日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2023.07.13

バイリンガル子育て6つの誤解と日本の親ができること 〜神奈川大学 中村ジェニス准教授インタビュー(後編)〜

バイリンガル子育て6つの誤解と日本の親ができること 〜神奈川大学 中村ジェニス准教授インタビュー(後編)〜

神奈川大学 中村 ジェニス准教授 インタビュー記事の後編です。

今回は、親の英語力や取り組みが子どもの言語発達や子育てにどのように影響するか、日本の親は何ができるか、という点について紹介します。

 

【目次】

 

誤解⑤:英語のネイティブ・スピーカーでない親は、子どもをバイリンガルに育てることができない?

―日本で日英バイリンガルの子どもを育てるためには、親が英語のネイティブ・スピーカーでなければならない、と考える人は多いと思います。ネイティブ・スピーカーは、どのような点で有利でしょうか?

英語を母語とする親は、そうでない親に比べて、子どもに豊かなインプットを与える、という研究結果があります (Hoff et al. 2020)。

例えば、自分が子どものころに触れていた物語や歌、慣習、絵本などを子どもと共有することができます。英語を話す家族や友人もいるので、親以外の人たちからもインプットを与えられますよね。学校の長期休みに子どもを連れて帰国し、現地でたくさんの英語に触れさせることもできます。

また、英語を母語とする親は、子どもに英語を継承させたいというモチベーションが高いです。それは、自分の心に一番近い言語で子どもとコミュニケーションを取りたいからです。その親たちにとって、英語は、子どもと心の絆を築くための伝達手段なんです(Nakamura, 2019)。

さらに、日英バイリンガルになるように子どもを育てることは、二つの文化を持っているバイカルチュラルな人間、またはマイノリティの子どもとしてのアイデンティティを育むための手段でもあります(Nakamura & Hiraoka, 2020)。

 

―では、英語のネイティブ・スピーカでない親であっても、日本でバイリンガルの子どもを育てることは可能なのでしょうか?

まず、バイリンガル子育ての目的を考えなければいけませんね。日本語と英語のバイリンガルを育てることでしょうか?それとも、英語のネイティブ・スピーカーを育てることでしょうか?

一つ目は、日本の親にとって現実的な目標です。

でも二つ目は、子どもを日本で育てる限り、現実的ではありません。先ほどお話しした通り、日英バイリンガルの子どもは、日本語のネイティブ・スピーカー、かつ英語のネイティブ・スピーカーと完全に同じになることはできません。

もし片方の親が英語のネイティブ・スピーカーであっても、子どもが「ネイティブ・レベル」という目標を達成できないことはあります。

日英バイリンガルを日本語モノリンガルと英語モノリンガルの合計だと期待することは、バイリンガリズムの考え方における大きな間違いです。

でも、英語を第二言語として話す親の多くは、自分の母語と英語のバイリンガルになるように子どもを育てています。インドやシンガポール、マレーシアでは、子どもと話すときに英語を使う親はたくさんいます。

そのような親たちの英語力は完璧とは言えないかもしれませんが、彼らの子どもたちはかなり高い英語力を身につけています。私の両親も、赤ちゃんのころから私に英語で話しかけていました。両親の英語の発音は完璧ではありませんが、私は強い訛りもなく、とても流暢に英語を話すことができます。

 

―英語を話せるにもかかわらず、お子さんに英語で話しかけるとなると、日本語のなまりを気にする方もいらっしゃいますよね。でも、それほど気にしなくてもいいでしょうか?

一概には言えませんが、私の知っている日本人の親御さんの中には、英語の発音をとても気にされる方がいらっしゃいます。「私はネイティブ・スピーカーのように発音できないから、子どもと英語で話すべきか悩む」とおっしゃるんです。

親が日本語のアクセントで英語を話せば、その子どもも日本語のアクセントで英語を話すことになります。でも、そのアクセントは、さまざまなメディアやほかの英語話者との会話で英語に触れながら調整されていくでしょう。いろいろなアクセントが少しずつ混ざっていって、日本語アクセントが中和される、というイメージですね。

私はマレーシアなまりの英語を話すので、息子もそのなまりを身につけていますが、マレーシアは息子のアイデンティティでもあるので、とてもかわいいなまりだと思うんです。

ですから、英語の発音は、親御さんが最も気にしなくてよいことです。子どもは、成長する過程でさまざまなメディアや人々に接することで、さまざまなタイプのアクセントに触れることができます。

 

―英語を話す人が多いアジアの国では、発音に対する意識が日本人と異なりますか?

英語が第二言語として使われている国に住んでいる私たちは、その地域ごとのアクセントをあまり気にしないので、日本の人々がなぜネイティブ・スピーカーの発音になることを重視するのかわかりません。

インドやマレーシア、シンガポールなどで英語を話す人たちの多くは、アメリカ人のような英語ではなく、自分たちの英語を話しています。英語は、世界中で使われている国際的な言語であり、一部の英語圏の国だけの言語ではありません。

英語のアクセントが英語圏の人々と違っていてもまったく問題ないですし、 相手にとってわかりやすければ、どんな発音でも良いんです。

発音よりも大切なことは、親が豊富な語彙と複雑な文構造を使って話し、子どもがより多くの単語とさまざまな文法を身につけられるようにすることです。ネイティブ・スピーカーであろうとなかろうと、そこが親の努力のしどころなのです。

例えば、子どもに何か指示をしたり禁止したりするようなやりとりは少なくして、お互いにたくさん質問をし合ったりするようなやりとりを増やすと良いですね。

また、絵本の読み聞かせは、とても豊かなことばに触れられる活動なので、子どもがより難しい語彙や文法を身につけるのに役立ちます。

 

―親が英語のネイティブ・スピーカーでない場合、文法的に間違った文で話すこともあると思います。「子どもが親から間違ったことを学ぶかもしれない」と心配する必要はあるのでしょうか?

環境によりますね。

私の研究(Nakamura, 2015)では、あるタイ人の母親が日本語で子どもに話しかけるときに、「は」と「が」の使い方を間違えていました。でも、その子どもは決してそのような間違いをしないことがわかりました。

父親やお姉ちゃんを含め、日本語を母語とする人々が周りにいたからです。

つまり、タイ人の母親が主な育児の担い手であり、文法的に間違ったインプットを多くしているにもかかわらず、子どもは身近な環境でネイティブ・スピーカーのインプットも受けているため、その間違ったインプットの影響は弱くなっているんです。

例えば、アメリカに住んでいる日本人の家庭であれば、お父さんとお母さんの英語の発音や文法が間違っていても、ボキャブラリーが少なくても、それはそれで大丈夫です。子どもは、学校に通って、英語のネイティブ・スピーカーから豊富なインプットを受けるからです。

 

―親が間違った英語を話したとしても、ほかの人の英語に触れる機会がたくさんあれば大丈夫ということですね。

問題は、周囲の環境にネイティブ・スピーカーのインプットがない、日本に住んでいる日本人家庭の場合ですよね。

でも、マイノリティの子どもたちを対象とした研究では、家庭でのインプットが量も質も足りない場合、課外活動や学校の先生など、家庭の外で豊かなインプットにたくさん触れるようにすると良いことがわかっています(Paradis, 2011)。

親御さんが文法の間違いを気にしていたら、そもそも英語を話すのが怖くなり、子どもとあまり話さなくなってしまうのではないでしょうか。 ですから、文法の間違いをあまり気にせず話すようにして、英語のレッスンや英語プリスクールなど、ほかのインプットも与えるようにすると良いと思います。

 

誤解⑥:子育てで使う英語は簡単だから、誰でも自分でバイリンガルを育てられる?

―日本では、英語を流暢に話せる親は少ないと思います。これは、シンガポールやマレーシアのような多言語国家と日本との大きな違いですよね。英語が苦手な親が英語子育てをしようとする場合、どのような限界があると思われますか?

日本のバイリンガル子育て本の中には、「子育てで使う英語はかなり基本的なものだから、子どもに英語で話しかけるのは簡単」というようなことが書かれている本もあります。でも、そのような考えは間違いです。

親が小さい子どもと話すときに使うことばは、「Child Directed Speech(IBS訳:幼児向けの発話)」(以降、CDS)と呼ばれていますが、みなさんが考えるほど単純で簡単なものではありません。

育児をしている親は、子どもと話すときに常に自分の話し方を微調整し、子どもが大きくなるにつれて複雑なことばを使うようになります。例えば、子どもが生後0~6カ月のときは簡単な語彙を使っていても、だんだん難しい語彙や複雑な文を使って話すようになるんです。

モノリンガルの子どもたちを対象とした研究を見ると、ことばを話し始めるのも覚えるのも早い赤ちゃんは、母親がより長い文で話していて、より幅広い語彙と複雑な文法が含まれています。

親は子どもの成長に合わせた豊かなインットを本能的に母語でできますし、インプットが豊かであればあるほど子どものことばが発達します(Hoff et al., 2020)。

もし親がネイティブ・スピーカーでなくても、とても流暢であれば、もちろん豊かなインプットを与えることができます。

 

―もし親が子どもと話すときに、簡単な単語やフレーズしか使わないとなると、どんなことが予想されますか?

ことばの発達には、大量のインプットが必要です。ですから、親が英語で短いフレーズを話したところで、英語を話す子どもは育ちません。

例えば、親が “Please~.”や “Thank you.”と言っていれば、もちろん、子どももそのフレーズを言うようになるでしょう。でも、それしかインプットされていなければ、フルセンテンスで英語を話すようにはなりません。

研究では、子どもが英語を話すようになるためには、一定量のインプットが必要だと言われています。

ある研究(Thordardottir 2014)は、その言語に触れる量がインプット全体の20%よりも少ない場合、理解はできても話せるようにはならないだろう、という指摘をしています。つまり、インプットが少なすぎるということです。

モノリンガルの子どもと同じくらい多くの語彙を理解できるようになるためには(理解語彙のモノリンガル基準)、その言語に触れる量がインプット全体の40~60%である必要があります。さらに同じくらい語彙を発するようになるためには(表出語彙のモノリンガル基準)、約70%が必要です。

つまり、赤ちゃんに日本語よりも英語を多く聞かせる必要があるということですよね。

これは非常に大まかなパーセンテージであり、まだまだ研究が足りていないのが現状です。

 

―英語子育てをするとしたら、親子のコミュニケーションがうまくいくかどうかも大切でしょうか?

私は日本に住むタイ人の母親が子どもと日本語で話しているケースを研究しましたが、この母親の日本語はとても流暢なので、子どもと一緒に日本語でアンパンマンの話をしたり、ゲームをしたり、絵本を読んだりすることをとても楽しんでいました。

でも、その言語が苦手な場合、子どもと話すことは大変でしょう。

例えば、カナダに住むカナダ人の母親が子どもと日本語で話すことにしたケーススタディ(Kouritzin, 2000)があり、この研究者は「思ったより難しい」と言っています。なぜなら、子どもが傷ついたり、怒ったり、泣いたりしているときに、日本語でどう慰めたらいいのかさえわからないからです。

ことばは、子どもとの絆を深めるための伝達手段です。子どもが大きくなるにつれて、受験のストレスやいじめなど、子どもと一緒に話し合わなければいけない話題は深刻で難しいものが増えていきます。ですから、英語が苦手な親が子どもにずっと英語を話し続けるのは難しいかもしれません。

子どもが英語力を伸ばす方法はほかにもありますから、お子さんとのコミュニケーションは、親御さんが心から話すことができる身近なことばで楽しんだほうが良いと思います。

 

日本の親ができること

―親が英語を母語としない場合、日本でバイリンガルの子どもを育てるにはどうしたらいいのでしょうか?

マレーシアのような国では、家庭の外でも多くの人が英語を話します。 子どもたちは、家族だけでなく、あらゆるところから豊かなインプットをたくさん受け、それがことばの発達につながります。

ですから、親がネイティブ・スピーカーでない場合は、できるだけほかの人や場所からたくさんインプットが与えられるようにしたほうがいいですね。

日本の親御さんは、子どもが二つの言語を習得するための条件を整えることが比較的難しいかもしれません。でも、家庭で海外留学生のホームステイを受け入れたり、英語圏での短期留学を経験させたりするなど、英語に触れる機会を増やすためにいろいろな工夫ができます。

もし家族で海外に住んでいたことがあって、子どもが現地で英語にある程度触れていれば、バイリンガル子育てはしやすいかもしれません。親も子どもも、すでに家庭で英語を使うことに違和感がないからです。

きょうだい同士で英語を話すこともあるかもしれません。海外にいる間に英語がかなり身についたのであれば、帰国してからも、英語の本を買ったり、英語の映画を見たり、その言語を伸ばすためのサポートをすると良いですね。

二つの言語は、直線的に発達するわけではありません。英語が弱くなったり後回しになったりする時期はありますし、親が英語のネイティブ・スピーカーの子どもでさえ、日本社会の主要な言語である日本語が強くなっていきます。ですから、小さいときだけではなく大きくなってからも、英語に触れたり話したりする機会を増やす工夫が必要です。

 

―英語のインプット方法の一つとして、ご家庭でテレビ番組やDVD、YouTubeなどのメディアを利用するのはいかがでしょうか?

一定の年齢に達した子どもは、短時間のインタラクティブな映像であれば、教育ツールになり得ます。例えば、ただ聞くだけ、見るだけ、という映像ではなく、 “Which is the yellow ball?” (黄色いボールはどっち?)という英語を聞いて、子どもが黄色いボールを選んで触る、というような双方向のやりとりがある映像です(Roseberry et al., 2009)。

また、親が子どもと一緒に見て、その映像で学んだ英語と日常生活と結びつけてシーンを再現したり、毎日使う習慣をつくったりすると、メディアはことばの発達をサポートすることができます。

例えば、映像を見終わったあとに、親が “Where is the yellow ball?”(黄色いボールはどこにあるかな?) 、“Do we have a yellow ball at home?”(おうちに黄色いボールあるかな?)などと子どもに聞いてみます。そして、子どもと一緒に黄色いボールを探すんです。

また、映像で見た内容について一緒に話すことで子どもの言語能力や認知能力の発達を促すこともできます。

ただし、子どもの言語発達に関する研究では、子どもは実際に他者とのやり取りがあるときに最も効果的に言語を習得することがわかっています。

例えば、中国語を話すベビーシッターと一緒に遊んだアメリカの赤ちゃんは、DVDでしか中国語に触れていない赤ちゃんよりも、中国語の特徴的な音を習得することができた、という研究結果があります(Kuhl et al., 2003)。

また、聴覚障害のある両親から話しことばを教えられなかった聴覚障害のない子どもは、テレビからことばを学ぶことができなかったことを示した研究(Sachs et al., 1981)もあります。

 

―映像の内容や視聴方法は工夫したほうがよさそうですね。家庭教材や英会話レッスンなどインプット方法はいろいろとありますが、いずれにしても、親が関わることは大切でしょうか?

習いごとや家庭教材で英語を学んでいる場合は、家庭で多少なりとも英語を使うことで、子どもが英語に触れる機会を増やし、英語学習の効果を高められます。 ですから、親が子どもの英語学習に関心を持つことが大切です。

例えば、レッスンで何を学んでいるかを子どもに聞いたり、レッスンで学んだ英語を日常生活などほかのものと関連づけたり、その英語を使う習慣を日常生活に取り入れたりできます。それが、子どもにとって必要なインプットを増やし、強化することになります。

このとき、自分が話す英語に対して心配や不安、恥ずかしさを感じたりするべきではありません。むしろ、自信を持って英語を使うところを子どもに見せて、英語を話すのが楽しいと感じられるようにしてほしいですね。

日本では、わずか週1回の50分間の英会話レッスンだけで英語を話せるようになる可能性はかなり低いので、少しでもその英語に触れたり使ったりする機会を家庭でつくれると、子どもの英語習得をサポートできます。

もちろん、小さな子どもの場合は、家庭での取り組みで親子の触れ合いを大切にすることも必要です。子ども一人だけに英語のCDやDVD、動画を1日中見聞きさせるよりも、親も一緒に英語の歌をうたったり、英語のDVDや動画で見た場面を一緒に再現したり、親子で一緒に英語学習の道のりを歩んだほうがより有意義で効果的です。

 

―日本の親がバイリンガルの子どもを育てるうえで重要なことは何でしょうか?

大切なことは、さまざまな場所や人からのインプットを組み合わせて、最大限のインプットを与えられるようにすることです。子どもの英語力にどれくらい期待できるかは、どれくらいインプットを与えられるかにかかっています。

親が英語に興味を持って、家庭で親が英語を使う、外国人の親やその子どもと交流する、家庭教材や映像教材のようなものを使う、英会話教室に通わせる、子どもと一緒に英語の映画や音楽を楽しむ、海外旅行に行くなど、いろいろなインプット方法を組み合わせれば、もしかしたらお子さんは英語を話せるようになるかもしれません。

また、英会話レッスンや家庭教材の場合は、継続することが必要です。継続的なインプットがなければ、子どもは学んだことをあまり定着させることができません。そしてもちろん、子どもには英語を話す相手が必要です。

 

―日本の親御さんへの実践的な提案をありがとうございます。中村先生は、ご自身が多言語話者であり、世界中の多くの親御さんに関わってこられました。親がバイリンガルやマルチリンガルの子どもを育てたいと思う動機は何だと思いますか?

日本の家庭であれば、英語力が子どもの「言語資本(linguistic capital)」(※3)になることが一番のモチベーションですよね。英語を使えることで、より良い学校に入れたり、その近道になったりするようなことがありますよね。

でも、そのようなメリットがなくても、子どもが両方の言語を話すようになると、親にとってごほうびのような瞬間があります。

日本の子どもたちがことばを話し始めるときは、本当にかわいい発音ですよね。「小さい」は「ちっちゃい」、「おいしい」は「おいちい」というふうに。 こういうかわいい話し方は、英語でも同じようにするんです。だから、二つの言語を話す子どもは、ことばを話し始めたときのかわいさが倍増するんです。

もちろん、子どもの視野を広げられることもモチベーションになりますよね。私は複数の言語を話すことができますが、とてもありがたいと思っています。いろいろな国の人とコミュニケーションがとれるので、どの言語も私の人生を豊かにしてくれます。

また、第二言語を学べば、第三言語を学びやすくなることが研究でわかっています(Grey et al., 2018)。

別の言語を学ぶことによってメタ言語意識が高まり、三つ目、四つ目の言語の習得が簡単になるんです。

このように、バイリンガルやマルチリンガルであることにはさまざまなメリットがありますが、そのためにどんな労力や犠牲も払うべきだとは思いません。バイリンガル子育ては、絶対にやったほうがいいとも思いませんし、やらないほうがいいとも思いません。ただ、いろいろな難しさがあることは知っていただきたいです。

 

日本の小学校に通うバイリンガルでも読み書きレベルの英語力を身につけられる可能性

―最後に、いま特に興味のある研究テーマについて伺いたいです。

現在は、日本の学校に通っている小学4年生から中学2年生のバイリンガルの子どもたちがどのように英語の読み書きのスキルを身につけられるか、というテーマで研究を進めています。

子どもたちの親には、イギリス、アメリカ、オーストラリアなど英語圏出身のほか、タイやインドネシア出身など、日本語話者ではない方がいます。子どもたちは日本で生まれ育ち、小学1年生から公立小学校に通っていて、学校での国語の成績は平均的です。

親たちが運営する英語教室(サタデースクール)で土曜日に1時間、英語の読み書きを学んでいます。

この子どもたちを対象に、12カ月ごとに一回、アメリカで標準化されている評価ツールを使って英語ライティング力の追跡調査をしています。

 

―現状、どのようなことがわかっていますか?

すでに2~3年にわたって調査したのですが、子どもたちの多くがアメリカの同年齢の子どもたちと同等のライティング力を身につけていることが一貫して示されました。英語で学校教育を受けていないにもかかわらず、英語リテラシーが高いということがわかったんです(Nakamura & Quay, 2023)。

これは驚くべき結果です。なぜなら、さまざまな国でマイノリティの子どもたちが増えているのですが、そのような子どもたちのためのコミュニティ・スクールや草の根教育は通常このような良い成果を出していません。子どもたちのオーラルコミュニケーション力や文化とアイデンティティを維持するための教育で終わっていることが多いです。

ですから、いま得られている研究結果をサポートし、さらに実証できるように、これからもリーディング力も評価しようとしているところです。

 

―バイリンガル家庭の子どもたちが日本の小学校に通っているにもかかわらず、英語のライティング力をしっかり身につけていたんですね。どのような取り組みが役立っていると思われますか?

親の関わりや家庭でのサポートも関係している可能性があるため、サタデースクールだけの効果かどうかはまだ明らかになっていません。ただ、サタデースクールに通っていないのに、アメリカの同年齢の子どもの平均またはそれ以上の成績だった子どもが1名いました。ですから、家庭での取り組みが大きく関係しているのではないかと予測しています。

テストの結果を見ると、全員かなり読み書きができていたのですが、一番成績が良かったのは、「読みなさい」と言われなくても自分から本を読んでいる読書好きの子どもたちでした。
よく読書をしている子どもは、書く練習をほとんどしていなくても、読んだものを書くときに活かせることがわかったんです。

子どもたちには、1枚の絵を見せて、それらをもとにお話を自由につくって作文を書いてもらいます。そして、作文の構造(段落、スペルや句読点の正しさ)やストーリーの内容を評価しました。

評価がかなり高い作文を見ると、その子どもがたくさん読書していることがわかります。お話がとても順序良く組み立てられていますし、とても良い構成で想像力豊かな内容です。登場人物のせりふや場面のつくり方もわかっていて、その動きがまるで目に浮かぶかのように文で表現することができるんです。

 

―読書は家庭で取り組みやすいですし、親御さんにとってはとても励みになる研究結果ですね。 日本で生まれたときから日本語・英語に触れて育つ子どもの研究はまだ少ないので、さらに研究が進むと良いですね。

そうですね。海外に住んでいる子どもに関する研究を日本に住んでいる子どもに当てはめることは、社会面でも言語面でも条件が異なるので、限界がありますよね。

ですから、その点を考慮しながら研究成果を伝える活動はとても重要ですし、とても社会に役立つことだと思います。

特に、言語学習やバイリンガリズムに関する間違った考え方について発信することは大切です。そのような考え方のせいで、親は子どもにがっかりしてしまうからです。

今回は、私の考えをシェアさせていただきありがとうございました。

 

おわりに:日本でのバイリンガル子育ては簡単ではないが、さまざまな工夫ができる

今回は、日本で広まっているバイリンガル子育てに関する通説をいくつか取り上げてお話を伺いました。

前編では、乳幼児期の二言語発達をテーマとし、日本語と英語での発達ペースの違いは自然な現象であること、モノリンガルの言語発達と比較せずに忍耐強くインプットを続ける必要があることがわかりました。

後編では、親の英語力や取り組みをテーマとし、日本の親が子どもに英語で話しかけることの効果はかなり限定的であり、さまざまな方法を組み合わせてインプットの量と豊かさを確保できるようにすることが重要だとわかりました。

歌、映像、絵本、英会話レッスン、英語を使った遊びや学び、英語を話す人たちとの交流など、さまざまなインプット方法があるため、どれをどのように組み合わせると効果的かという点は今後明らかにしていく必要があります。

しかし、今回紹介したバイリンガル子育てにおける大切な考え方を頭に入れておくことは、親も子どもも楽しんで継続できるような取り組み方を決める際に大いに役立つと考えられます。

 

(※3)言語能力を「資本(capital)」と捉える考え方。言語資本の価値は、いかにさまざまな資本に変わり得るか(例:英語を話せることが経済的な豊かさだけではなく、文化的な豊かさや良い教育、社会的地位や人間関係のネットワークなどにつながる)、いかにさまざまな市場(linguistic market)で価値を認められるか(例:非英語圏の国・地域、社会環境でも英語が共通語として役立つ)によって変わるとされている(Park & Wee, 2012)。

 

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【取材協力】

神奈川大学 外国語学部 英語英文学科

中村 ジェニス准教授

中村ジェニス先生のお写真

<プロフィール>

専門は、バイリンガリズム、バイリンガル教育、言語習得、社会言語学。日本に住んでいる子どものバイリンガリズムや家庭の言語方針(family language policy)について研究。過去16年間で100以上の国際結婚家庭に関わり、『International Journal of Bilingualism and Bilingual Education』、『International Multilingual Research Journal』、『Multilingua』、『English Today』などの学術誌で論文を発表している。

拓殖大学 大学院 言語教育研究科にて修士号、国際教基督教大学 大学院 教育研究課 教育法専攻にて博士号(教育学)を取得。国際教基督教大学 教育研究所 研究員、相模女子大学 学芸学部 准教授などを経て2020年度より現職。

マレーシアのクアラルンプールで複数の言語に触れて育つ。2002年に日本へ移住してからは、英語、客家語、広東語、北京語、マレー語に加えて、日本語を第6言語/方言として習得。親子間のやりとりや家族の言語方針を調査することにより、日本における家庭内バイリンガリズムにおいてどのような言語面・非言語面の障壁があるかを明らかにしようとしている。また、受容バイリンガルの子ども、社会の少数派言語の習得機会を失って日本語モノリンガルになった国際結婚家庭の子どもに関する研究を通じて、家庭内でバイリンガルを育成することの重要性に注目している。Harmonious Bilingualism Network(HaBilNet)の賛助会員として、世界中のバイリンガル家庭にアドバイスを提供している。

 

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乳幼児期の二言語発達~Mirta Vernice教授 インタビュー(前編)~

 

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