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2021.08.17

CLILは、ほかの「外国語で学ぶ」教育とどのように違うか?〜東北大学 カヴァナ・バリー准教授インタビュー(前編)〜

CLILは、ほかの「外国語で学ぶ」教育とどのように違うか?〜東北大学 カヴァナ・バリー准教授インタビュー(前編)〜

日本では、バイリンガル教育に興味をもつ保護者が増え、英語で何かを学ぶ、という体験が以前より注目されるようになってきました。そのような状況のなか、CLIL(内容言語統合型学習)への関心も高まっています。そこで今回は、カヴァナ・バリー准教授(東北大学)にお話を伺い、CLILがどのようにほかの「外国語で学ぶ」教育と違うか、という点について紹介します。

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【目次】

 

CLILとイマージョン教育の違いとは?

―教科や科目を外国語で教える、と聞くと、まずイマージョン教育を思い浮かべる人が多いと思います。イマージョン教育とCLILにはどのような違いがあるでしょうか?

英語教育の分野では、「CLIL(Content and Language Integrated Learning/内容言語統合型学習)」と「イマージョン教育」は同じ意味で使われることがあります(※1)。実際に、CLILはカナダのイマージョン教育を元に生まれたアプローチであり、イマージョン教育の要素も入っているので、とても似ていますが、この二つの教育アプローチには重要な違いがいくつかあります。

まず、イマージョン教育とは、外国語で授業をする「科目教育」のことです。生徒は、科目を学びながら、外国語に100% “immersed”(浸される)ことになります。ほぼすべてのインターナショナル・スクールでは、イマージョン教育が行われていますね。

CLILは、教科科目やテーマの内容(content)の学習と外国語(language)の学習を組み合わせた学習(指導)の総称で、日本では、「クリル」あるいは「内容言語統合型学習」として呼ばれ定着しつつあります。

 

―外国語の指導は、どのように違うのでしょうか?

イマージョン教育では、目標言語(学習の目標となる言語/例:英語)を母語とする教師が指導に当たりますが、科目教育を重視するので、外国語の指導はほとんど行われないと言われています(※2)。つまり、外国語は、科目授業の中で自然に学ぶことが期待されているのです。

ですから、生徒を評価するポイントは、科目の知識がどれくらい身についたか、ということです。そのため、イマージョン教育は「sink or swim」アプローチとも言われています。もし、言語(外国語)がわからなければ、科目の内容もわからない、ということですね。EMI(English-Medium Instruction/英語を媒介とする授業)<後述>にも同じ課題があります。

 

―イマージョン教育では、外国語の指導がほとんど行われないのですね。

そうですね。一方、CLILでは、科目教育と外国語指導の両方を同等に重視し、授業で扱う内容に合わせて、生徒に学習させる言語(語彙や文法)を決めます。

例えば、数学を英語で学ぶCLIL授業であれば、数学の分野で使われる英語の専門用語が必要になります。社会のCLIL授業であれば、社会科に関する用語や文法が必要になってきます。また、数学の授業よりも社会の授業のほうがディベート(討論)をするので、そのための英語表現が必要かもしれません。

このように、CLIL授業では、科目内容に応じて必要な語彙や文法も教えるので、イマージョン教育の「sink or swim」という課題を解決できる可能性があります。ですから、生徒の評価においても、科目知識と言語能力の両方を重視します。

また、CLIL授業は、目標言語を母語としない、科目の教師が教えたり(例:フランスでは、フランス人が英語で数学を教える)、外国語教育を専門とする教師が教えたりします。これもイマージョン教育とは異なる点の一つですね。

 

―イマージョン教育では、100%英語を使って科目を教える、ということですが、CLIL授業ではいかがでしょうか?

イマージョン教育では、ほかの言語(第一言語)は使用しないように指導されます。でも、CLILでは、学習のために必要であれば、第一言語を使用してもよいのです。つまり、CLIL授業では、生徒が外国語と第一言語を切り替えながら話す「code switching(コードスイッチング)」や「translanguaging(トランスランゲージング)」(※3)をすることが許されます。

例えば、日本の大学でCLIL授業をすると、学生から日本語で質問がくることは多いです。そのときには「日本語を絶対に使ってはダメ」と言わずに、英語で質問に回答するようにしています。イマージョン教育のように日本語の使用を厳しく禁止しませんが、CLILの授業は、外国語の授業でもありますから、できる限り、英語を使うように促します。

 

CLILとEMIの違いとは?

―「英語で教える」アプローチには、EMI(English-Medium Instruction/英語を媒介とする授業)やCBI(Content Based Instruction)などもありますね。CLILとの違いは、どこに注目すればよいのでしょうか?

「内容」を外国語で教えるメソッドは、数多く存在しますが、内容を教えることと外国語を教えること、それぞれにどれくらい重点を置くか、という点で異なります。

CBIは、CBLT(Content Based Language Teaching/内容を重視した言語指導)とも呼ばれ、外国語教師が外国語の指導に重点を置きます。CLILは、外国語教師または科目の教師が内容と外国語の両方に重点を置いて指導します。EMIは、科目の教師が内容のみに重点を置きます。

 

―EMIは、イマージョン教育のように、外国語ではなく科目を教える教育なのですね。

そうですね。EMIは、CLILやCBIとは異なり、英語で授業をする科目教育です。EMIの主な目的は、教科を教えることであり、積極的に外国語を教えることはありません(※4、5、6)

例えば、私は、東北大学の大学院生を対象に、「言語学研究方法」という科目を英語で教えています。学生は、アメリカ人もいれば中国人もいて、全員が英語をペラペラと話せるわけではありません。でも、この授業では、英語を教えているわけではありません。言語学の研究方法を教えているんです。

英語が得意でない中国人も英語でレポートを書かなければいけませんから、もちろん文法の間違いはたくさんあります。でも、それは評価には影響しません。英語が正しいかどうかではなく、レポートの内容や授業の理解度を評価します。

EMIは、第二言語習得の理論に基づいた教育アプローチではありませんし、外国語学習に役立つことをうたってもいません。ですから、おそらく、EMIは、ほかの「英語で内容を教える」教育(CLILやCBI)と最も区別しやすいのではないでしょうか。

 

―東北大学は、EMIの授業が多いですか?

東北大学では、2年生、3年生を対象にしたEMIの授業がたくさんあります。目的は、大学の国際化、そして、海外からの留学生を誘致することです。

東北大学の場合は、英語で授業できる教師が揃っているのでうまくいっていますが、科目の専門家ではあるけれど、英語が得意でない先生が英語で授業をしなければならず、学生が不満を感じる場合もあります。これは、EMIの課題ですね。

 

CLILとCBIの違いとは?

―CBI/CBLTとCLILは、どのように区別されているのでしょうか?

日本では、外国語教育の専門家が「CBI」と「CLIL」という用語を同じ意味で使っている、という調査結果があります(※7)

でも、CBI/CBLTとCLILには、その教育アプローチが生まれた背景が異なります。CBI/CBLTという教授法は、1960年代にカナダで始まったイマージョン教育の内容を調整して、1980年代に北米で始まりました。

CLILは、1994年にヨーロッパで生まれた教育アプローチです。その背景には、ヨーロッパの国を行き来する人々がコミュニケーションを図るために、効果的な外国語教育が必要だった、ということがあります。

 

―CBI/CBLTとCLILは、生まれた背景が異なるのですね。教育アプローチの内容は、どのように違うのでしょうか?

CBI/CBLTは語学教育であり、外国語を教えることが主な目的です。教師は、ネイティブ・スピーカーの場合も非ネイティブ・スピーカーの場合もありますが、外国語教育を専門とする教師が指導します。

先ほど述べた通り、イマージョン教育やEMIは、教科を教えることが中心です。CLILは、科目教育と語学教育の両方を目指しますから、教科を教えること、および外国語を教えることが目的です。そのように考えると、CLILは、CBI/CBLTとイマージョン教育/EMIの中間に位置しますね。

 

―CBI/CBLTとCLILは、理論的な背景も異なりますか?

CBIとCLILは、さまざまな外国語教授法や第二言語習得理論に基づいている、という点では共通しています。でも、「4Cs(4つのC)」の理念、LOTS(Lower Order Thinking Skills/低次思考力)からHOTS(Higher Order Thinking Skills/高次思考力)へ育てようとする活動、Language Triptych(言語の三点セット)の考え方は、CLILが特に重視している理論であり、典型的なCBIアプローチと異なるユニークな点です(※8)。CBIと比較すると、CLILのほうが実践しやすく、革新的である、という見解もあります(※9)

 

―「4つのC」は、Content(科目内容やテーマを学ぶ)、Cognition(思考と学習の工夫)、Communication(目標言語でのコミュニケーション能力)、Culture(文化の多様性の理解と対応能力)であり、CLILの授業を構成する原理(笹島, 2020)として有名ですね。LOTSとHOTSは、どのような理論でしょうか?

ブルーム教育目標分類(Bloom’s Taxonomy of Educational Objectives)という理論があります。教育の目標とする思考力が6つに分類されていて、低次の思考力はLOTS(Lower Order Thinking Skills)、高次の思考力はHOTS(Higher Order Thinking Skills/高次思考力)と呼ばれています。

LOTSからHOTSまでは、思考力は次の順番で並びます。「記憶」、「理解」、「応用」、「分析」、「評価」、「創造」。

大学の場合は、分析や評価など、LOTSではなくHOTSを重視して教えるべきであると考えられています。

 

―Language Triptych(言語の三点セット)は、どのような考え方でしょうか?

学習と関連する言語は、language of learning(学習の言語)、language for learning(学習を行うための言語)、language through learning(学習のなかで培われる言語)の3つがあります。

まず、「language of learning」は、その授業で学習する内容を理解するために必要なキーワードです。例えば、アメリカで始まった人種差別抗議運動「BLM(Black Lives Matter)」についての授業であれば、“diversity”(多様性)という英語を覚える必要があります。

次に、「language for learning」は、その授業でディベートなどの活動をするために必要な表現や文法です。例えば、ディベートを始める前に、それらの英語を練習したりします。

そして、「language through learning」は、当初の学習目標にはないけれど、授業の流れの中で覚える英語です。例えば、ディベートをしているときに、生徒が「〜と言いたいけれど、英語での言い方がわからないので教えてください」と教師に聞いたとします。そこで、生徒が必要としている表現や文法を教師が教えると、学習が起こります。

これら3種類の言語を重視することはCLILの特徴であり、CBIにはない考え方です。

 

―CLILはヨーロッパで生まれたということですが、日本で実践されているCLIL授業は、ヨーロッパと異なる点がありますか?

ヨーロッパでは、通常CLILの授業を行う教員は言語の専門家で、非ネイティブ・スピーカーです。日本の場合も言語の専門家ですが、ネイティブ・スピーカーである場合もあれば、非ネイティブ・スピーカーである場合もあります。

また、ヨーロッパでのCLILは初等教育や中等教育機関で実践されていて、元々小学校や中学校から始まりました。科目教育として行われていて、「Hard CLIL(強形CLIL)」と呼ばれています。例えば、工学を専門とする教師が英語で工学を教えます。もちろん英語の指導も行いますが、工学の知識を学ばせることにフォーカスします。

一方、日本でのCLILは、主に大学のほうで普及していて、英語教育(言語教育)として行われています。このように、外国語の教師がテーマやトピックと一緒に英語を教えるCLILは、「Soft CLIL(弱形CLIL)」と呼ばれています。

日本では、CLILの理論や指導方法を理解している教員がまだ少ないので、Hard CLILの実践は難しいと思います。ヨーロッパでのCLILがもう自力で走れる若者だとすると、日本でのCLILはまだ生まれたばかりの赤ちゃんです。「あなたの専門分野を英語で教えてください」と言われて、それをできる先生はなかなかいません。

東北大学で開講している科目の65%はSTEM(Science, Technology, Engineering, and Mathematics)の分野で、ほとんどの先生が英語で授業を行うことができますが、英語の語彙や文法、表現の使い方をどのように教えたらよいかという知識を持って教えることはまだ難しいです。

でも、科目の専門家と言語の専門家が一緒に協力して教えるとうまくいくかもしれません。例えば、工学の教師が「内容」を教えて、外国語の教師が「言語」(語彙や文法)を教える、ということですね。これは、Adjunct CLIL(補助的CLIL)と呼ばれていて、東北大学でもこれから取り組む予定です。

 

(※1)該当文献:Lasagabaster, D. (2009). The Implementation of CLIL and Attitudes Towards Trilingualism. International Journal of Applied Linguistics, 157(1), 23-43.

https://doi.org/10.2143/ITL.157.0.2042586

 

(※2)該当文献:Dale, L., & Tannerr, R. (2012). CLIL Activities with CD-ROM: Resource for Subject and Language Teachers; 1st edition. Cambridge University Press.

(※3)バイリンガルやマルチリンガルは、複数の言語資源を流動的に交差させながら統制し、異なる言語間の境界線(文字や音韻、構造、語彙、社会文化的背景などのあらゆる違い)を超越して言語を理解し使用する、という概念(Wei, 2018)。このような二言語使用は、近年、効果的にコミュニケーションを図ろうとするバイリンガル特有の能力として肯定的に捉えられている。

(※4)該当文献:Brown, H., & Bradford, A. (2017). EMI, CLIL, & CBI: Differing approaches and goals. In P. Clements, A. Krause, & H. Brown (Eds.), Transformation in language education. Tokyo: JALT. Available from

https://www.researchgate.net/publication/318966462_EMI_CLIL_CBI_Differing_Approaches_and_Goals

 

(※5)該当文献:Coyle, D., Hood, P., Marsh, D.(2010). CLIL: Content and Language Integrated Learning. Cambridge University Press, Cambridge.

(※6)該当文献:Unterberger, B. (2014). English-medium Degree Programmes in Austrian Tertiary Business Studies: Policies and Programme Design. Dissertation, University of Vienna.

https://doi.org/10.25365/thesis.33961

 

(※7)該当文献:MacGregor, L. (2016). CLIL in Japan: University teachers’ viewpoints. In P. Clements, A. Krause, & H. Brown (Eds.), Focus on the learner. Tokyo: JALT. Available from

https://www.unifg.it/sites/default/files/allegatiparagrafo/06-07-2017/macgregor_clil_in_japan.pdf

(※8)該当文献:奥野由紀子・小林明子・佐藤礼子・元田静・渡部倫子(2018).「日本語教師のためのCLIL(内容言語統合型学習)入門」.凡人社.

(※9)該当文献:池田真 (2011).「CLILの基本原理」. In 渡部良典, 池田真, 和泉伸一(共著).『CLIL(内容言語統合型学習)―上智大学外国語教育の新たなる挑戦 <第1巻> 原理と方法』(pp. 1-13). 東京:上智大学出版.

 

【取材協力】

カヴァナ・バリー准教授(東北大学 言語・文化教育センター)

カヴァナ・バリー准教授(東北大学 言語・文化教育センター)のお写真

<プロフィール>

専門は、CLIL(第二言語習得)、バイリンガル教育、社会言語学。サリー大学(イギリス)でTESOL(言語学)の修士課程、東北大学にて言語学の博士課程を修了。英語教員として20年以上の経験をもち、うち15年間は大学での指導に当たる。これまでにヨーロッパからアジア圏に渡って、非常に多数の学術論文や書籍(共著)のチャプターを執筆し、また、数多くの国際学会でプレゼンテーションを行ってきている。現在、日本CLIL教育学会(J-CLIL)副会長およびJ-CLILの東北支部長を務める。

 

(後編へ続きます)

 

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