日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2021.07.06
辞書は言語学習において不可欠なもののうちの一つです。特にリーディングにおける英和辞書(英英辞書)は非常に有用で、皆さんが国語辞典を引くのと同様に(最近はインターネットで検索することの方が多くなりましたが)、英語を日常的に用いる人やネイティブスピーカーであっても、わからない単語を調べる機会が日常的にあります。
英和辞書は学習段階に応じた様々なものが出版されており、学習の初期段階から使うことを推奨する教員も多くいます。熱心な学習者ほど辞書使用の頻度が高い傾向にあることも、辞書のいい印象を強めているように思われます。
しかしながら、特に書き言葉においては、辞書を使う学習者ほど日本語の直訳のような表現を使う傾向も見受けられます。このような直訳調の表現は日本語と英語に習熟した英語教員には理解されることもありますが、日本語を知らないネイティブスピーカーや他言語を母語とする英語話者にとっては難解なものとなります。
このような日本語の英訳を避けるためには、日本語で作文して、該当する英単語や熟語を調べて、それを組み合わせて英文にするという癖をつけないようにすればいいのですが、決して和英辞書を用いてはいけないということではありません。和英辞書がないと、日本語でしか知らない表現を英語で伝えることができなくなってしまいます。
では、特に和英辞書を正しく用いるためにはどうすればいいか、コロケーションという概念に注目してご紹介します。
【目次】
特に文法中心の英語教育を受けた世代の方々は英文の構造を穴埋めやパズルのように捉えているのではないでしょうか。つまり、「自動詞の場合には主語と動詞が必要」、「他動詞の場合には主語、動詞、目的語が必要」のように、必要なものを補ったり組み合わせたりして英作文を行っているのではないでしょうか。
コロケーション(collocation)を中心に考える英作文はこれとは少し異なります。co(「共に」という意味を持つ接頭辞)+location(場所)という語源が表す通り、コロケーションとは「共に位置する語」です。
厳密な定義に関しては研究者間で意見が分かれているのですが、ここでは広く「隣接する機会の多い語の集まり」とします。専門的な表現を用いると、共起頻度が高い語の集まりと言えます。文単位でパズルを行うのではなく、語のまとまり(チャンク)で考えるのです。例えば、speakはspeak English, speak with, speak fluentlyなどの結びつきが強く、liveはlive in, live alone, live withのように使われることが多くあります。
重要なのは各々のチャンクの文法的機能が必ずしも同じでないことです。以下の a) Tim lives happily with Jane in Franceという文を例にご説明します。
a)の文は名詞(Tim) + 動詞(lives) + 副詞(happily) + 前置詞句(with Jane) + 前置詞句(in France)で構成されています。しかしながら、実際のコミュニケーションにおいては文脈上必ず全ての情報が求められるわけではありません。例えばTimが誰と住んでいるかが話の争点であればc)の名詞(Tim) + 動詞(lives) + 前置詞句(with Jane)の構成になりますし、どこに住んでいるかのみが重要なときはd)の名詞(Tim) + 動詞(lives) + 前置詞句(in France)になります。
a) Tim lives happily with Jane in France
b) Tim lives happily
c) Tim lives with Jane
d) Tim lives in France
コロケーションを考えるときに重要なのは、動詞liveの後ろに埋めるべき空欄がいくつあるかではなく、liveの後ろにどのような語句が来ることが多いかです。直後に来るのが副詞であろうが前置詞であろうが関係なく、来ることが多い語句(共起頻度の高い語句)が重要なコロケーションとして認識されます。
同じ前置詞句でもlive in…はよく使われるので重要なコロケーションとしてネイティブスピーカー(もしくは学習者)の脳内に保管されていますが、live from…は論理的に意味が通らないのでコロケーションとして認識されません。
直訳調の難解な英文を作ってしまうことの原因の一つがコロケーションの重要性を認識していないことにあります。Bahns and Eldaw (1993)の研究では、学習者による英語への翻訳の中のコロケーションの間違いが語の間違いのおよそ2倍観察されました。特に、母語と異なるコロケーションを用いる表現の習得が難しいことが先行研究から明らかになっています(Yamashita & Jiang 2010)。(言語間で異なるコロケーションの例として、日本語では「約束」は「破る」ものであって「壊す」ものではないのに対し、英語ではrip/tear promise (rip, tear=破る、引き裂く)ではなくbreak promiseと言います。)
例として、「会議の準備をする」と英語で表現しようとした場合を考えてみます。
「準備する」を英語で言おうとしたときにまず辞書に出てくるのはprepareでしょう。では、このprepareを用いて英訳してみます。以下では学習者が陥りがちな誤りを例に、その問題点を指摘します。
1) 英和辞書のprepareの項に「…の準備をする」とあるので「会議の準備をする」はprepare a meetingである。
日本語をそのまま英訳しようとするとこのような誤りに繋がります。日本語で考えたら一見正しいようにも思えますが、結果的には実際に用いない英語の表現になってしまっています。
2) 英和辞書のprepareの項には自動詞「準備する」と他動詞「…の準備をする」の用法がある。今回の意味に近いのは他動詞の用法なのでprepare a meetingが正しい。
一見、1)の学習者よりも動詞の本質を理解しようとしているように見えます。しかしながら、結局prepareの意味を日本語訳を介して理解しようとしている点に問題があります。
「会議の準備をする」の正しい英訳はprepare for a meetingです。ではどうすればこの表現に辿り着くことができるのでしょうか。重要なのは訳ではなく実際の用例(例文)に注目することです。
実際にprepare + 名詞という用法は英語において存在します。しかしながらprepare a meetingは混乱を招く表現です。(実際には文脈から大体の意味が通じるかもしれませんが。) 以下にprepareとprepare forの例を挙げます。
prepare
prepare documents (documents: 資料) prepare sandwiches (sandwiches: サンドイッチ)
prepare for
prepare for a party (party: パーティー) prepare for dinner (dinner: 夕食)
prepare for a meeting (meeting: 会議) prepare for a business trip (business trip: 出張)
上記の例からなんとなく違いがわかるかと思いますが、prepareの後ろに名詞とforが両方ある例を見てみると、その差がより明確になります。
prepare A for B
prepare dinner for a party (パーティーのために夕食を準備する)
prepare soup for dinner (夕食のスープを準備する)
prepare documents for a presentation (プレゼンの資料を準備する)
prepare a presentation for a meeting (会議用のプレゼンの準備をする)
これらの例からわかるように、prepareに続く名詞は実際に準備しているもの/こと、prepare forに続く名詞は準備している目的を表します。この違いは自動詞「準備する」、他動詞「…の準備をする」の日本語訳の違いからは見えてきません。
同様に、教員が行うprepare an examination(テスト作り)と学生が行うprepare for an examination(テスト勉強)では意味がかなり異なります。また、dinner, presentationなどforがある場合とない場合のどちらにも登場する名詞が両者の違いを見えにくくしていると言えます。
直訳の英語が奇異に聞こえるもう一つの原因として主語の有生性(animacy)の制約があります。有生性とは名詞が表す対象が生物(人や動物)であるか無生物(物体や抽象物)であるかという属性です。
物体はテレビ、車、石など、生命を持たないもの、抽象物は知識、情報など概念上にしか存在しないものです。この制約は日本語にも存在し、例えば「食べる」、「着る」などの動詞の主語に無生物を用いることはできません。「水がカレーを食べた」のような表現は意味を成さないことがほとんどです。(「時がカレーを食べた」は基本的には用いられませんが、比喩表現としてはやや許容度が高いかもしれません。)
逆に無生物主語しか使えない動詞もあります。「故障する」などがその例です。「愛犬が故障した」という表現も、比喩表現としての解釈を除けば基本的に意味が通りません。どの言語にも比喩表現の自由度は一定程度ありますが、比喩以外のいわゆる一般的な用法としては無生物主語と共起しやすい/しにくいという傾向が日本語の多くの動詞に存在します。
同様の制約が英語の動詞にもありますが、実際のコロケーションを見ない限りは生物、無生物のどちらの主語を用いることができるのか(あるいは両方なのか)判断できないことがあります。例えば類義語であるdecideとdetermineはそれぞれ「decide: 決める」、「determine: 決定する」と訳されることが多くありますが、この訳の違いだと単純にdetermineの方がフォーマルな表現であるだけのような印象を受けます。実際にdetermineの方がフォーマルな文脈で使われるという傾向があるのは事実ですが、もっと重要な違いは主語の有生性にあります。
以下の例文はロングマン現代英英辞典(4訂増補版)におけるdecideとdetermineの例文の抜粋です。まず、decideの主語は必ず人(you, I, Tina)であることがわかります。一方で、determineの場合には人(we)と物(this, each region)のどちらも主語になっています。従って、decideとdetermineはフォーマルさ以外に、使える主語に関する制約に関して異なるのです。
decide
You are old enough to decide such a thing by yourself. (あなたはもうそのようなことをひとりで決められる年齢です)
I decided not to buy that car, but I still can’t stop thinking about it. (あの車は買わないことにしたのだが、まだ未練がある)
Tina’s decided to go to Prague for her holidays. (ティナは休暇にプラハに行くことを決めた)
determine
This determined his fate. (このことが彼の運命を決めた)
We must determine whether [if] his statement is true. (彼の申し立てが本当かどうか判定しなければならない)
Each region should determine the number of doctors it needs in each clinical field. (各地域は、それぞれの医療分野において必要とする医者の数を決定しなければならない)
このような主語とのコロケーションを間違えると誤解を生む表現を使ってしまうことがあります。典型的なものとして、英語では感情の変化を外発的なものとして捉えます。
日本語の「興味を持つ」の主語(主体)は人ですが、「興味」に対応する英語interestが動詞で使われる場合には、「興味を持たせる」のような意味になります。そのためinterest等の動詞は受け身の表現を用いて、John got interested in the project (Johnはそのプロジェクトに興味を持った)のように使います。
人の感情をこのように外発的なものとして表さない言語も多いので、日本語をはじめとする言語を母語とする学習者はパーティーが楽しかったと言いたいときに、I was excited at the party ではなく I was exciting at the party (私はパーティーで周囲を魅了していた)と言ってしまうのです。この種の誤用もexcitingのコロケーションに馴染んでないことが原因であると考えられます。
有生性に限らずに日本語と英語で主語の捉え方が異なる例もあります。例えば美容院や理髪店に行った際に日本語では「昨日髪を切った/染めた」という表現を使いますが、これに対応する英語の表現は I had my hair cut/dyed yesterday で、直訳すると「髪を切って/染めてもらった」になります。確かに実際に髪を切ったり染めたりするのは理美容師なので、英語の表現の方が論理的に正しいようにも思えます。髪が短くなりすぎた場合には「切られすぎた」と言う人もいますが(被害意識や責任転嫁を受け身の表現に込めていると考えられます)、その場合にも「切りすぎた」という表現を使う人がいるところが日本語のおもしろいところでしょう。
このように、辞書で調べた語句を正しく用いるためには、その用例を見てどんなコロケーションが使われているか理解することが重要です。最近の英語辞書(特に英英辞書)の例文は、言語データベース(コーパスと呼ばれます)上の頻度の高いコロケーションを反映したものになっているため、例文を読めば実際によく使われているコロケーションがわかります。
しかしながら辞書を引く度に例文を分析してコロケーションを把握しようとするのはなかなか面倒でしょう。ここで役に立つのがコロケーション辞書です。コロケーション辞書は各々の英単語について、文字通りコロケーションの一覧を紹介しています。違う意味で使われる場合には別のコロケーションが使われることが多いので、自分が示したい意味に合致する表現を選ぶ上で役立ちます。
また、コロケーションの重要性が英語学習全般に与える示唆として、単語だけ知っていても英語を話せないということが言えます。上述した「日本語の直訳のような表現を使う傾向」のある学習者の多くは、単語を独立的に記憶しています。英語が上手い学習者は、知っている単語を組み合わせるのではなく、知っている語のまとまり(チャンク)を用いて表現を構成することに優れています。
コロケーションは意識的な学習(Peters 2014)だけでなく、リーディングを通して無意識的に学ばれることもあるという研究結果があります(Pellicer-Sánchez 2017)。チャンクやコロケーションの知識を増やすためには、辞書の例文を見る習慣を身に付けたり、コロケーション辞書を活用するのが重要ですが、それと同時に、実際に使われている英語に触れ、単語や語のまとまりを学習する機会を増やすとよいでしょう。
■関連記事
Bahns, J., & Eldaw, M. (1993). Should we teach EFL students collocations?. System, 21(1), 101-114.
https://doi.org/10.1016/0346-251X(93)90010-E
Pellicer-Sánchez, A. (2017). Learning L2 collocations incidentally from reading. Language Teaching Research, 21(3), 381-402.
https://doi.org/10.1177/1362168815618428
Peters, E. (2014). The effects of repetition and time of post-test administration on EFL learners’ form recall of single words and collocations. Language Teaching Research, 18, 75–94.
https://doi.org/10.1177/1362168813505384
Yamashita, J., & Jiang, N. A. N. (2010). L1 influence on the acquisition of L2 collocations: Japanese ESL users and EFL learners acquiring English collocations. Tesol Quarterly, 44(4), 647-668.
https://www.jstor.org/stable/27896758