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2020.12.22

マザリーズとは ~早期英語教育への示唆~

マザリーズとは ~早期英語教育への示唆~

子育ての経験がある方ならおわかりになるかもしれませんが、大人が乳幼児に話しかけるときには、成人やもっと成長した子どもに話しかけるときとは違った特徴の言葉や話し方が用いられます。特に母親が我が子に話しかけるときの言葉にこのような特徴が出るので、マザリーズ(Motherese, 学術的にはInfant Directed Speech)と呼ばれています。

マザリーズは無意識的なもので、母親が我が子に話しかけるときに自然と使われるものです。では、マザリーズにはどのような特徴があり、また、なぜそのような特徴があるのでしょうか。

 

【目次】

 

発話の抑揚

まず、専門家でない方にもわかるようなマザリーズの特徴として、発話の抑揚が大きくなることが挙げられます。話し言葉において特定の情報を強調するには、その部分を強く、長く、高く発話します。

したがって、感情の乗った発話は、標準的な発話に比べて発話速度のバリエーション、強弱の差、高低差が大きくなります。(強調される部分はゆっくりと、強く、高く発話されます。)

マザリーズは対成人発話に比べて特に音の高低差が大きいという特徴があります。それだけ話者の感情が乗っているように聞こえるということですが、実際に乳幼児はマザリーズを好んで聞くという研究結果があります(Cooper & Aslin 1990など)。

すなわち、乳幼児は、対成人発話(成人が他の成人に向けて話すときの発話)よりも、マザリーズのような抑揚の大きな音声を、自分に向けられた発話と認識するということです。乳幼児の言語獲得においては、対象の言語を、自分が今後必要とする言語として認識することが重要です。

マザリーズにおける音の高低差の拡大は、乳幼児に、聞いている言語を、自分がこれから習得すべき言語として意識させる上で重要な役割を担っていると考えられます。

 

母音の明瞭な発音

日本語には5つの母音があり、英語には10を超える母音があります。母音は口腔内における顎の上下(あるいは口の開き)と舌の前後位置で決まりますが、下図のようにそれぞれの母音には多少の上下前後のバリエーションがあります(それぞれの丸が当該母音として認識される範囲と考えてください)。

試しに「イ」の顎の位置(口の形)で声を出しながら顎を下げて(口を開いて)いくと、「イ」だった音が「エ」を経由して「ア」になるはずです。このとき、「エ」の音になるまでの「イ」の音には無数のバリエーション(顎の高さや口の開き)があります。

このように、口腔内において各母音が占有する範囲の端から端までの空間(図の台形の範囲)を母音空間といいます。

イメージ画像|日本語の5母音の相対的位置
日本語の5母音の相対的位置

 

マザリーズの特徴の一つに母音空間の拡大があります。英語を含む多くの言語において対成人発話に比べてマザリーズでは「イ」は顎が高く、「ア」は顎が低く、「ウ」は舌が後ろで(つまり、上図の台形の中心からより遠い位置で)発音されることが知られています(Kuhl et al. 1997等)。

マザリーズにおいては、母音空間が広くなることによって、各々の母音を区別しやすくなる効果が期待されます。生まれたての乳児は、自分が獲得することになる母語にある母音の数(日本語では5つ)がいくつであるかも知りませんし、その各々が母音空間上で占める範囲も知りません。

どの言語を母語として獲得するかは、生後にどの言語のインプットを多く受けたかで決定します。自分が受けた音声のインプットを頼りに、乳幼児は、その言語(自分がこれから母語として獲得する言語)における母音の数を認識し、それらの各々が母音空間において占める位置を学習するのです。

マザリーズにおける無意識的な母音空間の拡大は乳幼児がこのような母音のマッピングを行う上で助けになっていると考えられます。

 

乳幼児期の英語教育への示唆

マザリーズにはこれ以外にも乳幼児の言語獲得を促す様々な特徴があると言われており、様々な研究が行われています。実際に、マザリーズには乳児の単語の認識を促す(Thiessen, Hill & Saffran 2005)などの効果が報告されています。

マザリーズの代わりに対成人発話を聞いた乳児においてはこれらの学習効果は観察されないという研究結果が主です。(しかし、マザリーズはあくまでも言語獲得を促進するものであり、マザリーズを聞かずに育ったからといって言語を獲得できないわけではありません。)

これらを踏まえると、乳幼児期の英語教育において重要なのは適切な音声を聞かせる必要があるということです。音声教材を用いる場合には、実際に本人に話しかけるマザリーズのような音声教材を用いることが効果的な英語習得に繋がると考えられます。

また、特に母音は発音において母語の影響を受けやすいことが知られているため(Munro, Flege & MacKay 1996等)、乳幼児期にマザリーズを用いた英語教育を行うことにより、ネイティブに近い英語を習得させる上での大きな効果が期待されます。上述した母音のマッピングは、一度母語を認識した時点でその可塑性を失います。一度各母音の領域が確定したら、それに基づいた音の知覚が行われるようになり、後に他の言語の母音空間図を上書きすることは困難です。

このことが外国語における母語訛りの原因の一つです。この点からも、まだ母音のマッピングが十分に行われていない乳幼児期にマザリーズのような適切な音声教材を用いることは重要な意味を持つと考えられます。

 

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参考文献

Cooper, R. P., & Aslin, R. N. (1990). Preference for infant‐directed speech in the first month after birth. Child development, 61(5), 1584-1595.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/2245748/

 

Kuhl, P. K., Andruski, J. E., Chistovich, I. A., Kozhevnikova, E. V., Ryskina, V. L., Stolyarova, E. I., Sundberg, U. & Lacerda, F. (1997). Cross-language analysis of phonetic units in language addressed to infants. Science, 277(5326), 684-686.

https://science.sciencemag.org/content/277/5326/684

 

Munro, M. J., Flege, J. E., & MacKay, I. R. (1996). The effects of age of second language learning on the production of English vowels. Applied psycholinguistics, 17(3), 313-334.

https://doi.org/10.1017/S0142716400007967

 

Thiessen, E. D., Hill, E. A., & Saffran, J. R. (2005). Infant-directed speech facilitates word segmentation. Infancy, 7(1), 53-71.

https://doi.org/10.1207/s15327078in0701_5

 

 

 

 

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