日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2023.03.17

文法知識を教室で学んでも、「自動化」すれば英語をスラスラと話せるようになる!〜神奈川大学 鈴木 祐一准教授インタビュー(前編)〜

文法知識を教室で学んでも、「自動化」すれば英語をスラスラと話せるようになる!〜神奈川大学 鈴木 祐一准教授インタビュー(前編)〜

日本で生まれ育った人たちは、日本語の文法についてはっきりと説明できなくても、無意識に正しい文で話すことができます。でも、英語の場合は、文法を完璧に説明できるようになったとしても、なかなか日本語のように話せるようになりません。

母語と外国語では、どのような知識の違いがあるのでしょうか。教え方や学び方は、どのように関係しているのでしょうか。

そこで今回は、外国語能力・スキルの熟達化と関連が深い第二言語習得における「自動化」について研究されている神奈川大学の鈴木 祐一准教授にお話を伺いました。

この前編では、暗示的知識と明示的知識の違いについて紹介します。

著者:佐藤 有里

 

まとめ

●ネイティブ・スピーカーは「暗示的知識」を中心に使い、上級レベルの第二言語学習者は「暗示的知識」と「自動化された明示的知識」の両方を駆使して外国語を使っていることが心理学的・脳科学的研究で明らかになった。

●意識的に学んだ文法知識は、外国語スキルを自動的に使いこなせるようになる基盤となる。

●主に教室で英語を学ぶ日本のような環境では、知識の「自動化」を第一ゴールとして、「覚える」と「使う」をうまく組み合わせて相乗効果を生み出す「練習」が重要。

【目次】

 

 

従来の英語教育に不足していた「スピード」という視点

―先生は、第二言語や外国語の習得における「自動化」について研究されていらっしゃいます。どのようなきっかけ・経緯で、このテーマに関心を持ちましたか?

なぜ英語習得は難しいのか、どうしたら習得できるのか、という疑問が出発点です。

東京学芸大学の大学院で英語教育を専攻して学ぶなかで、従来の英語教育は「正確性」ばかりに注意を向けていて、「スピード」という視点が足りないのではないかと感じていました。

例えば、英文訳読のように、時間を使って分析的に考えられる状況であれば、正確に英語を理解できます。でも、会話のように、タイムプレッシャーがある状況になると、まったく太刀打ちできなくなりますよね。

ですから、スピード(言語の処理速度)を求められる状況に対応できる能力や知識を培う練習がもっと必要なのではないかと考えたんです。

 

―スピードを求められる状況に対応するためには、どのような能力や知識が必要でしょうか?

素早くスラスラと英語を話すためには、頭の中のエネルギー(認知資源)をできる限り使わずに、つまり自動的に、単語や文法、音声の知識を合成してことばを処理することが重要なのではないかと考えています。

このように英語を自由自在に使いこなせるようになる習得プロセスに興味があり、外国語習得における「自動化」について研究を始めました。また、自動化について議論するうえで重要な「明示的知識(explicit knowledge)」や「暗示的知識(implicit knowledge)」との関連性について研究してきました。

一般的に、特に子どもの場合は、ことばを意識的に学習するわけではありません。教室で文法の説明を受けながら明示的に教わったり、意識的に学ぼうとしたりしなくても、自然と学ぶことができます。

そのように無意識に学習した結果として身につくものが「暗示的知識」(意識せずに使うことができる知識)、教室などで意識的に学習した結果として身につくものが「明示的知識」(意識的に使うことができる知識)だと言われています。そして、第二言語習得研究では、明示的知識が自動的に使えるようになるか、そしてどのように自動化を促進できるかということが約30年以上かけて研究されています(Suzuki & Elgort, 2023)。

 

英語学習者とネイティブ・スピーカーは、持っている知識が違う

―主に学校で英語を学んできたにもかかわらず、スラスラと話せるようになる人もいます。そのような人が英語を話しているところを見て、意識的に身につけた明示的知識と無意識的に身につけた暗示的知識のどちらを使っているかはわかるのでしょうか?

英語力が上級レベルになってくると、明示的知識を素早く使える場合があります。

例えば、正確に話す必要性が高い場面では、時制や助動詞をどう使うか気をつけることを瞬時に判断することがあります。私も英語で講演などをするときには、「〜に気をつけよう」というふうに意識的に何かをモニターしながら話すこともあります。

ですから、上級者が自動的に使えるようになった知識(自動化された明示的知識)と、そういうことをまったく考えなくてもスラスラと英語が出てくるネイティブ・スピーカーが持つ知識(暗示的知識)との違いは、おそらくパフォーマンスを見てもほぼわからないだろうと思います。

 

―では、どのように見分けることができるのでしょうか?

私の博士論文(Suzuki & DeKeyser, 2017; Suzuki, 2017)の研究では、言語を処理しているときの反応を見て暗示的知識を測れるかどうかを調べました。

ことばを話しているときは、いくらタイムプレッシャーがあったとしても、「こういうふうに気をつけながら話そう」というふうに意識しながらパフォーマンスをコントロールできてしまいます。

ですから、日本で日本語を外国語として日常的に使っている上級者(※1)を対象に、心理言語学の研究で使われているリスニングの課題を使って実験をしました。

まず、文を聞いてもらいます。そして、「あなたの意見について聞きたい」と伝えて、その文の内容に関する質問にイエスかノーで答えてもらいます。

わざと文法的な間違いが含まれる文も聞いてもらいますが、参加者には伝えません。文法知識を測るテストであることも伝えずに、「あなたのリスニング能力を調べます」というふうに伝えるんです。

<文法的に間違っている文の例>(Suzuki & DeKeyser, 2017; Suzuki, 2017)

「青と黄色の絵具が混ぜると、きれいな緑になる」(正しくは「を」)

「青と黄色の絵具を混ざると、きれいな緑になる」(正しくは「が」)

「クミコさんは3冊の携帯電話を持っています」(正しくは「台」)

「暖かいときに外に寝ると気持ちいい」(正しくは「で」)

「息子が勉強するために、母親が新しい机を買ってあげた」(正しくは「ように」)

 

―意味を理解することに集中させて、文法を意識しない状況をつくるのですね。

そうですね。まったく文法に意識を向けていないのにも関わらず、文法的な間違いに「ん、変だな?」と瞬間的に気づくと、違和感を感じてリスニング課題への反応速度が遅くなる、ということがわかれば、(無意識に使える)暗示的知識を測ることができるのではないかと考えました。

そして、この博士論文の研究では、自動化された明示的知識(automatized explicit knowledge)と暗示的知識を区別できることを示すデータが得られました。

そして、興味深いことに、意識的に学んだ知識も素早く使えるようになる、つまり、「自動化」が起こる、ということもわかりました(Suzuki & DeKeyser, 2017; Suzuki, 2017)。

 

―英語学習者が持っている知識はネイティブ・スピーカーとは違うけれど、素早く使えるようになれば、同レベルのパフォーマンスができるということですね。

はい、上級の英語学習者は、ネイティブ・スピーカーの持っている暗示的知識に加えて、明示的知識をうまく活用しながら、ほぼ同等のパフォーマンスを発揮しているのではないかと考えています。

私の博士課程のアドバイザーであるRobert DeKeyser先生(メリーランド大学名誉教授)は、2000年前後から明示的知識も練習をすることで素早く使えるようになるのではないか、ということを言っていたのですが、それと一致するデータが得られたんです。

以前は、ネイティブ・スピーカーが持つような暗示的知識をどのように身につけられるか、という視点から第二言語習得の研究が行われていました。

でも、明示的知識であっても自動的に使えるようになればコミュニケーションを取れる、というもう一つの習得プロセスも重要であるという考えに基づく研究が少しずつ増えてきています。

また、どちらの知識であってもパフォーマンスに差が出ないのであれば、実践上は、自動化された明示的知識と暗示的知識を区別する必要はないという立場を取ることもできます。しかし、学習の効果や役割を調べるためには、それらを区別することも重要です。

私は、その後の研究で得られたデータ(Vafaee et al., 2017)からも、区別できると考えています。
まだ研究の数が足りないため、いろいろな研究者が妥当性を検証していますし、私も脳科学的研究でさらに明らかにしようとしているところですが、多くの第二言語習得の研究者が強い関心を持っているテーマです。

 

意識的に学んだ知識は、自動的に使えるようになる

―第二言語として学習している人とネイティブ・スピーカーでは、持っている知識が違うということですが、脳の働きにも違いが出ますか?

MRI(機能的磁気共鳴画像法)を使った共同研究(Suzuki et al., 2022)では、言語処理をしているときに活動する脳領域が違うことがわかりました。日本語を外国語として学んでいる中国人留学生(第二言語学習者)は、日本語を完全に自動的に使える前段階の状態にまで来ている、ということを脳科学的にサポートするデータです。

 

―日本語のネイティブ・スピーカーは、脳のどこが活動していたのでしょうか?

文法的に間違っている文を聞いたとき、日本語のネイティブ・スピーカーは運動前野(premotor cortex)が活動していましたが、第二言語学習者は活動していませんでした(図2)。これが決定的な違いですね。

理論的には、暗示的知識は「手続き的記憶(procedural memory)」が基盤になっていると言われています。

手続き的記憶による知識は、基本的には、ことばで説明できないようなタイプの知識です。何回も繰り返し同じような行動や学習を経験することで、手続き的記憶が何回も使われて、どんどん強化されていきます。すると、自動的に、無意識に、瞬時に使える「手続き的知識(procedural knowledge)」が徐々に身につきます。

これと反対の概念が「宣言的知識(declarative knowledge)」であり、明示的知識とかなり似ています。例えば、ことばで一回説明されただけで覚えられた、というときは、その情報が「宣言的記憶(declarative memory)」に保存されて、ことばで説明できる知識になります。

脳科学の分野では、母語を対象とした研究をもとに、運動前野と下前頭回(inferior frontal gyrus)が言語をつかさどる一つの大きなネットワークを形成していて、そのネットワークが手続き的知識をサポートしている(図1)、と言われています(Ullman, 2020)。

 

―第二言語学習者は、ネイティブ・スピーカーのように運動前野が活動していなかったとのことです。どこが活動していたのでしょうか?

大脳基底核(basal ganglia)が活動していました。ここは、手続き的知識に関わる別の部位なのですが、ネイティブ・スピーカーの場合は活動していませんでした(図1、図2)。

大脳基底核は、脳の内部のほうにあって、学習の初期段階で手続き的知識を得るために使われると言われている(Ullman, 2020)のですが、これと一致するデータです。

ネイティブ・スピーカーは、学習がもう終わっている、つまり、知識を自動的に使えるようになっていて完全に定着しているので、もう大脳基底核にアクセスする必要がない、ということですね。

日本語のかなり基本的な文法知識である格助詞(〜は、〜を、〜が、〜に、〜で)の処理について調べたのですが、日本語が上級レベルの学習者は、手続き的知識に関わる脳部位を少し使っているけれど、まだ完全な手続き的知識にはなっていないということですね。

 

―日本語のレベルが高い学習者も手続き的知識に関わる脳部位の一つを使っているとのことですが、徐々にネイティブ・スピーカーのように運動前野のほうを使うようになるのでしょうか?

この学習者たちが日本に20〜30年住み続けるとどうなるか、というような縦断的研究は行っていないので、まだわかりません。

ただ、今回の研究では、大脳基底核の活動が高い人は運動前野の活動も高い、という傾向が見られました。

つまり、大脳基底核と運動前野の両方が強く活動している人は、そうでない人よりも知識の自動化が進んでいる可能性があります。

いまは知識が完全に自動化される前の途中段階にいて、このまま自動化が発達すれば、ネイティブ・スピーカーの脳活動に近づくかもしれないと考えています。

 

―もし縦断的研究も進めば、知識がどのように自動化されるかがわかりますね。今回は日本語が上級レベルの人を対象にした研究ですが、初級レベルの人の場合は、また違う脳部位が活動するのでしょうか?

第二言語の習得レベルによる脳活動の違いについては、今後、学習の初期段階にある人なども調べていかないとわかりませんが、今回の上級レベルの学習者は、宣言的知識に関わる脳部位を使っていませんでした。

また、学習者の行動データ(例:反応の速さ、正確さなど)では、はじめは宣言的知識を使っていくけれど、途中からその役割がなくなっていき、その結果、手続き的知識が身についてくる、ということがわかっています(Sato & McDonough, 2019)。

学び始めたばかりのころは、「こういう語順のルールがあるから、ここは〜にしないといけないな」というふうに、明示的知識を自転車の補助輪のような形で使います。そして、ある程度練習していくと、その補助輪を使わなくても自転車に乗れるようになる、つまり、意識しなくても使えるようになる、というイメージですね。

宣言的知識から手続き的知識になるまでの段階の脳活動については、脳科学的な研究もありますが、人工言語を使ったパラダイムであること、被験者が少数であることなどから、現状はまだ明らかになっていません。

図|手続き的記憶・宣言的記憶システムに関わる主な脳領域

図|非文法的な文を聞いたときに活動が高まった脳領域

 

(※1)思春期を超えてから日本語を学び始めて高いレベル(日本語能力試験N1レベル以上)に到達した人を対象に調べられた(Suzuki & DeKeyser, 2017; Suzuki, 2017)。被験者の第一言語は中国語、第二言語は日本語。日本に2年以上(滞在開始年齢が17歳以上)住んでいる大学生または大卒者。つまり、日本への留学によって、教室で明示的に学習してきた日本語を繰り返し使う経験をしてきた学習者である。

 

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【取材協力】

鈴木 祐一 准教授(神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科)

鈴木祐一先生のお写真

<プロフィール>

専門は、第二言語習得、外国語教育。効果的な繰り返し学習に必要な条件(特に学習スケジュール)、外国語学習の熟達化を支える認知的基盤(明示的知識、暗示的知識、自動化の発達)、外国語学習における個人差(言語適性)の役割などをテーマに研究を行う。メリーランド大学カレッジパーク校にて博士号(第二言語習得)取得。現職のほか、東北加齢医学研究所共同研究員、高校の英語教育改善を支援するプロジェクト「Sherpa」のメンバーとしても活動している。また、Studies in Second Language Acquisitionなど国際学術誌の編集委員を務める。

 

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参考文献

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Reber, A. S. (1967). Implicit learning of artificial grammars. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 6(6), 855-863.

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Sato, M., & McDonough, K. (2019). Practice is important but how about its quality? Contextualized practice in the classroom. Studies in Second Language Acquisition, 41, 999-1026.

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赤松 信彦(2018). 文法の指導. In 赤松 信彦(Ed.), 英語指導法 理論と実践:21世紀型英語教育の探究 (pp. 86-102). 英宝社.

 

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