日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2023.12.11

「テクノロジー×動き」の組み合わせで英語学習をサポート

「テクノロジー×動き」の組み合わせで英語学習をサポート

タイトル:Real body versus 3D avatar: the effects of different embodied learning types on EFL listening comprehension

実際の身体動作 vs 3Dアバター 〜身体化された学習の異タイプがEFL(外国語としての英語学習)リスニング力に与える効果(IBS訳)

著者:Lan, YJ., Fang, WC., Hsiao, I.Y.T. et al.

ジャーナル:Educational Technology Research and Development, 66: 709-731

アクセス:https://doi.org/10.1007/s11423-018-9569-y

レビュー著者:Paul Jacobs

翻訳:佐藤有里

 

まとめ

● 身体を動かすことで言語を学びやすくなる。

● 外国語の単語を学んでいるとき、その単語が表す動きをVR空間で見ることは、実際に自分がその動きをすることと同じくらい効果的である。

● そのような学習方法は、日本でもパソコンやタブレットを使って比較的低コストで応用できる。

 

はじめに:身体を動かしながら英語を学ぶ

日本の教育現場では、実社会で使われている本物の英語に触れる体験をすることは難しいかもしれません。しかし、それは不可能ということではありません。外国語を学習するとき、ジェスチャーを使ったり (Hostetter, 2011) 、画面上の誰かがフレーズを聞きながら動作するところを見たりすることが良い学習成果につながる、という研究結果があります (Zwaan, Stanfield and Yaxley, 2002)。このように、身体の動きと言語を結びつけることは、子どもたちにとって自然な外国語学習の方法になる可能性があります。

台湾の研究グループ (Lan et al, 2018 )は、仮想現実(VR)プログラムを使って、小学生の子どもたちが、画面上でアバターの動きを見ながら英語を聞くだけでスポーツに関連する英語表現を学べるかどうかを調べる研究を行いました。

この研究の著者たち(Lan et al, 2018)は、下記二つの問いを立てています。

 

1. 小学校で外国語として英語を学んでいる生徒たちにとって、VRアバターを使う場合と実際に体を動かす場合では、スポーツに関連した英語表現の学習能力にどのような影響があるか?

2. 生徒の英語力によって結果に違いが出るか?

 

研究内容:外国語を学びやすくする方法は、実際に身体を動かすこと?それとも、VRアバターを動かすこと?

この研究では、これらの問いについて調査するため、台湾に住む小学5年生69人を三つのグループに分けました。生徒たちは、初級レベルの英語力であり、学校のカリキュラム(※1)を通して外国語として英語を学んでいます。

一つ目のグループは、Xbox(※2)が開発した『Kinect』(キネクト)というデバイスを使いました。コントローラーを操作するのではなく、自分の身体を動かすことでゲームをプレイします。Kinectのカメラがプレイヤーの動きをとらえ、画面上のアバターが同時にその動きをするのです。現実世界で身体を動かすので、このグループ①を「身体動作グループ」と呼ぶことにします。

二つ目のグループは、コンピュータの前に座り、『Second Life(セカンドライフ)』(※3)と呼ばれるゲームをプレイしました。このゲームでは、没入感があまりないVR環境(※4)に入ります。身体動作は、スクリーン上のアバターが行います。生徒は、その動きを見るだけ(自分の身体は動かさない)なので、このグループ②を「VRグループ」と呼ぶことにします。

三つ目のグループは、身体動作を実際にしたり見たりせずに学ぶ対照群です。生徒たちは机に座り、英語表現を聞きながら、その表現が表す動作の静止画を見ます。このグループ③は、物理的にも視覚的にも身体動作がないため、「紙学習グループ」と呼ぶことにします。

生徒たちは、“Do a header.”(ヘディングをする), “Do a backstroke.”(背泳ぎをする)、 “Do a lunge step”.(片足を前方や後方に踏み出して腰を落とすランジステップをする)など、スポーツに関する英語表現18個を学習しました。この時点ではまだ学校で習っていないため、生徒たちにとって馴染みのない表現です。

 

各グループの学習方法のイメージ(イラスト:Paul Jacobs)

グループ①:身体動作

各生徒は、『Kinect』のデバイスに接続されたスクリーンの前に立つ。“Do a header.”など、動作表現の音声が流れ、その動きをしている場面の静止画がそのスクリーンに映し出される。生徒は、それぞれの英語表現ごとに、静止画と同じように自分の身体を動かす。

『Kinect』を見ながら動作をまねる小学生のイメージ

 

グループ②:VR

生徒は、この研究チームが『セカンドライフ』を使って制作した仮想の世界に入る。画面上のアバターは、円形の部屋の中央にいる。その周りの壁には、動作表現の動きをしている場面の写真が並んでいる。写真の前でアバターを動かしてクリックすると、英語表現の音声が流れ、アバターがその動きをする。生徒は、コンピューター画面上のアバターを円形の部屋の中で動かし、英語表現の音声を聞きながらその表現に関連したアバターの動きを見る。自分の身体は動かさない。

画面上のアバターの動作を観察する小学生のイメージ

セカンドライフの中の部屋のイメージ

 

グループ③:紙学習(対照群)

生徒は、机に座り、動作表現の動きをしている場面の静止画を紙面で見ながら音声を聞く。

動作表現の動きをしている場面の静止画を紙面で見る小学生のイメージ

 

生徒たちは、3週間にわたって3回の学習セッションに参加します。そして、英語表現18個を聞き取れるかどうか(理解)、言えるかどうか(産出)を実験直後に評価するテスト(事後テスト)としばらく経ってから評価するテスト(遅延事後テスト)を受けました。

また、実験前の事前テストで英語の習熟度が評価され、高いレベルのグループと低いレベルのグループに分けられました。

 

結果:すべての学習者にとって「動きを見る」が最も効果的

調査結果を評価するため、グループとしての成績と英語の習熟度レベルに基づいて、6つのテストスコアが採点・比較されました。

対照群(紙学習のグループ③)では、有意なスコア向上が見られませんでした。一方、身体動作グループ(①)とVRグループ(②)では、有意なスコア向上が見られ、最終レッスンから7週間後に実施された2回目の遅延事後テストでも同じ結果でした。

さらに調査を進めると、身体動作グループのスコア向上は英語力の高い生徒に見られ、英語力の低い生徒にはあまり向上が見られないことがわかりました。しかしながら、VRの学習環境は、英語力の高い生徒にも低い生徒にも役立っていました。

このように、英語力によって、指導法の効果が異なっていたのです。

 

考察:「動き」+「言語」+「テクノロジー」を組み合わせる

この研究結果が示唆するように、身体動作と外国語学習を組み合わせることによって、良い学習効果が得られました。

これが起こり得る理由は「Embodied Cognition(身体化された認知)」(Goldin-Meadow and Wagner, 2005; Glenberg, Goldberg and Zhu, 2011)の考え方が理論的に説明しています。この理論により、認知と身体は相互に依存しており、認知が身体を形成し、身体が認知を形成する、という考え方が広まっています。

では、実践的な観点から考えるとどうでしょうか。なぜ、VR環境に入って、英語表現を聞きながら画面上のアバターが動く様子を見るだけの学習方法(VRグループ)は、あらゆる英語力の生徒たちの学習を促すのでしょうか。一方、なぜ、英語表現を聞きながら自分の身体を動かす学習方法(身体動作グループ)は、英語力の高い生徒にのみ役立つのでしょうか。

この研究論文の著者らは、理由として次の点を示しています。

アバターの動きを見るだけの生徒は、英語表現を聞きながらその動作に注意を向け続けることができる。一方、身体動作グループの生徒は、英語表現だけでなく、自分の身体動作にも集中しなければならない、ということです。

英語力の低い生徒たちは、自分の身体を動かしながら英語表現に注意を向けるほうが難しかった可能性があります。一方、英語力の高い生徒たちはそれがうまくできた、ということもあり得ます。

もしかしたら、これは生徒たちの学習適性にも関係しているかもしれません。ワーキングメモリや注意制御 (Wallace, 2022 )などの認知能力だけではなく、外国語のテストを受けているときに「身体を動かす」というパフォーマンスをすることについて、生徒たちがどのくらい人目を気にしたかなど、情意的要因 (Gkonou, Daubney and Dewaele, 2017 )も考慮されるべきです。

習熟度の高い生徒と低い生徒の成績にはどのような要因が影響したのか、という点を明らかにすることは、とても興味深いです。

この研究の著者らは言及していませんが、研究結果を説明し得るもう一つの考え方は、リスニング力において重要な役割を果たすと言われている背景知識(topical knowledge)(Wallace, 2022)に関係しています。

つまり、生徒たちは、英語表現には馴染みがありませんでしたが、スポーツの動作には馴染みがあったのかもしれません。この背景知識によって、音声で聞いた英語表現の理解が助けられ、学習成果を高めた可能性があります。

VR環境でアバターの動きを見る。自分の身体を動かす。どちらの方法でも、生徒たちは「動き」を通じて新しい単語を学ぶことができました。では、これがどのように実践的に授業につながるのでしょうか。

 

学校向けの実践的なアイデア

「身体化された認知」理論に関連する教育的アプローチには、「Total Physical Response/TPR(全身反応教授法)」(Asher, 1969)や 「Multisensory Structured Learning Approach /MSL(多感覚を用いた体系的な学習アプローチ)」(Sparks et al., 1991)があります。これらは、身体の動きとことばを結びつけ、複数の感覚を使いながら学ぶように促すアプローチです。

幼い子どもに教える場合は、ジェスチャーを使うとより自然かもしれません。しかし、小学校高学年や中学生の場合は、年齢に合ったジェスチャーや動作を見つけにくいことがあります。そういうときには、低没入型のVRが役立つ可能性があります。年齢が高い生徒たちの多くは、授業中に身体を動かすよう言われたときに気まずさを感じるかもしれませんが、(自分の身体を動かすのではなく、アバターの動きを見るだけで良いので)その点を補ってくれるのです。

「VR」と聞くと高価なヘッドセットが必要だと思われがちですが、今回ご紹介した研究によれば、没入感の低いVRにも十分な効果があり、コンピュータ・ゲームを活用するだけでも良いのです。

教育現場でのICT活用はますます推進されているため (文部科学省, 2020)、学校や文部科学省は、生徒たちが動作とことばの意味をよりリアルに結びつけられるような環境に身を置いて学べるよう、コンピュータ画面で参加できるVRツールの活用を検討すべきです。

この考え方を日本で応用しているクリエイティブな事例としては、立命館小学校(京都府) 正頭教諭の取り組みがあります(インタビュー記事:https://bilingualscience.com/english/子どもの英語教育に必要な「モチベーション」-〜m/)。

最後に、この研究は、子どもたちが映像や絵本のイラストの真似をして、全身を動かしたりジェスチャーを使ったり実際にやってみたりしながら家庭で英語を学ぶ、というアイデアにもつながります。

特に子どもの年齢が低いうちは、親が遊び感覚で一緒に身体を動かしてあげることで、子どもの学習をサポートすることができます。これにより、家庭での英語学習を促しながら、親子のつながりを築くこともできるのです。

(※1)台湾の学校では、日本と同様に小学3年生から正式に英語教育が始まります。しかしながら台湾では、英語と標準中国語のバイリンガル国家を目指す動きがあり、日本よりも英語力が重視されている可能性があります(National Development Council Ministry of Education Directorate-General of Personnel Administration Ministry of Examination Civil Service Protection and Training Commission, 2021)。

(※2)Xbox製デバイス『Kinect』の紹介動画はこちら:Xbox 360 Kinect

(※3)プレイヤーたちがアバター(キャラクター)をつくり、ゲームの世界を探索するマルチプレイヤー型の仮想環境。

(※4)VR研究では、高没入型と低没入型、二つのタイプのVRが対象になっている。高没入型VRの世界は、VRヘッドセットを通じて映し出され、ユーザーがVR環境の中に入り込む。一方、低没入型VRの世界は、コンピュータの画面上に映し出され、ユーザーがマウスやコントローラーの操作でアバターを動かしてVR環境内を動き回る(Kaplan-Rakowski and Gruber, 2019)。

 

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■関連記事

VRなどの仮想環境を用いた外国語学習

 

VRを使って子どもに第二言語を教える 〜Randall Sadler氏 & Tricia Thrasher氏インタビュー(前編)〜

 

参考文献

Asher, J.J. (1969) ‘The Total Physical Response Approach to Second Language Learning’, The Modern Language Journal, 53(1), pp. 3–17. Available at:

https://doi.org/10.2307/322091

 

Gkonou, C., Daubney, M. and Dewaele, J.-M. (2017) New Insights into Language Anxiety: Theory, Research and Educational Implications. Multilingual Matters.

 

Glenberg, A.M., Goldberg, A.B. and Zhu, X. (2011) ‘Improving early reading comprehension using embodied CAI’, Instructional Science, 39(1), pp. 27–39. Available at:

https://doi.org/10.1007/s11251-009-9096-7

 

Goldin-Meadow, S. and Wagner, S.M. (2005) ‘How our hands help us learn’, Trends in Cognitive Sciences, 9(5), pp. 234–241. Available at:

https://doi.org/10.1016/j.tics.2005.03.006

 

Hostetter, A.B. (2011) ‘When do gestures communicate? A meta-analysis’, Psychological Bulletin, 137(2), pp. 297–315. Available at:

https://doi.org/10.1037/a0022128

 

Kaplan-Rakowski, R. and Gruber, A. (2019) ‘Low-Immersion versus High-Immersion Virtual Reality: Definitions, Classification, and Examples with a Foreign Language Focus’, Proceedings of the ICT for Language Learning Conference [Preprint].

 

Lan, Y.-J. et al. (2018) ‘Real body versus 3D avatar: the effects of different embodied learning types on EFL listening comprehension’, Educational Technology Research and Development, 66(3), pp. 709–731. Available at:

https://doi.org/10.1007/s11423-018-9569-y

 

National Development Council Ministry of Education Directorate-General of Personnel Administration Ministry of Examination Civil Service Protection and Training Commission (2021) Bilingual 2030. Taiwan: National Development Council Ministry of Education Directorate-General of Personnel Administration Ministry of Examination Civil Service Protection and Training Commission. Available at:

https://ws.ndc.gov.tw/Download.ashx?u=LzAwMS9hZG1pbmlzdHJhdG9yLzExL3JlbGZpbGUvMC8xNDUzNC9hODg1MTBkMC04YmQxLTQxZGEtYTgzZC1jOTg0NDM5Y2U3ZmMucGRm&n=QmlsaW5ndWFsIDIwMzAucGRm&icon=.pdf (Accessed: 28 September 2023).

 

Sparks, R.L. et al. (1991) ‘Use of an orton-gillingham approach to teach a foreign language to dyslexic/learning-disabled students: Explicit teaching of phonology in a second language’, Annals of Dyslexia, 41(1), pp. 96–118. Available at:

https://doi.org/10.1007/BF02648080

 

Wallace, M.P. (2022) ‘Individual Differences in Second Language Listening: Examining the Role of Knowledge, Metacognitive Awareness, Memory, and Attention’, Language Learning, 72(1), pp. 5–44. Available at:

https://doi.org/10.1111/lang.12424

 

Zwaan, R.A., Stanfield, R.A. and Yaxley, R.H. (2002) ‘Language Comprehenders Mentally Represent the Shapes of Objects’, Psychological Science, 13(2), pp. 168–171. Available at:

https://doi.org/10.1111/1467-9280.00430

 

文部科学省 (2020) ‘外国語の指導におけるICTの活用について’. 文部科学省. Available at:

https://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/index.htm (Accessed: 30 March 2022).

 

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