日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2020.07.16
「乳幼児は映像を見てはいけない」は本当か?
乳幼児向けの家庭教材は、従来の絵本や音楽CDに加え、DVDや動画など、映像を活用したものが増えてきました。一方で、「赤ちゃんに映像を見せることは良くないらしい」と映像教材の活用に不安を感じる親もいます。
しかし、映像内容や視聴方法に注意する必要はありますが、乳幼児期から映像を見せることが必ずしも子どもの発達に悪影響を及ぼすとは限りません。
【目次】
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テレビ、パソコン、スマートフォンやタブレット端末、ゲーム機器など、小さい子どもたちが映像や動画を見る方法は多様化しています。親が教育のために積極的に見せることもあれば、子どもと一緒に遊ぶ時間がなくて、または、その場ですぐに泣き止んでほしくて仕方なく見せる場合もあるでしょう。
2017年に実施された0〜6歳の未就学児がいる共働き家庭(母親:有効回答数824)へのアンケート調査(橋元ほか, 2018)によると、母親の7割近くが子どもに何らかの情報機器(スマートフォンやタブレット端末、パソコンなど)を使わせたり触らせたりしています。0歳児の家庭では3割弱ですが、1歳以降で半数を超え、4歳以降となると8割以上です。
最も使用率の高いスマートフォンは、子どもの年齢が低いほど、主におもちゃや子どもを落ち着かせるためのツールとして使われています。そして、乳幼児が見ているものは、どの年齢層でもYouTubeなどの動画が圧倒的に多く、次いで写真共有アプリやゲームアプリ、知育アプリなどです。
「英語などの語学能力の向上」を期待して情報機器を利用する母親も26.5%でした。しかし、約半数の母親がメディアの「使いすぎによる心身への悪影響」や「将来的に脳の発達に及ぶ悪影響」について心配していることも明らかになりました。
乳幼児期のデジタルメディア利用については、「メディア漬けの子育て」、「スマホ育児」といった新しい言葉も生まれるほど、否定的な見解や報道が目立ちます。日本小児科医会(2004)は、「2歳までのテレビ・ビデオ視聴は控えましょう」、「1日2時間までを目安と考えます」などの提言を2004年に出しています。
この2時間以内という目安は、1日24時間の中で睡眠、食事、保育所・幼稚園・学校、遊びに必要な時間などを配分した結果「2時間が限度であろう」、という計算に基づいており(日本小児科医会, 2019)、2時間を超えると必ず悪影響が生じるということではありません。
しかし、子どものメディア利用に関する国内研究動向の調査結果(小平, 2019)によると、メディアが子どもに与える影響については、テレビ放送が始まった1950年代から議論され、学術的な研究も行われてきたものの、かつては科学的根拠のない「極めて主観的な意見」や「直感的な推論」に基づいたメディア批判もあり、現在に至っても、因果関係を明らかにするための調査や研究は不足しています。特に、乳幼児を対象とした実験においては、効果的な 研究手法が確立されていません。
もし、親の不安を煽りすぎている状況であるなら、適切に活用すれば教育や育児の手助けになるはずの手段・方法から不必要に遠ざけてしまう、ということも懸念されます。
乳幼児期のメディア利用に関する最新の国際的見解は、WHOが2019年に公表した5歳未満の子どもに対するガイドライン(World Health Organization, 2019)で示されています。
このガイドラインは、子どもがテレビなどの画面を見てじっとしている時間(1日あたり)を0〜2歳未満は0分、3〜4歳は60分以内にするよう推奨。乳幼児期から身体を動かす時間や睡眠時間をしっかり確保することは、将来の生活習慣や身体的・精神的な健康につながるからです。
例えば、0歳児は1日30分以上の身体活動、12〜17時間(月齢によって異なる)の睡眠を確保することが勧められています。そして、年齢に関わらず、ベビーカーや抱っこ紐などで身体を拘束する時間は1回1時間以内とし、じっとしている時間には、親が絵本や物語を読み聞かせたりするよう勧めています。
WHOによると、子どもに画面を見せる時間(1日あたり)は、0〜1歳は0分、2歳以上は1時間以内が目安。この時間は、テレビやスマートフォンの画面を見ながらじっとして過ごす時間や座ってゲームをしたりする時間のことを指しており、画面を見ながら身体を動かすような時間は含まれません。
WHOがメディア接触時間の目安を設けた主な目的は、じっとして動かない時間を減らし、運動不足を防ぐことです。よって、同じ「映像を見る」であっても、スマートフォンを子どもに渡して一人で動画を何時間も見させることと、例えば、映像や動画の真似をして親子で手足を動かしたりボール遊びをしたりすることは区別する必要があると考えられます。
また、このWHOのガイドラインでは、世界33カ国で発表されている0〜4歳を対象にした関連研究を調査した結果として、乳幼児期から画面を長時間見ることが肥満、認知・運動機能の発達、社会性や心の健康と関連している可能性はあるものの、十分に実証されていないことから、あくまで「推奨」である、という見解が示されています。
つまり、0〜1歳の子どもは映像を一切見てはいけない、1日1時間以上見続けたら悪影響が及ぶ、ということではないのです。
日本では、NHK放送文化研究所により、1,000人以上の子どもたち(※1)とその保護者を対象に、映像メディア接触状況や保護者の意識・態度、子どもの発達を0歳から長期的に調査する大規模な研究が行われています。
保護者は、子どもが0歳のときから毎年1回、家庭でのテレビ・ビデオ・テレビゲームの視聴・利用状況を報告し、アンケートに回答します。2010年には、0〜5歳までの調査データを解析した途中結果が報告されました(NHK放送文化研究所, 2010)。
この報告によると、子どもは1歳以降から自発的にテレビを見ることが多くなりますが、年齢が上がるにつれて視聴時間が増え続けるわけではなく、0〜5歳まで平均して1日に1時間半ほど。また、子どもが0〜3歳までの期間で子育て肯定感(※2)が平均より高いグループと低いグループを比較すると、後者のほうが子どものテレビ接触時間(※3)が長いことがわかりました。
親の育児に対する充実感や自信が子どものテレビ接触時間に影響する一つの要因である可能性が示されています。
また、同研究対象の子どもたちが小学3・4年生になったときの調査結果では、テレビ接触時間の違いが学力(※4)の差を直接的に生み出すのではなく、読書時間や塾・家庭での学習時間、親の最終学歴・収入といったほかの要素が学力に影響する可能性も示されました(近江ほか, 2013)。社会性の発達(※5)についても、ビデオやテレビの視聴が悪影響を及ぼしている可能性は低いことが報告されています(子安&郷式, 2013a)。
また、世帯年収が高いほど、また、母親が高学歴であるほど、乳幼児のスマートフォン利用率が低く、高学歴の母親ほど子どもの前でスマートフォンをいじったりすることにためらいがあることを明らかにした調査結果もあります(橋元ほか, 2018)。
同時期に行われた別の調査では、子どもと十分にコミュニケーションをとっている親ほど、メディア利用についてルールを決めて子どもに指導し、その指導をしたときに「聞いてくれない」という悩みが少ないことがわかりました(日本教育情報化振興会, 2018)。例えば、メディア利用時間が長い子どもほど発達や学力に何らかの問題がある、という結果があったとしても、それは、メディア利用だけではなく、家庭の経済状況や親子関係、育児に関する親の知識・価値観・行動やストレスなど、子どもが置かれているさまざまな周囲環境が要因に含まれている可能性があります。
(※1) 2002年2月〜7月に神奈川県川崎市で生まれた子どもの中から地域別に無作為抽出された1,368人
(※2) 3つの質問項目への回答(「充実感を味わっている」、「毎日が新鮮である」、「自信がもてるようになった」)に基づいて算出された
(※3) 集中して見る時間のほか、ほかのことをしながら見る時間、テレビ画面がついているだけの時間を含む
(※4) 国語と算数の筆記テスト(全国標準学力検査NRT)が行われた
(※5) 誤信念(他者はどのように思うか)や失言、責任性の理解、うそと皮肉の区別、道徳性の判断などが調べられた
アメリカでは、2012年に、8歳以下の子どもがいる約2,300世帯のメディア利用状況が調査されています。この調査(Northwestern University, 2014)では、親自身がメディアを頻繁に利用する、家でテレビをつけっぱなしにしている時間が長い、家事の間に子どもを待たせたり子どもの気分を落ち着かせたりするためによく活用する、など、メディア中心の生活を送る家庭ほど、世帯年収が低いこと、ひとり親家庭の割合が高いことがわかりました。
この結果から、経済的な理由で親や子どもが楽しむ活動の選択肢が少ない、育児を手助けするツールとしてメディアに頼ることが多い、といった状況が推測されています。同調査では、低所得家庭のほうが、子どもの教育のためにテレビ番組やDVD映像を活用しようとする親の割合が多い(年収2.5万ドル未満の低所得家庭:52%、年収10万ドル以上の高所得家庭:30%)ことも報告されました。
「乳幼児には映像を見せないように」といった単純で画一的なアドバイスは、わかりやすい一方で、経済的な事情で長時間働く必要があったり、仕事や家事をひとりでこなすために忙しかったりする親にとっては難しく、育児の手助けになるどころか、負担やストレスがさらに増えてしまうことになるかもしれません。映像メディアを全否定するのではなく、良い面を活かす方法を探ることも大切です。
アメリカ小児科学会は、乳幼児期のメディア利用時間についてWHO同様の目安を2016年に設けました。しかし、上記のような各家庭の事情、そして、映像視聴が子どもの発達や教育に良い影響を与える可能性を考慮し(American Academy of Pediatrics, 2016)、乳幼児に適した映像内容や視聴方法についても提言しています(AAP Council on Communication and Media, 2016)。
例えば、生後18カ月未満の子どもはメディア利用を控えたほうがよいものの、家族・親族などとのビデオ通話(Skypeなど)は利用してもよい、としています。そして、生後18カ月以上の場合も、子どもを泣き止ませる唯一の方法として安易に使いすぎたり、広告が流れるような動画や暴力的な内容を含む映像を見せたりすることは避け、子どもの発達段階に適した高品質な教育プログラムを選ぶよう勧めています。
さらに、この提言によると、親が一緒に見ることで教育効果が高まることから、親子で楽しめるプログラムを選ぶことも重要です。
2020年は、新型コロナウイルスの感染拡大により、保育所や幼稚園に通ったり、外出したりできない子どもたちが多くいました。自宅で過ごす時間が増える中、親子のコミュニケーションや関わり方について考えたり、テレビ番組やDVD、オンラインレッスンなどを活用した教育について検討したりした家庭も多いでしょう。
乳幼児期の外国語教育においても、近年は、映像による外国語学習が有効かどうか、といった議論から、どのような映像であれば、どのように視聴すれば有効なのか、といった議論や研究に発展しつつあります。昔であれば、小さいころから海外の人々や言語、文化にふれる体験をできる子どもは限られ、大抵の場合、住む地域や家庭の経済状況が影響しました。
しかし、現代では、より多くの子どもたちが映像などのメディアを通じて多様な体験をすることができます。このような新たな教育機会を「映像=悪影響」という先入観で利用しないことは、親にとっても子どもにとってももったいないことです。乳幼児向けの映像教材や教育アプリなどを利用する際には、何を選んでどう使うか、という「質」の側面が重要なのではないでしょうか。
■関連記事
American Academy of Pediatrics (2016). Webinar on Children and Media: Digital Technology and the Word Gap: Barrier on Opportunity? [YouTube Video].
youtu.be/jKbCmszqO9U
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https://www.nhk.or.jp/bunken/research/category/bangumi_kodomo/pdf/kodomo101207.pdf
Northwestern University (2014). Revised: Parenting in the Age of Digital Technology.
https://cmhd.northwestern.edu/wp-content/uploads/2015/06/ParentingAgeDigitalTechnology.REVISED.FINAL_.2014.pdf
World Health Organization (2019). Guidelines on physical activity, sedentary behaviour and sleep for children under 5 years of age. Geneva: World Health Organization.
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岡田知雄, 村田光範, 鈴木順造, 山縣然太朗, 前田 美穂,原 光彦, 井口由子, 田澤雄作, 斎藤伸治, 村上佳津美, 内海裕美, 川上一恵, 仁尾正記, 川島章子, 横井匡(2015).「子どもとICT(スマートフォン・タブレット端末など)の問題についての提言 日本小児連絡協議会『子どもとICT 〜子どもたちの健やかな成長を願って〜』委員会」.『小児保健研究74(1): 1-4.
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橋元良明, 大野志郎, 久保隅綾(2018).「乳幼児期における情報機器利用の実態」.『東京大学大学院情報学環情報学研究 調査研究編』, 34: 213-243. DOI:
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