日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2021.09.13
バイリンガル教育の一つであるイマージョン・プログラム。学校の教科を第二言語も使って教えることで、母語と第二言語両方の習得を目指す教育方法です。アメリカでは、主に英語を母語とする子どもたちが日本語で教科を学びながら英語・日本語のバイリンガルになることを目指す日本語イマージョン教育が実践されています。
今回は、日本語イマージョン教育に長年携わっている林あさこ先生(カリフォルニア大学ロサンゼルス校講師)にお話を伺いました。
著者:佐藤有里
【目次】
―林先生は、どのような研究をされてきたのでしょうか?
1995年からボストン大学でバイリンガル教育を専門分野として学んでいました。博士論文は、さまざまな日本語・英語のバイリンガル・プログラムの比較研究、というテーマで書いています。「日本語イマージョン教育」というプログラムについて知ったのは、この博士論文がきっかけです。
―どのような種類のバイリンガル・プログラムを対象に調査されたのでしょうか?
まず、1990年代後半のアメリカで主流だった、TBEと呼ばれるバイリンガル・プログラムです。Transitional Bilingual Education(過渡的/移行的バイリンガル教育)の略ですね。
アメリカで生活をし始めたばかりの移民の子どもたちは、はじめは英語ができないので、英語で授業を受けてもまったく内容がわかりませんよね。そこで、英語ができるようになるまでの間は、子どもたちの母語を使って教育を受けさせる、というプログラムです。
それから、サンフランシスコにあったTwo-Way Immersion(双方向イマージョン)と呼ばれるバイリンガル・プログラムです。日本人と英語の母語話者の子どもが一緒に日本語と英語を学びます。
そして、当時、日本では珍しく、一条校でありながら英語イマージョン教育を実践していた加藤学園さん(静岡県)にも毎日のように見学に行かせてもらいました。
このTBEの学校、双方向イマージョンの学校、日本の英語イマージョンの学校、という3校の子どもたちを対象に、日本語・英語の習得状況を調べました。
―研究結果としては、どのようなことがわかったのでしょうか?
Colin Baker(※1)は、言語に対するattitude(その言語を学びたいという積極的な態度)のレベルが高い人はその言語をよく習得できる、という仮説を立てています。そこで、子どもたちのattitudeや言語使用状況(その言語をどのくらい使用しているか)を調べ、どの要因が日本語・英語の習得状況に影響しているのか、ということを研究しました。
その結果、プログラムによる違いははっきりと出なかったのですが、家庭内での言語使用も含めて、言語の使用頻度が高ければ高いほど、その言語を習得できる、ということがわかりました。
―さまざまなバイリンガル・プログラムがあるなか、「イマージョン教育」はどのように定義されているのでしょうか?
学校やプログラムが「これはイマージョン教育である」と言うためには、必ず、言語そのものだけではなく、教科をその言語で教えていなければなりません。例えば、スーパーグローバルハイスクール(※2)で週に十何時間も英語の授業があったとしても、教えているものが言語(英語)だけであれば、それはイマージョン教育とは呼べないんですね。
また、「イマージョン」は「immerse」ということばが元になっています。「浸す」という意味ですね。そのため、「絶対に日本語を使ってはだめ」というルールを決めて最初から英語だけで教えればイマージョン教育だ、と考える人もいますが、母語(例:日本語)をまったく使わずに、教える言語(例:英語)だけを使っているプログラムはイマージョン教育ではありません。例えば、アメリカの夏のキャンプが日本語禁止で英語だけを使うというプログラムであっても、それはイマージョン教育とは呼べません。
ほとんどの場合には、全教科の授業のうち50%以上を目標言語(学習の対象となる言語)で教えるプログラムがイマージョン教育と呼ばれます。アメリカでの日本語イマージョン教育であれば、日本語で教える授業が50%以上ある、ということですね。
―教科を母語と第二言語の両方を使って教える、ということがイマージョン教育の特徴なのですね。どの授業をどの言語で教えるか、という言語の使い分けは、どのように決められるのでしょうか?
学校やプログラムによって違いますが、例えば、教科によって使用言語を分ける場合があります。算数と理科は日本語で、そのほかの教科は英語で、という分け方ですね。もしくは、全部の教科を両方の言語で教えて、午前中は日本語、午後は英語、というふうに分ける場合もあります。
日本語で教える授業が90%、英語で教える授業が10%という90/10モデル、日本語で教える授業が70%、英語で教える授業が30%という70/30モデル、日本語で教える授業が50%、英語で教える授業が50%という50/50モデル、というふうに、さまざまなバリエーションがあります。
―TBEとイマージョンは、どのように違いますか?
イマージョン教育の目的は、英語以外の言語で教科を教えることによって、子どもたちが教科を学ぶと同時に、その第二言語を習得することができるようにすることです。母語にもう一つの言語をプラスして習得する、というAdditive Bilingualism(加算型バイリンガリズム)を目指します。
一方、TBEは、子どもたちの英語力が十分になるまでの間、学習が止まってしまわないように、母語も使って教科を教える、というプログラムです。そのため、母語を学ぶ、ということはなく、母語の習得や維持、という目的はありません。
―すると、TBEは、二つの言語を身につけさせることが目的ではなく、英語ができるまでの移行期間に母語を使っているだけで、英語だけで授業を受けられるようになることが最終目的なのですね。
そうなんです。日本では、バイリンガル教育というと、エリート教育のイメージがありますよね。でも、私がアメリカの大学院にいたころは、アメリカのバイリンガル・プログラムといえばTBEで、どちらかというと、移民の子どもたちを助ける、というイメージのものであり、アメリカの移民政策の一つでした。
TBEは、「バイリンガル・プログラム」という名称ではありますが、モノリンガルの人をバイリンガルにするのではなくて、バイリンガルの人を英語モノリンガルにする教育だということを知ったときには、けっこうショックが大きかったですね。
―アメリカにおける日本語イマージョン教育は、どのような経緯で始まったのでしょうか?
アメリカでイマージョン教育が始まったのは、カナダなどで実践されていた多言語政策をアメリカでもできるのではないか、と考えられるようになったことがきっかけです。
アメリカは、もともと外国語教育に力を入れるということはなかったですし、小学校からのバイリンガル・プログラムといえば、移民の子どもたちが英語に慣れるまでの間に母語を使って教科を教えてあげる、というTBEでした。
でも、1998年〜1999年ごろのカリフォルニアでは、このようなバイリンガル・プログラムに在籍する移民の子どもたちは英語がなかなかできるようにならない、ということがわかり、TBEはもうやめて、ESL(第二言語として英語)プログラムで集中的に英語を学ばせたほうがいい、という考え方に変わりました。そのとき、TBEがなくなったのですが、イマージョンのような加算型(Additive)バイリンガル教育プログラムは残りました。
古くからある日本語イマージョンのプログラムは、主に日本語話者がいない地域でも日本語で現地の子どもを教育しようという意図で始まりました。その後、「日本語と英語で教育を受けさせたい」と日本からの移住者がプログラムに子どもを入れるようになり、最近はTwo-Way Immersion(双方向イマージョン)のプログラムが増えてきました。
―アメリカでは、日本語イマージョン教育がどのくらい普及しているのでしょうか?
Japan Foundation(国際交流基金)(※3)のデータによると、14の州で計40校あります。古くから日本語イマージョン教育の学校があるのは、ワシントンD.C.やアラスカ、カリフォルニアです。
カリフォルニアやニューヨークなど、日本人が多い地域では、双方向イマージョン教育の学校があります。生徒の半分くらいは日本語が強い子ども、もう半分は日本語をまったく知らない子どもで、この子どもたちが一緒の教室で日本語を使って授業を受けます。
そのほかの地域では、日本語を話す家族が一人もいないような、日本語をまったく知らない子どもたちだけが日本語で授業を受ける、というOne-Way Immersion(一方向イマージョン)のプログラムが実践されています。
―日本語イマージョン教育に在籍する児童・生徒には、どのような特徴がありますか?
日本語イマージョンの学校のほとんどは、公立の小学校なので、その地域に住んでいる子どもたちが通います。
日本語イマージョンのように特別なプログラムを持っている小学校には、自分の学校区の中で一番自宅に近い学校でなくても入学を申し込むことができ、人気がある場合は抽選になりますね。
いままで、いろいろな州にある日本語イマージョンの学校を見学してきましたが、わりと中流家庭が多い地域にありました。英語を母語とする子どもにもう一つの言語を身につけさせたい、という考えで子どもを通わせている家庭が多いと思います。
親御さんは教育熱心な方が多いですし、子どももその期待に応えるためにがんばっているように感じます。日本語イマージョン・プログラムはエリート教育のような位置づけで、勉強がよくできる子たちが通っている、というイメージがありますね。
(※1)バイリンガリズムを専門とする研究者。バンガー大学(イギリス)名誉教授。
(※2)国際的に活躍できるグローバル・リーダーの育成を目指し、生徒たちがグローバルな社会課題、ビジネス課題をテーマに横断的・総合的な学習、探究的な学習を行う高等学校(Super Global High School, 2021)。
(※3)参照先:https://www.jflalc.org/jle-parents-immersion
【取材協力】
林(高倉)あさこ先生(カリフォルニア大学ロサンゼルス校講師)
<プロフィール>
教育学博士。コロンビア大学日本語教育法修士号を取得、ボストン大学言語教育学博士号を取得。ハーバード大学日本語科講師を経て、2001年よりカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のDepartment of Asian Languages and Culturesにて日本語プログラム講師を務める。また、同大学のCenter for World Languagesに所属し、日本語イマージョン教育に取り組む。主な研究分野は、日本語・英語バイリンガルの言語発達、日本語継承語話者を対象としたカリキュラム開発、コンピューター学習教材の開発。
■関連記事
Super Global High School (2021).「スーパーグローバルハイスクール」. Retrieved from
文部科学省(2018).「各資格・検定試験とCEFRとの対照表」. Retrieved from
https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/30/03/__icsFiles/afieldfile/2019/01/15/1402610_1.pdf