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2022.09.21

学習障害とマルチリンガリズム~Mirta Vernice教授 インタビュー(後編)~

学習障害とマルチリンガリズム~Mirta Vernice教授 インタビュー(後編)~

Mirta Vernice教授(ウルビーノ・カルロ・ボ大学)へのインタビュー記事の後編です。

※イラストはウルビーノ・カルロ・ボ大学のロゴです。

著者:Paul Jacobs

翻訳:佐藤有里

 

まとめ

・ディスレクシアは、自動化、ワーキングメモリー、音韻処理など、より深い認知プロセスに影響を与える学習障害である。そのため、ディスレクシアの子どもが第二言語を習得することは難しい可能性があるが、何を重点的に学ぶべきかがわかれば、このような子どもたちも第二言語をうまく習得することができる。

・Mirta Vernice教授の研究結果では、バイリンガルであることが、ディスクレシアの結果として生じる特定の実行機能の低下を防いでくれることが明らかになった。

・その子どもが抱えている困難が新しく学んでいる言語の習熟度が低いこととの結果なのか、それとも学習障害の結果なのかを見分けることは、まだ非常に難しい。Mirta Vernice教授は、より早い段階でこれらを見分ける方法について研究していく予定である。

 

【目次】

 

ディスレクシアとは?

―これまで、学習障害や言語障害についてのお話が何度か出てきましたね。もう少しくわしくお伺いしたいです。ディスレクシアとバイリンガリズムをテーマに研究されていたとのことですが、ディスレクシアなどの学習障害とはどのようなものなのでしょうか?

ディスレクシアは、単純に文字を読むのが難しい、ということだけではありません。「自動化」という能力に問題を抱えていることを理解する必要がありますね。ディスレクシアの子どもの場合、連続する書記素(文字)列を音素列(アルファベット言語の場合)に変換するプロセスを自動化するのに時間がかかります。 子どもによっては、このプロセスが完全に自動化されることはなく、何年も教育を受けても、同年齢の人と比べて、読み間違いが多かったり、読むスピードが遅かったりします。ですから、ディスレクシアは、単なる「読字障害」ではなく、「学習障害」なんです。学習上の問題なので、ディスレクシアの子どもたちが素早く正確に文字を読めるようになるには、ほかの子どもたちよりも長い時間がかかります。

ディスレクシアの子どもたちは、大抵は、年齢が上がるにつれて、自分の弱点を補う方法を見つけます。でも、大人になって完全に弱点を補えるようになったとしても、ディスレクシアではない人と比べれば、読み間違いが多かったり、読むスピードが遅かったりします。

ディスレクシアは、ほかの基本的な神経認知プロセスにも問題があります。例えば、統計的学習(例:連続する情報から規則性を見つける能力。例えば、話しことばで聞こえてきた音声信号を分割するときに役立つ。)ですね。このような学習障害のある子どもたちは、この認知能力が低下しています。また、実行機能(自分が取り組んでいるタスクに応じて認知資源を配分する能力)は、ディスレクシアによって影響を受けると思われます。

つまり、ディスレクシアなどの学習障害のある子どもは、基本的で最も重要な認知機能に障害が生じている可能性があるんです。このような認知機能は、人間のさまざまな認知に関係していますし、言語だけではなくあらゆる領域の認知能力に影響します。

 

―ディスレクシアは、言語だけでなく、一般的な認知能力にも影響するのですね。子どもの診断は、どのように行うのでしょうか?

イタリアでは、ディスレクシアの診断基準を確立することを目的としたコンセンサス会議にも参加しています。まず、IQについてですが、ディスレクシアと診断するには、子どもの認知能力レベルが平均的な範囲にあることが必要です。ディスレクシアの子どもは、知能が正常範囲にあるにもかかわらず、読みの学習に苦労している、ということなんです。ですから、ディスレクシアという学習障害は、認知能力レベルやほかの社会的・環境的要因では説明できません。

また、注意障害(ADHDなど)があるかどうかも見る必要があります。ディスレクシアと併発することもありますし、そのような子どもは教室でうまく学習することがさらに難しくなるからです。

バイリンガルの子どもを対象としたディスレクシアの診断は、モノリンガルの子どもよりも難しい場合があります。特定のテストをいくつか受けてもらって、臨床検査で得られたバイリンガルの人々の基準を使って診断する必要がありますね。

バイリンガルの子どもたち(特に移民の子どもたち)の中には、同年齢の子どもよりも言語能力が低い子どももいますが、これは普通のことです。このような子どもたちは、文章や単語を読んでもらうテストをすると、スピードが遅かったり間違ったりするのですが、非単語を読んでもらうテストをするとまったく問題が見られません。この場合、子どもが抱えている問題は、読むのに苦労しているということではありません。単に、十分な語彙力を発揮できず、それが学習上の困難を引き起こしているんです。逆に、ディスレクシアではないイタリア語のモノリンガルの場合は、非単語を読むよりも、単語や文章を読むほうが簡単だと感じるはずです。

バイリンガルの子どもは、単語や文章を読むのには時間がかかる(語彙力が不十分なため)けれど、非単語であれば、語彙力が必要ないため、普通に読めるということがよくあります。ですから、単語を読む力が不足している場合は、ディスレクシアというよりも、語彙力の低さが原因かもしれません。私たちは、このような理由で、バイリンガルの子どもがディスレクシアかどうかを判断するときに非単語を読ませるタスクを使うことを提案しています。

 

学習障害のある子どもが外国語や第二言語を学ぶ場合はどうしたらいいのか?

―学習障害のある子どもが外国語や第二言語を学ぶ場合は、どのようにしたらいいでしょうか?日本では、二つの言語を話す子どもたちのための体制は整っていないように思います。研究活動をされているイタリアでは、どのような状況ですか?

イタリアの状況

イタリア語は、音韻的に浅い言語(phonologically shallow language)で、正書法(言語を正しく文字で書くときのルール)がわかりやすいので、読みやすいですし、発音もしやすいです。その結果、イギリスやアメリカなどの英語圏の国に比べると、イタリアで報告されているディスレクシアの症例は少ない(5~7%近く)です。ディスレクシアは、音韻処理の障害と関係があるので、イタリア語のような言語では症状があまり顕著に現れません。

イタリアでは、学習障害のある子どもたちには、特別な教育支援(テストの時間延長、文字の音声読み上げ、コンセプトマップなど)がありますが、特定の教師から支援を受けられるわけではないですね。ただ、認知障害(ディスレクシアの子どもには見られない障害)や自閉スペクトラム症(ASD)(※1)などの神経発達障害のある子どもの場合は、専任の教師がつくことになります。でも、ご存じの通り、イタリアには、認知障害やそのほかの障害のある子どもたちのための特別な学校はありません。各クラスには、障害のある生徒がいるかもしれませんが、その生徒は、必要であれば、専門の教師にサポートしてもらうことがあります。

 

課題

現状、私たちは言語聴覚士のみなさんと「戦って」います。なぜなら、子どもが学習障害や言語障害、注意欠陥障害などの診断を受けた親御さんに、ほかの言語に触れさせるのをすぐにやめるようにアドバイスする方々がまだいるからです。そのような方々は、二つ以上の言語に触れさせたら、子どもに負担をかけすぎるのではないか、と言います。このような見方は、人間の言語資源は限られているという考えが基になっていて、研究でわかっていることとは正反対です。

研究によると、バイリンガルの頭の中には常に両方の言語があり、状況に応じて一方の言語を抑制して、もう一方の言語を選択する、という作業を脳が常に行っています。この一方の言語を抑制するというプロセスは、バイリンガルの実行機能を高めます。これについては、前回の「Bilingual Matters シンポジウム」で発表しました。

 

研究結果の紹介~第二言語を学ぶことは、学習障害のある子どもたちにとって、悪影響ではなく手助けになり得る~

―Bilingualism Matters シンポジウムでの発表内容は、どのようなものだったのでしょうか?

Maria Vender(ヴェローナ大学 助教授)と共同で、ヴェローナで収集したデータを報告しました。ディスレクシアのあるモノリンガルの子どもたちとバイリンガルの子どもたちを、ディスレクシアではないモノリンガル/バイリンガルの小学生たちと比較したデータです。バイリンガルの子どもたちは、家では第一言語、学校では第二言語(イタリア語)を使っているバランス・バイリンガル(二言語の熟達度が同等)でした。子どもたちには、さまざまな種類のタスク、特に実行機能を調べるタスク(※2)をやってもらうテストを実施しました。また、統計的学習のテストも行いました。規則性を見つける能力を調べるために、記号の並びを学習させるタスクです。テストの結果、バイリンガルであることは、ディスレクシアの子どもにとって保護因子であることがはっきりと明確になりました。

ディスレクシアのあるバイリンガルの子どもは、ディスレクシアのあるモノリンガルの子どもよりも、実行機能を調べるテストではるかに良い成績だったんです。興味深い結果がもう一つあります。ディスレクシアではないモノリンガルとバイリンガルを比べると、実行機能を調べるテストで成績に差がなかったことです。ディスレクシアのあるモノリンガルは、実行機能を調べるテストで、ほかのどのグループよりも低い成績でした。この結果は、脆弱な状態にある(ディスレクシア)子どもたちにとって、バイリンガリズムが保護因子であることを示す証拠である、と解釈しました。

子どもをバイリンガルに育てると、二つの言語を知っているという言語的な観点だけではなく、認知的な観点からもメリットを得られる、と言えるかもしれません。つまり、バイリンガルのほうが認知の柔軟性があり、タスク遂行の妨げとなる刺激を抑制する能力が高く、概して注意のコントロール能力も高い、ということです。

ですから、特に学習や発達面で困難を抱える子どもの親御さんには、第二言語に触れる環境を継続することをお勧めします。私は、自閉スペクトラム症(ASD)に特化した研究をしているわけではありませんが、ASDの子どもたちにも、同じことを勧めています。最近、私たちと同じような結論、つまりバイリンガリズムがASDにおいて保護的な役割を果たすことを示唆する研究論文に出会いました。ことばを発しない子どもでも、二つの言語に触れる環境で育っていると、目をそらすことなく相手を見ることができて、社会的な手がかり(social cue)に対してより注意を払っていることが示されたんです (※1)

 

―バイリンガルであることが、苦手とする認知領域をさまざまな方法で強化してくれそうですね。親御さんたちにとって、とても心強いと思います。 今後、取り組んでいきたい研究分野はありますか?

乳幼児(生後18~24カ月)を対象とした音声知覚、つまり、音の類似性や相違性を見つける能力を測る検査が、将来的に学習上の困難を抱える子どもを発見するのに役立つか、ということを調べたいと思っています。

かなり早期から現れるディスレクシアの神経認知的な特徴を特定することは重要です。特定できれば、子どもがバイリンガルであるかどうかにかかわらず、学習障害を発症するリスクのある子どもを見つけることが可能になります。

実は、ロンバルディア病院の同僚と共同で、幼児(生後18カ月)の音声知覚の検査を開発して、その能力を評価できるかどうかを研究しています。目的は、基本的な音声知覚能力を調べることで、子どもたちをスクリーニングすることです。要は、音の知覚という、かなり基本的な言語能力をテストするんです。もしイタリアの子どもたちでうまくいけば、日本の子どもたちでもうまくいくのか調べてみるといいと思います。これからも、私たちの研究について共有させてもらいますね。

 

おわりに:インタビューでわかった重要なポイント

今回、Vernice教授とお話しできて光栄でした。イタリア人のほとんどは英語が母語ではないため、Vernice教授の視点は、多くの日本人に通じるものがあります。以下に、インタビューでわかった重要なポイントをまとめます。

 

<重要なポイント>

●乳幼児が外国語を習得するときには、一般的な習得プロセスがあり、そのプロセスは年齢によって異なる。どの子どもも、それぞれの習得段階を急いで進む必要はない。Vernice教授には、幼稚園などだけではなく家庭でも試すことができる、とても実践的なアクティビティ例をご紹介いただいた。

0歳から3歳までの子どもたちにとって、音韻認識能力を高めることは、言語産出(ことばを口に出す)の土台となる。子どもは、言語を聞いて理解しようとするときに脳が働いた結果、ことばを産出することができる。

4〜6歳の子どもは、さまざまな言語産出の方法に注目してアクティビティを行うことで、言語能力のレベルを高めることにつながる。

 

●日本と同じように、イタリアの人々と「乳幼児期の第二言語学習」との関係性は、複雑である。頭では「子どもに英語を学ばせたい」と考えている一方で、「早くから英語を学ぶことで何か悪影響があるのではないか」という心配もしている。

Vernice教授らは、地域の保育園・幼稚園や親御さんたちが自分の考えと研究でわかっていることをうまくすり合わせられるように、彼らと何度も議論を交わしてきた。この活動により、親御さんや先生たちは、以前よりも自信をもって、子どもたちに英語(外国語)に触れさせることができるようになる。

日本でも、保育園・幼稚園の関係者と一緒にこのような議論をすることは、有意義なプロジェクトだと思われる。

 

●子どもに学習面で苦労している様子が見られる場合、それが外国語学習による影響なのか、それとも学習障害や発達障害があるのか、ということを見分けるには、専門的な訓練と見識が必要である。

Vernice教授は、音声知覚検査を使って学習障害やそのほかの発達障害を発見できるか、という研究に取り組んでおり、保育園・幼稚園の先生がそれらの障害の兆候を早期に発見できるようにすることを目指している。

 

●Vernice教授の研究によると、学習障害のある子どもは、二つの言語を知っていることによって、障害による困難が減る可能性がある。

世間では、言語をもう一つ学ぶことは、学習障害や発達障害のある子どもにとって認知的に負担がかかる、と考えられている。しかし、Vernice教授の発見は、この一般的な認識とは反対であり、発達段階にある子どもはバイリンガリズムによって認知機能が強化される、ということを裏付けるものである。

 

(*1)ASDは、Autism Spectrum Disorder(自閉スペクトラム症)の略。ASDの子どもは、特に、人と話すときに視線を合わせるなど、社会的な手がかり(social cue)をうまく理解したり使ったりすることができないことがある。

(*2)ストループ課題を使って、抑制制御や注意制御に関する実行機能が調べられた。

 

【取材協力】 Mirta Vernice氏

ミルタ・ベルニーチェさんのお写真

ウルビーノ・カルロ・ボ大学(イタリア) 一般心理学の教授。

主に、モノリンガルやバイリンガルの子どもにおける早期の言語発達、そして、学習に困難を抱えるバイリンガルの子どもを対象とした診断や支援について研究している。これまで、EU(欧州連合)が主催する複数のプロジェクト「EDUGATE プロジェクト」に参加し、未就学児に適したバイリンガリズム(二言語使用)を促進するため、この年齢層向けの教育活動を提案。このEDUGATE プロジェクトには、イタリアだけではなく、ポーランド、ラトビア、スウェーデン、スロベニア、チェコなど、さまざまな国の研究者が参加。また、最近開催されたBilingualism Matters主催のシンポジウムでは、バイリンガリズムは特にディスレクシア(発達性読み書き障害)の子どもにとって障害による影響を抑える働きがある、という研究結果を発表。

ウルビーノ・カルロ・ボ大学 https://www.uniurb.it/persone/mirta-vernice

 

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参考文献

宮本信也. 2010. “小児の言語発達支援: 発達障害における言語発達と支援~広汎性発達障害を中心に~.” In , 31(3):224–27. 小児耳.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/shonijibi/31/3/31_224/_pdf/-char/ja

 

 

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