日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2021.07.05
教科科目(内容)の学習と外国語(言語)の学習を組み合わせた学習・指導アプローチであるCLIL(内容言語統合型学習)。日本の小・中学校や高校の教科書にも取り入れられるようになってきています。では、大学ではどのように実践されているのでしょうか。今回は、約3年前からCLIL授業を実践している筑波大学の磐崎教授にお話を伺い、大学におけるCLILではどのような効果が期待されているのか、という点を紹介します。
【目次】
―現在、大学の英語教育で課題となっている点は、どのようなことでしょうか?
高校に続き中学でも、英語の授業は英語で行うことが学習指導要領で明示されるようになりました。そして、文法事項についても、使用文脈を理解しながら、コミュニケーション活動につなげることが求められるようになっています。
つまり発信活動(スピーキング&ライティング)がとても重視されるようになっています。さらに、発信活動といっても、辞書でよく調べて1週間かけて準備して発表する、ということよりも、即興性が重視されています。
4技能のうち「話す」は、「発表」と「やりとり」の2領域に分かれていますので、発表だけではなく、会話や発表後の質疑応答などもできるようになる必要があります。ですから、中学校や高校では、インプットからアウトプットに結びつける、ということをしっかりやるようになってきています。
文部科学省も関わっている高大連携をテーマとした会合では、「高校までに発信能力をしっかり身につけさせるので、大学でその力を下げるようなことはないようにしてください」という要望が出ています。
―中学校・高校で身につけた発信能力をいかに維持・向上させるか、という点が大学の課題なのですね。
そうですね。大学の英語授業でも発信能力を重視する流れを止めることなく、学術目的の英語を受信・発信ともに育成することが求められるようになっています。English for General Academic Purposes(一般学術目的の英語)、English for Specific Purposes(特定目的のための英語)と呼ばれています。専門領域の内容を英語でインプットして、英語で議論や発表をできるようにする教育です。
大学では、読解の重要性は依然として重要ではありますが、議論やプレゼンテーションをしたり電子メールや論文を書いたりする発信能力の育成が大きく重視されるようになったと言えます。
―大学生の英語力は、どのような現状なのでしょうか?
筑波大学を含め、入学後の学生たちにTOEFLやTOEICを受けさせる大学はいくつかありますが、1年生のときと3、4年生のときを比較すると、必ずしもスコアは上がっていません。むしろ、下がっている場合も見られます。つまり、論文は英語で読めるようになったかもしれないけれど、トータルの英語力は伸びていない、ということが観察されているんです。
特に、筑波大学のようなリサーチ・ユニバーシティ(※1)の学生には、研究者として英語で発表したり、あるいは、大学院に進学しなくても、ビジネスの場面で英語を使って交渉したりする能力が求められます。そのためには依然として発信能力が低すぎる、という問題があり、その解決のために本学で外国語教育を担うグローバルコミュニケーション教育センターで取り組んできました。
―現在の問題点は、どのようなことが原因だと考えられるでしょうか?
高校においても大学においても、インプットをアウトプットに活かす即興的な英語力の育成がまだまだ足りない状況があります。英語で読んだり聞いたりしたことを英語で議論し、英語で発表できるようにする力を育てることはまだできていない、ということですね。
大学においては、英語論文を読めるようにさえなればよし、とする考えは、依然として残っています。その意味で、言語面でのサポートをしながら、専門領域での英語を発信面を含めて向上させる実践はまだまだ不十分です。また、こうした指導を英語教師が行うのか、専門領域の教師が行うかについても、意見の一致ができてないことが多いようです。
筑波大学では、2年生以降になると専門領域に入りますので、専門領域での英語教育は、専門領域の教師が行えるように、研修やフィードバックを行っています。
―筑波大学では、これまでどのような英語教育が行われてきたのでしょうか?
筑波大学では、1年生には、英語で専門領域を学ぶために必要なプレゼンテーション力やライティング、リーディングなどの基礎を身につけさせる英語教育を行い、2年生からは専門領域の教育と英語教育を兼ね合わせた形で授業を行なっています。つまり、専門領域の教師が、専門領域の知識とともに、その分野で使う英語を教える、ということです。
当初は、EMI(教授言語としての英語)やCLIL(内容言語統合型学習)といった用語は使われなかったのですが、英語で専門科目を教える、ということは以前から部分的に行ってきました。
―筑波大学では、CLIL(内容言語統合型学習)(※2)の実践を進めていらっしゃいますが、どのような経緯で始まったのでしょうか?
これまでTOEFLやTOEICの受験を1・3年生中心に課してきましたが、専門課程に入ってもこうしたテストで測定できる英語能力が伸びていない現状があります。大学院に入学する学生たちの学術英語運用能力が低く、英語での議論がしっかりできない、という現場からの声もありました。
そこで、日本史であっても体育であっても芸術であっても、3年前から全領域でCLILの授業を設定することにしました。現在は、専門領域によって違いますが、2年生以上で必ず1つ以上のCLIL授業を設定して受講させることにしており、今後はその比率を増やす予定です。
また、今後、留学生の増加が見込まれているだけではなく、海外の提携校が筑波大学の授業を取れる体制も整いつつあります。そうした状況で、英語での専門授業が増えることを想定しています。
―欧米で始まったCLIL実践を日本の大学で導入するにあたり、特に注意している点はどのようなことでしょうか?
海外のCLILをそのまま導入はできません。日本人にはやはり当初は言語サポートの比重が高くなります。教科書等における語彙の意味がわかるだけではなく、どういうコロケーション(後述参照)で使われているかが適切に観察・抽出でき、それをアウトプット(議論、プレゼンテーション、論文執筆など)に活かせるようにするサポートが必要です。
専門領域の先生方は海外での研究経験があったり、日常的に英語を使ったりしている先生が多いですが、英語の熟達度が高いからといって英語力の低い学生の指導ができるかというと、そうではありません。よって、CLIL(担当予定)教員にもこうしたことを知ってもらい、教員向けの研修「CLIL FD(Faculty Development)」を行っています。
―CLILにおける言語サポートでは、どういう語彙コロケーションが使われているか気づかせること、それをアウトプットに活かせるようにすることが重要、というお話がありました。なぜ、重要なのでしょうか?
日本人の発信能力(スピーキング&ライティング)が低いことは知られています。そうした状況下で、大学生でも「辞書を引く」のような簡単な表現を英語にできるのは2割程度しかいません。こうした内容語同士の意味的結びつき(「語彙コロケーション」と呼ばれます)に精通していないのが大きな理由の一つです。
―語彙コロケーションとは、どういうものでしょうか?
内容語というのは、意味に重点が置かれる語です。名詞や動詞、形容詞、副詞などですね。それに対して、機能に重点が置かれる語は機能語と呼ばれていて、代名詞、前置詞、接続詞などです。
例えば、“take a shower”という表現は、語彙コロケーションです。内容語であるshowerだけを知っていても、もう一つの内容語takeとの結びつきを知らないと、「シャワーを浴びる」は表現できません。
車や自転車のブレーキは、英語で“brake”と言いますが、この単語だけを知っていても実際には使いこなせません。「ブレーキをかける(apply the brake)」、「ブレーキを踏む(put on the brake)」、「ブレーキが効かなかった(The brake didn’t work.)」というように、意味的なつながりがある語を知らないと、相手に意味が通じなかったり、何て言ったらいいかわからず沈黙してしまったりします。
ですから、語彙を単独の意味だけではなく、ほかの語彙との意味的な結びつきを知らなければいけません。『ジーニアス英和辞典』は、第5版からコロケーション欄を設定して、こうしたつながりに注意を向けていますね。
―語彙だけではなく、語彙コロケーションを知っていないと、実際に使いこなせないのですね。大学生でも「辞書を引く」を英語で言えないのは、それまで語彙コロケーションを学んでこなかったからでしょうか?
そうですね。ですが、ほかにも理由はあります。
例えば、「辞書を引く」は、英語で“use a dictionary”や“consult a dictionary”です。“use a dictionary”は、中学生でもわかるような表現ですが、大学生でも言えない。でも、「辞書を使う」を英語でどう言うか聞くと“use a dictionary”と答えられます。
つまり、日本語のコロケーションでは「辞書を引く」と言うので、それを直訳しようとすると英語表現が思いつかないんです。これを「母語干渉」と呼ぶことがありますが、このような日本語と英語の違いが障害になることもあります。
「写真を撮る」であれば、すぐ“take a picture”だとわかるのではないでしょうか。この場合は、直訳が機能しているからですね。「傘をさす」は“open an umbrella”ですが、直訳が機能しませんので、ほとんどの日本人が英語で表現できません。
大学生も含め、発信能力が初期レベルの学習者は、どうしても日本語を介して発信しようとします。まず、日本語のコロケーションが頭に浮かんで、それを直訳しようとすると英語が出てこない。
ですから、英語のインプットの段階でコロケーションに注意を向けるということが大切です。特に、日本語のコロケーションから直訳できないものには注意しなければなりません。
―大学の授業では、どのような語彙コロケーションがあるでしょうか?
例えば、教科書には、「仮説を立てる(formulate a hypothesis)」、「仮説を検証する(testify a hypothesis)」、「仮説を採択する(adapt the hypothesis)」、「仮説を棄却する(reject the hypothesis)」といった表現が出てきます。
また、「相関が高い(have a high correlation)」、「〜と相関が中程度であることを示している(show a moderate correlation with 〜)」、といった表現も多く出てきますね。
hypothesis(仮説)やcorrelation(相関)という語彙だけを知っていても、それらが単独で使われることは稀なので、その語彙と意味的に結びつく動詞や形容詞を知っていなければなりません。
CLILの授業では、書籍や論文、スピーチなどのインプットを受ける際に、どのようなコロケーションが使われているか注意を向けさせることが必要です。これは、input enhancement(インプット強化)と呼ばれています。例えば、初期レベルの学習者であれば、コロケーションの箇所にマーカーで印をつけておいたり、コロケーションを抽出した語彙集を提示する、といった方法があります。
―先生は「要約プレゼンテーション」という指導方法でCLIL授業の効果を研究(※3)されていますね。
要約プレゼンテーションは、インプットした内容を、そこから抽出したキーワードを見て要約できる能力を育てようとする指導方法です。初期の練習では、TED TalksやTED-Ed(※4)などを使って、それを英語で要約してプレゼンテーションする練習を積んでいます。これがコロケーションに意識を向け、単に完全文を記したメモを見ながらプレゼンやスピーチをする手法から脱却するのに有効だと考えています。
TEDを選んでいる理由には、学術的な内容であるということと、教師にとっても学習者にとっても発音やプレゼンテーション手法のモデルになるということがあります。
課題を決めて1週間準備させますが、台本を読むようなプレゼンテーションはNGです。基本的には、スライド上でキーワードだけを出して、それを見て内容とコロケーションを思い出しながら完全文で話す、ということを求めています。スライドに完全文が表示されていると、聞き手はそれを読むだけで話を聞きませんし、話し手も文章を読み上げるだけになってしまって練習にならないからです。
―語彙学習の効果はどのように調査していらっしゃいますか?
CLIL授業において重要なことはメッセージの伝達ですので、語彙については、インプットに出てきた低頻度語(※5)やイディオム(慣用句)を必要に応じて言い換えること(パラフレーズ)が大切で、英英辞典を活用しながらパラフレーズを練習することができます。これについては、実際にどのようなパラフレーズが行われたか、難解な内容を聴衆側がしっかり理解できたか、という点が測定材料となります。
また、インプットにおける重要なコロケーションの抽出ができているかどうかも、尺度の一つとなります。そのうえで、与えられたキーワード(例えば名詞)から内容をどの程度再現(retelling/reproduction)できたかどうかがポイントとなります。
―今後、CLILの実践は大学で広く普及していくでしょうか?
特に研究大学および大学院では、かなり普及するでしょう。学術界のみならず、ビジネスにおいてもグローバルな展開が必要となるので、発信力を重視した共通語としての英語を身につけることは必須です。今後、留学生の比率を増やす意味でもCLIL教育が重要となります。
―現在の小学校〜高校までの英語教育については、どのような見解をおもちでしょうか?
CLIL教育においては、教育手法の知識に加えて、教師の英語運用能力も重要です。英語内容を日本語でまとめるだけではなく、英語でまとめることが教師にも学習者にも求められています。例えば、英語で書かれたリサイクリング問題の内容を日本語で理解できたからよし、とするのではなく、それを英語で説明したり発表したりできるようにする、ということですね。
それから、先ほどお話しした通り、教師自身もコロケーションを意識することが重要です。さらに、コミュニケーションを重視する双方向型の授業では、教師は「どう思いますか?」、「これはどういう物質を生み出しましたか?」、「なぜ〜ですか?」、というように、疑問文を多く使うのですが、このような疑問文の英語を即座にかつ適切に使えていない場合もけっこうありますので、意識的に身につけるようにするといいでしょう。
教師は、自分の英語力を高めながら、かつ、児童・生徒に効率的に発信力を学ばせる、ということが必要になってきますね。
―英語力に不安のある先生方に、何かアドバイスはありますでしょうか?
小学校の先生であれば、音声中心の授業が多いと思いますので、口語のインプットが大切だと思います。つまり、会話のやりとりが多いインプットですね。英語学習には、万人に当てはまる王道の方法、というものはないのですが、海外ドラマを見る、という方法は多くの方にとって効果的です。
例えば、新作でなくても『Friends(フレンズ)』や『Family Ties(ファミリー・タイズ)』(※6)など、会話が多いドラマはおすすめです。最初は日本語字幕を見ながら内容を頭に入れて、次に英語の音声に注目して聞く、というふうにすると、かなり口語表現が身につくと思います。
私自身も、いま身についている口語表現の9割くらいは、このようなホーム・コメディから学んだものです。こういうドラマのせりふは、自然な表現でありながら、何度聞いてもおもしろい、というメリットがあります。大量の音声インプット-「多聴」と呼ぶ場合もあります-によってかなり英語力が伸びる、ということはまだまだ学習者に知られていませんが、いまはいろいろな映像や動画を簡単に見ることができますので、先生方には、こういう音声インプットをうまく活用していただきたいですね。
近年の日本では、上智大学(東京都)をはじめ、いくつかの大学がCLIL授業を実践するようになってきました。大学生の英語力の実態に関する大規模な調査はありませんが、磐崎教授のお話から、CLIL実践の背景には、学生たちの英語力、特に発信能力が決して高いとは言えない現状があることがわかります。
もしかしたら、英語学習は大学受験のためにするものであり、大学に入ってしまえば、もう必要ない、と考える人が多いのかもしれません。しかし、学術分野でもビジネス分野でもグローバル化が進んでいるいま、大学卒業後の進路にかかわらず、英語力が必要になる場面は現在よりも増えるはずです。そのため、大学の英語教育は、専門分野の知識を英語でインプットし、さらに、英語でアウトプットする力を養うことが最終目標になってきています。そこで、専門分野の学習と英語の学習を統合するCLILに注目が集まっているのです。
筑波大学では、英語による発信能力を高めるため、特に語彙と語彙の結びつきである「コロケーション」を重視したCLIL実践が行われています。学術的な文章やスピーチから「仮説を立てる」、「相関が高い」といった学術用語のコロケーションを学び、それを議論や発表の際に使ってみる。つまり、インプットで得たものをアウトプットに活かす、ということを繰り返すことにより、英語で専門知識を発信する力を育てようとする教育アプローチです。
世界における最先端の知識を取り入れ、日本で得た知見を世界に広めるためには、英語で講義や講演を聞き、英語で専門書籍や論文を読み、英語で議論やプレゼンテーションをし、英語でレポートや論文を書く能力が必要です。英語でインプットしたものを英語でアウトプットする。そのようなCLIL実践が大学で広がるにつれ、小・中学校や高校におけるCLIL授業もさらに普及していくのではないでしょうか。
(※1)大学院をもち、研究開発に大きな重点を置く大学。
(※2)CLIL (Content and Language Integrated Learning)は内容(教科や専門科目など)と言語(外国語)を統合的に学習する教育アプローチ。ここでは、英語で特定科目を教えるEMI (English Medium Instruction)とほぼ同義で使われている。
(※3)該当研究:「英語教育における要約プレゼンテーションにおけるCLIL方式の効果研究とマニュアル」。 https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19K00784/
(※4)アメリカのメディア組織「TED」は、さまざまな人々によるスピーチやプレゼンテーション(TED Talks)をオンラインで投稿している(https://www.ted.com/)。TED Edは、教育使用を想定して各種トピックをアニメーションで説明したものだが、かなり専門的な内容も含む(https://ed.ted.com/)。
(※5)使用頻度が低い語彙
(※6)『フレンズ』は1990年代半ば〜2000年代半ば、『ファミリー・タイズ』は1980年代にアメリカで放送されたテレビドラマ。
【取材協力】
磐崎 弘貞 教授(筑波大学 人文社会系)
<プロフィール>
専門は、英語教育学。英語の語彙指導や英語辞書に関する研究のほか、CLIL(内容言語統合型学習)/EMI(英語を媒介とする授業)教授法などについての研究も行う。
筑波大学で教育学修士号を取得し、1991年から同大学の外国語センター(現 グローバルコミュニケーション教育センター/CEOGC)に所属。
英語で学問を学べる学生を育成するため、学内でCLILの実践を進めている。
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