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2022.12.22

生まれてすぐの赤ちゃんが言語を学んでいることの根拠

生まれてすぐの赤ちゃんが言語を学んでいることの根拠

人間の赤ちゃんはおよそ生後6ヶ月から11ヶ月の間に喃語(なんご)を話し始めます(※1) 。喃語とは「マ」や「ダ」などの赤ちゃんにとって発音しやすい音を使った発話で、言語発達段階としては単語を話し始める前の段階です。主にbやmのように唇を使った音が多いので、英語ではbabbling(バブリング)といいます。

喃語は厳密には 「意味を持たない音」 ですが、多くの言語で母親の意味を持つ mama は喃語の中でも最も出しやすい音の一つです。そのため、赤ちゃんの発した音が喃語であるか意味を持った単語であるかの区別は実際には必ずしも明確でないこともあります。

子育ての経験がある方は、我が子が喃語や単語を話し始めるのを聞いて、親として喜びを感じたり安堵したりした経験があるのではないでしょうか。逆に、喃語を話し始めるまでの期間は、赤ちゃんは話しかけると反応を示してくれるものの、言語音らしき音を発することがないため、子育てをしていて不安に感じることもあるかもしれません。

もしかしたら言語習得には影響ないかもしれないとも思えてしまうこの生後6ヶ月までの期間ですが、実は赤ちゃんはこの時期にどんな音が聞こえるかで自分の話す言語(母語)を判断しているということが先行研究により示されています。

当研究所のコラムでは、これまでに主に乳幼児の発する音や単語を通して言語獲得の過程を解明する研究をご紹介してきましたが、今回は、赤ちゃんがまだ喃語を話し始める前にも、話しかけられた内容に興味を持って耳を傾けていることがわかる研究をご紹介します。

 

【目次】

 

赤ちゃんが言語を聞いていることを検証する研究手法 ① ― 選好振り向き法

ご存知の方も多いと思いますが、赤ちゃんは珍しいものに興味を示します。もっともこれは赤ちゃんに限ったことではなく、小学生でも大人でも同じであるはずです。また、赤ちゃんがずっと同じものを見たり聞いたりしていると飽きはじめるのも我々と同様です。一方で、赤ちゃんは(大多数の)大人と違って素直で、興味を隠そうとするようなことはしないので、対象に興味を持っているかどうかはそれを見ているかどうかで判断することができます。

この赤ちゃんの素直さを利用した研究手法が選好振り向き法(Head-turn preference procedure)です。この手法では、下の図のように、親の膝に座った赤ちゃんに音を聞かせます。まず左右に2つあるライトの片方を点滅させて赤ちゃんの注意を引き、赤ちゃんがその光に注目するのをライトの側に設置されたカメラを通して確認します。注目されているのが確認されたら音を流して、その音に注目している時間を測ります。こうすることで赤ちゃんが相対的にどのような音に興味を示すか測ることができます。光の点滅に興味を持たれる可能性を排除するために、音を流し始めた瞬間に光を消します。親が音に対して反応したのが赤ちゃんに伝わる可能性があるので、親にはヘッドホンを通して別の音を聞いてもらいます。また、赤ちゃんの左右への振り向きやすさ等も考慮した検証を行います。

選好振り向き法のイメージ図

選好振り向き法を用いた先行研究によると、赤ちゃんは自分がふだん聞き慣れている言語に興味を示すことが明らかになっています。例えば日本語と英語は音節の構造が異なり、日本語には「子音 + 母音」(バ/ba/ や テ/te/ など)もしくは母音だけの音(イ/i/ や オ/o/ など)が多いのに対し、英語では「母音 + 子音」(it や on など)や「子音 + 母音 + 子音」(pan や bed など)のように子音で終わる音が頻繁に登場します。英語を聞いて育った赤ちゃんは、少なくとも生後9か月時点で、母語と同じ構造を持った音声に興味を示すようになるようです(Jusczyk et al. 1994)。

個々の音やその組合せ以外にも、各言語にはアクセント、リズム、イントネーションなどの特徴があります。例えば日本語はアクセントを音の高さで区別し(東京方言では雨 /アメ/ の /ア/ は /メ/ よりも高い)、英語は音の長さで区別します(banana の最初の na は ba や2つめの na よりも長い)。先行研究によると、このような言語のアクセントなどの情報を学習する能力が月齢8か月の赤ちゃんに既に備わっていることが明らかになっています(Bernard & Gervain 2012)。

また、我々は赤ちゃんに話しかけるときにふだんより抑揚のある話し方をしますが、このような独特の話し方(マザリーズ; マザリーズとは ~早期英語教育への示唆~参照)がふだんの話し方よりも赤ちゃんの興味を惹くことも選好振り向き法を使った先行研究によって明らかになっています(Fernald & Kuhl 1987)。

 

赤ちゃんが言語を聞いていることを検証する研究手法 ② ― 高振幅吸啜法

このように様々な研究に用いられている選好振り向き法ですが、この手法の欠点は赤ちゃんの首が据わっていなければならないことです。首の据わっていない赤ちゃんを対象にした研究では高振幅吸啜(きゅうてつ)法(High amplitude sucking procedure)という手法が用いられます。

生後間もない赤ちゃんには吸啜反応(口に入ったものを無意識にすする反応)がありますが、この時期の赤ちゃんは、何かに興味を持っているときに口に入っているものを強くすする傾向があることが知られています。高振幅吸啜法はこれを用いた手法で、赤ちゃんがおしゃぶりを咥えているときに様々な音声を聞かせ、どの音声を聞いているときにすするのが強く(すなわち振幅が大きく)なるかを測定することによって、赤ちゃんがどれくらい興味を持っているかを明らかにします。吸啜反射は首が据わる頃に消失するので、高振幅吸啜法は選好振り向き法と補完関係にあると言えます。

赤ちゃんは新しいものに興味を示すので、聞き慣れない音声を聞いたら吸啜が強くなります。しかし、最初は聞き慣れなかった音もずっと聞いていると飽きてくるので、音を長く聞かせるほど吸啜が弱くなってゆきます。

従って、連続して2つの音を赤ちゃんに聞かせたときに、2つめの音が聞こえたのと同時に吸啜が強くなったら、その2つの音を別の音として聞いていることの証明になります。一方で、赤ちゃんが2つの音を同じ(種類の)音と捉えている場合には、ずっと同じ音が聞こえているのと同じなので、吸啜反応に変化は生じません。

高振幅吸啜 (きゅうてつ) 法のイメージ図

また、選好振り向き法と同様に、高振幅吸啜法を用いて赤ちゃんが母語に興味を示すか検証することもできます。英語を聞いて育っている赤ちゃんを対象とした場合には、一定時間英語を聞かせた場合と、他の言語(例えば日本語)を聞かせた場合の吸啜の強さ(振幅)の平均を比較することによって、どちらの言語に興味を示しているかが明らかになります。

高振幅吸啜法を用いた先行研究によると、生後間もない赤ちゃんが、個々の音だけでなく音節構造やアクセント、音の高さなどを区別する能力を有していることが明らかになっています。また、生後間もない赤ちゃんが、お腹の中にいるときに聞いていた声や言語(多くの場合には母親の声)に興味を示すこともわかっています(Byers-Heinlein 2014)。

 

早期英語教育への示唆

赤ちゃんが、お腹の中にいるときから自分に話しかけられている内容をちゃんと聞いていて、言語を学ぼうとしているという事実は、実際に対話が出来るようになる前の子育てにおける大きな安心材料となるはずです。また、生後間もない時期から特にマザリーズに興味を持たれるということは、親の愛情が言語習得に繋がることの証明ではないでしょうか。

早期英語教育やバイリンガル教育に関して考えると、特に重要なのは、喃語を話し始める前の期間から既に赤ちゃんが母語の選択を始めていることです。この 「母語の選択」 においては、単に音が流れてくるだけでなく、その音が自分に向けられたものであると赤ちゃん自身が自覚し、興味を持つことが重要です。そのため、実際に親が英語などを話すことができなくても、マザリーズのような音声を聞かせたり、ゲームなどを通して英語に触れさせたりすることが、英語を母語のように認識してもらう上で効果的であると言えます。

 

(※1)本稿は乳児時の言語発達段階に関してStanford Medicine Children’s Health を参照しています。

 

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胎教 – 赤ちゃんの言語発達に関する科学的解明

乳幼児の社会的発達と第二言語習得の関係

 

参考文献

Bernard, C., & Gervain, J. (2012). Prosodic cues to word order: what level of representation?. Frontiers in Psychology, 3, 451.

https://doi.org/10.3389/fpsyg.2012.00451

 

Byers-Heinlein, K. (2014). High amplitude sucking procedure. In P. J. Brooks, & V. Kempe, [Eds.], Encyclopaedia of Language Development. Thousand Oakes, CA: Sage Publications., 263-264.

 

Fernald, A., & Kuhl, P. (1987). Acoustic determinants of infant preference for motherese speech. Infant behavior and development, 10(3), 279-293.

https://doi.org/10.1016/0163-6383(87)90017-8

 

Jusczyk, P. W., Luce, P. A., & Charles-Luce, J. (1994). Infants’ sensitivity to phonotactic patterns in the native language. Journal of Memory and Language, 33(5), 630-645.

https://doi.org/10.1006/jmla.1994.1030

 

 

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