日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2023.04.07
早稲田大学GCS研究機構 鈴木 駿吾 次席研究員への取材記事、後編です。
今回の後編では、スピーキングの流暢さを高めるために重要なこと、スピーキングテストで流暢さを評価するうえでの課題について紹介します。
【目次】
―適切なスピードで、途中で止まることなくスムーズに話せる人は、どのような知識やスキルを持っていると考えられますか?
日本人の英語学習者128人を対象に行った私の研究(Suzuki & Kormos, 2022)では、流暢性の高いスピーキングを実現するためには、言語知識の幅広さだけではなく、言語知識を引き出すスピードも重要であることがわかりました。
参加者には、意見を述べる、漫画の物語を描写する、文を読んで要約するなど、いろいろなスピーキングのタスクをやってもらいました。そのときの発話について、速度、ポーズ(どれくらい止まるか)、修正(どれくらい言い直したりするか)、という三つの側面を調べて流暢性を評価しました。
因子分析と呼ばれる方法を使って調べたところ、流暢性の裏には、言語資源(文法や語彙の知識)がどれくらい幅広いか、そして、それらの処理速度(言語知識を引き出すスピード)がどれくらい速いか、ということがありました。
言語資源の中では特に語彙知識、処理速度の中では特に文を組み立てるスピードが比較的重要でした。
―スムーズに話すためには、単語や文法などを知っているだけではなく、いかに素早く思い出して使えるかが重要ということですね。それは、なぜでしょうか?
言語資源が多ければ多いほど止まらない(ポーズの頻度が少ない)、ということは、すべてのスピーキング・タスクで共通していました。逆を言えば、使えるべき語彙や文法の知識が足りないと、発話が止まってしまう、ということです。
一方で、言語処理の速度が速ければ速いほど、話すスピードが速く、止まることが少ないこともわかりました。
そして、言語資源の広さよりも処理速度のほうが流暢性の複数の側面(話すスピードとポーズ)に貢献していることもわかりました。
Suzuki & Kormos (2022)
図の出典:鈴木(2022, November)
※左側(オレンジ色)は、言語知識・スキル(Linguistic resource: 言語資源、Processing speed:処理速度)。右側(青色)は、発話の流暢性(Speed fluency:話す速度、Breakdown fluency:ポーズの頻度、Repair fluency:修正の頻度)。
―どちらかというと、言語知識の幅広さよりも、言語知識を引き出すスピードのほうが流暢さに大きく影響しそうですね。言語知識の幅広さがどれくらい重要かは、どのようなスピーキングをするかによって変わりますか?
そうですね。言語知識と流暢性の関係は、スピーキングのタスクによって異なっていました。
発話の内容が固定されている場合(物語を描写する、文を要約する)には、それを表現するための知識が必要なため、言語資源が重要になります。
でも、意見を述べるなど、自由に発話する場合は、自分が言える範囲のことを言えればいい、ということになるので、言語資源があまり影響していませんでした。
また、読んだ内容を要約するタスクでは、読んだ単語をそのまま使えないといけないので、それを思い出せるかどうか、ということも関係すると思います。ですから、言語知識がいかに定着しているか、ということが非常に影響していました。
一口に「流暢性」と言っても、その裏にある知識やスキルは、流暢性のどの側面を見るかによって、また、どのようなスピーキングのタスクをするかによって違う、ということですね。
―この研究結果から、どのようなことが言えるでしょうか?
流暢に話すためには、語彙や文法、発音の知識(どれくらい知っているか、どれくらい正確か)だけではなく、スピード(特に文法の処理速度)が重要であることがわかりました。
振り返ってみると、日本の英語教育は、単語や文法、発音の知識を覚えるための指導はしていますよね。でも、それらの知識を素早く引き出す訓練は足りていないかもしれません。その訓練不足によって「日本人の英語学習者はスピーキングが苦手」ということになっているのではないか、と考えられるかもしれません。
―では、流暢性を高めるためには、どのようなトレーニングが大切でしょうか?
言語資源(語彙や文法、発音など言語知識の幅広さ)を広げていきながら、それらを引き出すスピードをトレーニングすることがポイントになると思います。
第二言語習得の研究では、fluency training(流暢性のトレーニング)と呼ばれていて、だいたい5つの取り組みがあります(Tavakoli & Hunter, 2018)。
a. 定型表現の使用(Formulaic sequences)
定型表現(formulaic sequences)を教えて、その表現のまとまり(チャンク)を使って話させることです。文を一から組み立てるよりも処理が楽になり、時間も稼げる(文法知識を一つひとつ引き出さなくて済むので、その先の文構造を考えることなどに注意を向けられる)と言われています。
b. タスクの事前準備(Pre-task planning time)
スピーキングの準備時間を設けてから話させることです。
c. タスクの繰り返し(Task repetition)
同じスピーキングタスクを繰り返すことによって、部分的に習得している(使えるようになりかけている)単語や文法をどんどん定着するようにすることです。
d. 4/3/2テクニック(The 4/3/2 technique)
「4/3/2 テクニック」と呼ばれるのですが、同じタスクを繰り返すときに、制限時間を減らしていきます。最初は4分で話して、次は3分、その次は2分、というふうに、だんだん限られた時間で焦らなければいけない状況で追い込まれることによって、単語や文法知識を引き出すスピードが速くなる、という教授法です。
e. 流暢さに対する意識を高める活動(Awareness-raising activities)
「流暢性の高い発話とはどういうものか」を理解させることです。例えば、流暢に話せる学習者と普通の学習者の発話を聞かせて、どう違うかを明示的に教えるアクティビティがあります。
―さまざまなトレーニング方法が提案されているのですね。日本で英語を学んでいる人にも効果があるでしょうか?
これらの教授法は、とにかく話させれば流暢性は伸びる、という考え方をベースにした提案だと思います。すでにスピーキングができる人であれば効果的かもしれませんが、日本で英語を学んでいる初学者にとっては難しく感じる、または現実的ではない場合もあるかもしれません。
ですから、文法事項や語彙を教えながら、その知識を素早く使うトレーニングをするほうが建設的だと思います。
例えば、日本語の単語を見て英語を言う、というアクティビティに制限時間を設けて単語カードを何枚めくれるかを競ったり、パッと瞬間的に英作文をしたりすることが考えられます。
ただ、どういう指導方法で流暢性が伸びるか、という点についての研究はまだ少なく、教室環境に応用できるか、もっと効果的な方法があるか、ということを考えるうえでは、もう少し緻密な研究が必要だと思います。
―先生が参加された研究(Saito et al., 2018)では、「ネイティブ・レベルの流暢さ」と聞き手に評価された日本人英語学習者は、大人になってから海外に滞在し始めた人たちだったそうです(本記事の前編を参照)。流暢さを身につけるうえで、英語を学び始める年齢はあまり影響しないでしょうか?
流暢性だけに関して言えば、大人になってからでも身につけることはできますし、流暢に話すための戦略やトレーニングもたくさんあります。
年齢の影響については、まだ明らかになっていません。
例えば、早くから学び始めた大学生と遅くから学び始めた大学生を比べて違いがあった場合、その要因が学習開始時の年齢なのか、学習経験の長さなのか、ということがわからないため、研究がとても難しいからです。
ただ、いろいろな要因を統制した研究からは、早くから学習し始めた人たちには「言語処理が頑健である」という特徴があることが見えてきます。
例えば、ノイズのある状況でもちゃんと聞き取れる、とうことですね。普通のテストで評価すると学習開始年齢による差は出ないけれど、何かをやりながら英語を聞き取るなど、認知的な負荷がかかるようなテストで評価すると差が出てくるという傾向は多く報告されています。
また、言語知識の中には、習得が難しいもの(例:日本語の「は」と「が」の使い分け)があります。そのような知識を自然に学べる、という点を考えると、小さいころから英語を使わないといけない場面があることは学習が効率化する場合もあるかもしれません。
もしかしたら、アイデンティティが確立していく子どもの時期に、英語を使わないと何かを達成できない、英語を使って人と触れ合う、という経験があると、英語を使うことが他人事ではなく自分の一部になるかもしれません。日本でもそのような経験をすればアイデンティティに影響するのか、英語習得において強みになるか、ということは非常に興味がありますね。
―先生は、スピーキングテストの研究にも取り組んでいらっしゃいます。流暢性の評価には、どのような課題があるでしょうか?
スピーキングテストで「この発話が流暢であるかどうか」は判断できても、何ができていて何ができていないのかを明らかにすることはとても難しい、という点が大きな課題ですね。
流暢性は結局「スキル」なんです。いろいろな戦略(例:チャンクを使う)を使えば流暢性を維持できてしまうので、言い換えれば、流暢性の裏で何が起きているかがわからない、学習者の潜在的知識がどのように働いていたのかわからない、という研究の限界があります。
学習に役立つような評価をするためには、「スキル」ではなく「言語」にフォーカスを当てるべきだと思います。つまり、「何でつまずいているのか」、「何を勉強すればいいのか」という具体的な学習目標が見える必要があります。
―「学習に役立つ評価」という課題は、InteLLA(※5)などのAIスピーキングテスト によって解決できる可能性はありますか?
この課題を解決するために、流暢性の裏にある潜在的知識が見えるような発話データの取り方を研究しています。
InteLLAは、「発話がどこで止まったか」というポーズの場所で流暢性を判断する仕組みになっていますが、さらに、ここで止まったからこの語彙でつまずいている、ここで止まったからこの文法でつまずいている、というところまでわかるようになれば、もっと学習に役立つ評価になるのではないかと考えています。
そのためのデータを取ったりポーズの場所を分類したりするためには、AIなどの工学系の技術がどうしても必要になってきますので、InteLLAの研究開発に携わりながら研究できることは非常にありがたいです。
―スピーキングテストの研究を進めることは、日本の英語教育にとってどのような意義があるでしょうか?
「ここはできているから、そこを伸ばせるように教えよう」、「ここができてないから、そこを勉強しよう」というふうに、評価は教え方や学び方に如実に影響を与えます。
最近は、「ダイナミックアセスメント」という考え方があります。どういうサポートをすればどこまで伸びるか考えながら学習者の潜在能力を評価していく、という考え方です(鈴木, 2022)。その過程で、学習者がだんだんできるようになっていき、サポートをどんどん減らしていくことが「学び」なんです。
本来は、「これって評価?それとも学習?」とわからなくなってしまうくらい、評価と指導は一体化しているべきだと思います。
でも、何ができていて何ができていないかは、学習者によって違います。
ですから、例えば、35人学級で1人の先生が生徒全員に対して「この生徒はこの文法知識が定着してきたから、今度はこれを教えよう」ということはできませんよね。
そのような側面を自動化できるテストがあれば、効率的で効果的だと思います。その知識や技術をつくるうえでは、やはり研究が必要です。
第二言語習得の研究者と言語テストの研究者がタッグを組んで、さらに工学系の研究者と一緒にテストをつくっていくというふうにすると、救われる先生や学習者がいるのではないでしょうか。
特に教育現場で苦労されている先生方を手助けするために、言語テストの研究をしていきたいと考えています。
会話AIエージェント「InteLLA」による英語インタビューの様子
「スピーキングの流暢さ」と聞くと、日本で英語を学んでいる子どもたちにとっては、とても遠い目標、あるいは、自分には無関係のことのように思えるかもしれません。
それは、「流暢に話せる」=「ネイティブ・スピーカーのように話せる」という漠然としたイメージがあるからではないでしょうか。
しかし、実際には「相手が聞きやすいスピードで、なるべく止まったり言い直したりしないで話せること」であり、スピーキング能力のごく一部であることがわかりました。
日本でも、日本語を勉強し始めたばかりの外国の方と話すときに、話すスピードが遅すぎたり、途中で止まることが多すぎたりすると、聞きづらい、理解しづらいという経験をしたことがある人もいるでしょう。
聞き手であるネイティブ・スピーカーがそのようなスピーキングに慣れることは必要ですが、学習者が流暢さをある程度高めることは、円滑なコミュニケーションに役立ちます。
東京都では、都内公立中学校3年生は全員、中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)を受けることが決まり、第一回目が2022年11月に実施されました。
評価の観点は、「コミュニケーションの達成度」、「言語使用」、「音声」という三つ。「音声」(4段階評価)の採点基準を見ると、流暢さも評価されることがわかります(下図の赤字部分)。
スピーキングテストでは、中学校の授業で学んだ内容の定着度を確認すること、さらに、レベルアップのための学習アドバイスを提供することになっているため(東京都教育庁, 2022)、「指導と評価の一体化」は意識されていると考えられます。
しかしながら、中学校の学習指導要領では、話しているときの間や沈黙、言い淀みが少なくなるような指導については言及がありません(文部科学省, 2017)。
また、鈴木研究員のお話によると、流暢さの評価によって「何ができていて何ができていないか」を明らかにすることは難しく、日本の環境でどのようなトレーニングをすれば流暢さを高められるか、という点についても十分に研究が進んでいません。
そのため、「流暢さ」というスピーキング能力の一つだけを見ても、指導や学習に役立つスピーキングテストを実現するうえでは大きな課題があります。
鈴木研究員が現在の研究代表を務めるInteLLAは、2022年度の実証実験を経て、2023年度新学期より、同大学の正規英語科目を履修する学生を対象に、学習効果測定やクラスのレベル分けを目的とした英語能力判定テストに採用されることが決まりました。
この科目の履修生は、毎年のべ約1万人。これまでに類を見ない大規模な発話データが集まることにより、指導と評価の一体化を目指したスピーキングテストの研究開発に大きく貢献することが期待されます。
(※5)InteLLA(Intelligent Language Learning Assistant)は、対話システム技術を使って、学習者のレベルや理解度に合わせて質問を変更したり、発話を引き出したり、言語能力を評価したりする会話AIエージェント。早稲田大学 GCS研究機構 知覚情報システム研究所が研究開発を行い、2022年度から同大学で実証実験を開始。
【取材協力】
鈴木 駿吾 次席研究員(研究院 講師)
早稲田大学 GCS研究機構 知覚情報システム研究所
専門は、外国語教育、第二言語習得。質の高い発話とは何か、第二言語での発話はタスクの難易度や性質に応じてどのように変わるか、第二言語学習者が流暢に話せるようになるためにはどのような言語知識が必要か、といったテーマで研究を行う。英国ランカスター大学にて博士号(言語学)を取得し、2021年より現職。ランカスター大学 言語学部 客員講師、早稲田大学 文学学術院 非常勤講師も務める。早稲田大学 GCS研究機構の語学学習支援プロジェクト「人と共に成長するオンライン語学学習支援AIシステムの開発」の共同代表を務め、能力判定システムの研究開発チームを率いる。同研究チームが開発した会話AIエージェント「InteLLA」は2021年に世界最大の教育コンテスト「the QS-Wharton Reimagine Education Award」で表彰された。2023年度より英会話能力判定システム「LANGX Speaking」として、早稲田大学の正規英語科目「Tutorial English」に正式採用されている。早稲田大学発スタートアップ「株式会社エキュメノポリス」のリサーチ・サイエンティスト。
■InteLLAのデモムービー
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https://www.toefl-ibt.jp/educators/toefl/about/
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