンクラスでは、まずは、英語環境でコミュニケーションを取る楽しさを感じることを大切にしていて、それが未来の言語習得(アウトプット等の見える結果)につながることを保護者のみなさまに伝えています。すなわち、幼稚園での3年間は、アウトプットでの結果を重視するのではなく、英語に対する前向きな気持ち、挑戦する気持ち、自分で考える気持ち、そして、世界で活躍できる力を、英語環境を通して育むことが大切だと考えていることを説明しています。「子どもの自己肯定感を高め、英語の小さな種を植え、3年間かけて楽しい経験のお水をかけて、将来につなげましょう!」と保護者のみなさまにはお話ししています。
私たちはこういう方針でこういうことをしています、ということをきちんと説明していかなければ、やはり理解してもらえません。そういう情報発信はとても重要だと思います。ですので、イマージョンクラスでは、家庭での考え方や英語環境についてのワークショップを設けたり、Newsletterで情報発信をしたりしています。
―英語が身についているかどうかにばかり注目してしまう一方で、子どもの発達にどのように影響するかを心配する方もいるかもしれません。先生は、どのように考えていらっしゃいますか?
多くの研究では、EFL環境(英語を外国語として学ぶ環境)であれば問題ないと言われています。
ただ、特に幼い子どもの第二言語習得には個人差やご家庭の方針が影響すると言われていますので(Pinter, 2017)、一概には言えません。同じ家庭にいるきょうだいであっても、この子はすごく英語が好きだけど、この子はちょっと不得手そうだからいまは英語学習を保留にしたほうがいいかな、というケースもありうると思います。
―幼児期から英語に触れることについて、どのような理解が進む必要があると思われますか?
・子どもの言語教育は、子どもの発達として望ましい姿をベースに考えると良い
英語イマージョン教育の場合、英語が身についているかどうかに注目するあまり、子どもの健康な発達に注意がいかなくなってしまうことが懸念されます。
子どもをポンとイマージョンクラスに入れて、「じゃあ、あなたはできるわよね」と考えずに、「この子は本当に楽しんでいるのかな」、「心身ともに健康的な発達ができているのかな」と子どもの様子をいつも近くで見守っていること、それに応じてどうするかを判断することが重要だと思います。一番大切なことを見失わないようにしなければいけませんね。
・個人差を忘れない
第二言語習得において個人差要因(個人差の影響)を考慮する大切さは昔から言われています(Skehan, 1991)が、幼児についても同じことが言えると思います。
幼児期から複数言語に触れることで得られるメリットは、100人いたら100人とも得られるわけではありません。子どもの様子を見ながら、子どもにとって何がベストなのかを常に考え続けることが大切だと思います。
英語教育の低年齢化に反対する理由の一つとして、小さいころから英語が嫌いになってしまったら大変だ、というような意見もありますが、そうならないようにするといいのかなと思います。それは、別に英語に限ったことではありません。
例えば、私は娘が3歳のときにスイミング教室に行かせてみたのですが、娘はいくら「怖がらなくても大丈夫だよ」と先生から言われても、その先生からずっと離れられないままトライアルレッスンを終えました。それを見て私は、いまは通わせるのは無理だと思い、そのときは入会をあきらめました。でも、4歳になったときにもう1回トライアルレッスンに行ってみたら、先生から離れてとても楽しそうに泳いでいたので入会させました。入会後はどんどん飛び級していきました。
ですから、子ども一人ひとりによって違う、ということを親もきちんと理解しながら見守って、その子にとって良い時期に英語を導入することが重要なのではないかと思います。
・成果について過度に期待しすぎない
私もそうですが、保護者は総じて子どもに過度な期待をしてしまうと思います。
でも、ご自身の英語学習を振り返ってみてください。語学は、すぐに成果が出るわけではありませんし、先ほどお話ししたように個人差もあります。
私も保護者としてつい忘れてしまうことがありますが、このようなことを覚えておくことが大切なのではないでしょうか。
―これからの幼児教育者には、どのような資質や能力が求められるでしょうか?
これからの保育者は、保育だけではなく、それ以外のスキルを持っていることが望まれている気がします。
以前、ある園の園長先生が「+αのスキルを持っている保育者はそれに対する手当を出すことができる」とおっしゃっていました。保育者のお給料が低いことは問題視されていますが、それを解消する一つの手段として、保育者自身が何か+αを身につけることを心がける必要があるのかもしれません。
その+αは、英語でも、ほかのものでも良いと思います。そのために必要なことは、常に学び続けることですね。学生には、「人生100年時代。みんなはまだその 1/5 しか生きていない。大学を、学びの最終の場とするのではなく、スタートと考えてください」と言っています。
「最終学歴」はよく重視されますが、京都芸術大学*(旧称:京都造形芸術大学)の本間正人先生は「最新学習歴」が大切だという考え方を提唱しています。本間先生とは、以前英語学習に関する書籍(本間&橋元, 2014)を一緒に出させていただいたことがあるのですが、本当にそうだと思います。
英語も、「いまできないからだめだ」ではなく、「いまからでもがんばればできる」という視点を持っていてほしいですね。
*2023年1月時点
―保育者を目指す学生には、英語が苦手な人が多いのでしょうか?
そうですね。保育者養成校は、入学試験の科目に英語を入れていない学校が多いため、英語が不得手な学生も多いです。
目の前にいる学生たちの興味を惹きつける授業をつくりたい、英語学習を生涯続けてほしい、という考えから、特に内発的動機づけが重要だと思い、動機づけについて研究するようになりました。
保育者養成校で教鞭を取り始めた初年度は、英語コミュニケーションの授業を担当し、計画を作成して授業にのぞみました。ところが、学生たちは、席にはついているものの、内容についてきていないことや興味がないことが表情から読み取れました。
それはきっと、私が当初は「自分が教えたいもの」にフォーカスして授業を進めていたからだと思います。教壇に立つ以上、ある程度この視点があることは自然かと思いますが、学生の動機づけを高めるためにも「学生が学習で必要としているもの」を意識した授業展開をすることも必要です。
いま振り返ると、needs analysis の視点、つまり、学習者がどのような英語学習を必要としているかを分析する視点(Richards, 2001)が欠けていたのかもしれません。「自分が教えたいもの」と「学生が学習で必要としているもの」の両者をバランスよく授業に取り入れるためには、ゴールを見据え、そこに到達するための授業を考えることが大切だと思います。
卒業後はすぐに幼児教育者になる学生が多かったので、ゴールを考えるにあたり、幼児教育現場で求められる資質や能力について研究した結果、ESP(English for Specific Purposes/特定の目的のための英語)(Dudley-Evans, 1998)の要素を取り入れた授業をするようになりました。
ー幼稚園教諭や保育士を目指す人を対象とした教育機関では、外国語や異文化理解などに関する教育が以前よりも重視されるようになっていますか?
「外国語」というよりも、「異文化理解」の教育を必要だと感じている保育者養成校は多いと思います。いままで以上に多様性を受け入れる社会になりつつあるなかで、本学でも、特別な配慮を要する子どもへの教育をどうすれば良いのか、という授業内容の中で異文化理解を扱っています。
「特別な配慮を要する子ども」は、障害のあるお子さんだけではなく、外国にルーツのあるお子さんも含まれるため、異文化について理解している先生はとても重要だと思います。
もし外国語が話せれば、そのような子どもたちとコミュニケーションを取る場面で活躍できますから、外国語も園のアセットになると思います。
ただ、保育者養成校に限ってお話しすると、そのような教育を重視する学部や学科を設立する、という規模にまで至っている大学は少ないように感じます。
―今後は、イマージョン学級や日本語を話さない子どもがいる園などでも働けるような保育士も必要だと思いますが、そのような保育者を育てることは意識されているのでしょうか?
そうですね。それも学生たちの一つの選択肢として与えられたら良いと思っています。
本学では、国際子ども教育学科の中に「こども教育コース」(2年)と「国際こども教育コース」(3年)があるのですが、後者では、保育士免許・幼稚園教諭二種免許のほか、選択制でカナダに留学してカナダ保育士免許を取ることも可能です。
こちらのコースを選択する学生の割合は多くはないですが、選択した学生は明確なビジョンがあるので勉学もがんばっていることが多いですね。卒業した学生たちが世界に羽ばたいたり、国際社会をリードする人材を育てる保育者になってくれたら嬉しいです。過去には、修了後にカナダで保育士として働いた学生もいますし、国内のイングリッシュ・プレスクールに就職した人もいます。
本学と同じようなプログラムがある大学は現在ではあまり多くはないですが、今後は徐々に増えていくかもしれません。
―先生は、幼児期の子どもから大学生まで、幅広い年齢層を対象に研究していらっしゃいます。これから特に取り組みたい研究テーマはありますか?
いまは、どのような環境・要因が子どもの英語発話を促すか、という点をもっと深堀するため、調査を進めています。
英語教育の低年齢化が良いか悪いか、という議論もありますが、教員の指導力が質を左右する(Pinter, 2017)、ということは言われています。そこで、教員の指導力を上げるためにはどうしたらいいのか、というプラスの観点から、研究をしたいと思っています。
また、先ほどお話しした通り、お友だちや先生との良い関係性は、子どもの発話を促す要因の一つです。ですから、動機づけや協同学習についても引き続き研究していきたいですね。
今回の取材により、どうすれば子どもたちが自分から「英語を話したい」と思うか、という内発的動機づけの観点から考えると、幼稚園でのイマージョン教育は、効果的な英語教育のアプローチの一つである可能性が見えてきました。
特に、子どもたちの観察や保育者へのインタビュー調査から導き出された「先生やお友だちと良い関係であることが重要である」という橋元准教授の見解は興味深く、通常の英語教育や家庭での英語活動づくりにおいても参考になります。
小学校では、英語の専科教員が授業を担当することが増えていますが、子どもたちをよく理解している担任の先生が英語を使うこともやはり効果的なのかもしれません。保護者も、子どもが「自分は愛されている」と感じられる親子関係を築いたうえで英語のインプットやアウトプットに注意を向けることが、子どもの発達にとって、引いては子どもの英語習得にとって重要だと考えられます。
また、「英語が身についているかどうか」よりも「他者を理解・尊重する気持ちが身についているかどうか」という異文化理解の視点でイマージョン教育の成果を見ることも重要です。
グローバル化が進んでいるいま、子どもたちの多くは、日本にいたとしても、どのような仕事についたとしても、さまざまな国・文化・言語の人々と関わりながら生きていくことになるでしょう。
そのような社会で心地よく生活したり自分の道を切り開いたりしていくためには、外国語を使えることはとても役立ちますが、ことば以上に、他者と良い関係性を築く力や人間性が重要だと思われます。また、英語や英語圏の文化だけではなく、ほかの言語や文化に目を向けることも必要です。
そのように考えると、幼児教育や保育の専門知識に加えて、外国語や異文化理解という+αの能力・スキルを持った人材の育成は、幼児期の英語教育がうまくいくかどうかを左右する大きな要因だと考えられます。
(※3)内発的に動機づけられている人は、新しいことを知りたい、難しいことをやってみたい、もっとできるようになりたい、というような探究心や好奇心、楽しさなどから、ある行動を選択・継続したり努力したりする。一方、外発的に動機づけられている人は、何か別の成果(例:ごほうびをもらう、試験に合格する)を得るためにその行動をする(Ryan & Deci, 2000)。
【取材協力】
橋元 知子 准教授(フェリシアこども短期大学 国際こども教育学科/専攻科)
専門は、第二言語習得論、英語教育学。主な研究テーマは、動機づけを含む心理的要因、協同学習について。幼児から大人まで幅広い年齢層の学習者を対象に研究し、主体的に学習に取り組み、一生涯学び続けたいと思えるような環境を整備するにはどうしたら良いのかについて探求している。
自学で保育士資格を取得。東京学芸大学 大学院教育学研究科 学校教育専攻にて修士号、明治大学 大学院 国際日本学研究科にて修士号、博士号を取得。鶴川女子短期大学 幼児教育学科 非常勤講師・常勤専任講師/教員免許状更新講習 講師、岡山の幼稚園における英語学習コンサルティング・教員研修講師、町田市教育委員会主催 小学校英語教育 教員研修講師、こども教育宝仙大学 こども教育学部 助教(非常勤)、町田市教育委員会主催 中学校英語教育 プロジェクトメンバーなどを経て、2022年度より現職。また現在、早稲田大学 文学学術院 非常勤講師も務め(2017年〜)、新宿区児童館・こども園・小学校での絵本読み聞かせ活動にも取り組む(2011年〜)。*
*2023年1月取材時点。
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