日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2021.09.16

アメリカで実践されている日本語イマージョン教育~UCLA林(高倉)あさこ講師インタビュー(後編)~

アメリカで実践されている日本語イマージョン教育~UCLA林(高倉)あさこ講師インタビュー(後編)~

アメリカでは、主に英語を母語とする子どもたちが日本語で教科を学びながら英語・日本語のバイリンガルになることを目指す日本語イマージョン教育が実践されています。

日本語イマージョン教育に長年携わってきた、林あさこ先生(カリフォルニア大学ロサンゼルス校講師)へのインタビュー記事の後編です。

 

【目次】

 

 

日本語イマージョン・プログラムに通う子どもたちの学力や言語発達

―イマージョン教育の場合、教科学習が不十分になるのではないか、と不安に感じる親御さんもいると思いますが、先生が関わっていらっしゃる日本語イマージョン教育ではどのような成果が出ているでしょうか?

アメリカの場合、どの言語で教育を受けていたとしても、ほとんどの子どもは、年に1回実施される州の学力検査(英語と算数)を英語で受けます。スペイン語の学力検査はあるのですが、学校区は英語の学力も知りたいと考えるため、英語の学力検査を実施しているプログラムが多いです。

日本語イマージョン・プログラムに通っている子どもたちは、日本語で授業を受けているのですが、英語で学力検査を行っても、多くの場合、成績が学校区の平均よりも高いです。ですから、英語でも学力がついている、というイメージが定着しています。

 

―そうすると、二つの言語で教科を学ぶことで学力に悪い影響を与えることはない、と考えていいでしょうか?

はい、そう思います。

日本語イマージョンのような特別なプログラムの場合、クラスが少人数制なので、子どもたちの学習にとって良い環境になっていると思います。また、日本語・英語のイマージョン・プログラムの場合、日本語で教える先生と英語で教える先生が別の先生であることが多いのですが、二人の先生から教わる、ということからも良い影響を受けるようです。

例えば、算数のかけ算を日本語でも英語でも教える、というように、同じ内容を二つの言語で繰り返し教えることはしないのですが、かけ算は英語で教えて、ほかの単元は日本語で教える、ということになります。そうすると、「これは覚えておかなければいけない」という意識が子どもの中で生まれるのではないかなと思っています。

ですから、日本語で授業を受けると学力が下がる、という心配をしている親御さんはあまりいない印象です。ただ、アメリカの小学校の場合は、算数の学習項目がほかの国と比べて少ないですし、日本だったら小学4年生で教えることをアメリカでは中学生になってから教えている、ということもあります。こういうカリキュラムの緩さによって、二言語で教えることによる影響が少ない、ということもあるかもしれません。ほかの国のカリキュラムでもアメリカと同じようにイマージョン 教育ができるか、というと、それはわからないですね。

 

―アメリカの日本語イマージョン・プログラムの子どもたちは、日本語で授業を受けていても、母語である英語でも学習内容を理解できているということですね。母語である英語に何か悪い影響があるのではないか、と心配される親御さんはいるのでしょうか?

そういう心配をされている親御さんも、お子さんがプログラムにいるうちに心配がなくなってくるようです。

子どもたちは、実際には、どうしても母語である英語が強くなってしまいます。両親が日本人で、小学校の授業の80%くらいを日本語で受けている子どもでさえ、英語のほうが強くなっていきます。ですから、英語と同レベルまで日本語が伸びないのが現状です。

 

―日本語イマージョン・プログラムに通っている子どもたちの言語発達にはどのような特徴が見られますか?

日本語は、英語話者にとって最も習得が難しい言語の一つであると言われていますが、日本語の「話す」力は、早いうちから伸びやすいですね。例えば、5歳〜7歳くらいの子どもであっても、日本人が聞いてまったく違和感がないくらいの発音やイントネーションで日本語を話すことができるようになります。

そして、イマージョン・プログラムの子どもたちは授業内でとてもよく発言します。先生たちも子どもの発言を止めません。日本語で教えている授業のときに子どもが日本語で発言すれば、発言内容にかかわらず、「日本語で話した」ということを肯定的に捉えます。日本語でも英語でもよく話す子は、言語が伸びやすいですね。

 

―早い段階から日本語を話す力が伸びていくのですね。小学校高学年になってくると、いかがでしょうか?

いろいろなバイリンガル研究者が報告しているように、9歳くらいから日本語が伸び悩む時期はあります。それまでは、わりと短い文章だけで会話が成り立ちますが、9歳くらいになって、もっと長い文章で何かを説明したりする場面が出てくると、うまく日本語で話せない、ということです。

ただ、イマージョン・プログラムに通っている子どもたちは、「言えないことがあっても大丈夫」と考えています。言えないことがある、という状況に慣れているんですね。だから、日本語で何て言うか知らないから恥ずかしい、と思うのではなく、わからないことはどんどん先生に聞きますし、「もう1回言ってください」という言葉はすぐに出てきます。

子どもたちは、そのような「自分から学んでいく」、「わからなければ聞く」という学習姿勢が1、2年生くらいで定着するようで、そのような姿勢でいると、日本語で言えなかったことがだんだんと言えるようになっていきます。

 

―日本語イマージョン教育の最終的な目標は、どのようなところに置かれていますか?

私が以前アドバイザーを務めていた、ロサンゼルスにある小学校では、子どもたちが高校生になったときに、ACTFL(全米外国語教育協会)が定めるintermediate-mid(中級の中)レベルになっていることを最終的な目標にしています。CEFRのB1レベル(※4)くらいですね。

ある日本語イマージョンのプログラムでは、子どもたちは、2年に1回くらい日本語能力試験(「AAPPL」というACTFLが実施している子ども向けのスピーキング・テスト)を受けているのですが、だいたいの子どもは中級レベルに達しています。小学生の中級レベルと高校生の中級レベルとではできることが違うので、その後さらに日本語が伸びれば、うまくいくのではないかと思っています。

 

イマージョン教育を成功させる鍵

―どのようなことがイマージョン教育を成功させる鍵になるでしょうか?

もちろん、一番大切なことは生徒本人の努力ですが、どのようなバイリンガル・プログラムでも、教員の養成が鍵だと思います。

ここ15年くらいカリフォルニア地域のイマージョン・プログラムのスーパーバイザーをしてきましたが、ただ日本語と英語ができるからというだけで、または、日本人でカリフォルニア州の教員免許を持っているからというだけでイマージョン教育を始めてしまうと、うまくいきません。

教員は、イマージョン・プログラムとはどういうものなのか、イマージョン・プログラムが目指しているものは何なのか、ということをきちんと学んで理解している必要があります。

よくイマージョン・プログラムのディレクターの方々が私の講演を聞きにきてくださるのですが、実際に子どもたちと日々接するのは現場の先生なので、その現場の先生たちの養成がうまくできることは大事です。

 

―現場の先生たちがイマージョン教育について学んでいることが重要なのですね。

そうですね。それから、日本でのイマージョン教育やインターナショナル・スクールの話を聞いていると、保護者を教育することも必要だと感じています。私たちは「parents education(保護者教育)」と呼んでいます。

特に日本人の親御さんは、イマージョン・プログラムはこういうものなんですよ、お子さんがこういうふうになっていても大丈夫なんですよ、と常に教育していないと、考え方がぶれてしまいます。何か自分の子どもがうまくいかないことがあると、イマージョン・プログラムやバイリンガル環境のせいにしてしまったり、「やっぱり、こっちのプログラムのほうがいいかもしれない」と子どもを転校させたりすることがあるんです。

ですから、「大丈夫ですよ」と保護者の方を引っ張っていってあげるような日々のコミュニケーションも成功の鍵だと思います。

 

―日本の英語イマージョン・プログラムに通う子どもたちは、インプットの理解はできてもアウトプットが難しい、という課題もあるようです。アメリカの日本語イマージョン・プログラムでは、どのような工夫をしているのでしょうか?

アメリカの日本語イマージョン・プログラムでも、教科内容が難しくなってくると、理解はできるけれどアウトプットは難しい、という状態になり、それが小学校卒業まで続くお子さんはいます。

もともとアメリカの小学校では、低学年のうちから、Show and Tell(※5)などのプレゼンテーションをする時間が多くあるのですが、イマージョン・プログラムでもプレゼンテーションをやらせるようにしていますね。プレゼンテーションをやらせると、自然な発話ではありませんが、原稿を書いて、スピーチを練習して、という過程が長い文章でアウトプットする機会になります。

ただし、日本語と比べて英語の場合は、音を聞き分ける力、正しい音やイントネーション、韻律で話せる力がないと、違うことばに聞こえて意味が通じなくなってしまう、という難しさがあります。ですから、日本の英語イマージョン・プログラムでは、プレゼンテーションなどのアウトプットをさせるときに音声指導もしっかりしておく必要があると思います。

 

―英語が母語である子どもを日本語・英語バイリンガルに育てようとしているアメリカの親御さんには、どのようなアドバイスをされていますか?

親御さんには、「諦めないでください」、「焦らないでください」というメッセージをいつも伝えています。

やはり言語習得には時間がかかります。今日、明日ですぐに効果が出るというものではありません。何もできない時期がずっと続いていても、急に言語が伸びるときがあります。ですから、親自身が焦らないこと、子どもを焦らせないことが大切です。

そして、言語発達にはものすごく個人差があります。一つの言語だけを身につけるモノリンガルでさえ、早く発達する子どもと遅く発達する子どもがいます。そこにもう一つの言語が加わるとなると、さらにいろいろな要因が言語発達に影響します。例えば、母語の発達が早かったからといって、第二言語の発達も早いとは限りません。母語に関する脳の発達が進んでいる分、第二言語を自然に習得することが難しい場合もあります。

「どうしてうちの子だけできないんだろう」と親が焦ってしまうと、子どもがかわいそうです。泳げる子どももいれば、泳げない子もいる。自転車に乗れる子もいれば、乗れない子もいる。言語に関しても同じです。ですから、きょうだい間でも絶対に比べないようにしてほしいですね。

 

―親が諦めないこと、焦らないことが大切ですね。では、日本に住みながら子どもを日本語・英語のバイリンガルに育てたいと考えている親御さんには、何かほかにアドバイスはありますか?

日本に住んでいるお子さんの場合、ある程度の年齢であれば、「英語って大切なものなんだよ」、「英語って役に立つものなんだよ」ということに関して、特別な指導をしなくても大丈夫だと思います。日本では、「英語を話せると格好いい」というプラスのイメージがあって、「英語を話していて格好悪い」ということはありませんよね。

ただ、英語を使う機会が少ないので、英語を話すことが恥ずかしくなってしまう、ということはあります。英語のイマージョン・プログラムに通っていても、友だち同士が英語で話すのは恥ずかしい、と感じてしまうと、うまく英語が伸びません。ですから、日本に住んでいる子ども同士でも恥ずかしがらずに英語を使えるようになることは大切ですね。それから、例えば、いまはZoomなどを使ってオンラインでつながって、アメリカの子どもたちと一緒に「あつまれ どうぶつの森」などのゲームを英語で楽しんだりする、という交流もできます。

無理やり「今日は英語を使いましょう」ということではなく、何か楽しいことの延長に英語を使えるような機会を増やせたらいいですね。

 

現場の先生や保護者のイマージョン教育に対する理解が、イマージョン教育を成功させるうえで重要

林先生のお話からは、アメリカのバイリンガル教育において、1990年代後半まで主流だったTBEに代わってイマージョン教育が普及するようになったことは、大きな転換期だったことがわかります。

かつては、「バイリンガル・プログラム」と呼ばれながらも、実質的には、元々バイリンガル環境で育ってきた移民の子どもたちを英語モノリンガルに育てようとする教育が行われてきましたが、母語と第二言語の両方を習得させようとするイマージョン教育の普及により、バイリンガル教育は教育熱心な親にとっても魅力的なものになりました。

アメリカで日本語イマージョン・プログラムに通う子どもたちが授業の半分以上を日本語で受けているにもかかわらず、英語での学力検査で好成績を収めていることは興味深いものです。日本では、イマージョン教育に対する不安として学力や母語への影響が挙げられることがありますが、アメリカではそのような心配をする親御さんは少ないとのこと。少人数制のクラスや「自分から学んでいく」、「わからなければ聞く」という学習姿勢が子どもたちの学力や言語発達に良い影響を与えているようです。

また、現場の先生や保護者がイマージョン教育についてよく理解していることがイマージョン教育を成功させるうえで重要であることもわかりました。

アメリカと日本ではカリキュラムが異なるため、アメリカの成功例をそのまま日本に当てはめて考えることには注意が必要です。しかし、英語を母語とする子どもたちが日常的に日本語を必要としないアメリカの環境で日本語を習得しようとしている、という状況は、日本で英語を習得しようとする子どもたちの状況によく似ています。

よって、アメリカの日本語イマージョン教育実践例は、日本でイマージョン教育を実践している学校や子どもをそのような学校に通わせている親にとって、とても参考になる情報であると考えられます。

 

(※4)CEFRは、Common European Framework of Reference for Languages(ヨーロッパ言語共通参照枠)の略。外国語の運用能力がA1、A2、B1、B2、C1、C2の6段階に分けられている。B1は、「仕事、学校、娯楽などで普段出会うような身近な話題について、標準的な話し方であれば、主要な点を理解できる。 その言葉が話されている地域にいるときに起こりそうな、たいていの事態に対処することができる。身近な話題や個人的に関心のある話題について、筋の通った簡単な文章を作ることができる。」と定義されている(文部科学省, 2018)。

(※5)クラスメイトの前で、あるテーマに沿ったもの(例:自分が好きなもの、自分が大切にしているもの、など)を見せながら、それについて説明する発表活動。

 

【取材協力】

林(高倉)あさこ先生(カリフォルニア大学ロサンゼルス校講師)

林先生のお写真

<プロフィール>

教育学博士。コロンビア大学日本語教育法修士号を取得、ボストン大学言語教育学博士号を取得。ハーバード大学日本語科講師を経て、2001年よりカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のDepartment of Asian Languages and Culturesにて日本語プログラム講師を務める。また、同大学のCenter for World Languagesに所属し、日本語イマージョン教育に取り組む。主な研究分野は、日本語・英語バイリンガルの言語発達、日本語継承語話者を対象としたカリキュラム開発、コンピューター学習教材の開発。

 

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日本初の公立小学校におけるイマージョン教育〜豊橋市立 八町小学校の視察より〜

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参考文献

Super Global High School (2021).「スーパーグローバルハイスクール」. Retrieved from

https://sgh.b-wwl.jp

 

文部科学省(2018).「各資格・検定試験とCEFRとの対照表」. Retrieved from

https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/30/03/__icsFiles/afieldfile/2019/01/15/1402610_1.pdf

 

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