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2021.03.10

周囲のものや人との関わりを通じて子どもと同じように学ぶ

周囲のものや人との関わりを通じて子どもと同じように学ぶ

論文タイトル:

The social brain of language: grounding second language learning in social interaction. (2020)

言語に関わる社会脳 〜社会的相互作用を基盤とする第二言語学習〜

 

著者:Ping Li, & Hyeonjeong Jeong

ジャーナル:Science of Learning 5(8): 1-9

アクセス:https://www.nature.com/articles/s41539-020-0068-7

 

要約:Paul Jacobs

翻訳:Sato Yuri

 

まとめ:

●社会的相互作用をベースにした新しい第二言語学習のアプローチが提案されている。

〇このアプローチによって、あらゆる年齢の学習者が第二言語の能力を向上させ、その言語の話者と同じような能力を習得できるようになる可能性がある。

●成人が第二言語の学習中に周囲のものや人との関わりを体験するとき、子どもが言語を習得するときと同様の脳領域が活動する。

〇自然に言語を習得するプロセスは、脳の右半球と左半球が両方連携して働くことによって可能になっている。

●テクノロジー(例:VR技術や映像)を活用することにより、周囲との関わりを体験しながら第二言語にふれる環境をつくり、学習効果を高められる可能性がある。

 

新しい第二言語学習のアプローチ

今回ご紹介する論文(Li and Jeong 2020)では、「ソーシャルL2ラーニング(社会的第二言語学習)」(以下「SL2」)と呼ばれる、第二言語(以下「L2」)学習のための新しく包括的なアプローチが概説されています。このアプローチでは、言語の形式を学ぶだけではなく、社会的相互作用を大いに利用して、学習目標となる言語の話者がその言語を習得するプロセスにより近くなるようにしています。

 

SL2アプローチ(社会的第二言語学習法)

SL2アプローチは、L2習得のための学習、認知、行動を結びつける社会的相互作用を中心に展開します。この文脈における社会的相互作用とは、以下のことを指します。

「学習者が社会(周囲のものや人)と相互に関わり合い、行動をとり、知覚情報や視空間情報、そのほか感覚運動情報を受け取り、利用し、統合することができるような実生活環境または疑似的な実生活環境を通じて学習すると、学習内容とコミュニケーションが具現化される」(Li and Jeong 2020, 1)※IBS訳

L2学習に関わる神経ネットワークについての研究の大半は、言語に関与する脳領域{例:左上側頭回後部 (ひだり・じょうそくとうかい・こうぶ)(STG)、左下前頭回 (ひだり・かぜんとうかい)(IFG)(Catani, Jones, and ffytche 2005)}や、記憶に関与する脳領域{例:中側頭回 (ちゅうそくとうかい)(MTG)}に焦点を当てています。

これらの神経ネットワークは言語発達のために重要ですが、第一言語(以下「L1」)習得においても、L2習得においても、脳の右半球が従来考えられていたよりも重要な役割を果たしていることが明らかになってきています。

今回の新しい学習モデルで調査された脳領域には、それら旧来の神経領域が含まれていますが、社会的相互作用との関連性が高い領域も追加されています。

すなわち、視空間学習に関与する(Verga and Kotz 2019)領域である、縁上回(えんじょうかい)(SMG)、角回 (かくかい)(AG)(Jeong et al. 2010; Legault, Fang, et al. 2019)、右舌状回(みぎ・ぜつじょうかい)(LG)、右尾状核(みぎ・びじょうかく)(CN)です。

SL2アプローチに関与する脳領域を大まかに示した図

[図1] この図は、Li and Jeong 2020を出典とし、同論文で提唱されているSL2アプローチに関与する脳領域を大まかに示した図(本記事の著者Paul Jacobsによる手描き図)である。

左図:脳の右半球。Social Learning(社会的学習)に関わる脳領域を示している。IFG:下前頭回(かぜんとうかい)、SMG:縁上回 (えんじょうかい)、AG:角回 (かくかい)、LG:舌状回(ぜつじょうかい)。

右図:脳の左半球。Lexical-Semantic Processing(語彙の意味処理)に関わる脳領域を示している。IFG:下前頭回 (かぜんとうかい)、MTG:中側頭回 (ちゅうそくとうかい)。

 

子どもが周囲との関わりを頼りにしてL1を学習していることは明らかであり(Kuhl 2007)、L2学習においてもそのような社会的相互作用が重要であることがより明らかになってきています(Lytle, Garcia-Sierra, and Kuhl 2018)。子どもは家庭を中心とした自然な環境でL1を学びます。

例えば、コップから飲みものを飲むときに「コップ」という音声を聞くことは、子どもにとって、その単語とそれが表す対象物を結びつけるのに役立ちます。このプロセスには、脳内の言語ネットワークと感覚運動ネットワークの両方が関与します。

母語は、これらの神経ネットワークが相互に作用することによって発達するのです。

 

 

大人の学習における社会的相互作用

子どもが言語を習得するためには周囲との関わりが必要であることは明らかです。しかし、大人が言語を学習するときには、教室の授業あるいは自習で、その言語が使われる文脈から切り離された状況での文法学習が中心になっていることが一般的です。

このように文法項目を取り出して個別に学習するようなスタイルにおいては、通常、L2からL1へと直接翻訳することによって学んでいきますが、学習しているL2の単語とそれが表す概念との結びつきが非常に弱くなります(Kroll and Stewart 1994)。

例えば、教師が「dog」という新しい英単語を「イヌ」という日本語訳とともに紹介したとします。すると、生徒は、「dog」と「イヌ」という二つの単語を脳内で関連づけなければなりません。

この流れで学習すると、学習対象の単語(dog)とそれが表す対象物との直接的な結びつきが不十分になります。このようなL2学習方法は、単語(例:犬)とそれが表す形や大きさ、動き、位置を密接に結びつけていくL1学習とは異なり、以下で議論されるほかの問題とともに、L2の語彙の意味を思い出すときにL1に依存(寄生)してしまう、という状態を生じさせます。

今回ご紹介する論文の著者らは、これを「parasitic lexical representation(寄生的な語彙表象)」と呼んでいます。

「寄生的な語彙表象」が生じるもう一つの原因は、L2を習得する際に社会的文脈と感情の結びつきが弱いことにあります。言語は、意味が符号化されたものであり、ある出来事のエピソード記憶と深く結びついています。

ある古い研究では、学習したときと同じ状況に置かれたときのほうが、学習した語彙の意味的記憶を取り出すことに成功しやすい、という結果が出ました。例えば、ある単語リストを水中で学習した場合、陸地よりも水中にいるときのほうがそれらの単語を思い出しやすい、ということです(Godden and Baddeley 1975)。

自分で単語を学習しているときや教室で授業を受けているときに、新たに学ぶ単語同士で意味的なつながりが生じている場合はあります。しかし、そのつながりは、文脈や出来事の経験、感情との結びつきが限られているため、明らかに弱いものです。

 

SL2アプローチはどのように大人の「寄生的な語彙表象」を回避するのか?

論文の著者であるLi & Jeongは、大人の言語学習において語彙と意味の結びつきが弱いという問題の克服方法について調査した先行研究に基づき、実践的な提案を行っています。目標言語(学習対象の言語)での直接的な社会的相互作用が非常に限られている場合(例:英語が外国語である日本のようなEFL(※1)環境)には、以下のような提案がなされています。

1)映像で社会的関わりを体験しながら学ぶ

当然ながら、テクノロジーを使うよりも、実生活で周囲のものや人との関わりを体験するほうが効果的です。しかし、映像を通じた社会的関わりであっても、L1の単語を使うときと同様の脳領域が活性化されるようです。

例えば、ある研究では、日本語話者に韓国語の単語を学習させました。

一方のグループは、L1(日本語)に翻訳しながら学びます。もう一方のグループは、映像を使って他者との関わりを疑似的に体験しながら学びます。例えば、学習対象となるL2(韓国語)単語には、「助けて」という意味のものがありました。この単語の場合、映像には、重いものを動かそうとして「助け」を求めている人の様子が映し出されます。

結果、この映像を通じて社会的刺激に接した人たちの脳は、学習対象の単語を思い出すときに右縁上回(SMG)が活性化し、一方、日本語に翻訳しながら学んだ人たちの脳は、左中前頭回(MFG)が活性化していたことがわかりました。

通常のL1話者は単語を思い出すときに右縁上回(SMG)を活性化させることがわかっているため、この研究結果は、他者との関わりがあると、自然な言語習得のときに働く神経の活動が促進されることを示すものです(Jeong et al. 2010)。

 

2)ジェスチャーで身体を動かしながら学ぶ

Mayerら(2015)が行った研究では、ジェスチャーで意味を表現しながらL2語彙を学習している人と、ジェスチャーは使わず絵を見ながら学習している人の脳を比較したところ、神経学的な違いが見られ、ジェスチャーをしていた人の脳では上側頭溝(じょうそくとうこう)(STS)と運動前野[うんどうぜんや]が活性化していたことがわかりました。

また、ジェスチャーを使いながら学習した人のほうが、2~6カ月後にも単語をよく記憶していました。視覚、聴覚、運動に関わる脳領域に刺激を与える環境で学ぶと、学習能力が顕著に高まるのです。

 

3)VR映像で身体を動かしながら学ぶ

VR(バーチャル・リアリティ)の分野で技術がますます向上していることから、言語学習への影響を探る研究が始まっています。そのような研究の一つに、L2単語の学習でVR映像を使った学生(VRグループ)と使わなかった学生(非VRグループ)を比較調査したものがあります。

非VRグループは、L2からL1への関連づけや翻訳を行いながら単語を学習しました。VRグループは、VR映像で動物園またはキッチンを探索しながら新しい単語を学習しました。結果、VRグループは、非VRグループよりも、L2単語の学習成果が優れていました。

興味深いことに、VRグループの中で参加者を比較すると、VR映像がキッチンだった人のほうが、動物園だった人よりも、より多くの単語を学習していました(Legault, Zhao, et al. 2019)。キッチンのVR映像では、目に映るものを操作することができましたが、動物園のVR映像ではそのような操作ができない仕様でした。

そのため、この論文の著者らは、映像内のものを操作することによって、より多くの感覚運動系の脳領域が関与することになり、そのことがグループ間の学習成果に差を生じさせた可能性が高いと考えています(Johnson-Glenberg et al. 2014)。

 

結論:社会的相互作用を通じてL2を学習する方法とその利点

著者らは、結論として、社会的相互作用を通じてL2を学習する方法には、次のような利点があると考察しています。

a) L1を習得するときの脳の働きとより密接に関連している。

b)学習内容がより長く記憶に残る。

c)L1に直訳せず学ぶことでL1の干渉を受けにくくなる。

この学習方法は、あらゆる年齢層の学習者がL2能力を高め、あるいはL2話者と同じような能力を習得するために役立つ可能性があります(Zhang et al. 2009)。

日本で生活しながら英語を外国語として学ぶ、という日本の環境では、英語にふれる機会も英語を使う機会も限られています。そのため、英語を使って周囲のものや人と関わり合うことも難しいかもしれません。

しかし、今回は、あらゆる年齢層の学習者にとって参考になる研究論文とともに、日本でも実践しやすい学習方法の例をいくつか紹介しました。これらは、L2学習におけるインプットの役割を理解するために、とても良い資料となることでしょう。

 

(※1)EFL: English as a Foreign Language

 

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参考文献

Catani, Marco, Derek K. Jones, and Dominic H. ffytche. 2005. “Perisylvian Language Networks of the Human Brain.” Annals of Neurology 57 (1): 8–16.

https://doi.org/10.1002/ana.20319

 

Godden, D. R., and A. D. Baddeley. 1975. “CONTEXT-DEPENDENT MEMORY IN TWO NATURAL ENVIRONMENTS: ON LAND AND UNDERWATER.” British Journal of Psychology 66 (3): 325–31.

https://doi.org/10.1111/j.2044-8295.1975.tb01468.x

 

Jeong, Hyeonjeong, Motoaki Sugiura, Yuko Sassa, Keisuke Wakusawa, Kaoru Horie, Shigeru Sato, and Ryuta Kawashima. 2010. “Learning Second Language Vocabulary: Neural Dissociation of Situation-Based Learning and Text-Based Learning.” NeuroImage 50 (2): 802–9.

https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2009.12.038

 

Johnson-Glenberg, Mina C., David A. Birchfield, Lisa Tolentino, and Tatyana Koziupa. 2014. “Collaborative Embodied Learning in Mixed Reality Motion-Capture Environments: Two Science Studies.” Journal of Educational Psychology 106 (1): 86–104.

https://doi.org/10.1037/a0034008

 

Kroll, J., and E. Stewart. 1994. “Category Interference in Translation and Picture Naming: Evidence for Asymmetric Connections Between Bilingual Memory Representations.”

https://doi.org/10.1006/JMLA.1994.1008

 

Kuhl, Patricia K. 2007. “Is Speech Learning ‘Gated’ by the Social Brain?” Developmental Science 10 (1): 110–20.

https://doi.org/10.1111/j.1467-7687.2007.00572.x

 

Legault, Jennifer, Shin-Yi Fang, Yu-Ju Lan, and Ping Li. 2019. “Structural Brain Changes as a Function of Second Language Vocabulary Training: Effects of Learning Context.” Brain and Cognition 134 (August): 90–102.

https://doi.org/10.1016/j.bandc.2018.09.004

 

Legault, Jennifer, Jiayan Zhao, Ying-An Chi, Weitao Chen, Alexander Klippel, and Ping Li. 2019. “Immersive Virtual Reality as an Effective Tool for Second Language Vocabulary Learning.” Languages 4 (1): 13.

https://doi.org/10.3390/languages4010013

 

Li, Ping, and Hyeonjeong Jeong. 2020. “The Social Brain of Language: Grounding Second Language Learning in Social Interaction.” Npj Science of Learning 5 (1): 8.

https://doi.org/10.1038/s41539-020-0068-7

 

Lytle, Sarah Roseberry, Adrian Garcia-Sierra, and Patricia K. Kuhl. 2018. “Two Are Better than One: Infant Language Learning from Video Improves in the Presence of Peers.” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 115 (40): 9859–66.

https://doi.org/10.1073/pnas.1611621115

 

Mayer, Katja M., Izzet B. Yildiz, Manuela Macedonia, and Katharina von Kriegstein. 2015. “Visual and Motor Cortices Differentially Support the Translation of Foreign Language Words.” Current Biology: CB 25 (4): 530–35.

https://doi.org/10.1016/j.cub.2014.11.068

 

Verga, Laura, and Sonja A. Kotz. 2019. “Spatial Attention Underpins Social Word Learning in the Right Fronto-Parietal Network.” NeuroImage 195 (July): 165–73.

https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2019.03.071

 

Zhang, Yang, Patricia K. Kuhl, Toshiaki Imada, Paul Iverson, John Pruitt, Erica B. Stevens, Masaki Kawakatsu, Yoh’ichi Tohkura, and Iku Nemoto. 2009. “Neural Signatures of Phonetic Learning in Adulthood: A Magnetoencephalography Study.” NeuroImage 46 (1): 226–40.

https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2009.01.028

 

 

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