日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2024.09.20

AI時代の英語教育

AI時代の英語教育

教育は時代とともに変化し、昔は読み書きが中心だった英語教育は、昨今では会話中心のコミュニカティブな授業スタイルに変化しています。また、入試においては従来インプット(リスニングとリーディング)中心の評価が行われてきたのに対し、昨今ではアウトプット(ライティングとスピーキング)を含めた評価の試みがなされています。

このような背景の中、2020年からのコロナ禍に伴うオンライン化によって、教育業界全体が教師の役割と授業の意味の再考を余儀なくされました。いわゆる講義形式の授業は録画されて時間に関わらずに視聴できるようになり、少人数授業でも対面とオンラインを組み合わせたハイブリッド形式の授業が行われるようになりました。

このような授業形式の多様化の一方で、外国語教育は一時期対面授業が実施できなかったことにより発音指導や会話練習などにおいて大きな影響を受けました。この経験によってむしろ対面のコミュニカティブな授業の価値が教師と生徒の双方に再認識されたと言えます。

英語教育にさらなる変革をもたらしているのが2022年11月に登場した ChatGPT をはじめとした生成 AI です。特にリーディングやライティングにおいて、従来は教師から得られていた手本や正解を、AI がかなりの精度で再現するようになりました。 大学においては、英語科目にとどまらず様々な分野で教員がライティング課題の評価方法に苦心しています。さらに、今後は AI の音声言語が現在よりも発達することが想定され、リスニングやスピーキング、会話などの学習が AI のみで可能になる日がくるかもしれません。

このような状況下で、英語教育においては何が 「教育」 されるべきでしょうか。もちろん AI が完全に人を超えてしまえば教師は不要になってしまうのかもしれません。しかしながらあくまでも現状においては AI は完璧とは言えず、英語教師の役割が大いに残されていると言えます。現状における教師の強みは主に音声コミュニケーション、論理的思考、そして文化的理解の教育にあると言えます。

 

音声コミュニケーション指導の重要性

最近は生成 AI が音声会話にも対応するようになってきましたが、それでも AI との会話は情報を得るための手段(すなわち検索)としての属性が大きく、人間関係の構築も含めた実際のコミュニケーションとは異なります。例えば、実際の会話では相づちや割り込み、沈黙など多様なターンテイキング(話者交替)が行われますが、現時点ではこれらを AI に組み込めるほどの音声学的研究が進んでいません。

また、英語教育においては AI を用いた発音練習も考えられますが、自動の発音評価の精度はいまだ高くなく (おおよそ 60% の精度)、特に正しい発音を間違ったものとして評価してしまうことが学習意欲を削ぐ要因となると指摘されています(Korzekwa et al. 2022)。

会話の練習における発音の指摘はさらに複雑で、英語教師は、当該発音が間違っているかだけでなく、「意味の伝達に影響を与えるか」、「母語の影響によるものか」、「いまの学習段階で修正する必要があるか」 など、様々な要素を検討して指摘すべきかどうかを判断しています。これらの判断は法則化するのが難しいため、現時点では AI や機械学習に組み込むことができません。

これらを踏まえると、音声コミュニケーションの学習に関しては、現状では実際の教師との会話、もしくは学生/生徒同士の会話に分があると言えます。学習者の満足度においても、AI と話すよりも教室内の会話の方が高い傾向があります。

従って、AI 時代の英語教育においては、従来以上に音声コミュニケーションの重要度が増していると言えるでしょう。これは昨今の会話中心のコミュニカティブな授業形式とも合致します。

一方で、人相手に話すのは恥ずかしい学習者などは、慣れるまではAIを用いた会話練習を行うことも効果的かもしれません。

 

精読から多読、そしてまた精読へ

現代の情報化社会は文章の書き方を変えたと言えます。情報化社会以前、特に日本語では長く複雑な文、特に文学的な文章の読み書きができることが教養とされていました。しかしながら、大量の情報を効率よく処理しなければならない時代においては、いかに理解されやすいかが重要となり、一文一文が短くわかりやすく書かれている文章が評価されるようになりました。つまり、情報化社会により、必要とされるリーディング能力が精読から多読に変わったと言えます。

英語教育においても、昔は正確で複雑な長い文の読み書きができる文法の理解が重要だったのに対して、昨今ではそれぞれの文の文法的正確さよりも文章全体での情報の伝達に重きが置かれるようになっています。TOEIC, TOEFL, IELTS などの英語検定試験では短時間で長い文章の中から必要な情報を探し出す能力が測られ、昨今では学校の入試の英語もこの流れを汲んでいます。

しかしながら、この多読教育の重要度が生成 AI の登場によって揺らいでいます。生成 AI は情報検索や要約を一瞬で行うため、それまでに(英語)リーディングのテクニックとされてきた拾い読み(スキャニング; scanning)と短時間での大意把握(スキミング; skimming)を AI に任せることができるようになりました。

このように、従来必要とされていたリーディングの能力が AI によって測れなくなることへの恐れから、生成 AI が登場した当初は教育機関においてその使用を制限したり禁止したりしていました。しかしながら、当初の想定を超える AI の爆発的な普及により、現在では教育においても AI の制限は現実的でないという認識が広まりました。

これまで人間が行っていた多読が AI に取って代わられたことによって、これからの教育においては一文一文を丁寧に読む精読の重要度が増していると言えます。特に生成 AI は文脈の理解や批判的思考を苦手とするという研究結果があります(Baidoo-Anu & Ansah 2023, Noroozi et al. 2024, Ray 2023 など)。これは、生成 AI が情報の検索をベースに構築されているからであると考えられます。Michel-Villarreal et al. (2023)によると、ChatGPT 自身が 「感情、文脈理解、一般常識的推論」 を AI の短所と認めています。

外国語ではなく母語のライティングの研究ですが、 Kim et al.(2024)が工学を専攻する大学生のライティングにおける ChatGPT の使用の効果を検証した結果、分野特有のライティングスタイルの習得には寄与した一方で、批判的思考には影響しなかったようです。ライティングの授業では文章の 「形式」 と 「内容」 の両方を指導しますが、この例は AI が形式の指導には役立つが、論理を含めた内容の指導には向いていないことを表していると言えます。

このような研究結果を踏まえると、リーディングにおいてもライティングにおいても、人間の強みは文脈を理解した論理的な文章にあると言えます。インターネットの検索や生成 AI の要約を批判的に読み、それを用いて自ら論理的な文章を作成する能力がリーディングとライティングの教育に求められていると言えます。

 

文化的理解

文脈の理解と関連する点ですが、AI のもう一つの短所として文化的理解の欠如が挙げられます。英語学習に おける ChatGPT の使用を分析した Solak(2024)の研究によると、ChatGPT の生成した文章が言語文化的ニュアンスについて校正される必要があることを現役の英語教師が指摘しています。Ray(2023)も同様に、生成 AI が特定の言語文化グループの背景に基づいた文章を生成する危険性を述べています。

この危険性の例として、先入観(バイアス)に基づいた国や人の分類が挙げられます。私たちは、「日本では家で靴を脱ぐのが一般的だ」 という文を読んでもあまり疑問を持たないかもしれませんが、これも実際には先入観を与える文の例です。AI が提供する情報がバイアスを含むことの問題点は文化的な先入観を植え付けることにとどまらず、歴史や政治など、国際摩擦が生じている問題に関して、特定の集団 (国や地域、政党など) の意見や主張を 「正しい」 情報、もしくは 「事実」 として提供してしまう危険性すらあります。
このようなバイアスは、1)AIの学習に使われているデータの偏り、2)アルゴリズム構築における特定のデータへの偏重、3)システムの修正を行うエンジニアの先入観、4)開発指揮者の方針など、様々な要素に影響され(Ferrara 2023)、排除することが理論上不可能です。

このような AI の欠陥に関して、Jenks(2024)はブラックボックス問題(black box problem)とアルゴリズム過大評価(algorithm appreciation)という問題点を指摘します。すなわち、生成AI が内包するバイアスの仕組みや内容が使用者に対して明らかになっていないにもかかわらず、私たち人間は、他の人間の発言よりも AI などの機械(アルゴリズム)によって提供された情報に対して高い信頼を置く傾向にあります。このことが、AI の生成する 「回答」 を我々が 「事実」 として鵜呑みにしてしまう危険性に繋がります。

ただ、生成AIも最近は可能な限りバイアスを排除するように変更されているようで、Jenks(2024)が個人主義と集団主義(コラム 「言語を学ぶ上で必要な文化的知識」  当ページ下部、関連記事参照)に関する質問を ChatGPT に対して複数回行ったところ、2023年2月時点では日本を伝統的な区分である集団主義の国の例として挙げた一方で、2024年1月にはそのような例示を含まない回答を生成するように変化しました。

このような AI の改善が行われているとはいえ、少なくとも現時点では、文化的理解は英語の授業や教師による教育に求められているものであると言えます。近年では国際理解教育が重要視され、小中高においては英語科がその役割の大きな部分を担っています。実際の国際理解教育にご興味のある方はコラム 「英語教育に「異文化理解」が必要な理由 〜コミュニケーションの妨げになるものとは?〜」、「お互いを「知る」だけに留まらない協働を意識した国際交流の紹介」など、当ページ下部の関連記事をご参照ください。

 

AI時代に活躍できる人材の育成のために

今から数十年の間に大半の雇用が AI に奪われると言われています。従来は AI に代替されにくいと言われていたサービス業においても、最近ではアンドロイドや配膳ロボットなどが導入され、利用者からも肯定的な意見を得ているという報告もあります。

このような時代において必要なのは AI に代替されない能力を持った人材の育成です。少なくとも現時点においては本コラムでご紹介した音声コミュニケーション、文脈の理解、文化的知識は AI の弱点、言い換えれば人間の強みであり、これらは今後 AI がますます進化する過程において人間が優位性を保つヒントになると考えられます。

外国語としての英語において、音声言語を使いこなし、細かいニュアンスまで理解するためには、やはり早期から英語に触れておくことが効果的であると言えます。一方で、高度な英語の運用能力を得ることができなくても、英語学習を通して得た異文化理解の知識や感覚は、AI を補完する人間の能力として今後も価値を持つものになるかもしれません。

国際交流や異言語間交流の経験がある方なら、片言であっても通じ合えたときの喜び、そしてそのような些細なコミュニケーションによっても人間関係が構築されることに共感されると思います。技術が進歩した時代にこそ、たとえ拙くても人間同士で生のコミュニケーションを行うことの価値が高まるのではないでしょうか。

 

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■関連記事

言語を学ぶ上で必要な文化的知識

英語教育に「異文化理解」が必要な理由 〜コミュニケーションの妨げになるものとは?〜

お互いを「知る」だけに留まらない協働を意識した国際交流の紹介

 

参考文献

Baidoo-Anu, D., & Ansah, L. O. (2023). Education in the era of generative artificial intelligence (AI): Understanding the potential benefits of ChatGPT in promoting teaching and learning. Journal of AI, 7(1), 52-62.

https://doi.org/10.61969/jai.1337500

 

Ferrara, E. (2023). Should ChatGPT be biased? challenges and risks of bias in large language models. arXiv preprint arXiv:2304.03738.

 

Jenks, C. J. (2024). Communicating the cultural other: Trust and bias in generative AI and large language models. Applied Linguistics Review 2024.

https://doi.org/10.1515/applirev-2024-0196

 

Kim, D., Majdara, A., & Olson, W. (2024). A pilot study inquiring into the impact of ChatGPT on lab report writing in introductory engineering labs. International Journal of Technology in Education (IJTE), 7(2), 259-289.

https://doi.org/10.46328/ijte.691

 

Korzekwa, D., Lorenzo-Trueba, J., Drugman, T., & Kostek, B. (2022). Computer-assisted pronunciation training—Speech synthesis is almost all you need. Speech Communication, 142, 22-33.

https://doi.org/10.1016/j.specom.2022.06.003

 

Michel-Villarreal, R., Vilalta-Perdomo, E., Salinas-Navarro, D. E., Thierry-Aguilera, R., & Gerardou, F. S. (2023). Challenges and opportunities of generative AI for higher education as explained by ChatGPT. Education Sciences, 13(9), 856.

https://doi.org/10.3390/educsci13090856

 

Noroozi, O., Soleimani, S., Farrokhnia, M., & Banihashem, S. K. (2024). Generative AI in education: Pedagogical, theoretical, and methodological perspectives. International Journal of Technology in Education, 7(3), 373-385.

https://doi.org/10.46328/ijte.845

 

 

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