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2021.07.08

バイリンガル環境で子どもを育てると、子どもの言語発達が遅れる原因になりますか?~④文法の発達について

バイリンガル環境で子どもを育てると、子どもの言語発達が遅れる原因になりますか?~④文法の発達について

■今回の悩み・疑問

バイリンガル環境で子どもを育てると、子どもの言語発達が遅れる原因になりますか?

■回答

二つの言語にふれる環境が言語発達遅滞の原因になることはありません(Baker & Wright, 2021, p. 96)。ただし、それぞれの言語にふれる量などから影響を受けて、一方の言語がモノリンガル環境で育つ子どもよりもゆっくりとしたペースで発達しているように見える時期を経験する子どももいます。この場合は、言語発達の遅れや言語障害と結びつけられるべきではありません。

先行研究の概要紹介 〜第4回:文法の発達について〜

 

【目次】

 

平均発話長(MLU)について

子どもは、生後18カ月から24カ月前後にかけて、単語を組み合わせて二語文(例:”Daddy wash”)を話すようになります(中村, 2007)。そして、平均発話長(MLU:Mean Length of Utterance)(※1)は徐々に増えていきます。

英語・スペイン語のバイリンガル児113人(平均23.5カ月)(Marchman et al., 2004)、英語・スペイン語のバイリンガル児64人(生後24カ月〜30カ月)(Conboy & Thal, 2006)、英語・フランス語のバイリンガル児6人(生後18カ月〜30カ月)(Nicoladis, 1994)のそれぞれを調査した研究では、子どもたちが、両言語とも、もしくは少なくとも片方の言語では、モノリンガル児の標準範囲内の月齢で二語以上の語彙を組み合わせて話していたことが明らかになっています。

英語・フランス語のバイリンガル児、音声言語(フランス語)と手話言語(ケベック手話)のバイリンガル児を調べた研究では、二語文を話し始める時期が生後17カ月〜20カ月であることがわかりました。この結果により、音声と手という形が異なる二言語にふれている子どもでさえ、モノリンガルと同様のペースで発達することが示されました(Petitto et al., 2001)。

また、英語・スペイン語にふれて育っているバイリンガル児3人(2歳前後)を3〜6カ月に渡って観察した研究(Padilla & Liebman, 1975)では、英語もスペイン語も各言語のモノリンガル児と同じペースでMLUが伸びたことがわかりました。

さらに、英語・フランス語のバイリンガル児3人のMLUを2歳から3歳にかけて調査した結果(Paradis & Genesee, 1996)を分析したParadisら(Paradis et al., 2011)によると、うち2人は、両言語とも、各言語のモノリンガル児の標準範囲内でした。残りの1人は、両言語ともモノリンガル児の標準範囲を下回り、のちに言語発達遅滞と診断されました。3人のうち1人が言語発達遅滞であった、ということだけを聞くと、バイリンガル児は言語発達遅滞になる可能性が高いのではないかと不安に感じるかもしれません。しかし、そのような結論を導くには、あまりにも被験者が少数すぎます。

それよりも、この研究結果で注目するべき重要なことは、「両言語とも」という点であり、どちらかの言語でMLUが標準範囲を下回っていたとしても、もう一方の言語でMLUの伸びがあれば、それは言語発達遅滞ではない、ということがわかった、ということです。

つまり、二つの言語にふれる環境で育っているからといって、必ずしもMLUの伸びがモノリンガルより遅れるわけではなく、普通の発達をしているバイリンガル児であれば、モノリンガルと同様のペースで伸びていくのです。

 

文構造の発達について

バイリンガル児の語彙発達は、前々号の記事で述べた通り、モノリンガルと同様に、初期のころは名詞、次いで述語(例:動詞や形容詞など)、そして機能語(例:冠詞や前置詞など)の割合が増えていく、という特徴があります。では、このようにさまざまな機能をもつ語を組み合わせて文章が複雑になっていくペースは、モノリンガルと同様なのでしょうか。

バイリンガル児の各言語の文法(語や文の構造)発達ペースがモノリンガル児と同様であることを示した研究はいくつか報告されています(De Houwer,1990; Gawlitzek-Maiwald & Tracy, 2009; Nicoladis, 1994; Padilla & Leibman, 1975; Paradis & Genesee, 1996)。

例えば、カナダの研究チーム(Paradis & Genesee, 1996)がフランス語・英語のバイリンガル3人(2歳前後)を対象に、動詞の語形変化、否定形、代名詞の習得について調査しています。結果、これら文法形式の習得ペースおよびパターンは、各言語のモノリンガル児と同様でした。例えば、sleep → sleepingなど、数や時制、人称による動詞の語形変化は、フランス語話者は2歳ごろ、英語話者は3歳ごろで使うようになりますが、バイリンガル児も同様だったのです。

このような研究は、日本語・英語のバイリンガル児2人でも行われており、テンス(※2)を表す文法形式の出現時期が調べられました(Mishina-Mori, 2002)。つまり、日本語で過去を表す「〜た」(例:食べた)を含む発話、英語で過去を表す「動詞+ed」(例:cooked)を含む発話がいつ出てくるのか、ということです。結果、日本語では1歳過ぎ(二語文期に入る前の段階)から、英語で2歳過ぎ(二語文期に入ったあとの段階)からであり、各言語のモノリンガル児と同様の時期でした。

また、同研究では、否定文の習得についても調査されています。結果、日本語では、平均発話長が2.0になる前の段階から、否定を表す「〜ない」(例:食べない)を含む発話が見られるようになりました。英語では、平均発話長が2.0のころになると、まずは “no” を文頭に置いて(例:No Ken go.)否定を表すようになり、最終的には、平均発話長が2.8のころになると助動詞と主動詞の間に置くようになりました(例:I do not eat.)。そして、これらは各言語のモノリンガル児と同様の発達ペースでした。

これらの研究結果からは、バイリンガル児の文法発達ペースがモノリンガル児と同様である、ということだけではなく、二つの言語が早い段階から区別され、別々に発達していく(※3)、ということもわかります。

なお、習得に比較的時間がかかるとされている文法形式については、バイリンガル児にとってその言語が優勢言語でない場合や社会の少数派言語である場合は、モノリンガル児よりも遅れて習得する可能性はあります(Paradis et al., 2011)。また、数百人を対象にした調査により、インプット量が少ない言語については、モノリンガル児よりも遅れて習得する文法形式があるものの、インプット量が増えればモノリンガル児に追いつくことを示した研究結果(Gathercole, 2007)も報告されています。

よって、このような「遅れ」は、言語発達遅滞と捉えられるべきではありません。

 

〜次回は、バイリンガル特有の言語使用について紹介します〜

(※1) 一つの発話における形態素(意味をもつ最小の語の単位)の数の平均。例えば、catsに含まれる形態素の数は2つ(「ネコ」を表す“cat”+複数形を表す“s”)である。

(※2) 動作の「時制」(過去/現在/未来)を表す文法形式。

(※3)Separate Development Hypothesis(分離発達仮説)と呼ばれる(De Houwer,1990)。

 

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参考文献

Baker, C., & Wright, W. E. (2021). Foundations of bilingual education and bilingualism (7th ed.). Multilingual Matters. Bristol, UK: Multilingual Matters.

 

Conboy, B. T., & Thal, D. J. (2006). Ties Between the Lexicon and Grammar: Cross-Sectional and Longitudinal Studies of Bilingual Toddlers. Child Development, 77(3), 712-735,

https://doi.org/10.1111/j.1467-8624.2006.00899.x

 

De Houwer, A. (1990). The acquisition of two languages from birth: case study. Cambridge University Press.

 

Gathercole, V. C. M. (2007). Miami and North Wales, So Far and Yet So Near: A Constructivist Account of Morphosyntactic Development in Bilingual Children. International Journal of Bilingual Education and Bilingualism, 10(3), 224-247.

https://doi.org/10.2167/beb442.0

 

Gawlitzek-Maiwald, I., & Tracy, R. (2009). Bilingual bootstrapping. Linguistics, 34(5), 901-926.

https://doi.org/10.1515/ling.1996.34.5.901

 

Marchman, V. A., Martínez-Sussmann, C., & Dale, P. S. (2004). The language-specific nature of grammatical development: evidence from bilingual language learners. Developmental Science, 7(2), 212-224.

https://doi.org/10.1111/j.1467-7687.2004.00340.x

 

Mishina-Mori, S. (2002). Language differentiation of the two languages in early bilingual development: A case study of Japanese/English bilingual children. International Review of Applied Linguistics in Language Teaching, 40(3), 211-233.

https://doi.org/10.1515/iral.2002.011

 

Nicoladis, E. (1994). Code-mixing in young bilingual children. Unpublished doctoral dissertation, McGrill University, Montreal, Canada. Retrieved from

https://escholarship.mcgill.ca/concern/theses/ws859h514

 

Padilla, A. M., & Liebman, E. (1975). Language acquisition in the bilingual child. Bilingual Reviews. 2(1-2), 34-35. Retrieved from

http://www.jstor.org/stable/25743616

 

Paradis, J., & Genesee, F. (1996). Syntactic Acquisition in Bilingual Children: Autonomous or Interdependent? Studies in Second Language Acquisition, 18(1), 1-25.

https://doi.org/10.1017/S0272263100014662

 

Paradis, J., Genesee, F., Crago, M.B. (2011). Dual Language Development & Disorders: A Handbook on Bilingualism and Second Language Learning: Second Edition. Paul H. Brookes Publishing.

 

Petitto, L.A., Katerelos, M., Levy, B. G., Gauna, K., Tereault, K., & Ferraro, V. (2001). Bilingual signed and spoken language acquisition from birth: Implications for the mechanism underlying early bilingual language acquisition. Journal of Child Language, 28(2), 453-496.

https://doi.org/10.1017/S0305000901004718

 

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