日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2024.11.15

「アメリカ英語だけが正解」から抜け出すためには?英語の多様性を学べる無料ウェブ教材への期待 〜関西学院大学 矢頭 典枝教授インタビュー(前編)〜

「アメリカ英語だけが正解」から抜け出すためには?英語の多様性を学べる無料ウェブ教材への期待 〜関西学院大学 矢頭 典枝教授インタビュー(前編)〜

みなさんは、自分がいま学んでいる英語がどの国で話されている英語なのか意識したことはあるでしょうか。いわゆる「英語のネイティブ・スピーカー」であれば、世界中で話されている英語を難なく理解できるのでしょうか。

英語を話す人々が世界各地にいて、さまざまな英語の変種(バラエティー)に触れる機会が増えてきたグローバル時代。その国の社会や文化を反映した特徴もあることから、私たちが学ぶべき英語は明らかにアメリカ英語だけではなくなってきました。今回は、この課題解決のために無料ウェブ教材を開発した研究プロジェクトに注目し、研究代表者を務める矢頭 典枝教授(関西学院大学)にお話を伺いました。

著者:佐藤有里

 

まとめ

●神田外語大学・東京外国語大学の共同研究プロジェクトにより、世界12種の英語を学べる無料ウェブ教材「KANDA×TUFS英語モジュール」が開発された。

●学校教育や社会で多様な英語に触れるようになった現代では、英語を学ぶ側だけではなく教える側も「アメリカ英語だけが正解」という考え方から抜け出す必要がある。

●発音や語彙の特徴に加え、その国特有の文化や社会事情を表すことばについても学べるため、英語の多様性に興味を持ち、世界のさまざまな英語を理解しようとする態度につながることが期待される。

 

カナダ研究から「KANDA×TUFS英語モジュール」共同開発へ

―矢頭先生は、カナダの公用語政策がご専門ですね。

そうですね。ちょうど今朝もカナダの公用語政策に関する授業をしてきたところです。

カナダの公用語は、英語とフランス語です。

例えば、カナダで販売されている商品のパッケージには、必ず英語とフランス語の両方で表記されています。さらに、英語圏の地域では英語が先に書かれたバージョン、フランス語圏の地域ではフランス語が先に書かれたバージョンの商品が販売されています。

このように、カナダの公用語政策では細かなところまでルールが決められているので、日本の学生さんたちはとても驚きますね。

 

―どのような経緯でカナダの公用語政策に関心をもたれたのでしょうか?

いま考えてみると、自分自身がカナダで育ったことが背景にあると思います。

子どもころに両親と一緒にカナダへ行くことになり、1969年にトロントの小学校に入学しました。実は1969年は、カナダの公用語政策が制定されて、初めて英語圏地域の学校でフランス語の授業が始まった年です。

小さいころは英語しか話していなかったのですが、小学校でフランス語を勉強するようになって、そのころからずっと外国語を学ぶことが好きだと感じていたと思います。

大学時代はフランス語を専攻して、ケベック(カナダのフランス語圏)の歴史と言語政策について卒業論文を書きました。

 

―カナダのバイリンガル公務員が英語とフランス語をどのように使っているか、というテーマの研究も興味深く拝見しました。

大学院でケベックのフランス語政策について深く学んだあと、博士課程へ進む前に外務省の専門調査員としてカナダのオタワにある大使館で3年ほど勤めました。

そのときにカナダ連邦政府の公務員とお話しする機会がよくあり、彼らが英語とフランス語をうまく使いこなす様子にとても驚きました。そこで、カナダ連邦公務員のバイリンガリズムをテーマに博士論文を書くことにしました。

オタワの連邦政府機関の職場に入り込んで、公務員のみなさんが実際にやり取りしている様子を観察したり、彼らに聞き取り調査をしたりしました(※1)。通常は外部の人間が公務員の組織に入って調査することはできませんから、いろいろな方にお手伝いいただき実現しました。

 

―その後、先生は「東京外国語大学(TUFS)言語モジュール*」の英語モジュールの開発を担当されていらっしゃいます。どのような背景で携わるようになったのでしょうか?

*東京外国語大学大学院の研究プロジェクト「言語運用を基盤とする言語情報学拠点」の成果を活かして開発されたウェブ言語教材(https://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/)。発音、会話、文法、語彙の4モジュールで構成され、学習者が自分でモジュールを選んで自由に外国語を学習できる。英語を含む計27言語で用意されている。

 

TUFS言語モジュールは、恩師である川口裕司先生(東京外国語大学 名誉教授)が開発し始めたものです。
はじめは、英語以外の言語で教材が開発されていました。英語は、どの大学でも教えていますし、すでにさまざまな教材があったからです。

例えば、フランス語は、フランスのフランス語、スイスのフランス語、南仏のフランス語、ケベック(カナダ)のフランス語の4種で教材が開発されていました。ドイツ語も、ドイツのドイツ語、ウィーン(オーストリア)のドイツ語、チューリッヒ(スイス)のドイツ語の3種ありました。

その後、英語は子ども向けの教材(※2)だけ開発されていたのですが、ほかの言語と同じように、地域によって異なるさまざまな英語で教材をつくったほうがよいということになったようです。

そのころ、私は博士課程を修了して神田外語大学に勤めていたのですが、英語教育に力を入れている神田外語大学の英米語学科にはさまざまな出身国の先生たちが70名くらいいました。この先生たちに協力してもらえば、さまざまな英語の動画教材をつくることができます。

私が東京外国語大学出身でカナダ英語について研究していた時期だったこともあり、東京外国語大学と神田外語大学が共同で英語モジュールを開発することになりました。

 

図|東京外国語大学(TUFS)言語モジュール 

東京外国語大学(TUFS)言語モジュール

https://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/

 

各分野の研究成果を活かした、学術的にレベルの高い教材に

―英語モジュールは、先行研究に基づいた学術的な教材とのことです。どのように開発されたのでしょうか?

英語モジュールの研究チームは、研究代表者である私のほか、6〜7人の研究分担者で構成されています。東京外国語大学と神田外語大学のメンバーがおよそ半々で、もちろん全員が博士課程まで進んで研究してきた専門家です。

また、さまざまな英語の違いについて学ぶためには発音も重要になるため、英語音声学の第一人者である斎藤弘子先生(東京外国語大学)に発音分析を担当していただきました。

さらに、バイリンガル研究や第二言語習得の第一人者である吉富朝子先生(東京外国語大学)にも分析をお願いしました。

このように各分野の研究成果を反映させたので、かなり学術的にレベルの高い教材になっています。

このプロジェクトでは、12種の英語で教材を開発したので、数百人もの人たちが関わっています。一つのモジュールで出演者が最低でも3人、多いときは8人いましたし、セリフを書く人たちも2〜4人いました。さらにセリフを和訳して字幕を書く人も必要だったので、東京外国語大学の博士課程にいる大学院生にお願いしたりしました。

2011年にプロジェクトを開始し、11年ほどかけていまの英語モジュールが完成しています。

 

図|東京外国語大学のウェブサイトで公開されている英語モジュール

東京外国語大学のウェブサイトで公開されている英語モジュール

https://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/en/

 

資料|12種の英語を同じ会話シーン(計40シーン)で学ぶことができる。

12種の英語を同じ会話シーン(計40シーン)で学ぶことができる。

欧米の英語6種だけを見ても、使う語彙や表現、発音など、さまざまな違いがあることがわかる。

画像:神田外語大学のウェブサイトで公開されている英語モジュールをもとにIBS作成

http://labo.kuis.ac.jp/module/index.html

 

―開発されるときには、どのようなところに最も力を入れましたか?

英語モジュールの画面では、発音についての説明を表示することができるのですが、この発音の記述は一番力を入れて開発しましたね。

先ほどご紹介した音声学がご専門の斎藤先生や博士課程の大学院生たちとみんなで議論を重ねて開発したのですが、ヘッドフォンで音声を聞きながら「私はこう聞こえた」「私には違うふうに聞こえた」というふうに試行錯誤しました。

アメリカ英語やカナダ英語であれば、日本人は慣れているのであまり説明する部分はないのですが、そのほかの英語となると、説明しなければならない発音がすべての文一つひとつに出てきますし、語彙も同様でした。

本当に大変な作業でしたが、結果的に、その英語がどのように発音されたか、その語彙がどのような意味で使われているかも理解できる教材になりました。

和訳しか見ていないと「英語はいろいろな違いがあるんだな」という感想だけで終わってしまいますが、この発音や語彙の記述も確認した学生さんたちは「役に立った」と思ってくれるようですし、実際に実になっていると思います。

 

画像:外国語大学のウェブサイトで公開されている英語モジュールをもとにIBS作成

画像:東京外国語大学のウェブサイトで公開されている英語モジュールをもとにIBS作成

https://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/en/

 

―12種の英語を一つひとつ見てみると、発音や語彙、文法の違いだけではなく、その英語が話されている社会や文化についても理解できるようになっている点が印象的でした。

言語と社会の関係について研究する社会言語学は、私の専門分野です。言語的な側面だけではなく社会文化的な側面にも注目して開発し、論文も発表しました(矢頭, 2018a; 矢頭, 2021)。

アジア英語のうち一番初めに教材開発をしたシンガポール英語は、それまで開発してきたアメリカ英語、カナダ英語、イギリス英語、オーストラリア英語、ニュージーランド英語、アイルランド英語の教材フォーマットだとうまくいきませんでした。

なぜなら、シンガポール英語にはシンガポールの社会事情や文化が反映されているからです。例えば、MRTはシンガポールの地下鉄、national dutyは兵役、reservistは予備兵(シンガポールでは兵役終了後も定期的に再徴兵され予備役に就く)ですが、これらは欧米の英語にはない単語です。

ですから、その国特有の文化や社会事情を表すことばについては説明を入れることにしました。

 

ー同じ「英語」であっても、その英語を使う人たちの社会や文化が違えば、ことばにも違いが出てくることがわかりますね。

シンガポール英語だけではなく、ほかの英語変種の会話モジュールにも説明を入れました。

例えば、会話モジュールの後半(21. 感謝する〜40. 助言する)は、基本的にはどの英語変種でも同じセリフになっているのですが、固有名詞はそれぞれ変えてあります。

例えば、商業施設の名前であれば、アメリカ英語はCentral Plaza(セントラルプラザ)、オーストラリア英語はMyers(マイヤーズ)、シンガポール英語はIon(アイオン)というふうに、実際にその国にある施設にしています。

また、動画の背景に関しても、その国の状況がわかるような写真を使用しています。例えば、アメリカ英語はセントラルパーク、イギリス英語はブリティッシュヒルズ、オーストラリア英語はタスマニア、シンガポール英語はガーデンズ・バイ・ザ・ベイの写真を選んでいる動画があります。

あいさつの仕方も国によって違いますよね。

例えば、アメリカであれば “Hello” や ”Hi!” ですが、オーストラリアでは ”G’day!”、ニュージーランドでは “Kia ora!” になります。

画像:神田外語大学のウェブサイトで公開されている英語モジュールをもとにIBS作成

固有名詞はその国で実際にあるものが使われているほか、その国特有の文化や社会事情を表すことばについても解説されている。

画像:神田外語大学のウェブサイトで公開されている英語モジュールをもとにIBS作成

http://labo.kuis.ac.jp/module/index.html

 

―英語モジュールには、アジア諸国の英語が含まれていることも特徴的だと思いました。どの英語変種を入れるべきか、という点はどのように検討されたのでしょうか?

まず世界2大英語であるアメリカ英語とイギリス英語ですね。

イギリス英語に関しては、ロンドンを中心に話されている標準イギリス英語(エスチュアリー英語/Estuary English)のほかにもモジュールをつくりました。イギリスには地域によって方言がたくさんあるからです。そのなかでも、特徴的なスコットランド英語とウェールズ英語のモジュールを作りました。

それから、日本に一番多く入ってきている外国人の数をもとに、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、アイルランド。まずこの6種で開発しようということになりました。

アジア英語に関しては、まずシンガポールを選びました。シンガポールは、日本から数多くの企業が進出している国ですし、観光先としても注目されています。

その次がインド英語でした。インドは、英語話者の数で言えばアメリカに次いで世界第2位です。13億もの人口がいて、レベルの差はありますが、そのうち10%が英語話者。つまり、1億3000万人くらいです。アメリカは3億人ですが、カナダは4000万人弱、イギリスも数千万人ですから、英語話者の数が多いインドは英語モジュールに入れたほうがいいと考えました。また、とても特徴的な英語であることも理由の一つです。

あと二つは、フィリピンとマレーシアですね。

マレーシアは、もともとシンガポールと同じ国だったので、シンガポール英語と非常に似ていますが、マレーシアに行く日本人留学生はかなり多いので入れました。

フィリピンは、日本に住んでいるフィリピンの方々がもう何十万人もいますし、日本との関係も濃いことが理由でした。

 

―例えば、もともと多言語社会のインドなどは、英語の特徴が地域によって違うのかが気になりました。その点はどのように検討されたのでしょうか?

インドは広い国ですし、出身地域による違いはあります(矢頭, 2020)。しかし、地域差があっても、インド人が話す英語には共通の特徴がありますので、それをインド英語モジュールに反映させました(※3)

インド英語の動画に出演している人たちは8人いるのですが、デリー(4人)、パンジャーブ(2人)、ムンバイ(1人)、プネ(1人)というふうに、さまざまな地域の出身者です。

彼らの母語はヒンディー語、パンジャーブ語、マラティー語、ウルドゥー語など多様ですが、それらの言語を学んでいない限りは、大きな違いがあるようには聞こえないと思います。

 

(※1)詳しくは、矢頭教授の博士論文をもとにした書籍『カナダの公用語政策:バイリンガル連邦公務員の言語選択を中心として』(矢頭, 2008)を参照。

(※2)TUFS kids(https://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/en/pmod/)

(※3)母語や地域だけではなく、学歴、欧米の英語に触れる機会がどれくらいあるかによっても個人差が出ることがわかっているが、標準インド英語(教育レベルが高いインド人が話すとされる英語)にはある程度共通する特徴がある(矢頭, 2020)。

 

(後編へ続きます)

 

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【取材協力】

関西学院大学 国際教育・協力センター 矢頭 典枝 教授

関西学院大学 国際教育・協力センター 矢頭 典枝 教授のお写真

<プロフィール>

専門は、社会言語学、カナダ研究。カナダの公用語政策、ケベック州のフランス語化政策、カナダ英語について研究する。また、英語の多様性を学べる無料ウェブ教材「KANDA×TUFS英語モジュール」を開発した神田外語大・東京外国語大学の共同研究プロジェクトで研究代表者を務め、12の英語変種の特徴を分析。東京外国語大学フランス語学科卒業、モントリオール大学留学、東京外国語大学大学院修士課程、博士後期課程修了。博士(学術)。外務省専門調査員(在カナダ日本国大使館勤務、政務担当)、オタワ大学言語学科客員研究員、東京外国語大学・神田外語大学・青山学院大学・関西学院大学非常勤講師などを経て、2008年より神田外語大学英米語学科 教授。2016年度、ケベック大学モントリオール校、トロント大学客員研究員。2023年より関西学院大学に移籍し現職。日本カナダ学会(Japanese Association for Canadian Studies)会長。

 

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参考文献

Kachru, B. B. (1992). Teaching World Englishes. In B. B. Kachru (Ed.), The other tongue: English across cultures (2nd ed., pp. 355–365). University of Illinois Press.

 

矢頭典枝(2008). カナダの公用語政策:バイリンガル連邦公務員の言語選択を中心として. リーベル出版.

 

矢頭典枝(2018a). KANDA×TUFS英語モジュール「シンガポール英語版」にみる社会的・文化的特質. 科学研究費助成事業 基盤研究(B)研究プロジェクト「アジア諸語の社会・文化的多様性を考慮した通言語的言語能力達成度評価法の総合的研究 ―成果報告書(2015-2017)―」, 59-70.

https://www.tufs.ac.jp/common/fs/ilr/site0008/_src/7176/6_yazu.pdf

 

矢頭典枝(2018b). 英語の多様性について教える観点からみる通訳ボランティア育成. グローバルコミュニケーション研究, 6, 73-97.

https://kuis.repo.nii.ac.jp/records/1565

 

矢頭典枝(2020). KANDA×TUFS英語モジュールに見るインド英語の発音の特徴. 言語教育研究:神田外語大学言語教育研究所, 30, 99-13.

http://id.nii.ac.jp/1092/00001653/

 

矢頭典枝(2021). KANDA×TUFS英語モジュール「アジア英語版」にみる社会的・文化的特質:インド、フィリピン、マレーシア版を中心に. 科学研究費助成事業 基盤研究(B)研究プロジェクト「アジア諸語の言語類型と社会・文化的多様性を考慮したCEFR能力記述方法の開発研究 ―研究成果報告書(2018-2020)―」, 99-113.

https://www.tufs.ac.jp/common/fs/ilr/images/kaken2021/Yazu%20202103.pdf

 

 

 

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