日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2022.09.20
当研究所の主任研究員Paul JacobsがMirta Vernice教授(ウルビーノ・カルロ・ボ大学)にインタビューを行いました。前編と後編の2回に分けて内容をご紹介します。
著者:Paul Jacobs
翻訳:佐藤有里
・ヨーロッパでは、0〜6歳の子どものマルチリンガリズムを支援する研究プロジェクトが進んでいる。
・しかし、その一方で、イタリアの教育関係者や保護者は、乳幼児期にほかの言語を取り入れることの効果について、まだ慎重な見方をしている。
・Mirta Vernice教授の研究チームは、教育関係者や保護者を対象に、乳幼児期からほかの言語を学ぶことの利点について、有益な情報を提供するプロジェクトを開始した。
・また、0歳から6歳までの子どもたちの英語学習を促進するために、研究に裏付けられたアクティビティを実施。 今回のインタビューでは、その具体例をいくつか紹介していただいた。
・子どもが言語を習得するプロセスは、年齢によって変化するため、そのプロセスを理解することが重要である。Mirta Vernice教授により、0~3歳児と4~6歳児、それぞれが重点的に学ぶべき領域について解説していただいた。
【目次】
Mirta Vernice氏は、ウルビーノ・カルロ・ボ大学(イタリア) 一般心理学の教授です。主に、モノリンガルやバイリンガルの子どもにおける早期の言語発達、そして、学習に困難を抱えるバイリンガルの子どもを対象とした診断や支援について研究されています。
これまで、EU(欧州連合)が主催する複数のプロジェクト「EDUGATE プロジェクト」に参加し、未就学児に適したバイリンガリズム(二言語使用)を促進するため、この年齢層向けの教育活動を提案。このEDUGATE プロジェクトには、イタリアだけではなく、ポーランド、ラトビア、スウェーデン、スロベニア、チェコなど、さまざまな国の研究者が参加しています。
また、最近開催されたBilingualism Matters主催のシンポジウムでは、バイリンガリズムは特にディスレクシア(発達性読み書き障害)の子どもにとって障害による影響を抑える働きがある、という研究結果を発表。つまり、Vernice教授は、「バイリンガリズム」と「発達障害」を組み合わせた研究分野の専門家です。
そこで今回は、イタリアをはじめヨーロッパ各地における未就学児(0~6歳)やプリスクール教師を対象とした研究のご経験について、お話を伺いました。そして、バイリンガルであることや第二言語を話すことは、どのように発達障害の子どもたちにとって負担になるのではなく、むしろメリットになり得るのか、ということについて教えていただきました。
今回のインタビュー内容は、小さなお子さんを第二言語に触れさせたいと考えている親御さんにとって、とても参考になる情報です。発達障害のあるお子さんが第二言語を学ぶ場合に親御さんや先生が抱えるかもしれない疑問にお答えできる記事になっていますので、ぜひご覧ください。
記事は、以下の通り、前編と後編の2回にわたってお届けします。
■前編 「乳幼児期の二言語発達」
● 0〜6歳の子どもは、どのように外国語を学ぶのか?
● イタリアのプリスクールにおける英語学習 ~親や先生の考え方、課題、解決策~
● 研究結果を活かしたアクティビティの紹介 ~プリスクールで子どもたちの外国語の力を伸ばすために~
■後編 「学習障害とマルチリンガリズム」
● ディスレクシアとは?
● 学習障害のある子どもが外国語や第二言語を学ぶ場合はどうしたらいいのか?
● 研究結果の紹介 ~第二言語を学ぶことは、学習障害のある子どもたちにとって、悪影響ではなく手助けになり得る~
―これまでのご経験について教えてください。どのような経緯で、バイリンガリズムと学習障害について研究を始めたのでしょうか?
博士課程に在学していたとき、ちょうどAntonella Soraceさん(※1)がエディンバラ(スコットランド)で「Bilingualism Matters(バイリンガリズム・マターズ)」(※2)の最初の支部を立ち上げる時期で、一緒にお仕事をする機会に恵まれました。当時の私は言語学が専門で、大人の言語産出についての研究をしていたんです。でも、2010年ごろにイタリアへ帰国してからは、ミラノ・ビコッカ大学で、子どもの言語発達に関するヨーロッパのプロジェクトに携わるようになりました。
私が初めて携わったプロジェクトは、ヨーロッパのあらゆる言語を話す子どもたちの言語産出と言語理解を評価するために、さまざまなスクリーニング方法を開発することを目的としたものです。さまざまな年齢層の子どもを対象に、さまざまな言語能力を評価でき、かつ、あらゆる言語に適用できるスクリーニング・テストを開発することが求められました。例えば、イタリア語を話す子ども向けの非単語反復課題(nonword repetition task)のテストを開発しました(非単語とは、その言語で発音しやすいと思われる、意味をもたない語のこと)。これは、もともと英語を話す人向けにつくられたテストを応用したものです。 それから、4歳の子どもが話すときの文法的な間違いを調べられるテストを実施したりもしました。このプロジェクトに5年間(2010年~2015年)携わったあと、0~6歳の子どものマルチリンガリズム(多言語使用)を研究・促進する「EDUGATE」というプロジェクトに携わるようになったんです。
―とても興味深いです。研究のテーマが「大人」の言語産出から始まって、「モノリンガルの子ども」の言語発達に移り、最終的に「マルチリンガリズム」に行き着いたわけですね。
そうなんです。EDUGATE プロジェクトに携わり始めた時点では、ミラノからウルビーノに引っ越していました。さまざまな言語を話す人々がいる大都市のミラノと比べると、ウルビーノは言語の多様性があまりない小さな街です。子どもたちは、イタリア語のみを話すモノリンガルとして育てられることが多いですね。でも、親御さんたちは、外国語、特に英語を子どもに学ばせたいと思っています。日本の各地でも、似たような状況の家庭があるかもしれません。
マルケ州とエミリア・ロマーニャ州の州境にあるウルビーノとリミニの地域には、良い幼稚園がたくさんあります。 多くの幼稚園が多言語教育を実践しようとしていて、その目標を達成できるように私も一緒に取り組んでいます。
―モノリンガルの家庭で育っている子どもに英語を学ばせたい、という状況は、日本と似ていますね。EDUGATE プロジェクトについて、くわしくお聞かせください。
EDUGATE プロジェクトの内容は、主に、イタリアやヨーロッパ各地の幼稚園(0〜6歳)で使う多言語(主に英語)教材の開発・導入です。
プロジェクトの第一の目的は、幼稚園の子どもたちの親御さんや先生がバイリンガリズムに対してどのような意識をもっているかを明らかにすること。
第二の目的は、小さいころから第二言語に触れることがどのように重要であり、その経験がどのように活かされるのか、という点について親御さんや先生たちが理解できるように、研究結果に基づく情報を提供することでした。 そして、研究結果に基づいて一連の教材を開発して、実際に幼稚園で使ってもらいました。
―では、プロジェクトの第一段階について伺いたいです。幼稚園の先生や親御さんの意識について、どのようなことがわかりましたか?
親御さんや先生たちがバイリンガリズムを子どものリソース(活用することで役に立つもの)と考えているのか、それとも、子どもの発達を妨げる危険なものと考えているのか、ということを調べるアンケートを実施しました。
先生たちの回答には、びっくりするような意見もありましたね。バイリンガリズムに対して間違った考え方をいまだに持っている先生たちがいたんです。「こんなにまだ小さい(例えば1歳)時期に、どうしてわざわざほかの言語に触れさせる必要があるのだろうか」 といった考え方です。子どもは第二言語に触れ始める前に第一言語が完全に発達している必要はない、ということを理解してもらうのは、一番難しかったですね。子どもたちが複数の言語で混乱したり、ことばの発達が遅れたりするのではないか、という点は、先生たちが一番心配していることの一つだったんです。
特に長年の経験を持つ先生たちに多いのですが、こうしたテーマ(子どもが乳幼児期から英語を学ぶこと)についてすでに頭の中で意見を形成している人たちに、科学的な情報を説明するのは簡単ではないことがわかりました。
―人の考え方を変えるのは、簡単なことではありませんよね。どのようなアプローチが効果的でしたか?
科学的知見を説明する前に、先生たち一人ひとりについて知ることがとても大切でした。フォーカス・グループをつくって先生たちと直接対話をして、バイリンガリズムに対してどのような疑問や問題点を感じているかを聞くんです。
私たち研究者は、バイリンガリズムに関する事実をまるで簡単で単純なものであるかのように説明することがありますよね。でも、先生たちは、私たちが言うほどシンプルではないことを知っています。そこで、先生たちが質問したり経験談を話したりできるようにしました。
すると、バイリンガルの子どもに関して何か苦労した経験があると、そのたった一度の経験がバイリンガリズムに対するネガティブなイメージを定着させてしまうことがわかりました。ですから、先生たちの個人的な質問に耳を傾けて答えることが一番効果的だったんですね。
―バイリンガリズムに対する誤解について伝えるときは、一人ひとりと向き合うことで効果が大きく変わってくるんですね。では、プロジェクトの第二段階のお話に移りましょう。EDUGATE プロジェクトでは、どのようなカリキュラムを設計したのでしょうか?
教材は、科学的文献で発表されている情報を幼稚園の現場で実践できるようなアクティビティに落とし込んで開発しました。ですから、多くのアクティビティが研究の実験で使われたものが基になっています。実験で効果的だったアクティビティが実際の教室でもうまくいくのかを確かめたかったんです。
もう一つ重要なことは、子どもの第一言語に関係なく、あらゆる国でさまざまな方法で実施したり組み入れたりできるアクティビティを開発することでした。私たちが開発したアクティビティは、外国語(英語など)のさまざまな要素を習得させるうえで有効であることがわかりました。例えば、音韻(音声など)や語彙(単語など)、文法(文など)ですね。でも、外国語だけではなく、第一言語の習得にも活用することができました。
先ほど、教材の対象年齢は0〜6歳の子ども、というお話をしましたね。この年齢層は、年齢によって重要な発達面の違いがあります。例えば、0〜3歳と4〜6歳の子どもでは、言語能力の面で大きな差があります。 でも、多くのヨーロッパ諸国では、0~6歳の子どもをまとめて同じ園で教育する方向に進んでいます(「0-6統合システム」など)。イタリアでは、まだ0~3歳と4~6歳は別々の園ですけどね。日本の保育園・幼稚園の違いと似ているかもしれません。ですから、年齢がかなり異なる子どもたちが一緒にできるようなアクティビティを開発することが課題でした。
―0~3歳と4~6歳の子どもでは、言語を学ぶときにどのような違いがあるのでしょうか?
3歳までは「理解」に重点を置いた活動 (ことばの音声やリズムを聞かせる)、4歳以降は「産出」に重点を置いた活動(語彙や構文を口に出させる)を行わなければなりません。
イタリア語は、音韻が重要な(音素で構成される)言語であるため、学習開始から数年間は、音素認識能力(言語の音を意識すること)を重点的に伸ばすことが不可欠です。また、学習障害の背景にある認知機能の問題は、通常、音韻障害と結びついています。ですから、一般的には、幼稚園の終わり(6歳)までに、自分の(第一)言語の音素をひと通り完全に習得しておく必要がある、と考えられています。まず、子どもが言語の音を知覚したり識別したりできるかどうかを確認する必要があります。そして、4歳を過ぎると、難易度の高い音素をリピートできるようになることが期待されます。もし、このような能力が十分に見られなければ、その後、読み書きを学ぶときにミスが多くなる傾向にあります。
幼児に関しては、幼児がどのように新しいことばを獲得していくかを理解することが重要です。例えば、日常的な状況・場面では、子どもたちは文(完全な文構造を持つ)を聞いて、単語の意味を推測しなければなりません。つまり、幼児は、りんご(の絵)を見ながら「これはリンゴです」と繰り返し言われて新しいことばを学ぶわけではないんです。完全な英文を文脈や状況・場面とともに提示して、子どもたちが単語に気づき、その意味を推測できるように手助けすることが重要なんです。
この手順は、母語でことばを覚える方法を基に考えられています。小さい子どもは、親がことばを文脈の中で使って話すのを聞いて、そのことばを覚えていきます。そのためには、子どもは耳に入ってくる音声信号を分割して処理する必要があります。ここで注意しなければならないのは、親はことばを一つひとつ区切って話さない、ということです。例えば、「親は・・・ことばを・・・一つひとつ・・・」というふうに。人が話すときには、単語ごとに間を開けるわけではないため、子どもたちは「セグメンテーション」と呼ばれるプロセスを使って、特定の文脈の中で単語と単語の境目を区別し、新しい単語を学習していきます。子どもが外国語を学ぶときにも、このことを意識する必要がありますね。
―幼稚園向けに開発したアクティビティの事例をいくつか紹介していただけますか?
先ほどもお話しした通り、幼児ははじめの数年間で言語の音韻を完全に把握することが重要です。そのため、カリキュラム序盤のアクティビティは、「音素認識能力(※3)」を伸ばすことに重点を置いたものになっています。
1)音素認識のアクティビティ
図1:音素認識のアクティビティ(著作者の許可を得て掲載)
<音節の数を見つけよう>
先生は、さまざまな絵を子どもに見せながら、それぞれの単語を声に出して発音する。そのときに、音節ごとに手を叩く(別の動作でも良い)。次に、3種類の絵(1つの点/2つの点/3つの点が描かれている)を床に置く。子どもたちは手に取った絵の単語を言って、その音節の数を言う。同じ数の点が描かれている絵のところに、持っている絵を置く。
スロベニアのある幼稚園では、単語の長さや音節の数え方(単語の中の音の区切り方)に着目したアクティビティ(図1)が行われました。単語の長さや音節の数え方はかなり重要で、言語によって異なります。例えば、イタリア語は音節で区切る言語ですが、英語は音の強さで区切る言語です(日本語はモーラで区切る言語)。ですから、この音素認識アクティビティは、子どもが習得しようとする言語によって内容を調整して、その言語の音の手がかりに対する感受性を高められるようになっているんです。
2)物語を話すアクティビティ
図2:物語を話すアクティビティ(著作者の許可を得て掲載)
並べられた複数の絵を見て物語をつくるタスク
(先生)「これは、男の子とカエルと犬が登場するお話です。はじめに、絵に目を通してください。次に、絵をもう一度見ながら、どんなお話か先生に教えてください。」
次のタイプは、物語を使ったアクティビティです。このアクティビティの目標は、いくつかの絵を見て物語をつくること。ことばの産出を促進することに重点を置いています。このようなアクティビティで重要なのは、出来事を順序立てる力を高めること、そして、コミュニケーション力の習得をサポートすることです。物語のさまざまな登場人物を指す表現を選ぶには、誰に対して話しているかを意識する必要がありますよね。他者の視点に立つということが重要で、この年齢で身につけなければならない能力です。
プロジェクトにご協力いただいているプラハ(チェコ)の幼稚園が実施したアクティビティは、良い例です。まず、先生が英語で物語を話します。次に、子どもたちが先生から聞いた物語を自分のことば(英語)で再現して話すんです。
また、スウェーデンは、シリアなどからの難民が多いので、子どもたちはさまざまな言語を話します。ですから、その子どもたちには、家庭で話されている言語(英語だけでなく)を使って物語を話してもらうようにしました。すると、教室にいる子どもたち全員が、クラスメートの母語の単語をいくつか覚えることができました。
3)色塗りのアクティビティ
図3:色塗りのアクティビティ1(著作者の許可を得て掲載)
複雑な構文(例:受動文と能動文)の理解度を調べるために、研究者によって開発されたアクティビティ
緑色のバレリーナが、赤色のバレリーナを持ち上げている。緑色のバレリーナは、赤色のバレリーナに持ち上げられている。
色塗りのアクティビティは、とても便利です。言語の理解力を伸ばすアクティビティ(子どもは話す必要がない)の中で使うのですが、文構造(例:受動態と能動態の違い)を理解しているかどうかを調べることもできます。先生が言った文を聞いて、その意味に合わせて絵に色を塗ってもらう、という内容です(図3)。
図4:色塗りのアクティビティ2(著作者の許可を得て掲載)
青いサルが彼(him)をひっかいている。
さらに、色塗りのアクティビティは、再帰代名詞(himself、myself、herselfなど)を理解するのに役立つかもしれません。実は、発達の障害や遅れのある子どもたちは、代名詞(イタリア語では特に接語代名詞)の習得を苦手としています。ですから、子どもが(図4) のような絵で間違ったサルに色を塗った場合、形態統語的な理解(語や文がどのようにつくられているかを理解する力)に問題を抱えている可能性があります。その場合、必ずしも、先生がその子どもに言語聴覚士に診てもらうよう勧めるべき、ということではありません。でも、先生は、その子どもに対するサポートを増やしたり、その子どもが苦手なことを知っておいたりする必要はあります。
日本語でもそうなのかどうかわかりませんが(※4)、イタリア語では、代名詞を習得できているかどうかが言語発達上の困難を見分ける決定的な指標になります。
そのほかにも、比較級(bigger/smaller)や空間関係(left/right)、数詞(first/second)を教えるために色塗りのアクティビティを活用する事例がありますね。
4)文をリピートするアクティビティ
文をリピートするアクティビティも重要で、かなり低い年齢の子どもにも使えます。簡単そうに見えますが、難しく感じる人もいます。言語障害のある子どもたちは、文をリピートすることが苦手だからです。子どもが言語障害を抱えているかどうかを判断するために、単語の反復課題、非単語の反復課題、文の反復課題を使う、ということは、さまざまな言語で行われています。文の反復課題は、絵を見ながら文を聞いて、その文をリピートする、といった活動ですね。
例えば、先生が短い詩を言います。「猿が見えます。その猿は茶色です。その茶色い猿がジャンプしています。」というように、同じ単語やフレーズが繰り返し出てくることが多いです。子どもたちは、その文を何回かリピートするのですが、聞いた文を真似して言ったり、即興で文をつくったりできます。子どもたちは、同じ文や表現が繰り返し出てくるライム(韻を踏む文)で新しい語彙を学ぶんです。
5)他者の視点に立つアクティビティ
「パースペクティブ・シフト(視点の移動)」というアクティビティもあります。これは、心の理論(=他者の心の状態を理解する力など)や感情知能を発達させるために重要な活動で、ある物語を、主人公とは別の視点から語り直すというものです。
例えば、主人公(例:シンデレラ)の視点から物語を読んだあと、別の登場人物(例:シンデレラの義姉)の視点から物語を語ってもらいます。
6)ものの名前を言うアクティビティ
図5:ものの名前を言うアクティビティ(著作者の許可を得て掲載)
タスク:模倣/訂正
1. 間違った発音の単語を聞いてください。
2. リピートしてください。
3. 間違いを見つけて、正しい発音で言ってください。
このアクティビティは、語彙力を強化することが目的です。例えば、同じ単語を声のトーンやイントネーションを変えてリピートすることによって、単語を記憶しやすくなります。
7)トランスランゲージング
最後に、トランスランゲージング(Translanguaging)についてお話ししますね。
教育現場においては、二つの言語(例えば、その社会の多数派言語と英語)を使って、教室内のコミュニケーションや、一方の言語からもう一方の言語へ訳すときのメタ・コミュニケーションを行うことを指す概念です。トランスランゲージングを行うことによって、子どもたちは、言語の形(音声や単語、文法など)と意味を結びつける方法、そして、その方法があらゆる言語で共通していることに気づくことができます。
また、メタ言語意識を高めることもできます(子どもたちが言語について考え、言語について話すことを学べる)。ある言語から別の言語に訳されたときに意味が変化する、という翻訳の性質を子どもが意識するようになるんです。さらに、一部の子ども(移民の子どもなど)が話す少数派言語を使ってトランスランゲージングを行えば、子どもたち全員がさまざまな国籍や言語があることに気づき、異なる文化を尊重する態度を育てることができます。
(※1) エディンバラ大学 発達言語学 教授、および「Bilingualism Matters」創設ディレクター。
(※2)2008年にエディンバラ大学から設立された、研究・情報機関。バイリンガリズム/マルチリンガリズムに関する研究を推進し、エビデンスに基づく情報を提供する機関であり、世界各地に支部がある。詳しくはウェブ・サイト(https://www.bilingualism-matters.org/)参照。
(※3) 話しことばに含まれる一つひとつの音(音素)に気づいて、それらの音をうまく使う能力。 例えば、「sun(太陽)」と「fun(楽しい)」ということばは、一つの音素(/s/と/f/)の違いによって意味が区別される。このような違いに気づく能力は、どの言語においても非常に重要である。
(※4) 日本の発達障害児の場合も、日本語の代名詞の理解が難しいことがよくある。 特に、広汎性発達障害(PDD)または自閉スペクトラム症(ASD)のある子どもに多い(宮本, 2010)。
前編は以上です。
次回の後編では、「学習障害とマルチリンガリズム」をテーマとしたお話を紹介します。
【取材協力】 Mirta Vernice氏
ウルビーノ・カルロ・ボ大学(イタリア) 一般心理学の教授。
主に、モノリンガルやバイリンガルの子どもにおける早期の言語発達、そして、学習に困難を抱えるバイリンガルの子どもを対象とした診断や支援について研究している。これまで、EU(欧州連合)が主催する複数のプロジェクト「EDUGATE プロジェクト」に参加し、未就学児に適したバイリンガリズム(二言語使用)を促進するため、この年齢層向けの教育活動を提案。このEDUGATE プロジェクトには、イタリアだけではなく、ポーランド、ラトビア、スウェーデン、スロベニア、チェコなど、さまざまな国の研究者が参加。また、最近開催されたBilingualism Matters主催のシンポジウムでは、バイリンガリズムは特にディスレクシア(発達性読み書き障害)の子どもにとって障害による影響を抑える働きがある、という研究結果を発表。
ウルビーノ・カルロ・ボ大学 https://www.uniurb.it/persone/mirta-vernice
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宮本信也. 2010. “小児の言語発達支援: 発達障害における言語発達と支援~広汎性発達障害を中心に~.” In , 31(3):224–27. 小児耳.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/shonijibi/31/3/31_224/_pdf/-char/ja