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2023.08.04

英語を学んでいる日本人もバイリンガル? 〜Blake Turnbull講師インタビュー(前編) 〜

英語を学んでいる日本人もバイリンガル?  〜Blake Turnbull講師インタビュー(前編) 〜

大谷大学(京都府)のBlake Turnbull(ブレイク・ターンブル)講師は、バイリンガリズム、トランスランゲージング、外国語学習について研究しています。京都大学にて外国語習得・外国語教育の分野で博士号を取得。研究の傍ら、ニュージーランドや日本で教鞭を執り、英語教師としても活躍しています。実証的な研究と実践的な指導を組み合わせ、この研究分野で有力な証拠を提示しているターンブル講師にインタビューを行いました。

著者:Paul Jacobs

翻訳:Yuri Sato

 

まとめ

● たとえ第二言語を学んでいる途中の人であっても、バイリンガルの人々の一員として考えられる。自分を「学習者」と「バイリンガル」のどちらで捉えるかによって、学習への取り組み方が変わってくる。

● 両方の言語(母語と学習中の言語)を使ってコミュニケーションや学びに役立てられることは、授業外でも役立つ重要なスキル。

● そのためには、トランスランゲージングの実践が効果的である。

 

【目次】

 

はじめに:バイリンガリズム研究のきっかけ

―どのようなきっかけで、日本でバイリンガリズムについて研究するようになったのですか?

私が日本に興味をもち始めたのは、まだとても小さいころです。4歳のときに空手(沖縄剛柔流)を始めたのですが、初めて日本を訪れたときは、語学学習ではなく、空手に関することが目的でした。でも、大学では日本語と言語学を一緒に学び、それが言語や言語習得に興味をもつきっかけになりました。その後、言語習得の分野で修士号を取ったんです。2016年に来日し、京都にある大学で言語教育・言語習得の分野で博士号を取得しました。

 

日本人は自分をバイリンガルだと思っている?

―先生の専門分野の一つは、バイリンガルのアイデンティティですね。日本でのバイリンガリズムに対する認識について研究されていましたが、どのようなことがわかりましたか?

日本の人々は通常バイリンガルとみなされないし、外国語学習者も自分のことをバイリンガルだと考えていない、という思い込みがあります。でも、英語を学ぶ日本人学生が自分自身やバイリンガルのアイデンティティをどのように考えているかを直接調査した研究はほとんどありませんでした。

そこで私は、外国語として英語を学んでいる日本の大学生を対象に、「バイリンガルである」とはどういうことか、自分自身がバイリンガルであると思うか、という認識について、アンケート調査を実施しました (Turnbull, 2021)。予想通り、学生たちは自分がバイリンガルだとは思っておらず、バイリンガルは4技能(話す、聞く、書く、読む)すべてにおいて二つの言語を同レベルで使いこなす人のことだとイメージしていました。

 

小さな芽から大きく育っていく「エマージェント・バイリンガル」

―自分のことをバイリンガルだと思わないことは、なぜ重要なのでしょうか?英語学習者をバイリンガルとみなすべきでしょうか?研究における「バイリンガルであること」の定義やその認識が日本で重要な理由について教えてください。

 

「バイリンガル」の一般的な定義

バイリンガリズム(二言語使用)は、固定された状態ではなく、連続したつながりのあるものとして広く考えられています。私が考えるバイリンガリズムは、二言語の習熟度というよりも使用状況が重要です。日常生活で二つ以上の言語を多少なりとも使っている人はバイリンガルだということですね。それぞれの言語を使う目的は同じである必要はありませんし、二つの言語が同じくらい堪能である必要もありません(参照: Grosjean, 2010)。従来「バランス・バイリンガル(両方の言語を高いレベルで習得しているバイリンガル)」 と考えられてきた人たちでさえ、それぞれの言語を異なる理由や文脈で使い分けています。そもそも一般的に、「バランス・バイリンガル」のような人たちは実際には存在しない、という見解で一致しています。

 

外国語学習者としてのエマージェント・バイリンガル

いわゆる「バランス・バイリンガル」を見かけることが少ない日本のような国では、特定の目的を持ってさまざまな言語を使っている人が多いです。私は、日本がトランスリンガル社会であると主張する論文(Turnbull, 2020)や、日本社会で英語を学んでいる途中の日本人学生を「エマージェント・バイリンガル」に分類する論文を書いてきました。「エマージェント・バイリンガル」は、日本語では「萌芽的バイリンガル」と呼ばれますが、バイリンガリズムは小さな芽から大きく育っていく、という考え方を学習者が視覚的にイメージしやすくなります。

この用語は、Ofelia Garcia(オフェリア・ガルシア)という研究者が使い始めました。彼女は、この用語を使うことで、アメリカの移民である英語学習者をもっと肯定的に見ようとしたんです。「English Language Learner(英語学習者)」という呼び方には、英語能力で何が足りないか、ということに注目した否定的なニュアンスがあることに気づいたからです。でも、彼らをバイリンガルの一種、つまり「エマージェント・バイリンガル」と見なすことによって、知っているすべての言語を使って何ができるか、ということに焦点が移ります (García, 2009)。

本来、アメリカで英語を学んでいる生徒・学生を指して使う用語ですが、第二言語や外国語を学ぶすべての学習者にも当てはまると思います。ですから、いま新しい言語資源(例:語彙や文法の知識など)を獲得している過程にいるのであれば「エマージェント・バイリンガル」であり、能動的に言語を学習していることを意味します。これは、すでに持っている知識を単に日常生活(学習をする状況ではない)で使っている人とは異なりますよね。

 

外国語学習者も自分のことを肯定的に捉えられるようになる

―なぜバイリンガリズムについて理解し、外国語学習者にも当てはめて考えることが重要なのでしょうか?特に、日本のようなモノリンガル社会にとってはいかがでしょうか?

 

アイデンティティ

私たちが外国語を学習しているときには、ネイティブ・スピーカーの基準と不当に比較されることがよくあります。この基準は、英語が主なコミュニケーション手段として使われている国(例:アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど)では、モチベーションを高めるために有効な目標かもしれません。でも、日本語が社会の多数派言語である日本では、それほど適切でも必要でもありません。言語を学習している人たちは、定義上、決してネイティブ・スピーカーにはならないですし、なる必要もないです。それから、二つの言語について知識を持っている人の脳は、一つの言語しか知らないモノリンガルの人と異なることがわかっています。バイリンガルとモノリンガルのネイティブ・スピーカーを比べることは、リンゴとオレンジ、つまり、根本的に異なるものを比べるようなことです。 だからこそ、言語学習者をその人なりの「エマージェント・バイリンガル」とみなすことが重要なんです。そうすれば、学習者は、自分のことを肯定的に捉えるようなアイデンティティを持って、弱いほうの言語で何が足りないかではなく、両方の言語で何ができるかということに注目できます (Turnbull, 2018)。

 

トランスランゲージングの考え方と授業実践

―エマージェント・バイリンガルの考え方をどのように授業に活かすことができますか?

 

トランスランゲージングとは?

言語を総合的に使う(すべての言語資源を統合して一つにまとまったものとして活用する)ために、私たちは「トランスランゲージング」と呼ばれるアプローチに注目しています。どのように実践するか、という話をする前に、トランスランゲージングという概念がどのように生まれたのかご説明しますね。

 

理論と実践

トランスランゲージングは、ウェールズ語を再び活性化させるためにウェールズで実践されたバイリンガル教育プログラムが起源です (Lewis, Jones and Baker, 2012)。このプログラムでは、授業で一つの言語(英語)のみを使うことではなく、同じ授業内で二つの言語(英語とウェールズ語)を異なる目的で使うことが奨励されました。例えば、生徒たちは、英語で読まれる文章を聞いて、それについてウェールズ語で話し合い、英語でレポートを書いたかもしれません。

トランスランゲージングの理論的枠組みには、主に、二つ以上の言語を話す人の脳内には一つの言語レパートリーしかない、という考え方が背景にあります。言語は、さまざまな言語的特徴(音声、単語、文法規則など)から成り立っていて、それらがすべて連携して一つの統合システムをつくり上げています(García and Li,2014)。つまり、日本語と英語は、脳の中で別々に存在しているのではなく、一つの総合的なシステムの中で、それぞれの言語的特徴の集合体として共存しています。ですから、新しい言語を学ぶときは、新しい言語システムを脳内に追加しているのではなく、すでに存在しているネットワークに新しい言語的特徴を追加している(取り入れている)だけなんです。

この観点から考えると、英語しか使ってはいけない、という英語教育の方針は、生徒が持っている言語レパートリーの多くを無視して、窮屈な環境をつくり出しています。一方、トランスランゲージングの実践は、生徒が自分のリソースすべてを活用することを可能にします。ひいては、生徒の学習や自己アイデンティティを支えます。

 

教室ではどのように実践される?

トランスランゲージングの考え方をもっと詳しく説明するために、具体的な学習目標を取り上げてみましょう。例えば、「英語でプレゼンテーションをする」という目標がある場合です。評価のためにプレゼンテーションは英語で行われる必要があります。でも、指導者として、生徒たちには、学習課題をやり遂げるために、自分が持っているあらゆる言語的特徴を活用できるようになってほしいと考えています。では、英語プレゼンテーションのタスクにおいて、トランスランゲージングとはどのようなものでしょうか?

私は教師として、まず生徒にグループ・ディスカッションをさせることから始めるかもしれません。英語と日本語(あるいは、知っていればほかの言語!)で意見を交換できるようにするんです。そのあとに自分でリサーチをさせるのですが、どちらか自分が選んだ言語的特徴を使ってリサーチ計画を書き、両方の言語で資料を探すように私は勧めるでしょう。そして、生徒たちはすべての情報を整理して、英語でのプレゼンテーションを用意しなければなりません。プレゼンテーションが終わったら、教師が英語または日本語でコメントをしたり、生徒同士がどちらかの言語でフィードバックし合ったりすることができます。

こうすることで、教師は、教室外の実社会で生徒たちが行っていると思われることと同じように、情報を集めて整理するために自分が持っているすべてのリソースを体系的に活用する、という選択肢を彼らに与えることができます。そして、アウトプットの段階でのみ、評価のために、目標言語(学習させようとしている言語)だけを使わせるんです。これは、ほとんどの言語教育プログラムで求められることです。ここで重要なポイントは、生徒が課題をやり遂げるために、自分が持っている、統合された言語的特徴をすべて駆使する練習の機会を与えることです。なぜなら、生徒たちが教室から離れ、日常生活で二つ以上の言語を使うバイリンガルとして社会に出たとき、まさにそのような実践をすることになるからです。教師としての私たちの仕事は、生徒たちにバイリンガルの世界で活躍できるような準備をさせることであり、単にネイティブ・スピーカーの基準と比較して言語能力を「テスト」することではありません。

 

(後編へ続く)

 

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【取材協力】

大谷大学 国際文化学部 講師 Blake Turnbull(ブレイク・ターンブル)博士

ブレイク・ターンブル先生のお写真

<プロフィール>

京都大学にて外国語習得・外国語教育論の博士号、ニュージーランドのオタゴ大学にて応用言語学(英語教育)の修士号を取得。主な研究テーマは、外国語教育におけるバイリンガリズム。特に、教師と学習者のトランスランゲージング実践について研究している。そのほか、言語学習者と教師がバイリンガルについてどのような信念を持っているか、学習者がどのようなアイデンティティを持っているか、日本の英語教育における新たな進歩などについて調査している論文や学会発表がある。

https://www.otani.ac.jp/kyouin/sfpjr7000000v8mr.html

 

■関連記事

あなたにとって「バイリンガル」とは何ですか?

 

参考文献

García, O. (2009). Bilingual education in the 21st century: A global perspective. Malden, MA: Wiley & Blackwell.

 

García, O., & Li, W. (2014). Translanguaging: Language, bilingualism and education. Basingstoke, UK: Palgrave Macmillan.

 

Grosjean, F. (2010). Bilingual: Life and reality. Cambridge, UK: Harvard University Press.

 

Lewis, G., Jones, B., & Baker, C. (2012) ‘Translanguaging: origins and development from school to street and beyond’, Educational Research and Evaluation, 18(7), 641–654.

https://doi.org/10.1080/13803611.2012.718488

 

Turnbull, B. (2018) ‘Reframing foreign language learning as bilingual education: epistemological changes towards the emergent bilingual’, International Journal of Bilingual Education and Bilingualism, 21(8), 1041–1048.

https://doi.org/10.1080/13670050.2016.1238866

 

Turnbull, B. (2020). Beyond bilingualism in Japan: Examining the translingual trends of a ‘monolingual’ nation. International Journal of Bilingualism, 24(4), 634–650.

https://doi.org/10.1177/1367006919873428

 

Turnbull, B. (2021) ‘Am I bilingual? Reporting on the self-reflections of Japanese EFL learners’, International Journal of Bilingualism, 25(5), 1327–1348.

https://doi.org/10.1177/13670069211019467

 

 

 

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