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2023.09.06

バイリンガルの子どもの発達は、モノリンガルとどのように違う? 〜神戸松蔭女子学院大学 久津木 教授インタビュー(後編)〜

バイリンガルの子どもの発達は、モノリンガルとどのように違う? 〜神戸松蔭女子学院大学 久津木 教授インタビュー(後編)〜

神戸松蔭女子学院大学 久津木 文 教授 インタビュー記事の後編です。後編では、バイリンガルの子どもの認知能力や社会性の発達について紹介します。

【目次】

 

バイリンガルの経験や環境が「他者理解」に役立つ可能性

―乳幼児期から二つの言語に触れて育つことは、子どもの言語以外の発達にどのような影響を与えるでしょうか?

バイリンガルが一方の言語を使うときには、二つの言語が同時に活性化して、もう一方の言語を抑制(出てこないように抑える)しています。その結果、脳の認知機能(実行機能)が訓練されるという見解があります(久津木, 2014)。

そして、この認知機能は、他者理解の能力を促進すると考えられます(久津木, 2016b)。

自分自身ではなく、他者の気持ちや心の状態を答える「心の理論」という課題があるのですが、4歳くらいまでは他者の視点で物事を見られない傾向があります。

認知機能が高まってくると、「自分はこう思っているけれど、いまはそれを答えるのではなく、この人が思っていることを答えるんだ」というふうに、自分の気持ちを抑えて、他者の気持ちという情報を際立たせることができるようになります。

これは二言語を切り替えること(一方の言語を抑えてもう一方の言語を使う)と似ていて、実行機能が関わっていると考えられています。

ただ、二言語を使う経験による認知機能の促進だけではなく、多様な人々との交流経験が影響するという見解もあります。

バイリンガル環境で育っている子どもは、モノリンガル環境で育っている子どもよりも、いろいろな国や文化の人たちに会って、この人はこういうことを考えているんだ、と相手を理解しようとする経験を早くからします。その経験によって「心の理論」(他者理解)が高まるということですね。

 

―バイリンガルの場合、相手がどちらのことばを使うのか考えながら話す必要もあると思いますが、そのような経験も他者理解に影響するでしょうか?

当然、関係してくると思います。

先ほど、日本語は特に、相手によってどのような形で話すかを変えることが重要な言語だというお話をしました。これは日本語モノリンガルの日本語についての話ですが、だいたい4歳くらいになると、「相手が誰なのか」ということに注意が向いて、お母さんに対する話し方と幼稚園の先生に対する話し方をちゃんと切り替えられるようになってくると言われています。これを「レジスターの切り替え」と言います。

一方、バイリンガルの場合は、だいたい2歳くらいで「お父さんにはこの言語で話す」、「お母さんにはこの言語で話す」というふうに認識して、二つの言語を切り替えられることが古くからわかっています。

このようなメタ言語的知識(言語について客観的に考えること)やメタ社会的知識(他者との関わりについて客観的に考えること)は、他者理解や「人によって考え方や物事の捉え方が違う」という解釈にも当然影響してくると思います。

 

―昔は、バイリンガルの能力について否定的に考える見解が主流でしたが、やはりいまは変わってきますか?

大昔は、バイリンガルは発達や学力に遅れが出る、というようなことが言われていましたが、最近は「バイリンガルの能力は優れているかもしれない」という見解が多いです。ただ、もう少し厳密に調べたほうがいい、ということも言われ始めています(久津木, 2014)。

何をもってバイリンガルとするのか、どのような言語レベルのバイリンガルを対象に研究するのか、ということがしっかり整備されないまま研究が進んできたからですね。

また、研究結果は、この人のこの瞬間を切り取ってこのように見たからそのように見える、ということであって、どちらが原因でどちらが結果、ということはわかりにくいです。

二言語使用には、認知機能だけではなく、本当にたくさんの要素が関わっていて相互に影響し合っています。それらの関係はとても流動的で複雑です。

ですから、「バイリンガリズムが認知機能を促進させる」という研究結果が出たからといって、「子どもを早くからバイリンガルに育てれば賢くなる」と考えないように注意していただきたいです。

認知機能に関する研究は、二つの言語を常に切り替えながら使っているバイリンガルを主に対象にしています。インプットやアウトプットの機会が少ない環境で外国語に少し触れているくらいでは、同じような効果は得られないと思います。

 

ことばを話し始める前から、モノリンガルとは違う認知能力が発達

―ことばを話す前の子どもであっても、何かモノリンガルと違う発達が見られる可能性はあるでしょうか?

これまでは、二言語を切り替える経験がバイリンガルの認知能力の優位性に関係していると言われてきましたが、最近は、ことばを話す前の乳幼児も認知の発達においてモノリンガルと異なる点があるのか、という研究テーマがとても注目されています(久津木, 2014)。

例えば、二つの言語で育っている赤ちゃんは、一つの言語で育っている赤ちゃんと比較すると、早くから話者の目よりも口に注意を向けることがわかっています。

赤ちゃんは、生まれながらにして相手の目に注意を引かれるようになっていて、赤ちゃんから目を見つめられたお母さんは「この子、かわいいな」と感じる、というような仕組みになっています。

目を見つめたままそこから目を離せない状態なのですが、次第に、目に注意が引きつけられるのを抑えて、顔のほかの要素にも注意を向けられるようになっていきます。

特に口に注意を向けることは、言語を獲得するうえで重要です。この音がどこから出てきて、どのような口の形をしているのか、ということに注意が向き始めて、話者の口を見る時間が多い赤ちゃんは語彙獲得が早いこともわかっています。

 

―バイリンガルの赤ちゃんが早くから口に注意が向くようになるのは、なぜでしょうか?

バイリンガルの赤ちゃんは、ことばを話し始める前から、自分の周りで異なる二つの言語が話されていることに気づいて、「なんか違う。ちゃんと口を見ていないと獲得できない」というような意識が働いて、周りの環境に特別な注意を払うようになっているのではないか、と言われています。言語音が発せられる口を見るのもそのためです。

もし親御さんがバイリンガルであれば、一人の人物が話している途中で言語を切り替えることもありますが、赤ちゃんは生後8カ月で「切り替わった」と気づくことができます。

ですから、そういう言語の接し方を経験しているバイリンガルは、環境の刺激に対して注意深く反応して、刺激の違いを処理する、というふうに、モノリンガルとは違う認知能力が獲得されているのではないかということです。

 

―バイリンガル環境で育っている赤ちゃんのほうが早くから相手の口元によく注意を払うようになるんですね。とても興味深いですね。

そうですね。それと同じようなことですが、生後6カ月の時点で、モノリンガル環境で育った赤ちゃんよりもバイリンガル環境で育った赤ちゃんのほうが見慣れた刺激に引っ張られずに新しい刺激を見ることができる(刺激全体を眺められる)という研究結果も出てきています。

あとは、バイリンガル環境の赤ちゃんのほうが記憶を一般化できる、ということも言われています。

 

子どものころの異文化経験が外国や外国人に対するバイアスを減らす

―先生は、幼児が日本人や外国人、英語に対してどのような見方をするか、という研究もされていらっしゃるようです。どのような経緯で研究を始めたのでしょうか?

移民が多く住んでいる諸外国(特に英語圏)の研究では、ある言語(あるいは、言語のなまり)とその言語の話者が社会的にどういう人であるかを関連づける、ということがかなり浸透しています。

昔のバイリンガル研究では、移民の人たちがなまりのある英語を話したり、間違った文法で話したりするので、発達が遅れている、能力が劣っているというふうに捉えられていましたが、それと同じような考え方がいまも根強く残っているんです。

そして、このような価値観は4、5歳くらいになると獲得することがわかっています。

でも、日本では、外国語を諸外国のようにネガティブに捉えるのではなく、「かっこいい」とか何かすてきなものとして過剰に評価しているのではないかと考えました。そのような日本の社会的価値観は、まだ外国語や外国語についてあまり知らない子どもたちにどれくらい浸透しているのか、という点に興味を持って調べてみました。

 

―どのようなことがわかりましたか?

4〜6歳くらいの子どもたちを対象に、外国や日本についての知識を問うテストの得点と、英語がかっこいいと思っているかどうかの関連性を調べました(久津木, 2016a)。

結果、4歳くらいだと、外国についての知識があまりないまま「英語はかっこいい」と思っている子どもの割合が高く、5、6歳にかけて知識が増えるとともにそうではなくなりました。

英語を話せるとかっこいいと思うか聞いても、外国についての知識が多い子どもは「わからない」と答えるんです。かっこいいかどうか判断する材料がない、という感じで、単純に「かっこいい」と思わなくなるんです。

認知の発達も関係していると思いますが、外国についての知識が増えるほど、思考のバイアスがかかるようになっていくのではないかと考えています。

 

―異なる言語や文化を体験している子どもは、何か違う価値観を持っているのでしょうか?

日本の国際学校(インターナショナル・スクール)の小学生を対象に、外国人の文化的逸脱(日本の文化と異なる行動)を過剰に許すことと異文化経験(海外滞在経験、母親の外国語使用、外国語や異文化に触れた経験など)が関連しているかどうかを調べたことがあります(Kutsuki, 2016)。

日本人は、「外国の人だから仕方ない」というふうに、外国人に対して過剰に許してしまうことがありますよね。でも、実際に外国人と接している人は、もう少しフェアな見方をするのではないかと思ったんです。

結果、小学校低学年のみ、関連していることがわかりました。つまり、外国の人や文化に触れた経験が多いほど、外国人を過剰に許すということが少なく、もっとフェアな見方をする、ということです。

これら二つの研究やほかの研究結果を踏まえると、社会が持っている外国や外国人に対するバイアスは、だいたい5歳前後で形成され、小学校低学年までの間に外国の人や文化に触れる経験をすることによって、そのバイアスや偏った価値観が軽減されると考えています。

 

―単純に「英語だから〜」、「外国人だから〜」というふうに考えずに、もっといろいろな情報をもとに判断するようになるのですね。子どもの発達から考えると、乳幼児期の外国語・異文化体験で重要なこと、気を付けるべきことは何かあるでしょうか?

私はいま神戸に住んでいますが、街中を歩いている人たちやお店の店員さんの中に外国の方をたくさん見かけます。しばらく日本語が聞こえてこないときもあるくらいです。

その人たちが日本で子どもを育てながら働いていらっしゃるところを見ると、この状況はどんどん進んでいくだろうなと思います。

いまの日本の子どもたちが私たち大人とは違う環境で生きていくことを考えると、やはり多様性を自然なものとして受け入れる態度を幼いころから育ててあげることは、お互いの生きやすさにつながるのではないかと思います。

日本は、外国語教育や異文化体験となると、どうしてもアメリカやイギリスなどの英語や文化を思い浮かべてしまいますが、日本に住む外国の方たちは、英語を母語とする人よりもそうではない人のほうが多いです。

ですから、もっと多様な人たちや言語に触れて、社会の主流ではない文化に属している人たちが自分の近くにもいることに気づけるような経験、外国の人や文化に対するバイアスに気づけるような経験をさせてあげる必要があると思います。

 

周りの大人たちが心がけたいことは?

―バイリンガル環境で育つ乳幼児がまだ少ない日本では、そのような子どもの発達について疑問や懸念を抱く人が多いと思われます。親や教師はどのような心構えでバイリンガル児の発達を見守ればよいでしょうか?

親や教師、周囲の大人たちすべてに知っておいてほしいことは、まず、子どもの二言語・多言語の獲得は「放っておけばなんとかなる」というものではない、ということです。

そして、ことばは認知や情緒の発達にも強く関連していることを認識しておいてほしいです。バイリンガル環境で育つ子どもの言語だけではなく、それ以外の発達も支えるためには、周りの大人の意識だけではなく、社会的な仕組みも必要になってくると思います。

 

ー特に親御さんが家庭で心がけるべきことはありますか?

親御さんができることとしては、質の高いインプットを与え続けることです。

それは、難しいことばを使わなければいけない、ということではありません。子どもの気持ちや考え方を受け入れて反応してあげる、つまり、受容性や応答性の高いやりとりを継続してほしいですね。

そして、先ほどお話ししましたが、親御さんは自分にとっての外国語ではなく、母語を使ったほうがいいと思います。

親が自分の気持ちや感情を表現できる言語で子どもとコミュニケーションをすることで、子どもの発達を促すことがわかっていますので、あきらめずに母語を使い続けてほしいです。

 

―親は、子どもの言語発達だけではなく、親子関係のためにも、子どもとしっかりコミュニケーションをとれる言語を使い続けることが大切ですね。

そうですね。一方で、日本語を話さない親御さんは、日本語が必要な場面で子どもに頼りすぎない、という点にも気を付ける必要があります。

親子の関係を良い状態で保つためには、親が親として、子どもが子どもとして機能することが大切ですから、そのパワーバランスを維持してほしいです。

また、家庭で日本語が使われていない子どもの場合は、日本語を流暢に話しているように見えても、語彙に偏りがあったり、文法の理解が不足していたりして学校の勉強につまずくことがあります。

これについては、日本語の母語話者である教師が気づきやすい点なので、表面的な流暢さだけではなく、その子どもがいつ日本に来たのか、ということにも目を向けて、ケアしてあげてほしいです。

そして、多様な言語や文化に対する理解を促す活動も教育現場で取り入れてもらえたらいいなと思います。

 

―では最後に、先生がいま特に関心を持っていらっしゃる研究テーマや、今後取り組まれる予定の研究活動について教えてください。

日本語を含む多言語環境で育っている子どもを対象にした研究はまだ少ないので、国内や国外でそのような子どもたちにご協力いただき、子どもの多言語獲得と認知の関係について調べていきたいです。

そして、そのエビデンスに基づいて、多言語環境で育っている子どもたちの発達支援に取り組みたいと考えています。

 

バイリンガル環境で育つ子どもの発達について周りの大人が理解を深めることが重要

バイリンガル環境で育つ子どもの能力は、モノリンガルとの比較により過小評価されることもあれば、「放っておけばなんとかなる」と過大評価されることもあります。

過小評価は、子どもや親に自信を失わせ、親が母語を子どもに継承することをあきらめてしまったり、子どもの可能性を狭めてしまったりするかもしれません。

過大評価も、子どもが抱えている困難を見逃すことにつながり、必要なサポートを受けていれば発揮できていたはずの子どもの能力が埋もれてしまうかもしれません。

そのため、バイリンガル環境で育つ子どもの言語はもちろん、認知能力や社会性の発達についても周りの大人が理解を深めることは、当事者である家庭だけではなく、社会にとっても重要です。

モノリンガル社会と言われる日本でも、複数の言語に触れながら生まれ育っている子どもたちはたくさんいます。

モノリンガルかバイリンガル/マルチリンガルかにかかわらず、すべての子どもたちが自分の能力や可能性を最大限に発揮できるような社会にするためにも、久津木教授が取り組む研究テーマはますます重要になってくると考えられます。

 

*この分野の研究にぜひご協力ください

久津木教授の研究プロジェクトでは、英語と日本語で育つお子さん(13カ月~4歳)と親御さんの研究協力者を募集しています。

ご興味がある方は、久津木教授(ayakutski@shoin.ac.jp)までご連絡ください。

 

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【取材協力】

神戸松蔭女子学院大学 人間科学部 心理学科、文学研究科 英語学専攻、文学研究科心理学専攻 久津木 文 教授

久津木文 教授のお写真

<プロフィール>

専門は、発達心理学。なかでも、言語と心理の発達の関係に関心を持ち、特に日本語を含む多言語を獲得しながら育つ子どもを対象に研究。多様化する環境のなかでことばと心の健やかな育ちを支えるための環境づくりに役立つ基礎研究を主に行っている。主な研究テーマは、乳幼児期の子どもがどのようにしてことばを含むコミュニケーション能力を発達させていくのか、その基盤となる社会性や認知的能力について。神戸大学大学院 文化学研究科にて博士号を取得。独立行政法人 科学技術振興機構(京都大学)「日本における子供の認知・言語発達に影響を与える要因の解明」研究員、京都大学 文学部 学術奨励研究員、神戸松蔭女子学院 文学研究科 心理学専攻および人間科学部 心理学科 准教授などを経て、2020年度より現職。

 

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参考文献

Kutsuki, A. (2016). Factors affecting children’s judgement of culturally deviant acts: Findings from an international schools in Japan. Intercultural Education, 27, 179-187.

https://doi.org/10.1080/14675986.2016.1145025

 

久津木 文 (2016a). 英語を話すことはかっこいいのか?: 日本の幼児の国々に関する知識と外国語に対する態度. トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin, 19, 43-55.

http://doi.org/10.14946/00001826

 

久津木 文(2016b). 言語や表象の柔軟性は心の理論や実行機能と関連するのか. 発達研究: 発達科学研究教育センター紀要 , 30, 53-60.

 

久津木 文 (2017). 二言語の入力と語彙カテゴリの発達について. トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin, 20, 69-88.

http://doi.org/10.14946/00001963

 

久津木 文・田中 佑美(2018). 小学生がもつ言語話者に対する期待: 国際学校での調査. トークス = Theoretical and applied linguistics at Kobe Shoin, 21, 95-103.

http://doi.org/10.14946/00002024 

 

 

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