日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2021.01.26
子どもが英語を理解したり話したりしたとき、多くの親は「すごいね!」とほめることでしょう。そのような親の声かけは、子どもの自信につながっていきます。しかし、英語力の伸びは、必ずしもわかりやすいとは限りません。今回は、英語の習熟度がわかる方法の一つである「スピード」について紹介します。
【目次】
私たちは、子どもの英語力をどのように評価しているでしょうか。例えば、英語の指示通りに動く、英語の単語を口に出すなど、何かしら目に見えるアウトプットがあったとき、あるいは、語彙が増えたことを実感したときに「すごいね!」とほめることが多いのではないでしょうか。
しかし、語彙力の評価方法は、語彙をいくつ理解できるか、いくつ口に出せるか、といった「数」だけではありません。言語学では、語彙をどれだけ素早く認知できるか、という「スピード」も評価方法の一つになっています。例えば、英語の ”red” という語彙の形(文字)を見て、頭の中にある「赤い色」の概念に結びつけられるまでの所要時間がどれくらいか、ということです。
語彙を素早く処理できる能力は、「語彙の即時的運用能力(lexical facility)」と呼ばれており、語彙の数だけで評価するよりも正確に語彙力の個人差がわかると言われています(Harrington, 2017)。
日本で行われたある研究(羽渕, 2005)では、英語の習熟度(※1)が低い日本人(高校1年生18人)と習熟度が高い日本人(大学院生12人)を対象に、英語の語彙が表す意味を判断させる実験を行いました。例えば、”apple” と画面に表示されたあとに ”りんご” と表示され(英語→日本語)、りんごのイラストが表示されたあとに ”apple” と表示された(意味・概念→英語)とき、その二つが同じ意味であるかどうか判断し、ボタンを押して答える、という内容です。
結果、習熟度が高い人のほうが、また、目にする頻度が高い語彙のほうが、速く反応できていたことがわかりました。
さらに、この研究では、英語を見たあとに日本語を見るとき(日本語を介して理解する)と英語を見たあとにイラストを見るとき(日本語を介さず意味・概念と直接結び付けて理解する)も比較されています。結果、習熟度の高い人のほうが、また、目にする頻度が高い語彙のほうが、英語→意味・概念のときに反応が速く、日本語を介さず理解できるようになる可能性も示されました。
学習経験が積み重なっていくと英語と概念が直接結びつくようになる、というこの研究結果は、日本の中学生、高校生、大学生を別の実験方法(※2)で比較した先行研究(川上, 1994)の結果とも一致しています。また、私たちの実体験から考えても十分に納得がいきます。
英語の単語は、「“apple” は “りんご” だ」というように、はじめは、日本語の訳語と結びつけて覚えるかもしれません。しかし、何度もappleという語彙にふれたり使ったりするうちに、“りんご” という日本語を頭に思い浮かべることなく、丸くて赤いフルーツをイメージして素早く理解できるようになった、という経験をもつ人は多いのではないでしょうか。
より最近の研究(千葉・横山・吉本・川島, 2012)では、英語力の異なる大学生・大学院生29名を対象に行われた実験があります。以下2種類の実験が行われ、反応スピードと英語習熟度テスト(※3)の結果がどのように関係しているかが分析されました。
1)英語の語彙かどうかを判断する実験(語彙判断課題)
画面に表示された文字列が英単語か非英単語かを判断し、ボタンを押して答える。
※英単語ではない場合の例:SHROUND、GROURN、CLETTなど
2)英単語の意味を判断する実験(意味判断課題)
画面に表示された単語が生きものを表す語かどうかを判断し、ボタンを押して答える。
※生きものを表す単語ではない場合の例:ABILILTY、ADVICE、ALCOHOLなど
結果、2種類の実験のどちらにおいても、習熟度が高い人のほうが、判断のスピードが速いことがわかりました。さらに新たに明らかになったことは、意味を理解する前の段階、つまり、「これは英単語である」と気づく段階で、すでにスピードの違いがある、ということです。
この研究チームは、英語の文章を読む(音読・黙読)スピードを測ることで、英語力の個人差をより詳しく調べられる可能性がある、と結論づけました。
このような先行研究から、英単語を見たときの反応スピードは、英語の習熟度と関係している可能性が高いと考えられます。つまり、「これは英単語だ」と気づいたり、その意味を理解したりするスピードが以前よりも速くなったのであれば、英語力が向上したサインなのです。
英単語をいくつ覚えたか、という「数」はわかりやすい指標です。しかし、そればかりに囚われてしまうと、以前よりもできるようになったことを見逃してしまうことがわかります。それは、「前よりもできるようになった!」と達成感を味わう機会や、子どもの英語力を「すごいね!」とほめてあげる機会を逃してしまうことにもなります。
すでに覚えている単語であっても、もしかしたら、以前よりも素早く反応したり、理解したり、読んだりできるようになっているかもしれません。そのように考えながら子どもの英語学習を見守ることができれば、「ほめるポイント」を一つ増やすことができるのではないでしょうか。
(※1)習熟度の違いは、実際に英語を学習した期間のほか、画面に表示された英単語をできるだけ速く正確に読み上げる課題、「聞く・話す・読む・書く」4技能についての自己評価によって判断された。
(※2)プライミングにおける語彙判断課題。
(※3)Minimal English Testと呼ばれる英語理解に関する習熟度テスト。
■関連記事
Harrington, M. (2018). Lexical Facility: Bringing Size and Speed Together, Second Language, 16, 5-18.
https://doi.org/10.11431/secondlanguage.16.0_5
川上綾子(1994).「語彙-概念関係における第二言語の習熟度の影響」.『心理学研究』, 64(6), 426-433.
https://doi.org/10.4992/jjpsy.64.426
千葉克裕・横山悟・吉本啓・川島隆太(2012).「第2言語の習熟度と語彙処理速度の検証:語彙判断課題および意味判断課題の反応時間から」.『東北大学高等教育開発推進センター紀要』, 7, 35-42. Retrieved from
http://hdl.handle.net/10097/57554
羽渕由子(2005).「第2言語学習者の単語処理におよぼす語彙と概念の連合強度の影響」.『心理学研究』, 76(1), 1-9.
https://doi.org/10.4992/jjpsy.76.1