日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2023.12.26

国際講演会『Global Insights on Language Learning』が神奈川大学で開催されました

国際講演会『Global Insights on Language Learning』が神奈川大学で開催されました

2023年11月11日、Annick De Houwer名誉教授(エアフルト大学)とSuzanne Quay教授(国際基督教大学)による科研費公開国際講演会が神奈川大学 みなとみらいキャンパスで開催されました。両名は、バイリンガリズム・マルチリンガリズム研究の分野で世界的に著名な研究者です。ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所(以下、IBS)研究員が研究活動の一環として参加しましたので、講演会の概要をご紹介します。

著者:佐藤 有里

 

背景

本講演会は、中村ジェニス准教授(神奈川大学)が取り組む科学研究費プロジェクト「Japanese parents’ beliefs about children’s early English education(IBS訳:子どもの早期英語教育に対する日本人の親たちの信念)」(※1)が主催し、国内外の研究者や教員・学生たちに公開されました。

この研究プロジェクトは、日本で販売されている「英語で子育て」をテーマとする育児本でどのような情報が提供されているか、日本人の親たちが子どもの英語学習に対してどのような考え方を持っているかを明らかにしようとするものです。

中村准教授は、言語発達、バイリンガリズム、早期英語学習の研究結果とは異なる理論やアドバイスがこれらの育児本で紹介されている現状を論文(Nakamura, 2023)として発表。

この分野の研究成果をいままで以上に日本の一般社会に発信する必要性を報告し、その取り組みの一つとして今回の講演会を開催しました。

今回は、主催者の中村准教授および講演者のDe Houwer名誉教授、Quay教授のご厚意により、本講演会にて英語で発表された知見を日本の一般社会へ紹介することを目的として本記事を掲載します。

 

講演「ヨーロッパの研究事例からわかる早期外国語教育の有効性」

Annick De Houwer(アニック・デハゥワー)先生

エアフルト大学 名誉教授/The Harmonious Bilingualism Network (HaBilNet) 代表/国際子ども言語学会(IASCL) 会長

アニック・デハゥワー先生のお写真

De Houwer教授は、主にバイリンガルやモノリンガルの言語習得を専門とし、バイリンガル・マルチリンガル家庭のウェルビーイングを目指した研究プロジェクトの支援や研究成果の発信などを行う「HaBilNet」の代表を務めています。

今回の講演では、日本で多くの親御さんが信じている「子どもはなるべく早くから外国語を学び始めるべき」という考え方や早期外国語学習の効果について、ヨーロッパで行われている研究や事例をもとに見解が述べられました。

<講演のポイント>

◾️家庭や幼稚園などで幼少期から二つの言語に触れる環境で育ったとしても、全員が両方の言語を同等に身につけたり、「簡単にすぐ」二つ目の言語を習得したりするわけではない。

◾️言語能力には、学び始めた年齢だけではなく、その言語に触れる頻度やインプットの質、その言語でコミュニケーションする必要性、その言語に対する態度や意識、話す練習をしているか、親が家庭でどのように言語を選んでいるかなど、さまざまな要因が関係する。

◾️子どもが日常的に触れない(インプット・アウトプットが少ない)外国語の習得については、「早くから学び始めたほうが高い能力を身につけられる」ということを示した研究はまだ一つしかなく、早期外国語学習の効果は十分に立証されていない。

De Houwer教授によると、「ことばを学び始めるのは早いほうが良い」という考え方は、その言語を日常的に使う環境にいる子どもの言語(母語や第二言語)習得についての研究がベースになっています。
しかし、親御さんたちは、それを日常的に使わない外国語の学習に当てはめて、子どもに英語で話しかけたり、英語幼稚園に入れたりします。

ヨーロッパ諸国でも、よく幼稚園が英語教室を提供しているものの、とても高額で経済的に豊かな家庭しか利用できないことが多いそうです。

また、幼稚園などの英語プログラムは、子どもは年齢が低ければ低いほど学習がゆっくりであること、英語に触れる環境の継続が難しいこと、学校に入ってからモチベーションが下がってしまうこと、教師のモチベーションや英語力の不足、子どもの発達にとって良い体験になっていないケースがあることなど、いくつか課題が指摘されています。

また、小学校から英語の授業を行う国が増えている一方で、教師のトレーニングや子どもに適した教材などの準備不足、英語に触れる量の少なさ、一対多の授業、英語についての知識を問う試験内容など、ヨーロッパも日本と同様の問題を抱えていることがわかりました。

幼稚園でも小学校でも、効果的な学習環境になっているとは決して言えない状況なのです。さらに、ヨーロッパ各国で早期英語学習の効果を調べる研究が行われていますが、英語教育を始める学年や社会環境が国によって異なるため、その研究結果を比較したり、早期英語学習の効果を理解したりすることが難しいとのこと。
子どもや教師のさまざまな個人差、指導方法の違いなどがどのように関係しているか、という点も研究課題の一つです。

De Houwer教授は、このような状況から、親や政府が早期外国語教育に過剰な期待を寄せて多大な投資をすることについて疑問を投げかけ、ほかの方法で子どもたちの異文化理解を促すことが提案されました。

 

講演「国際調査からわかる生涯にわたるマルチリンガリズム成功例」

Suzanne Quay(スザンヌ・クェイ)先生

国際基督教大学 教授

スザンヌ・クェイ先生のお写真

Quay教授は、主に子どもの言語習得やマルチリンガリズムを専門とし、近年はバイリンガル・マルチリンガル環境で育つ日本の子どもを対象とした研究に取り組んでいます。

今回の講演では、世界中のマルチリンガルの人たちはどのように三つ以上の言語を身につけて維持しているのか、という疑問について、Quay教授の研究成果が共有されました。

<講演のポイント>

◾️複数の言語を話せる人々にはどのような特徴があるかを調べるアンケート調査・インタビュー調査を行った(※2)

◾️調査の対象者は、トリリンガル210名(年齢層:10代 13人、20代 59人、30代 65人、40代 30人、50代 33人、60代以上 9人)。出身国は45カ国、現在の居住国は26カ国にわたり、ろう者のトリリンガルも含まれる。

◾️結果、三言語の能力の高さに関係していた特徴(統計的に有意)は、習得開始年齢と出身国(民族性)だった。

Quay教授によると、この研究に参加したトリリンガルの多くは、モノリンガル環境で育ち、人生の大半を一カ国で過ごしてきた人々。二つ目・三つ目の言語を家庭外(学校教育や海外滞在、仕事)で身につけていました。

日常的に複数の言語が使われる家庭環境や海外居住がバイリンガル・トリリンガルの必須条件ではないことがわかるこのデータは、多くの日本人にとって希望になります。

習得開始年齢については、5歳までにバイリンガルになった人が44%、12歳までにトリリンガルになった人が52%。大半の人々は、子どものころから外国語で教育を受けたり、海外に住んだりすることで第二言語・第三言語を身につけていました。

そして、5歳までにバイリンガルになった人は第二言語の能力(「聞く・話す」のみ)、12歳までにトリリンガルになった人は第三言語の能力が高いことがわかりました。

ただし、幼少期から外国語で教育を受けたり海外に住んだりすることは、外国語の能力を高めることになるものの、母語の習得には注意を払わなければならない、ということもわかりました。

Quay教授によると、教育面・仕事面でどのような目標があるか、海外滞在の予定があるか、それぞれの言語で読み・書きの能力が必要か、という点を考慮して第一言語・第二言語・第三言語の重要度を決める必要があります。

この研究の対象者は、バックグラウンドに偏り(3分の2が教師/学生/研究者、3分の1が日本出身)があるものの、トリリンガルの実態を理解するうえで重要な知見です。

 

おわりに

IBSは、2023年6月に中村准教授へインタビュー取材を行い(佐藤有里, 2023a; 2023b)、日本でのバイリンガル育児や早期英語教育における問題意識を共有することができました。

それは、これまでの先行研究でわかっていることとは異なる情報や考え方が一般社会で広まっており、それらが親御さんたちの過度な教育熱や不安、焦りにつながっている、ということです。

De Houwer教授、Quay教授の講演からは、外国語を学び始めた年齢だけで将来の外国語力が決まるわけではないことがわかります。

また、外国語教育に力を入れてきたヨーロッパでも早期外国語教育の効果があまりわかっていないことから、「〜歳までに絶対にこれをやらなければいけない」と焦ったり、「早くから始めたのに話せない」とがっかりしたり、「いまから学び始めてももう遅い」と諦めたりする必要はないと言えます。

Quay教授のことばを借りれば、複数の言語を話せる能力は、子どもにとって「asset(資産)」になります。

しかし、バイリンガル・マルチリンガル環境で育っている人たちでさえ、すべての言語を同レベルで使えるようになることは簡単ではありません。

そのため、早期外国語教育は、闇雲に「日本語も英語もペラペラ」を目指して取り組むべきではないでしょう。どの言語をどれくらい使って何ができるようになるべきかを考えながら、そして、子どもの発達にとって必要な体験・環境も考慮しながら、親子ともに無理なく楽しめる方法を選ぶことが大切です。

 

(※1)科学研究費補助金 基盤研究(C) 21K00797

(※2)この研究成果は、2024年出版予定の書籍『New Approaches to Multilingualism, Language Learning, and Teaching』(Sviatlana, Natalia, & Kleanthes編)での発表が決定している(Quay, 2024)。

 

IBSサイトのバナー

 

 

【取材協力】

神奈川大学 外国語学部 英語英文学科 中村 ジェニス准教授

中村ジェニス先生のお写真

<プロフィール>

専門は、バイリンガリズム、バイリンガル教育、言語習得、社会言語学。日本に住んでいる子どものバイリンガリズムや家庭の言語方針(family language policy)について研究。過去16年間で100以上の国際結婚家庭に関わり、『International Journal of Bilingualism and Bilingual Education』、『International Multilingual Research Journal』、『Multilingua』、『English Today』などの学術誌で論文を発表している。拓殖大学 大学院 言語教育研究科にて修士号、国際教基督教大学 大学院 教育研究課 教育法専攻にて博士号(教育学)を取得。国際教基督教大学 教育研究所(IERS) 研究員、相模女子大学 学芸学部 准教授などを経て2020年度より現職。

 

エアフルト大学 アニック・デハゥワー名誉教授

デハゥワー先生のお写真

<プロフィール>

エアフルト大学 Language Acquisition and Multilingualism(言語習得とマルチリンガリズム) /The Harmonious Bilingualism Network (HaBilNet) 代表/国際子ども言語学会(IASCL)会長。
専門は、バイリンガル・マルチリンガル環境で育つ子どもの言語習得。研究分野は、発達心理学(バイリンガルやモノリンガルの子どもの言語習得、語彙の習得、形態・統語の発達)、接触言語学(言語選択、複数の言語が混ざった発話、家庭でのバイリンガリズム、少数派言語の維持)、社会言語学(標準語・方言、言語態度、家族間のやりとり、家庭での言語使用、テレビ字幕)、第二言語習得(インプット要因)。ブリュッセル自由大学を卒業後、アントワープ大学にて修士号(英語学)、ブリュッセル自由大学にて博士号(言語学)を取得。アントワープ大学コミュニケーション科学部准教授、エアフルト大学言語学部教授を経て、現在同大学名誉教授ならびにThe Harmonious Bilingualism Network (HaBilNet) 代表。また、International Association for the Study of Child Language (IASCL)の会長も務める。著書に、『The Acquisition of Two Languages from Birth: A Case Study』(1990年Cambridge University Press出版)、『Bilingual First Language Acquisition』(2008年Multilingual Matters出版)、『An Introduction to Bilingual Development』(2009年Multilingual Matters出版)、『Bilingual Development in Childhood』(2021年Cambridge University Press出版)、L. Ortegaとの共編『Cambridge Handbook of Bilingualism』(2018年Cambridge University Press出版)などがある。

HaBilNetウェブサイト:https://www.habilnet.org/

 

 

国際基督教大学 教養学部 アーツ・サイエンス学科 スザンヌ・クェイ教授

クェイ先生のお写真

 

<プロフィール>

専門は、子どもの言語習得とマルチリンガリズム。ブリティッシュコロンビア大学を卒業後、ケンブリッジ大学(言語学)にて修士号と博士号を取得。国際基督教大学では、バイリンガリズム、言語学、言語教育など幅広い分野で教鞭をとり、家庭での言語政策、トランスランゲージングの実践、一生を通じてのマルチリンガリズムについても研究。研究対象には、マルチリンガルのろう者も含まれる。著書に、S. Montanariとの共編『Multidisciplinary Perspectives on Multilingualism: The Fundamentals』(2019年De Gruyter出版)、客員編集者としても参加した『International Journal of Multilingualism』 の特別号『Trilingual Children in the Making: Data-driven insights』 (2011年Routledge出版) 、M. Deucharとの共著『Bilingual Acquisition: Theoretical Implications of a Case Study』(2000年Oxford University Press出版)など。また、『First Language』、『 Journal of Child Languagage』、『International Journal of Bilingual Education and Bilingualism』、『Deafness and Education International』などの学術誌でも論文を発表している。

 

■関連記事

バイリンガル子育て6つの誤解と日本の親ができること 〜神奈川大学 中村ジェニス准教授インタビュー(前編)〜

小さいころから英語を学び始めれば、将来、高い英語力を身につけることができますか?〜第1回:臨界期仮説について〜

 

参考文献

Nakamura, J. (2023). English parenting for Japanese parents: A critical review of advice in self-help books for raising bilingual children in Japan. English Today, 39(1), 47-52.

https://doi.org/10.1017/S0266078421000286

 

Quay, S. (2024). What we can learn from a worldwide trilingualism survey [Manuscript submitted for publication]. In Sviatlana K., Natalia P., & Kleanthes G. (Eds.), New Approaches to Multilingualism, Language Learning, and Teaching (pp. 56–79). Newcastle upon Tyne, UK: Cambridge Scholars Publishing.

 

佐藤有里(2023a). バイリンガル子育て6つの誤解と日本の親ができること 〜神奈川大学 中村ジェニス准教授インタビュー(前編)〜. ワールド・ファミリー バイリンガルサイエンス研究所.

https://bilingualscience.com/english/2023071101/

 

佐藤有里(2023b). バイリンガル子育て6つの誤解と日本の親ができること 〜神奈川大学 中村ジェニス准教授インタビュー(後編)〜. ワールド・ファミリー バイリンガルサイエンス研究所.

https://bilingualscience.com/english/2023071301/

 

 

PAGE TOP