日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2021.10.29
いかに英語の語彙を学習するか、ということは、英語学習者にとっても、英語教師にとっても、最も関心の高いテーマの一つであると思われます。そこで今回は、同志社大学の赤松教授にお話を伺い、英語の語彙学習における日本語の影響や効果的な語彙学習のあり方について紹介します。
【目次】
―赤松先生は、英語習得における母語の影響を中心に研究されているとのことです。どのようなきっかけや理由で、この分野に興味をもたれたのでしょうか?
大学院進学のためにトロント大学(カナダ)へ行ったのですが、どれだけがんばって英語を勉強しても、カナダ人学生の文章を読むスピードに追いつけませんでした。それはなぜなのか、ということに興味をもって、リーディングを中心に研究し始めました。
日本語には漢字や仮名がありますが、英語はアルファベット言語です。このような文字体系の違いによって言語処理の仕方も異なるのではないか、と考え、英語習得における母語の影響について関心をもつようになりました。
―リーディングにおける母語の影響については、どのようなことがわかったのでしょうか?
博士論文では、英語(第二言語)を日常的に使っている日本人、中国人、イラン人について調査しました。日本語や中国語は、非アルファベット言語ですが、イラン人の母語であるペルシャ語は、英語とは文字は異なりますが、同じアルファベット言語です。
母語の影響を調べるため、普通の英単語(例:break, read)を読ませる実験と、あえて大文字と小文字を交互に混ぜた英単語(例:bReAk, rEaD)を読ませる実験を行って、処理(単語の意味の理解)のスピードがどれくらい違うか、ということを調べました。後者の英単語の場合は、日ごろ読み慣れていないので、一つひとつの文字を音に変えて、その単語を頭の中に浮かべる(retrieve)という処理が必要になります。
実験では、どのグループも後者の単語を処理するスピードが遅くなったのですが、日本人と中国人はイラン人よりも、その影響を大きく受けていることがわかりました。
つまり、英語とは異なる文字体系をもつ日本語・中国語の話者は、日ごろ読み慣れていない英単語を読むときに処理の効率が悪かった、ということがわかったんです。単語の意味にたどり着くまでの道筋が非効率的だった、ということですね。
―なぜ、日本人や中国人は、見慣れない英単語を読むときに時間がかかるのでしょうか?
日本人や中国人は、普段から母語である日本語・中国語で漢字を読んでいます。例えば、「雨」という漢字を読むとき、漢字のどの部分が「あ」でどの部分が「め」か、ということは考えませんよね。「雨」と見た瞬間に「あめ」という音や意味が頭に浮かびます。
つまり、文字の中に音や意味のヒントを探そうということはあまりしません。ところが、英語の場合は、r-a-i-nという一つひとつの文字に音があり、それらの音をヒントにして単語の発音と意味を理解します。
英単語は、漢字や仮名で書かれた単語とは処理するプロセスが違うので、日本人・中国人にとっては処理の負担が大きくなる。一方、イラン人は普段からペルシャ語で一つひとつの文字に注目して読んでいるので、大文字・小文字が混ざった単語になったとしても、それほど負担が大きくならない、ということなんだと思います。
―母語と英語の文字体系の違いが英単語の意味を理解するスピードに影響するのですね。その後、どのような経緯で語彙学習の研究へとシフトしていったのでしょうか?
博士論文を書いていたときは、単語の意味にたどり着くまでの道筋について関心をもっていたのですが、その次に、単語の意味にたどり着いたあとのこと、つまり、本当に単語の意味がわかっているのか、ということについて関心をもつようになりました。
例えば、日本人の場合、多くの人が “apple” という英単語を見たり聞いたりしたときに日本語の「りんご」に訳して理解します。でも、「あ、りんごだな」と思った瞬間に、それは実は、日本語の世界にいるということです。
英語で理解して話しているつもりでも、実は、日本語の概念(意味内容)が強くて、英語のネイティブ・スピーカーの概念とずれている、ということがあります。
―「apple」という単語の概念は、英語話者と日本語話者では違うのではないか、ということですね。
そうですね。“apple” は、キリスト教文化の影響が強い英語話者にとっては、「アダムとイブ」のエピソードから、創造性や豊かさといったニュアンスを含んだ単語だと思います。Mac PCや iPhoneなどで有名なApple社を思い浮かべる人もいるかもしれません。
でも、日本語話者は、そういう感覚はもちませんよね。
言語学では、ここ20年くらいで「認知言語学」という分野がとても盛んに研究されるようになりました。この研究分野では、従来の日本での英語教育とは異なるような、語彙の概念を直接理解させるような第二言語の教え方が紹介されるようになりました。
そのような教え方に興味をもったこともあり、どのようなところで概念のずれが生じるのか、どのようにすれば、英単語の本来の概念を学ぶことができるのか、ということを研究するようになりました。
―日本人が英語の語彙を学習する場合、日本語の影響はどのように出るのでしょうか?
まず、名詞であれば、文化的な影響ですね。はじめにお話しした “apple” の例のように、その単語を聞いたときにどういうイメージをもつか、ということが英語話者と日本語話者では異なることがあります。
英単語を日本語に訳した瞬間に、日本語の世界になってしまいますので、英語の本来の概念を理解するためには、ネイティブ・スピーカーの人が “apple” という単語からどんなことを連想するか、どんな場面で使うのか、ということを知らなければいけません。
つまり、英単語だけではなく、その単語が使われている「英語の世界」をパッケージにしてインプットする必要がある、ということです。
―英単語を日本語に訳してしまうと、ネイティブ・スピーカーとは違う概念として理解してしまう、ということに気をつけなければいけませんね。
そうですね。あとは、何度も実験して調査しているのですが、数えられる名詞か数えられない名詞かによって冠詞(a / an / the)をつけるかつけないかが変わってくる、というように、文法的な要素が絡む名詞は、やはり習得が難しいですね。
英語話者は、輪郭がはっきりとしているものは数えられる、はっきりしていないものは数えられない、というふうに理解しているようです。例えば、“parking lot”(駐車場)の場合、車をどこに停めてもいいような広い駐車場であれば、それはスペース(空間)なので数えられない。でも、一台一台の駐車場所が線で示されていれば、数えられる、ということです。
ですから、私も学生にはそのように教えるのですが、輪郭がはっきりしているかどうか、という判断の仕方にも日本人っぽさが出てしまうので、なかなか難しいです。例えば、英語話者は “rice”(米)は数えられないと判断しますが、日本人は一粒、二粒、というふうに数えられる、と考える人もいます。
つまり、何を大事にしているか、という価値観の問題でもありますよね。例えば、どんなに小さくても、ダイヤモンドであれば、一粒、二粒、というふうに数えるけれど、砂粒は数えませんよね。
こういう感覚的な判断が必要な名詞は、習得が難しいです。
―英語の語彙を学習するときには、日本語の価値観や感覚が影響するのですね。
動詞の場合も、学習が難しいです。例えば、「歩く」という動詞について考えてみましょう。
日本語では、「ゆっくり歩く」、「早足で歩く」、というように、「歩く」に副詞(例:ゆっくり)をつけることで、さまざまな「歩く」を表現します。でも、英語の場合は、それぞれの「歩く」に別々の動詞(例:歩く→walk、のんびりリラックスして歩く→stroll、重い足取りで歩く→plod) があります。
歩いている人を見たとき、日本人の感覚からすると、まず「歩く」という動詞が思い浮かび、次に、「どういうふうに」ということを考えます。この時点で、英語話者とはまったく違う処理になります。
これは、逆のパターンもあります。日本語の場合は、「服を着る」、「帽子をかぶる」、「ズボンを履く」、というように、身につけるものによって動詞が変わります。でも、英語ではすべて “wear” です。
ですから、英語を母語とする人がこのような日本語を使うときには、「何を身につけるのか」ということを考えながら動詞を選ばなければいけないので、英語とは違う処理の仕方が必要になります。
英語のほうが動詞の切り分けが細かい、というような規則性があればいいのですが、このように、英語のほうが細かい場合もあれば、日本語のほうが細かい場合もあるので、動詞の学習は難しいんですね。
―前置詞も学習が難しいイメージがありますが、いかがでしょうか?
前置詞などの機能語(※1)はさらに難しいですね。なぜなら、機能語は、一つの語に複数の意味がある場合が多いからです。
例えば、前置詞の “on” には、さまざまな日本語訳があります。“on the desk” であれば「机の上に」、“on the wall” であれば「壁に掛かっている」ですね。このように、日本人にとっては、“on” は多義語ですが、英語話者にとってはそうではありません。「何かにくっついている状態が “on”」というふうに、一つの意味である、という感覚なんです。
(※1)前置詞、代名詞、冠詞、接続詞など、文法的な機能を担う語。一方、名詞、動詞、形容詞、副詞など、それ自体で意味をもつ語は「内容語」と呼ばれる。
【取材協力】
赤松 信彦教授(同志社大学 文学部英文学科)
<プロフィール>
専門は、心理言語学。ニューヨーク州立大学(教育学研究科)にて修士号を取得、トロント大学(オンタリオ教育研究所 教育学(カリキュラム)研究科)にて博士号を取得。同志社大学 文学部英文学科 助教授、トロント大学 オンタリオ教育研究所 客員教授などを経て、2006年より現職。外国語学習における読解習得や語彙習得のほか、日本人が英語を学ぶ場合、母語である日本語がどのような影響を与えるのか、といったテーマでも研究を行っている。
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