日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2022.07.20
著者:佐藤有里
ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所(IBS)
Should Code-switching by Young Bilingual Children be a Concern?
— A Discussion Based on Research in Speech-language Pathology and Neurolinguistics —
Yuri Sato
World Family’s Institute of Bilingual Science (IBS)
日本では、バイリンガル家庭や早期英語教育で育った子どもが日本語と英語を混ぜて話すようになると、言語発達に問題が生じているのではないかと不安を抱える親がいる。本論文では、バイリンガル児が一つの発話や文章の中で二つの言語を混ぜて使用すること(コードスイッチング/CS)を言語発達の問題として危惧するべきか否かを検討するため、関連の先行研究を調査した。言語聴覚士などに対する意識調査結果では、従来、バイリンガル児の言語発達が適切に評価されてこなかった実態が明らかになった。バイリンガル児が言語障害の有無にかかわらずCSを行うことを示した言語病理学的研究、さらに、近年のCSに関する神経学的研究によると、CSは言語発達の遅れや言語障害の兆候ではなく、高度な認知機能に支えられたバイリンガル特有の言語能力であるとされている。
【キーワード】
コードスイッチング、言語障害、言語発達、早期バイリンガリズム、第二言語習得、乳幼児
[Abstract]
In Japan, some children grow up in a bilingual environment, being constantly exposed to Japanese and English at home or at school from an early age. When they begin to mix two languages, some parents worry that their child might have a problem with their language development. This paper reviews studies related to code-switching (CS) and discusses whether mixing two languages in an utterance or in a sentence by bilingual children, should be considered a language development problem. Several surveys about speech-language pathologists’ beliefs and practices revealed the fact that the linguistic ability of bilingual children have not been evaluated appropriately in the past. Pathological studies found that bilingual children with language impairments and those with typical language development have similar CS behaviors. These studies and other neurolinguistic studies consider the use of CS as an unique linguistic ability based on the bilingual’s sophisticated cognitive capacity−not as a sign of developmental language delay or language disorders.
[Key Words]
code-switching, language disorder, language impairment, language development, early bilingualism, second language acquisition, infants, toddlers
日本では、「子どもが日本語と英語を混ぜて話すようになってしまった」と早期英語教育や国際結婚、海外移住などによる二言語環境に不安を抱く保護者の声が散見される。ときには、ごちゃ混ぜ問題、混乱、などの否定的な表現を伴う。しかしながら、会話や文章の途中で使用する言語を変更したり異なる言語を交互に使用したりすることは、多くのバイリンガル(二言語使用者)にとって一般的な言語行動であり、主に「コードスイッチング」(code-switching、以下CS)と呼ばれる(※1)(※2)(※3)。
そして、二言語が発達段階にある1〜2歳のバイリンガル児も相手に合わせた言語を使用することから、幼児は二言語を区別できないか二言語環境で混乱しているためにCSを行うという考え方は否定されている(※4)(※5)(※6)。さらに、幼児のCSにも多様な理由や目的、一定の規則性があり(※7)、「ごちゃ混ぜ」と呼ばれるような無秩序な言語使用ではない。
日本の保護者が二言語を混ぜて話す子どもに不安を感じ始めるきっかけの一つは、乳幼児健康診査(健診)であると推測される。全国の地方自治体は、1歳6カ月児健診と3歳児健診を行うことが母子健康法で義務づけられている。その診察項目は「言語障害の有無」を含み、医師や保健師などは、言語理解(例:「わんわんはどれ?」と聞かれて正しい絵を指差す、「積み木をお母さんにあげてください」と言われて指示に従う)と言語表出(例:「これは何?」と聞かれて物の名前を言う、「今日は誰と一緒に来たの?」と聞かれて答える)に関する診察や保護者への問診を行う(※8)。日本では、言語障害とバイリンガリズム(二言語使用)の関連性についての研究が少なく、バイリンガル児の言語発達を検査・評価する方法も確立されていない(※9)。そのため、健診中に子どもが日本語と英語を混ぜて発話したり、日常生活でそのような様子があることを保護者が相談したりした場合、「正常」とみなされず、二言語環境を問題視する助言や指導が行われる可能性は高い。
アメリカでは、世界最大規模の言語聴覚士職能団体であるアメリカ言語聴覚協会により、CSは第二言語習得の過程における正常な現象であるとして、言語障害とは区別されている(※10)。この見解が日本の乳幼児健診の場や保護者などに共有されているとは考えにくい。現に、全国の自治体を対象とした乳幼児健診のマニュアルでは、バイリンガル児の診察を行うこと自体が想定されていない(※8)。早期英語教育に関心をもつ親が増え、さらに、2012年から2019年までの7年間で外国籍の乳幼児(0〜6歳)も1.4倍に増加しており(※11)(※12)、今後は、乳幼児期から複数の言語に接触して育つ子どもが珍しい存在ではなくなっていく。よって、バイリンガルの幼児が複数の言語を混ぜて発話する行動を危惧するべきか否かを知ることは、専門家に限らず、日本の保護者や保育・教育関係者、地域社会など、乳幼児に関わるすべての人々にとって重要である。
本論文の目的は、バイリンガル児のCSを言語発達の問題として危惧するべきか否かを検討することである。すでにCSを言語障害と区別しているアメリカ言語聴覚協会の見解を出発点として、主に言語病理学や言語心理学、神経言語学の分野における海外の関連研究を調査する。まず、バイリンガル児のCSを言語発達の問題として捉えることが問題になった背景を明らかにする。そして、バイリンガル児のCSを言語障害の有無で比較した先行研究に基づき、CSが言語発達の遅れや言語障害の兆候である可能性が低いことを示す。最後に、言語を切り替える際の脳の働きに関する先行研究に基づき、CSをバイリンガル特有の高度な認知能力として捉える必要性について論じる。
本論文における「コードスイッチング(code-switching)」は、発話や文章の途中で使用する言語を変更したり複数の言語を交互に使用したりすることを指す。本論文で引用する先行研究は、code-mixing、language switchingなどの異なる用語が使われているものを含む。使用言語を発話や文章ごと、または文中で変更する場合など、研究者によって定義が異なるが、本論文では、それらすべてを含めて「コードスイッチング」と表記する。
また、文脈に応じて「使用言語を変更」、「二言語を混ぜる」、「言語を切り替える」などの表現を用いるが、すべてコードスイッチングを意味する。
子どもの言語発達は、同じ月齢または年齢の子どもの標準的な発達状況と比較することで評価する。言語理解や言語表出がその年齢で期待されているレベルでない場合(Leonard, 2014)は言語発達遅滞(ことばの発達の遅れ)として診断され、学齢期にかけて時間が経過しても年齢相応の発達状況にならない場合や何らかの支援が必要な場合に言語障害と診断される(※7)。ある時点でことばが遅れていてもそれが言語障害の兆候であるとは限らず、ことばの遅れと言語障害は別のものである。しかし、ことばの発達が何歳までに年齢相応になっていなければ言語障害である、といった明確な基準は理論上存在しない(※13)。よって、本論文では、言語発達遅滞と言語障害を併せて言語発達の問題として扱う。
子どもの言語障害は、言語のみに困難が生じる場合(特異的言語障害)とそのほかに聴覚障害、脳神経疾患(例:脳血管障害、頭部外傷、脳腫瘍など)、自閉症などを伴う場合があり、その原因や症状も多様であることから、学術領域、使用される場面によって異なる定義や分類の仕方、診断名がある(※7)。近年は、子どもの言語発達に関する障害については「特異的言語障害(specific language impairment)」が使用されることが多いが、その定義や診断基準は統一されておらず、言語によっても異なる(※14)(※15)。よって、本論文における「言語障害」は、主に特異的言語障害を意味するが、原因や症状、そのほかの障害の有無に関わらず、言語が発達段階にある幼児において言語理解や言語表出に困難が生じている状態を指す。
言語における困難は、言語の理解・表出、聴力や構音、読み書き、社会性やコミュニケーション、脳の認知機能に関わるもの(集中力や記憶)など、実に多岐に渡る。言語聴覚士は、医療機関や保健・福祉機関、教育機関などにおいて、それらに関する検査・評価を行い、必要に応じた訓練・指導・助言などを行う専門職である。アメリカの国勢調査によると、2018年時点で、英語以外の言語を家庭で使用する5歳以上の人口は全体の21.5%を占め、その約9割が英語も話す (※16)。このようなバイリンガルが増加傾向にあるアメリカ(※17)では、バイリンガル児の言語に関する検査方法が問題視されてきた。必ずしもすべての言語聴覚士が確かな知識と経験をもってバイリンガルの言語に関する検査・評価を行っているわけではないことが複数の研究で明らかになっている。
Kritikos(2003)(※18)は、アメリカ内でもバイリンガル人口の多い5州(ニューヨーク、フロリダ、テキサス、ニューメキシコ、カリフォルニア)の言語聴覚士(モノリンガル365名とバイリンガル446名)を対象に意識調査を行った。結果、ほとんどの回答者がバイリンガルの検査経験があったが、バイリンガルの言語検査を行う能力もそのための知識も不足していると感じていた。バイリンガル教育や第二言語習得の専門家と連携する必要があると考える回答者は全体の6割を占めた。また、バイリンガルの検査を行う能力に自信がない回答者はモノリンガルの言語聴覚士に多かった。
さらに、バイリンガルの言語聴覚士においても、自身が第二言語を家庭や海外などの異文化環境で学習した経験をもつ言語聴覚士のグループと学校教育のみで学習したグループを比較すると、前者のほうが診断に自信をもっている、という違いが見られた。バイリンガルが多い地域でさえ、大多数の言語聴覚士が確かな根拠や知識をもって検査を行っておらず、第二言語習得や異文化の経験がない言語聴覚士ほどその傾向が強いことが示されている。
バイリンガル児に対してモノリンガル児と同様の対応を行う言語聴覚士が極めて多い、という調査結果もある(※19)。アメリカ・ミシガン州内の学校(2003—2004年度)所属の言語聴覚士130名(全員バイリンガル児の検査経験あり)のうち、一貫してモノリンガル児と異なる対応を行っていた言語聴覚士はわずか1割だった。そして、英語以外の言語も話すバイリンガル児に対し、98%が英語用の検査を行い、75%が検査中に主に英語を使っていた。
調査対象者のほぼ全員が英語モノリンガルであったことや、学校現場で子どもが英語を話す様子を見て英語のみの検査で問題ないと安易に判断していたことなどが要因として分析されている。バイリンガルの言語発達に関する知識習得や実習が不十分であったと認識する言語聴覚士も多く、大学のカリキュラムの見直しやバイリンガルの言語聴覚士を確保することも課題であることがわかった。Guiberson and Atkins(2010)(※20)は、アメリカ・コロラド州内の言語聴覚士に関する調査結果を1996年と2009年で比較している。結果、英語を第一言語としない子どもやバイリンガル児に対応した適切な言語検査を行う(例:子どもの両言語で検査を行う、専門的な通訳を同席させる)ケースは増加したものの、バイリンガル児の言語発達やその検査・評価に関する情報や知識の不足が依然として課題であった。
このような状況は、アメリカ特有の問題ではない。O’Toole and Hickey(2012)(※21)は、アイルランド語と英語のバイリンガル人口が多いゲールタハト地域(アイルランド)の公的機関に所属する言語療法士6名と臨床心理士4名(バイリンガル児の対応経験は平均9年間)を対象にインタビュー調査を行った結果、バイリンガル特有の言語行動を誤って言語障害として診断することを防ぐため、早急にアイルランド語と英語のバイリンガルを対象とした検査、評価基準、言語療法を開発し、すべての専門家に研修を行う必要があると結論づけた。また、バイリンガル用の個別対応をするだけの時間的余裕がないと感じているケースや、アイルランド語よりも英語を重視する親が英語のみで検査を行うことを希望するケースも報告され、さまざまな要素がバイリンガル児の言語に関する検査方法に影響している可能性も示された。
アメリカ言語聴覚協会(※10)は、バイリンガル児の場合は、言語歴や言語環境(習得年齢・習得方法、家庭や学校、友人との会話で使用する言語、各言語への接触機会や接触期間の長さなど)を詳細に把握するための面談を行うこと、それらの言語・文化的背景を考慮した検査内容にすること、両方の言語で検査を行うことなど、モノリンガル児とは異なる対応をするよう推奨し、情報提供や研修を行っている。また、子どもが語彙や構文などを習得する順番や発達過程は言語によって異なり、英語の検査内容では別の言語を正確に検査できない可能性があることから、検査内容をそのまま別言語に翻訳する対応が適切でない、という見解も示している。2010年以降に実施されたアメリカの言語聴覚士の意識・実践状況に関する調査は見当たらない。しかし、アメリカ政府は、多様な言語・文化背景をもつ人々に対する医療福祉サービスの評価基準を2014年に定め、偏見や知識・情報不足による不適切な対応を防ぐ姿勢を明らかにした(※22)。よって、アメリカでは問題意識が以前よりも高まり、改善に向かっていると推測される。
前述の通り、ことばの発達の遅れは言語障害を疑うきっかけとなるが、この「遅れ」は、一つの言語のみを話すモノリンガル児を対象とした指標に基づいて判断される。例えば、言語に関する検査において、日本語・英語のバイリンガル児が発話や文章ごとに言語を変更したり(例:「これは何?」―「イヌ!」、「じゃあこれは?」―「Cat!」)、文中で二言語を交互に使用したり(例:「好きな食べものは?」―「みかんとappleが好き」)したとする。質問に対する答えとしては合っているが、二つの言語を使用している。このときに、英語で言ったことばを語彙としてカウントするかどうか、日本語と英語の両方を使って答えたことを許容範囲とするか不適切とするか、という判断が必要になる。
このように発話や文章の途中で言語を切り替えたり交互に使用したりするCSの評価については、バイリンガルが多い国ではすでに問題になっている。もしバイリンガル児のCSを言語発達の遅れや言語障害の兆候とみなすことが誤診や不要な言語環境・就学先の変更を招いたとしたら、子どもの言語習得や教育の機会を奪うことになりかねないからである。
O’Toole and Hickey(2012)(※21)によると、英語が広く普及してアイルランド語の存続に危機感が生じているアイルランドでは、子どもがアイルランド語に英語を混ぜることは否定的に見られる傾向にあり、言語障害を疑うきっかけの一つになっている。Brice and Anderson(1999)(※23)は、アメリカではバイリンガル児のCSについて理解している言語聴覚士が極めて少ないという問題意識から、ある子ども(調査開始時:6歳)と母親との会話を17カ月間に渡って計10回記録した。
親子ともにスペイン語・英語のバイリンガルであったが、第一言語であるスペイン語のみで話すよう指示した。結果、子どもの全発話(二語文以上)のうち大半はスペイン語(76%)であり、次いで第二言語の英語(14%)、両言語を使ったCS(10%)であった。CSの特徴は、成人バイリンガルのCSと同様に、名詞をはじめ、単語・フレーズレベルのもの(例:“La voy a poner en un frying pan” / 意味:I am going to put it in a frying pan) が多く、記録の時期による変化がなかった。この子どものCSは、バイリンガルの母親に対する自然なコミュニケーション手法として解釈され、バイリンガル児の言語検査でCSを許容すること、CSを問題視して診断の根拠にするべきではないことが提言されている。
しかしながら、バイリンガル児にとってCSが一般的な言語行動であることや大人と同様の特徴をもつ、という事実だけでは、CSが言語障害の兆候でないことを示す根拠としては不十分である。言語障害のあるバイリンガル児と言語障害のないバイリンガル児では、CSの頻度や特徴に違いが存在するのか、ということは、疑問点の一つである。もし違いがないのであれば、CSが言語障害の判断基準にはなりえないことを示す重要な証拠になるからである。
言語聴覚士を目指す学生や現役の言語聴覚士などを対象とした専門書籍(※7)(※24)では、バイリンガル児のCSは懸念する必要がないケースが大抵であること、そして、CSを言語発達の遅れや障害の兆候として解釈するには通常よりも入念な検査と慎重な判断が求められることが解説されている。このような見解は、多数の先行研究の結果から導き出されたものであるが、その中でも、言語障害のあるバイリンガル児と言語障害のないバイリンガル児のCSを比較した研究は、特に強い根拠になっていると考えられる。
Paradis et al. (2010)(※7)、CSが危惧されるべきでない理由の一つとして、Gutierrez-Clellen et al.(2009)(※25)の研究結果を取り上げている。アメリカで行われたこの研究では、年齢と優位言語(調査時点で日常生活における接触・使用頻度及び熟達度が高いほうの言語)が一致する特異的言語障害のバイリンガル児18人と定型的な言語発達のバイリンガル児18人(平均5〜6歳)のCSを比較した。
第一言語はスペイン語、第二言語は英語である。以下(1)、(2)の方法で発話を記録した結果、CSを含む発話の割合は両群で差がなかった。また、両群ともに、CSを含む発話文は文法的であり、大人のバイリンガルと同様の典型的なパターンであった。CSは両言語またはいずれかの言語の文法規則(文や語を構成する要素の配列や組み合わせ、関係性など)に従い、CSを行う単位(例:文、語句、語、形態素[注1])や品詞、位置などに制約(非文法的にならないための規則)がある(※26)。大人のみならず子どものバイリンガルもこのような典型的なパターンでCSを行うことがさまざまな言語の組み合わせで報告されている(※7)が、特異的言語障害のバイリンガル児によるCSも、構文知識の不足ではなく、二言語の文法知識に基づいた能力であることが示された。
(1)物語文の再話・自発話
バイリンガル話者が絵本を見せながらスペイン語で物語を話して聞かせたあと、子どもに同じ物語文を語り直させる(再話課題)。次に、別の絵本を見せ、子どもに絵に描かれている出来事を語らせる(自発話課題)。異なるバイリンガル話者と絵本により、英語でも同様に課題を行わせる。
(2)自由発話
バイリンガル話者が子どもと一緒に会話をしながらおもちゃで遊ぶ。
定型発達児のほうがCSの頻度が高かったこと、そして、言語障害児のCSが典型的なパターンであったことは、当時の「CS=言語障害の疑い」という説を覆したと推測される。また、この研究では、定型発達児のCSをスペイン語が優位な子どもと英語が優位な子どもで比較することにより、優位でない言語で話しているときにもう一方の言語を使う傾向にあること、そして、CSが一方の言語における語彙不足や熟達度の低さによって行われるとは限らず、発話の状況(自然な会話のほうがCSを行いやすい)や環境(英語が主要言語である学校では英語を使いやすい)から影響を受ける可能性も示された[注2]。Gutierrez-Clellen et al.(2009)(※25)は、これらの結果に基づき、以下の二つを提言している。
First, Clinicians and teachers should not view CS as a symptom of a language disorder in bilinguals….Second, given the fact that even children with SLI are capable of using typical CS, there is no support for the recommendation to avoid or prevent mixing the languages in communication with these children at home, at school, or in a clinical setting.(106)
「まず、臨床医や学校教師は、バイリンガル児のCSを言語障害の症状として捉えるべきではない・・・そして、家庭や学校、臨床の場では、特異的言語障害児も典型的なCSを行う能力があるという事実を考慮すると、言語障害児とのコミュニケーションにおいてCSを行わないようにしたりCSをやめさせたりするよう推奨することを裏付ける証拠はない(IBS訳)」
CSそのものが言語障害の診断基準にならないことを実証する研究がある一方で、言語障害児のCSの特徴を明らかにしようとする研究もある。Greene et al. (2012)(※27)は、大規模な調査により、バイリンガル児のCSと言語障害との関連性について考察している。
まず、アメリカ在住のスペイン語・英語のバイリンガル児(5歳)606人に対し、表出語彙検査をそれぞれの言語で実施した。そして、優位言語によるCSへの影響と言語障害によるCSへの影響を区別するため、次の通り、2種類のグループ分けを行った。
1種類目は、二言語の熟達度のバランス(検査時点での日常生活における接触・使用頻度の割合)によるグループ分けで、スペイン語優位群(スペイン語が優位な子ども)、英語優位群(英語が優位な子ども)、両言語同等群(両言語が同等である子ども)である。2種類目は、言語障害の疑いの有無によるグループ分けで、at-risk群(言語障害の疑いがあると診断されたバイリンガル児)とno-risk群(そのほかのバイリンガル児)である。尚、スペイン語優位群、英語優位群、両言語同等群のグループ間では、言語障害の疑いがある子どもの数に有意差はなかった。検査での質問内容は、例えば、「動物の名前を3つ言ってください」、「はさみは何に使いますか?」、「この二つの誕生日カードはどこが似ていますか?」などである。
まず、二言語の熟達度のバランスで比較した結果は、次の通りである。CSを1回以上行った子どもの割合(CSを行う可能性)は、英語の検査ではスペイン語優位群、スペイン語の検査では英語優位群が最も高く、両言語同等群はどちらの検査でも人数が同程度であった。CSを行った回答の数(CSを行う頻度)は、英語の検査では両言語同等群、スペイン語の検査では英語優位群が最も多かった。CSを行った回答の正解率(コミュニケーションの成功率)は、英語の検査では優位言語との相関性がなかったが、スペイン語の検査では英語優位群が最も低く、両言語同等群はどちらの言語でも正解率が同程度であった。優位でない言語で検査を受けているときにCSを行う可能性・頻度が高く、CSを行った回答でコミュニケーションに成功していたことから、表出語彙検査の場におけるCSは、言語障害の有無にかかわらず、検査されている言語で語彙知識が不足している際にもう一方の言語の知識を活用しようとする試みである、と結論づけられた。優位でない言語で発話するときに優位言語の抑制が難しかったことも可能性として挙げられている。
次に、言語障害の疑いの有無で比較した結果は、次の通りである。CSを行った(検査対象でない言語の語彙を一回以上使った)子どもの割合は、英語の検査ではat-risk群、スペイン語の検査ではno-risk群のほうが高かった。CSの頻度(検査対象でない言語の語彙と使った回答の数)は、英語の検査ではat-risk群(特に両言語同等群)が比較的多かったが、スペイン語の検査では言語障害の疑いとの相関性がなかった。CSによる回答(検査対象でない言語の語彙を使った回答)の正解率[注3]は、英語の検査ではat-risk群のほうが低かったが、スペイン語の検査では言語障害の疑いとの相関性がなかった。英語の検査のみat-risk群がCSを行いやすく正解率も低かったことは、言語障害の疑いがある子どもたちが言語使用における社会的側面に困難を抱えていた可能性として解釈された。英語は、社会の主要言語であり、検査を受けている場所(学校)でも普段英語が使われており、検査官にも英語で話しかけられている。これらの社会的状況を察知し、その場で効果的にコミュニケーションを図れる言語(英語)を選択して使うことが難しかったということである。また、一つの意味情報に対して両方の言語で語彙知識がある場合に、不必要なほうを抑制する力が弱かったのかもしれない、という解釈もされている。しかし、英語使用が期待される状況であったとはいえ、普段から学校でどの程度スペイン語が使用されていたか、検査官が英語のモノリンガルであったかどうかは不明であり、スペイン語を使用してもよい、相手はスペイン語を理解できる、と認識してスペイン語を使用した可能性もある。
このように、英語の検査においてのみ、言語障害の疑いがある幼児が定型発達児とは異なる特徴をもったCSを行う可能性が示されたが、スペイン語の検査では言語障害の疑いの有無との相関性が見られなかった。その理由として挙げられたat-risk群の子どもたちが抱える困難(社会的状況の察知、不必要な言語の抑制)については、研究者らによる推察である。それらの言語障害との関連性や、被験者の子どもたちが言語以外の障害(発達障害など)をもっていたかどうかは言及されていない。この研究では、バイリンガル児のCSは二言語の熟達度のバランスや言語障害の疑いの有無にかかわらず、二言語の知識を活用したコミュニケーション能力である、と結論づけられた。
Iluz-Cohen and Walter(2012)(※28)は、言語障害のあるバイリンガル児6人と定型的な言語発達のバイリンガル児14人(平均5歳)のCSを比較した。第一言語は英語、第二言語はヘブライ語(イスラエル在住)である。前述の二つの先行研究では、学校という一定の環境で実験が行われたが、この研究は、分析対象のデータとして可能な限り多くのCSを引き出すため、実験環境やその環境における主要言語、相手の使用言語など、CSの行いやすさに影響しうる要因を考慮した実験内容になっている。被験者であるバイリンガル児の日常生活における言語使用に基づき、以下の3種類の再話課題が用意された。
(1) 日常的に英語環境である自宅で、英語で物語を話して聞かせたあと、子どもに同じ物語文をヘブライ語話者に対して話させる。
(2) 日常的にヘブライ語環境であるプリスクールで、ヘブライ語で物語を話して聞かせたあと、子どもに同じ物語文を英語話者に対して話させる。
(3) 見知らぬ環境である診療所で、ヘブライ語と英語の両方を使って物語を話して聞かせたあと、子どもに同じ物語文をバイリンガル話者に対して話させる。
結果、全体的には言語障害児のほうがCSを行う頻度が高かった。特異的言語障害児と定型発達児でCSの頻度に差が出なかったGutierrez-Clellen et al.(2009)(※25)の結果とは逆であったが、Gutierrez-Clellen et al.(2009)(※25)で除外されていたCSパターンを含めてカウントしていた [注4]ため、CSの頻度の高さが言語障害児の特徴である、という結論には至らなかった。また、両群ともに名詞や名詞句での言語切り替えが最も多く、CSが行われる品詞や文構造の特徴は同様であった。相手や状況に合わせて言語を使用する、というCSの社会的側面についても、定型発達児と言語障害児で違いが見られなかった。
ただし、すべてのバイリンガル児はヘブライ語と英語の熟達度が同等であったが、定型発達児は(2)の状況で第一言語(英語)から第二言語(ヘブライ語)へ切り替えることのほうが多く、言語障害児は(1)の状況で第二言語(ヘブライ語)から第一言語(英語)へ切り替えることのほうが多い、という違いが見られた。この結果は、社会的感受性の違い(定型発達児のほうが家庭の外ではヘブライ語が使われているという社会的状況を察知してヘブライ語を使おうとしていた)として解釈された。Greene et al. (2012)(※27)と同様の結果と解釈であるが、やはり、その解釈は十分に裏付けられておらず、言語障害との関連性や被験者の子どもたちが言語以外の障害(発達障害など)をもっていたかどうかは言及されていない。
インドで行われたBhat and Chengappa (2005)(※29)の研究では、従来の先行研究において失語症者の特徴とされてきたCS行動について、失語症の成人バイリンガル2人と神経学的に正常な成人バイリンガル2人のCSを比較することで検証している。カンナダ語のみを使う言語聴覚士と家族について話す、英語のみを使う言語聴覚士と趣味について話す、カンナダ語と英語の両方を使う言語聴覚士と仕事について話す、という3種類の状況での会話を分析した。インド・カルナータカ州に在住する被験者らの日常生活における言語使用に近い状況設定である。結果、両群ともに、相手に合わせて言語を使用することが多く、CSの頻度や規則性にも違いがなかった。モノリンガル話者に対するCS、もう一方の言語での言い直しなども含め、ほかの先行研究において失語症者のCSの特徴とされてきた行動は、健常者にも見られたのである。
例えば、カンナダ語を話す相手に対して英語を使ったあと、同じ内容をカンナダ語で言い直す、というCS行動は、失語症の有無にかかわらず、二言語の語彙知識を総動員して相手に伝えようとするバイリンガル特有のコミュニケーション手法として捉えられた。失語症者は言い直しまでの間が長い場合があったが、研究者らは、失語症者が必要な語彙知識を取り出す能力に困難を抱えていた可能性を要因として挙げている。失語症は、事故や疾病によって言語に関わる脳領域が損傷を受けることで言語の理解・表出が困難になる後天的な言語障害の一つである(※30)。失語症の言語症状は言語発達の問題である特異的言語障害と類似していると言われており(※15)、この研究結果は、CSの特徴によって言語障害の有無を見分けることが困難であることを示す一例である。
以上の先行研究から、バイリンガル児は言語障害の有無にかかわらず同様のCSを行うため、CSそのものが言語障害の兆候である可能性は低いと考えられる。言語障害児が何かしら定型発達児と異なる特徴をもつCSを行う可能性は否定できないが、もしそうだとしても、それらが言語障害によるものなのか、言語以外の障害によるものなのか、もしくは個人的な言語経験(各言語への接触頻度や使用場面、意識など)や社会的状況(発話時の環境や相手など)によるものなのかを明らかにしない限りは、CSのある特徴を言語発達の問題と結びつけることはできない。
前章で取り上げた言語病理学的研究では、共通して、CSは「symptom(症状)」ではなく「ability(能力)」と表現され、二言語を活用したバイリンガル特有のコミュニケーション力として捉えられている。近年の神経学的研究は、バイリンガルがどのように二つの言語知識を活用したりコントロールしたりしているのか、という点を明らかにしつつある。
前述の先行研究では、言語障害またはその疑いがあるバイリンガル児も、定型発達児と同様に、相手が使用する言語と同じ言語で話そうとする傾向にあり、そのような発話の中でもう一方の言語も使用することが報告されている。このような二言語の使い分けは、発語が始まったばかりの乳幼児にも見られ、CSは二言語の混乱や二言語の区別がつかないことの表れではない(※7)。そして、CSを行う理由は、二言語間の語彙知識の差を埋めるためであるとは限らない。例えば、バイリンガル児のCSを1歳6カ月から約1年半記録したLanvers(2001)(※31)は、発語初期にも文脈における機能をもったCS(例:一方の言語で言った内容をもう一方の言語で再度言うことで伝えたいことを強調する)が観察されたこと、2歳以降は相手が話す言語に合わせて言語を選択するCS(例:母親とドイツ語で会話しながら父親には英語で質問する)が増えたことを報告した。言語を切り替える対象は、もう一方の言語でしか表出したことがない語彙である場合もあれば、両方の言語で表出したことがある語彙の場合もあった。
バイリンガル環境で生まれ育った同時性バイリンガル児と同様に、保育所や幼稚園で第二言語に接触し始めた後続性バイリンガル児のCSも、一方の言語で語彙を知らないからもう一方の言語を使うとは限らない。Raichlin et al.(2018)(※32)は、5〜7歳の幼児が両言語で知っている語彙に対して相手や話題、状況に合わせた言語に切り替え、効果的なコミュニケーション方法になっていたことを報告している。近年の言語学では、バイリンガルやマルチリンガルの言語処理過程を説明する「Translanguaging」(トランス・ランゲージング)という概念が注目されている。この概念によると、バイリンガルやマルチリンガルは、複数の言語資源を流動的に交差させながら統制し、異なる言語間の境界線(文字や音韻、構造、語彙、社会文化的背景などのあらゆる違い)を超越して言語を理解し使用する(※33)。そして、CSは、効果的にコミュニケーションを図ろうとするバイリンガル特有の能力として肯定的に捉えられている。
では、複数の言語資源を流動的に交差させる、言語間の境界線を超える、ということは、どのように可能なのだろうか。この概念を直接的に実証した研究はまだないが、バイリンガルの二言語知識の仕組みや言語処理過程については、心理言語学・神経言語学の分野で研究が進んでいる。例えばIsel et al. (2009)(※34)によると、バイリンガルは、それぞれの言語を完全に別々の知識としてもっているのではなく、二言語間で何らかの知識を共有している可能性がある。研究者らは、成人バイリンガル20人に対し、意味が一致する第一言語(フランス語)の語彙と第二言語(ドイツ語)の語彙のペア、意味が一致しないペアを30組ずつ用意し、各ペアをランダムに提示した。意味が一致しているか否かを判断させ、課題遂行中の脳活動をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)によって記録した結果、一致ペアを提示されたときのほうが速く正確に反応し、二言語間で共有する概念的知識が言語処理を効率化させることが示された。例えば、「リンゴ」と「apple」は、それぞれ日本語・英語として表面的には異なるが、赤くて丸い果物、という意味情報は共通している。先に「リンゴ」が提示されてその意味情報にアクセスしたあとに、同じ意味情報をもつ「apple」が提示されると、その意味を早く理解できる、ということである。
医学の分野においては、バイリンガルの脳では第一言語使用時の活動部位と第二言語使用時の活動部位が部分的に重複していることが実証されている。例えば、Roux et al.(2004)(※35)は、フランスの脳腫瘍患者(モノリンガル35人、バイリンガル/マルチリンガル19人)の覚醒下手術によって得られた知見を発表した。手術中に麻酔を緩め、患者に発話させながら脳の複数部位に電気刺激を直接与える。刺激が言語に障害(例:発語の停止)が生じさせた場合は、その部位が言語機能を担うため、可能な限り温存できるよう腫瘍摘出を行う。結果、バイリンガルは、モノリンガルよりも多くの部位が言語に関わり、両言語において活動する共通領域と、どちらか一方の言語でしか活動しない特異領域が存在していた。日本(※36)やシンガポール(※37)でも同様の研究結果が報告されている。この共通領域の存在は、バイリンガルの二言語知識や言語処理過程を解明するうえで重要な手がかりになると考えられる。
近年、バイリンガルが言語を切り替えるときに働く脳領域も明らかになってきている。Hernandez et al.(2000)(※38)は、スペイン語・英語の成人バイリンガル6人に命名課題を遂行させ、fMRIによって課題遂行中の脳活動を記録した。被験者は、計180枚の絵を1枚ずつ見せられ、絵が表す物の名称を、スペイン語で合図されたらスペイン語で、英語で合図されたら英語で言うように指示される。(1)連続してスペイン語で合図されたとき、(2)連続して英語で合図されたとき、(3)交互にスペイン語と英語で合図されたとき、それぞれの脳画像が比較された。結果、スペイン語使用時の(1)で活動した脳領域と英語使用時の(2)で活動した脳領域はほぼ同じであった。(3)に限り背外側前頭前皮質(はいがいそくぜんとうぜんひしつ)が活性化したため、この領域が二言語の切り替えに関わっていることが示され、別の研究チームも同様の結果を報告した(※39)。研究者らによると、背外側前頭前皮質が実行機能を担うことから、バイリンガルが二つの言語を切り替える行動は、二つの言語知識を統制する認知能力に基づいている。実行機能は、あらゆる認知機能(情報の知覚や記憶、推理、判断など)の働きをコントロールしながら複雑な状況下で目的を実行することを可能にする高次脳機能の一つであり、目標の設定、達成方法の考案、必要な作業の維持、状況への柔軟性、効果的な戦略の選択などに関わる(※40)。相手が理解する言語やその環境で使用されるべき言語を察知する、効果的に伝える方法を考える、適切な言語を選択する、選択した言語で話し続ける、状況に応じてもう一方の言語を使用する、というように、この実行機能がバイリンガルの複雑な言語処理を支えているのである。
また、バイリンガルが状況に合わせた言語を使用する過程では、前帯状皮質(ぜんたいじょうひしつ)が活性化し、その場で不必要な言語を抑制するための認知制御を行う(※41)。Reverberi et al.(2015)(※42)は、ドイツ語・英語の成人バイリンガル21人に命名課題を遂行させ、言語を選択して実際に発語する過程のどこで前帯状皮質が活性化するかを明らかにしている。ドイツ語で合図をしたらドイツ語で、英語で合図をしたら英語で絵が表す物の名称を言うよう指示し、課題遂行中の脳活動をfMRIで記録した。結果、合図をされたときではなく、実際に語彙を口に出すときに前帯状皮質の活動が増した。合図から発語までの間は、ドイツ語と英語で脳活動に違いが観察されなかったが、発語のときには違いが見られた。つまり、例えば、ドイツ語で合図を聞いた直後は「ドイツ語を使用する」という意思を形成しているだけの段階であり、発語の直前に同じ意味情報をもつことで競合する英語の語彙を抑制してドイツ語の語彙を選択していた、ということである。さらに、バイリンガル本人が自由に言語を選択できる状況であっても同じ結果であることも報告されている(※43)。バイリンガルは、相手や状況に合わせて言語を選択しなければならない場合であっても、自由に好きな言語を選択できる場合であっても、発語の直前までどちらの言語の語彙も選択できる状態にあり、その場で不必要な言語の語彙を抑制しながら必要な言語の語彙を口に出す、という言語の選択や切り替えの過程が示されたのである。
さらに、Palomar-Garcia(2015)(※44)によると、二言語の熟達度が高いバイリンガルは、第一言語使用時においても、脳の活動部位がモノリンガルよりも広範囲に渡り、バイリンガルの脳の活動部位には前帯状皮質が含まれる。また、前帯状皮質は、言語の切り替えに限らず、あらゆる場面において目的達成の妨げになる脳活動を抑制するときにも働くが、日常的に言語を切り替えるバイリンガルの脳では、繰り返し機能することで神経細胞の密度が高まり、モノリンガルよりも効率的に活動するようになることも報告されている(※45)。
このように、日常的に二言語を使用するバイリンガルの言語システム、脳構造や脳機能はモノリンガルとは異なる可能性があることが心理言語学や神経言語学の研究で示されてきた。これらの研究結果を踏まえると、バイリンガル児のCSをモノリンガルの言語行動と比較して評価することは適切ではない。また、CSには脳の認知機能が関わっており、二つの言語を繰り返し切り替えることは神経細胞の密度を高めて機能を高める可能性がある。バイリンガル児のCSは二言語の混乱を示す行動ではなく、高度な認知能力に支えられたバイリンガル特有の能力であると考えられる。
表出語彙検査におけるバイリンガル児のCSを調査したGreen et al.(2012)(※27)は、英語の検査のみ正答率に差はあったものの、もう一方の言語の語彙を使うことで検査官の質問に正しく回答した検査項目数は、言語障害の疑いがある子どもと定型発達児で同等だったことを報告している。これは、CSをバイリンガル特有のコミュニケーション能力として捉えることが語彙発達を適切に評価するためにも重要であることを示している。もし、CSを好ましくない「症状」と捉えて子どもに一つの言語のみで話すことを強要したら、一方の言語で語彙知識がないだけなのか、それとも、両方の言語で語彙知識がないのか、ということを判断できないからである。語彙知識の不足は言語発達の遅れや言語障害の診断基準の一つであるが、バイリンガル児の場合は、一方の言語で語彙が少ないだけでは言語発達の問題とはみなされない(※7)(※24)。
バイリンガルは、一方の言語で語彙を言えなくても、もう一方の言語で言える場合があり、ある概念に対して語彙知識があるかどうかは両方の言語を観察する必要がある。言語学においては、複数の言語における総合的な語彙知識は「Total Vocabulary」と呼ばれ(※46)、バイリンガルの一方の言語のみをモノリンガルと比較して語彙発達を評価することは適切ではないと考えられている(※47)。この考え方は、二つの言語で概念知識を共有していることを示した心理学的研究(※34)や二つの言語に関わる脳領域がそれぞれ重なり合っていることを示した神経学的研究(※35)によっても支持される。
また、バイリンガル児は、それぞれの言語への接触頻度、使用頻度、語彙発達が相互に影響し合うことが複数の研究結果で実証されており(※48)(※49)(※50)(※51)、二つの言語の語彙がまったく同じように発達していくわけではない。そして、表出語彙が比較的少ないほうの言語を話しているときにもう一方の言語(表出語彙が比較的多いほうの言語)に切り替えることが多い、という研究結果もある(※52)。本論文で提示した先行研究でもCSを行うか行わないかは優位言語と関係していることが示された。よって、CSが二言語間における知識差を示すことはあっても、それは、言語発達の問題とは区別されなければならない。
本論文では、CSに関する言語病理学的研究を調査したが、どのような発話状況であっても言語障害またはその疑いがあるバイリンガル児のほうがCSを頻繁に行うことを証拠づけた研究結果はなかった。よって、CSが言語発達の遅れや言語障害の兆候である可能性は低い。ただし、CSの特徴によって言語障害の有無を見分けられる可能性も示唆された。社会の主要言語(第二言語)で話すことが最も期待される状況下では、言語障害またはその疑いのあるバイリンガル児のほうが、そのような社会的状況を察知して第二言語を使おうとする意識、もしくは、そのために第一言語を抑制する認知能力が比較的弱いかもしれない、ということである(※27)(※28)。
言語の切り替えは認知機能の働きが関係しているが、失語症のバイリンガル児に関する研究では、脳の損傷が言語を切り替える能力に影響を及ぼすことがベルギーで報告されている(※53)。脳血管障害による失語症のバイリンガル児(10歳)に対する言語検査や自然な会話において、モノリンガルの相手に一つの言語のみを使用するように促されても、その言語のみを使おうとする意志がみられず、一つの発話や文章の途中で不随意に(本人が意図せずに)もう一方の言語を使用し、言語の切り替えがコントールされていない様子が観察された。しかし、その後、失語症は両言語とも完全に回復しなかったが、そのようなCSは観察されなくなった。CSを行ったときには本人がもう一方の言語を使用したことに気づいており、その理由を説明することができるようになっていたのである。同時期に、実行機能などの認知能力に関わる脳部位で血流の改善が見られ、これらの脳部位を含む神経回路(左前頭葉の皮質下回路)が適切なCSを可能にしていたことが示された。これは、バイリンガル児のCSが高度な認知能力に支えられていることを病理学的に実証した研究結果の一つであるが、CSを行うかどうかではなく、求められている言語で話そうとする意志が見られるか、もう一方の言語を使用したことに気づいているか、CSを行った理由を説明できるか、ということが、認知機能の異常を見分ける判断基準になり得ることも示唆している。また、失語症は回復しないがCSは回復した(求められている言語で話そうとする意志が見られるようになった)、という結果は、不適切なCS(本人が意図しない不随意な言語切り替え)と言語障害は直接的に関係していないことも示している。前述のインドで行われた研究(※29)でも、失語症のバイリンガルが健康なバイリンガルと同等に相手や状況に合わせた言語で話そうとしたことが報告されている。
Greene et al. (2012)(※27)とIluz-Cohen and Walter(2012) (※28)の研究では、被験者である子どもたちが実行機能などの認知能力に関わる脳部位に障害をもっていたかどうかは不明である。しかし、後者の研究では子どもたちに脳の神経障害がないことが確認されている。そして、いずれの研究においても、言語障害またはその疑いのあるバイリンガル児も概ね相手や状況に合わせた言語で話し、そのような発話の中でもう一方の言語も使用していた。よって、認知機能の障害であるとは考えにくいが、結論づけるためには、子どもたちの脳活動を調べる神経学的検査が必要である。
また、第二言語が主要言語である家庭外(学校など)でどちらの言語を好んで使用する傾向にあったか、家族や友人、教師はどのような言語使用者であったか(CSをどの程度行うか)、といった点が言語障害児群と定型発達児群で異なっていたかどうかは明らかにされていない。子どもは、二つの言語を交互に切り替える行動が受け入れられる場所や相手、話題、そして、適切と思われるCSの頻度などを学習するにあたり、周囲の人々の言語使用や反応の影響を受ける(※7)。南アフリカでは、バイリンガル児(4〜5歳)が標準英語での発話中にアフリカン・イングリッシュ(発音や構文など、独特な言語的特徴がある)を混ぜる頻度は、相手の人種や相手の英語のアクセントから影響を受けていたことも報告されている(※54)。社会の主要言語(第二言語)で話すことが期待される状況下で言語障害またはその疑いのあるバイリンガル児のほうが第一言語を使用する傾向にあった、という結果は、普段の言語使用の環境や経験の違いであった可能性もある。Greene et al. (2012)(※27)も、二言語が発達段階にある幼児は言語経験が不足していた可能性にも言及している。
よって、CSの特徴によって言語障害の有無を見分けられる可能性は皆無ではないが、現時点ではまだ困難である。バイリンガル児は多様な理由・目的でCSを行い、言語経験や社会的環境からも影響を受けるため、CS行動に関係する要因をすべて精査し、子どもの行動や心理だけではなく脳活動も分析するなど、入念な検査と慎重な判断が求められる。今後は、より低年齢のバイリンガルや同時性バイリンガル(生後から二言語を同時に習得していくバイリンガル)、日本のように第二言語(英語)が社会の少数派言語であるバイリンガルに関する研究や、中長期的な研究、さまざまな言語の組み合わせでの研究も必要である。
バイリンガル児の言語発達は、バイリンガル人口の多い国でさえ、専門家における知識や情報の不足により、適切に評価されてこなかった。本論文で提示した言語病理学的研究によると、バイリンガル児は、言語障害またはその疑いの有無にかかわらずCSを行う。
一つの発話や文章の中で二つの言語を交互に使用することは、言語発達の遅れや言語障害の兆候ではなく、二つの言語知識を活用してコミュニケーションを図ろうとするバイリンガル特有の言語行動であり、言語の切り替えは高度な認知能力を必要とする。
よって、アメリカにおける一般的な見解通り、バイリンガル児のCSは、大抵の場合は危惧する必要がない。バイリンガル児の言語発達を適切に評価するためにも、二つの言語を交互に使用することを否定的に捉えたり、一つの言語のみで話すことを強要したりするべきではない。
日本においても、家庭や地域社会、医療・福祉機関、教育機関などにおける理解を促進すると同時に、言語学や医学など学術分野を超えた専門家・研究者の連携により、日本の社会文化に即した研究を進めることが重要である。
[注1] ことばとして意味を有する最小の言語単位。例えば、英語のspeakersという語は、「話す」という行為を表すspeak、行為者を表すer、複数を表すsの3つの形態素から成る。
[注2] 定型発達児においては、一方の言語のみで特定の語彙(物語や絵に関する語彙)を使うことが期待される(1)よりも、自由に言語や語彙を選択できる(2)の発話のほうがCSを1回以上行った子どもの割合が多かった。また、英語が優位な子どものみ、スペイン語での発話に英語を混ぜるCSの頻度が高かった。これらは、CSが必ずしも一方の言語における語彙不足や熟達度の低さによるものではないこと、そして、自由に言語を選択できる状況や「英語が主要言語である学校」という環境がCSの頻度に影響する可能性を示す結果として解釈された。
[注3] 例えば、「動物の名前を言ってください」と英語で指示されてスペイン語の語彙を使って回答した場合、「動物の名前を言う」という目的が達成できている場合は正解、そうでない場合は不正解となる。
[注4] スペイン語には、英語とは違って男性名詞と女性名詞がある。名詞の前にくる冠詞にも男性系と女性系があり、名詞の性と一致させなければならない。例えば、英語の「THE(定冠詞) CAR(名詞)」は、スペイン語では「el(男性系定冠詞)carr(男性名詞)」である。原則、CSは両言語の文法規則を逸脱しないように行われるため、性の区別がない英語の定冠詞「THE」と男性名詞であるスペイン語の名詞「carr」の組み合わせは通常のCSパターンではないと考えられている。Gutierrez-Clellen et al.(2009)はこのような名詞での言語切り替えをCSとしてカウントしなかったが、Iluz-Cohen and Walter(2012)28)は、言語障害の有無によるパターンの違いを明らかにするためにカウントした。
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利益相反について(COI)
この論文は、ワールド・ファミリーバイリンガルサイエンス研究所のサポートを受けて作成されました。
This study was supported by World Family Institute of Bilingual Science.