日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2022.04.21
私たちの脳は、英語を学習することによってどのように変化するのでしょうか?一般的な日本人が英語学習に成功するためには、脳のどの場所が重要なのでしょうか?
今回は、このような疑問について探るべく、脳の研究をご専門とし、英語学習に関する研究結果も発表されている細田准教授(東北大学)にお話を伺いました。英語学習と脳の関係、その知見から得られる効果的な学習方法、親が子どもに与える影響について紹介します。
■英語を学習すると、英語力が高くなるだけではなく、英語力が高い人の脳構造に近づく(右の前頭前野が大きくなる)。
■英語学習を継続できる人とできない人は、「やり抜く力」に関わる前頭極の大きさが異なる。
■スモールステップで達成感を多く得られる方法で学習すると、英語学習を継続できるようになるだけでなく、「やり抜く力」が高い人の脳構造に近づく(前頭極が大きくなる)。
■幼児期の「やり抜く力」は、親の「やり抜く力」と相関している。遺伝の影響も考えねばいけないが、子どもにやり抜く習慣をつけさせるためには、まずは親の行動を見直すこと、そして、子どもが自己効力感を保てるようサポートすることが重要。
【目次】
―細田先生は、どのようなきっかけや理由で英語学習と脳の関係について研究を始められたのでしょうか?
大学の学部生のころは第二言語学習について学んでいたのですが、卒業論文を書くために調べていたときに、バイリンガルの人は脳損傷や脳卒中などで脳の一部が壊れてしまうと片方の言語しか話せなくなるという研究結果を目にしたことがきっかですね。
脳の特定の場所がすべての言語を司っているのではなく、英語を司る場所、日本語を司る場所のようなものがあって、英語を司る場所を鍛えれば英語ができるようになるのではないか、という発想が浮かんだんです。卒業論文は「第二言語習得と脳科学」というようなテーマで書き、脳の研究ができる医学系の大学院に進むことにしました。
―では、先生のご研究についてくわしく伺いたいです。私たちが英語を使っているときの脳の働きは、英語力のレベルによって違うのでしょうか?
脳研究の分野では、特定の言語を司っているそれぞれの脳の場所はない、という見解で最近は一致しています。ただし、二言語の能力レベルが同じであれば、どちらの言語を話していても使う脳の場所は同じですが、二言語の能力レベルに差があると脳の活動が違ってきます。
第二言語の学習者(第一言語と第二言語の能力差が大きい)は、バイリンガル(二言語の能力が同等)よりも、第二言語を話しているときの脳の活動が高くなります。すなわち、学習者のほうが、脳にかかる負荷が大きいということです。負荷がかかる場所は、必要とされる能力がリスニングなのか文法なのかによって違いますが、バイリンガルよりもたくさん活動します。
そして、第二言語の能力がある一定のレベルに達すると、脳が活動する場所は集約されていきます。これは、プロのスポーツ選手も一緒で、スキルが高くなるにつれて脳の活動場所がだんだん少なくなっていきます。
―第二言語の能力が高い人は、第二言語を使うときに活動する脳の範囲が比較的少ないのですね。ほかにも、第二言語の能力レベルによる脳活動の違いはありますか?
はい。ここで疑問になってくるのが、日本語を使うときでも英語を使うときでも同じ場所が活動するのであれば、二言語を切り替えるスイッチのようなものは脳のどこにあるのか、ということです。
脳の奥のほうには「尾状核(びじょうかく)」と呼ばれる場所があるのですが、二言語の能力差が小さいバイリンガルは、この尾状核の活動が高いことがわかっています。二つの言語を自在に操るためには、この尾状核の活動が重要であり、言語を切り替えるスイッチの役割を果たしているということですね。
日本人の英語学習者の場合はどうなるか、ということについて研究したのですが、言語を切り替えるときに尾状核以外にも言語に関わるいろいろな場所を使っていることがわかりました。そして、日本語から英語に切り替えるときにたくさん活動する場所は、英語から日本語に切り替えるときには一切活動していませんでした。
さらに、英語力が高い人ほど、言語を切り替えるときに、右の「前頭前野(ぜんとうぜんや)」が活動していました(※1)。
―日本人の英語力の高さは、言語を切り替えるときに働く右の前頭前野の活動と関係しているのですね。
はい。言語は左のブローカ野(※2)の働きが大事、ということがよく言われますが、日本人が英語を学習するときには、左ではなく右の同じような場所がとても重要そうだということがわかりました。
ですから、後期バイリンガル(日本語を習得したあとに英語を学習した人)が右の前頭前野に損傷を受けると、日本語は話せるのに英語は話せなくなるということが起きるんですね。
―では、英語力の高さによって脳の構造にも何か違いが出るのでしょうか?
生まれたときの脳が英語の能力を決めているのかどうかを調べた研究(※3)があります。
まず、TOEICのスコアと相関している脳の場所を明らかにしました。これは、右の前頭前野で、先ほど、英語力が高いほどたくさん活動する、とお話ししていた場所です。そして、TOEICのスコアが200もいかないような、英語力が低い人たちは、英語学習のトレーニング(※4)を受けたら脳の構造がどうなるか、ということを見ました。
結果、TOEICのスコアが30%くらい伸びた人は、右の前頭前野が大きくなっていました。でも、実験後、英語を学習せずに1年が経過すると、TOEICのスコアも右の前頭前野の大きさも元に戻っていました。
―「脳が大きくなる」とは、具体的にどのようなことなのでしょうか?
脳は、「灰白質(かいはくしつ)」と「白質(はくしつ)」で成り立っています。脳画像を見ると、いわゆる脳のしわの周りは、色が濃くなっています。この灰色に見えるところが灰白質で、神経細胞がたくさん集まっている場所です。白く見えるところは白質で、神経細胞はありません。脳のいろいろな離れた場所(例:前頭葉と頭頂葉)をつなぐ神経線維です。
ここで言っている「脳が大きくなる」とは、灰白質の体積が大きくなることや白質の繊維が変化するという意味です(下図の上段中央「GM」の棒グラフを参照)。灰白質の体積の大きさと能力の高さには相関性があります。ただし、プロのスポーツ選手など、能力がある一定のレベルを超えて高くなると、省エネで脳の活動範囲が少なくなるのと同じように、灰白質の体積が小さくなることもあり得ます。
また、この実験に参加した人たちは、先ほどお話しした尾状核と右の前頭前野を結んでいる白質の神経線維が太くなっていました(下図の下段「IFG-CN connectivity」の棒グラフを参照)。情報の伝達がしやすくなるということですね。
つまり、英語の能力は生まれたときの脳で決まるわけではなく、訓練することによって脳の構造も英語力も変化するということです。
画像提供:細田千尋氏
[CG Post 1] 4カ月間の英語学習トレーニングを受けなかったグループは変化が見られなかった
[TG Post 1] 4カ月間の英語学習トレーニングを受けたグループは変化していた
[TG Post 2] 4カ月間の英語学習トレーニングを受けたグループは、1年後になるとほぼ元に戻っていた
Hosoda et al. (2013)
―英語を学習すれば英語力が高い人と同じような脳に近づくということから、脳がいかに環境に応じて変化するかということがわかりますね。英語学習をやめると脳の構造は元に戻ってしまったとのことですが、その人がまた学習を再開したとき、まったく学習したことがない人よりも脳が変化しやすい、という可能性はあるでしょうか?
自転車に乗るなど、運動能力に関しては、どれだけやらない期間が長くても、一度覚えたものはやりやすいという脳の性質があることは間違いありません。
英語力のような言語能力については、私たちの結果を見る限りは、一度能力を獲得しても、使わないと忘れてしまい、脳が多少元に戻ってしまうことはあり得るということです。ただし、私たちの結果では、少し伸びた英語力がやらないと元に戻った、というもので、バイリンガルのように高度な英語を獲得したあとに、どうかというとそれはまだエビデンスはないと思いますが、自転車と同じように、一度覚えたものはやりやすい、という脳の性質がおそらくあるのではないかと思います。
―同じ環境や条件で英語を学んでも、習得する英語力には個人差があります。この個人差には、さまざま要因が影響すると思われますが、「このような脳の特徴がある人は英語を学習しやすい」ということはありますか?
現状の研究成果からすると、「言語を学習しやすい脳」というものはおそらくありません。昔は、女性は男性よりも脳梁(のうりょう)(※5)が大きいために言語が得意、ということが言われていましたが、いまは否定されています。
ただし、これは私たちが現在行っている英語学習に関する研究なのですが、学習を開始する時点である特定の脳の場所が発達していないと学習がうまく進まない内容というものがあり得る、というデータは取れています。
このデータは成人の時点で取ったものなので、生まれたときからその脳の場所が発達していたのか、成人になるまでの間に発達したのかはわかりませんが、ある時点で特定の脳の場所が発達している人のほうがその特定の能力は伸びやすいということはあるかもしれません。
―すると、生まれたばかりの赤ちゃんの脳を見たところで、その子どもが言語を学びやすいかどうかはわからないのですね。
そうですね。これに関しては、赤ちゃんがLとRを聞き分けられるかどうかを調べた有名な実験があります。
この実験では、LとRの音が切り替わったときにおもちゃが動く、という仕組みの中に生後半年くらいの赤ちゃんを置きました。もしLとRの音を聞き分けられていれば、音が切り替わったときにおもちゃのほうを見る、ということです。
結果、日本の赤ちゃんも、英語圏の赤ちゃんも、6割くらいの赤ちゃんが聞き分けられました。でも、日本の赤ちゃんは、1歳の手前くらいになると、聞き分けられる子どもの割合が一気に少なくなりました(※6)。
生まれたときの脳でLとRを聞き分ける能力が決まるわけではなくて、英語のインプットがなく、聞き分ける必要がない環境で育つと、聞き分けられないような脳に発達していくということですね。
※1:Hosoda, C., Hanakawa, T., Nariai, T., Ohno, K., & Honda, M. (2012). Neural mechanisms of language switch. Journal of Neurolinguistics, 25(1), 44-61.
https://doi.org/10.1016/j.jneuroling.2011.08.007
※2:左の前頭前野に位置し、言語の産出(ことばを発する能力)を司ると考えられている。
※3:Hosoda, C., Tanaka, K., Nariai, T., Honda, M., & Hanakawa, T. (2013). Dynamic neural network reorganization associated with second language vocabulary acquisition: A multimodal imaging study. Journal of Neuroscience, 33(34), 13663-13672.
https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.0410-13.2013
※4:実験参加者は、4カ月間、毎週60個の単語/イディオム(意味、スペリング、発音、例文)を学習した(Hosoda et al., 2013)。
※5:頭の中心部深くにあり、左右の大脳半球をつなぐ神経線維の束。
※6:Kuhl, P. K., Stevens, E., Hayashi, A., Deguchi, T., Kiritani, S., & Iverson, P. (2006). Infants show a facilitation effect for native language phonetic perception between 6 and 12 months. Developmental Science, 9(2), 13-21.
https://doi.org/10.1111/j.1467-7687.2006.00468.x
【取材協力】
細田千尋氏(東北大学大学院情報科学研究科 准教授)
<プロフィール>
医学博士。東北大学大学院情報科学研究科 准教授/東京大学大学院総合文化研究科 生命環境科学系・認知行動科学科 特任研究員/JST創発的研究支援事業研究代表。研究分野は、1)認知能力(英語力・プログラミング能力・論理的思考・メタ認知など)の個人差を産む神経基盤解明と脳可塑性を誘導する効果的な学習法解明、2)非認知能力(やり抜く力Grit・意志力・メタ認知)の個人差の定量的予測指標の解明、3)IoT技術と心理効果、行動経済学の理論を利用することで、脳可塑性を促進し、個人の能力を拡張・最大化できる教育・支援法を開発し生涯学習をサポート。
<実験にご協力いただける方を募集中>
細田先生の研究では現在、子どもに直接トレーニングしなくても、親だけにトレーニングすることによって、子どもの行動に影響が出るかどうかを調べる実験にご協力いただける方を募集しています。親子で実験にご協力いただける方がいらっしゃいましたら<以下のURL>からお申し込みください。
https://gritbrain.wixsite.com/experiment2022-04
■関連記事