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2024.04.01

小学校外国語の授業を通して「現実世界の英語」を学ぶ

小学校外国語の授業を通して「現実世界の英語」を学ぶ

私たち日本人のほとんどは、英語を第二言語として学びます。小学校から約10年間英語を学び続けるにもかかわらず、英語をコミュニケーションツールとして使えるようになることは容易ではないと言います。生徒が学習した英語の文法や表現を「自分の言葉」として自然に使用できるようになるためには、英語を指導する教員による様々な工夫が必要です。

その工夫の1つとして「現実世界の英語」を指導することが挙げられます。現実世界の英語の指導とは、児童が日常生活で実際に使用する機会があり使用する必要性のある英語表現や文法事項を、リアルな状況やシチュエーションの中で指導することです。このコラムでは、生徒が英語を単なる知識ではなく会話のツールとして認識し、現実世界で活用できるようになるための指導の実践例を紹介していきます。

 

 

英語を知識ではなく「ツール」として捉えることの重要性

2020年度より小学校3、4年生の外国語活動が本格的に始まり、5、6年生では「読むこと」「書くこと」を加えた英語の教科化が開始されています。学習指導要領には、すべての教科において育成を目指す資質・能力について以下のような目標が掲げられています。

①「何を理解しているか、何ができるか(生きて働く『知識・技能』の習得)」

②「理解していること・できることをどう使うか(未知の状況にも対応できる『思考力・判断力・表現力等』の育成)」

③「どのように社会・世界と関わり、より良い人生を送るか(学びを人生や社会に生かそうとする)『学びに向かう力・人間性等』の涵養」

上記の目標を外国語の授業の目標に置き換えてみると、①英語の知識・技能の習得 ② 習得した英語の知識を状況に合わせて使用できるようになる ③ 学んだ知識やコミュニケーション方法を活かして自分のコミュニティや地域、世界と積極的に関わるーという資質・能力を育成することが求められます。

しかしながら、これまでの小学校外国語活動や外国語の授業では、学習し理解した英語のフレーズや表現を生徒たち自身の言葉として内在化させるプロセスが足りていないこと、そして児童が習った英語を日常生活で使用する必要性を感じる機会が少ないことが指摘されています。

英語を指導する立場にある教員たちは、授業の中で児童の日常生活に基づいたリアルな場面設定を行い、児童が興味・関心を持って英語を使ってみたいと思うような意味のある活動を作っていく必要があると指摘されています(黒澤, 2015)。

 

関連する先行研究(ヴィゴツキーの「意味生成」理論, Authentic Materials について)

児童のみでなく、すべての英語学習者を対象としたこれまでの第二言語習得論という研究分野において、学習者がいかに学習対象の言語を「使用する必然性のある言語」と捉え学習するかが重要であるかが述べられています。ここからは、英語学習者が「今、ここ」で言葉が生きて使われる場面の中で英語を学ぶことを語る上で非常に大切な2つの先行研究について触れておきたいと思います。

1. ヴィゴツキーの「意味生成」

ロシアの言語学者ヴィゴツキー(※1)は、フランスの心理学学者フレデリック・ポーランの研究を参考に、単語の意味は「語義的意味」と「個人的主観的意味」という2つの側面があることを説きました。「語義的意味」とは、普遍的な辞書的な意味のことを指し、「個人的主観的意味」とは個人の感情・情動や経験を伴う主観的な意味であると言います。

小学校の英語教育では、後者の「個人的主観的意味」という概念が重要視されるべきでしょう。リアルな意味が溢れる「今、ここ」、現在の状況の中で英語を使ってどのように児童が交流していくのかを考えさせる活動を取り込んでいくことが求められます。

「自分は今お店の店員である」「私は今、買い物に来たお客さんを演じている」というようなごっこ遊び的な活動に代表されるような仮想的な自分ではなく、学習した英語を用いて偽りのない自己表現を行うことのできる活動が求められていると言えます。

 

2. Authentic Materials

児童等がいかに学習対象の言語を「使用する必然性のある言語」と捉え学習するかが重要視されていますが、小学校の英語の授業の中で教員が工夫できることの一つに「Authentic materials(本物の教材)」を用いるということが挙げられます。

複数の研究者によるとAuthentic materialsとは、「文脈的にも、文化的にも豊かで、学習者の興味・関心を引くことのできることができる教材」(Spelleri, 2002)「自然な形でのコミュニケーションを促し、文化についてより多くのことを学ぶ助けとなるのみでなく、批判的な思考をするための助けとなる教材」(Erkaya, 2005)のように定義されています。

具体的にはどのような教材をAuthentic materialsと呼ぶのでしょうか?例えば、英語圏の文化の様子や実態が教室内でわかる英語による音源(ラジオのトーク音源、洋楽、映像)やペンパル(※2)と実際にやり取りした文章、手紙、チャットなどが挙げられます。また、異文化学習の一環として児童が学んでいる言語のネイティブスピーカーをゲストとしてクラスに呼び、外国語活動や外国語の授業に入ってもらうことや異文化交流のイベントなどを行うことなどもAuthentic materialを用いた活動として認識されます。

 

「現実世界」を意識した英語指導の実践例紹介;授業実践その① 京都教育大学附属桃山小学校

ここからは、児童等が現実世界で使用される英語を学習し習得するために工夫を凝らした小学校の授業実践を紹介していきます。今回紹介するのは、2018年に公開された京都教育大学附属桃山小学校5年生の外国語科の授業です。この授業は、学級担任、JTE(Japanese Teacher of English)、そしてALTの三人体制で指導されました。

 

1. 単元の目標

・1日の生活に関する表現や頻度を表す語がわかり、まとまりのある話を聞いておおよその内容を捉えたり、1日の生活について行ったりする。【知識・技能】

・ 1日の生活に関する表現や頻度を表す語を、自分の日課や家での役割に合わせて適切に選んで友達と伝え合う。【思考力・判断力・表現力】

・ 1日の生活に関する表現や頻度を表す語に関心を持ち、意欲的に世界の子供達の生活の様子を聞いたり、友達とのコミュニケーション活動に取り組んだりする。【主体的に学習に取り組む態度】

 

2. 言語材料(使用する英語)

<尋ねるための表現>
What time do you get up? / Do you get the newspaper?

<答えるための表現>
I usually get up at seven. / I always get the newspaper.

<副詞>
always/ usually/ sometimes/ never

<日課>
get up/ wash my face/ wash my hands/ brush my teeth/ comb my hair/ eat breakfast/ go to school/ do my homework/ eat dinner/ take a bath/ watch TV/ go to bed

<家での役割>
get the newspaper/ wash the dishes/ take out the garbage/ set the table/ clean my room/ walk my dog/ water the plants/ clean the bathroom/ make my bed/ fold laundry

 

3. 授業の展開

<導入>
・ 挨拶、日付と天気を確認/ 歌
・ 語彙の定着(日課や家での役割についての語をジェスチャーしながら声に出して言う)
・ 副詞の定着(チャンツ(※3)に乗せて副詞を変えて文を言う)
・ 表現の活用(家での役割をテーマにスモールトーク(※4)を行う)

<展開>
・ リスニング(オーストラリアにあるぺレア小学校の子供の日課について聞き取り、副詞や時刻について確認)
・ 発表(友達に自分の一日を紹介し、よかった点やアドバイスを伝え合う)

<振り返り>
・ 今回の学習について、振り返りシートに記入して振り返る

 

4. 児童等による意味生成の様子

頻度を示す4つの英語(always, usually, sometimes, never)を提示する際には、英単語の下にそれぞれ、アリ、ウサギ、バッタ、両目を恥ずかしそうに覆っているアライグマのイラストが描かれています。児童がそれぞれの頻度の違いについて考える際、「アリはいつも働いているからalwaysなんじゃない?」「usuallyのウサギはだいたい80%働いているのかな?」など意味づけをしている様子が伺えたそうです。

また、家での役割を英語で表現してみるという活動において、以下のような文章がワークシートに記入されたそうです。

・I always do my homework at 5:00 pm.
・I never go to bed at 9:15 pm.
・I sometimes clean my room.
・I never fold laundry.

授業の中で家での役割について交流をしていくと、家での役割をしっかり果たしている生徒とそうでない生徒がいる実態が見えてきました。そのため授業の回数が進むごとに、さらに家での役割についての英語表現を増やし、お互いの家での役割について交流させました。その際、生活を表す単語と同じようにジェスチャーを交えながら語彙に慣れ親しむよう工夫したそうです。

すると、授業終了後の振り返りシートには以下のような記入が見られました。

・ 「neverばっかりだったから、ちゃんとお手伝いをやろうと思いました。」

・「自分はneverばっかりだったけど、友達には、usuallyやalwaysの人もいたのでneverだけにはならないようにしたい。」

これらの記述から、授業で習った頻度を表す「always」「ssometimes」「never」などの英語表現を児童自身の私生活の様子と関連させて発言していることがわかります。家での役割について英語で友達と交流したことで、自分自身の家での生活を見つめ直そうとする姿勢と英語学習が結びついているのです。このことは、英語の授業の中でなされた児童の思考が、彼らの現実世界での意思や行動と結びついた結果と言えるのではないでしょうか。

 

児童が自分たちの日常生活や習慣、日々感じていることと学んだ英語表現を結びつけて考えられる実践的なアクティビティや活動が必要

このコラムではここまで、「本物の英語」を学び交流することの大切さをヴィゴツキーの意味生成理論やAuthentic materialsを用いた英語指導などの観点から解説しました。その上で、実際に児童が英語使用の必要性を感じ、自分自身を表現する姿勢を促す授業実践を紹介してきました。いかがでしたでしょうか?

英語の授業の中で児童等に架空の人物像やキャラクターを当てはめて演じてもらい、英語の表現を使用するようなやりとりは多く用いられがちですが、そこには児童が伝えたい本当の気持ちや思いは存在していません。「現実世界の英語」として英語を学習し定着させるためには、児童が自分たちの日常生活や習慣、日々感じていることと学んだ英語表現を結びつけて考えられる実践的なアクティビティや活動が必要と言えるでしょう。ここで紹介した実践例が、小学校で外国語科の指導に関わる方々のヒントの一つとなれば幸いです。

 

(※1)1896年に旧ソビエト連邦で生まれた心理学者。発達と教育の関係について新しい革新的な理論化を行なった1人。「最近接発達領域」という発達理論を発表したことで有名。

(※2)手紙を通じて交流を持つ友人のことを指す英語の表現のこと。

(※3)一定のリズムに英単語や英文を載せて発音させる指導方法のこと。

(※4)教師が生徒にとって身近な話題について英語で話すこと。

 

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■関連記事

【特別対談】小学校教員と研究者が語る、小学校英語教育のいま 〜東京学芸大学附属大泉小学校 石毛教諭×早稲田大学 原田教授〜(前編)

なぜ小学1年生が英語を使って算数を学べるのか?〜豊橋市立八町小学校のイマージョン授業づくりから考える(前編)〜

 

参考文献

All about 暮らし チャンツとは?英語教育で使われるリズム良く英文が言える方法[子供の英語教育]All About

https://allabout.co.jp/gm/gc/408829/

 

チョコレート・プロジェクト チョコレートから世界の現実に目を向ける力を養成する外国語学習. 複言語・多言語教育研究, 5, 69-78.

 

英語教育実践としてのヴィゴツキー (2): 小学校英語指導法における意味生成. 教職キャリア高度化センター教育実践研究紀要= Journal of Education Research Center for Educational Career Enhancement、 (2), 31-37. 阿部志乃. (2017).

 

本物を意識した小学校英語教育の展開と課題: 絵本から生活へ. ノートルダム清心女子大学紀要. 人間生活学・児童学・食品栄養学編, 43(1), 49-72. 西本有逸. (2020).

 

黒澤純子. (2015). 小学校外国語活動における内容言語統合型学習の授業計画試案: 本物の素材を使用して. 東邦学誌, 44(2), 37-48. 福原史子. (2019).

 

工藤泰三. (2009). 英語授業における authentic materials の利用と学習意欲. 研究紀要, 46, 117-128.

 

東京大学大学院情報学環・学際情報学府山内祐平研究室 【気になる研究者】レフ・ヴィゴツキー – Ylab 東京大学 山内研究室

https://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/ylab/2011/08/post-325.html 

 

白畑知彦・冨田祐一・村野井仁・若林茂則.(2019).『英語教育用語辞典第 3 版』東京:大修館書店.

 

Spelleri,M.(2002).AuthenticMaterialsBridgethe Gap.ESL,Magazine,March/Apri12002.1

 

Weblio辞書 「ペンパル」の意味や使い方 わかりやすく解説

https://www.weblio.jp/content/%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%AB

 

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